穂刈
「…………おい黒笠」
『はい。何ですか?』
「屋上には来なくていい。状況が変わった」
景はその一言だけを言うと、通話を切り、誰もいない虚空を睨み付けた。
無音の屋上が襲撃されたのはそれから数秒後だった。
「ッ!」
何かが来ると先に予感していた景は、何かが降り注ぐ前に横に飛び退き、襲撃を免れた。
(…………槍……投擲か……?)
景が居た場所に降ってきたのは黒き槍。長さも外見も一寸違わず同じである黒き槍が3本。
景は体勢を整え、次の襲撃に備える。
警戒するのは前方。気配を探りながら焦りを隠すように、平然な顔で警戒する。
その景の足元からそれぞれ二つ、槍が飛び出してくる。
「ッ!?」
皮膚を掠めた槍の穂先を自然と見た景は、その視界の隅に映った、自分の真上に今にも降り注ごうとしている2本の槍の姿を捉えた。
体勢など気にしている暇など無かった。半ば転ぶような姿勢で真上の2本の槍をかわす。
「ッッ!!」
先程躱した2本の槍が地面に刺さると同時に、景は本能的に飛び退いた。
槍が刺さると同時に、周囲の地面から大量の槍が突起してきたのだ。
これ以上、屋上に居ては危険だと感じた景はすぐさまにその場を後にした。
(チクショウ……ッ! 一体今日は何でこんなに襲われるんだよ…………)
槍によって負わされた擦過傷が熱を帯び、脳に痛みを直接警告する中、心中で景は毒づいていた。
(…………でも、さっきの槍。今までの攻撃の中で一番単純で……)
一番際どかった。今までの攻撃の中で群を抜いて、命が奪い取られると思った。
おそらくは先程の槍の攻撃は出現系才能。
出現系才能というのは言ってしまえば、何かを出すだけ、の才能である。
他の選択系や変異系と比べれば、量以外の全てが劣っていてもおかしくはない。
出現系とはそういう才能である。
今日の襲撃中の才能による攻撃には選択系や出現系、変異系までも混ざっていた。
だがその攻撃全てを上回るような危険性を、景はあの黒い槍から感じ取った。
階段を下り、廊下を走りながら景はどこで灯澄と合流するかを考えていた。
早めに合流しなければ、あの黒い槍に殺される。
そう感じたからである。
しかしながら、
「意外だな……もはや、勘が優れている、というレベルではない」
先に出遭ってしまったのは右手に黒い槍を持つ、学生……才能者だった。
「…………誰?」
「まさか……誰と訊かれるとは思ってなかった」
学生は溜息を吐いた後、景に自己紹介をした。
「俺は、穂刈。この学校の風紀委員長とかやってる人間なんだけど……なんでお前の眼前に現れたかは理解できるか?」
「…………そういえば聞いたことがあるな。どこぞの暴君が人の恋路を邪魔してるって。馬に蹴られて死ねばいいんじゃないか? アンタ」
「そんな死に様でも構わないが、先に死ぬのはお前だぞ?」
「これだから、ゆとり世代は…………再教育してやるよ」
「今の世代は、敬語の使い時も使い方も分からないのかよ……躾けの時間だ。しっかり調教してやる」
こいつとはそりが合わない。景はそう感じた。
穂刈は言い終わると共に手に持っている槍で近くの壁を叩いた。
それを合図とし、天井から2本、両壁から3本ずつ景に向かって黒い槍が飛び出してきた。
後ろに下がってそれらを躱すと共に、来た道を全速力で戻る。
(……出現系の才能だという事は分かってる…………だから直感的に再構成したって構わないが……)
出来れば、この槍に対抗できうる才能が欲しい所だ。
景の〈無能修正〉の特徴は、元の才能のランクが高ければ高い程、創り直した時の才能も高くなるというものだ。
相手の才能のランクはS。この学園内における最優秀ランクの才能。
故に当然、創り直された時の才能もそれと同等にはなるはずだ。
だが、その才能がランクSだからあの槍に対応できるとは限らない。
そもそも、あの量を凌げるほどの才能を創り出さなければまず話にすらならない。
(……あの槍の奇襲よりも速くて、後出ししたとしても勝るような才能…………)
思考回路を限界まで働かせてイメージを膨らませながら、視界に映った階段を数段飛ばしで下りる。
徐々に迫ってきている槍との間が、景が再構成するまでの時間制限。
一方的な状況に歯噛みをしたくなるのを抑えて景は必死に逃げ、必死に考える。
(…………ベースは槍。何よりも速くて、絶対に外さない、そんな槍…………)
イメージが収束していくと共に、右手に熱が籠る。
定まってきた想像が、形となって現れてくる。
「再構成…………終了」
景が創り上げたのは、出現系才能。何よりも速く、外れる事がない無双の槍。
その名は。
「〈神槍〉ッ!」
ふざけてるわけじゃないんです。
書けないんです。ただ単純に書けないだけなんです。