掟
タイトルなんかに意味は無い
「黒笠ってさ、ランクSだから授業中寝てようが、学校サボろうが、留年しないんだよな? 羨ましい、死ねよ」
ある日の朝、学校で珍しく景から灯澄に話し掛けた……わけではない。
最近の彼女の日課なのか、朝、景が登校してくるとたちまち灯澄が来て勝手に一人で雑談を始めてしまう。
その雑談を聞き飽きた景が、話の路線を変えるためにわざわざ言ったのだ。
「別に学校サボっていいわけじゃないです。出席日数分だけ学校に来ればいいんですよ」
「へー。まあ関係無いからどうでもいいや」
「なら何で話を振ったんですか……?」
灯澄が呆れたような顔で呟いていると、朝の予鈴が鳴り、元の席に戻っていってしまった。
「なあ、ケイ。最近お前が楽しそうなのは何よりなんだがな」
「黒笠の次はお前か、畑沼」
「前にも言ったが、あんまりこの学校でイチャイチャするのは止めといた方が良いぞ」
「イチャイチャ……?」
相手の言葉を無視、相手に死ねと言う。
一体どこがイチャついているんだろうか?
景は疑問を持ちながらも畑沼の話を聞き続ける。
「この前言いそびれたけど、この学校には沈黙の掟があるんだよ」
「そんな事も言ってたな」
「その掟はな『校内での不純異性交遊の禁止』ってもんなんだよ」
「普通じゃないのか?」
「例えば、バレンタインにチョコを渡されたとするよ。そしたら不純異性交遊になるらしい」
「厳し過ぎないか?」
「そして掟を破った者に対して、才能を使うことが認められるんだ」
「才能を使ってどうするんだ?」
「まあ死なない程度にボコボコにする程度だろうな。死にはしないが、一生病院生活になるかもしれない」
「それって大問題だろ」
「しかし不思議な事に文句を言う親御さんは一人もいない。その掟を作った風紀委員長と対話したらすぐさま静かになるそうだ」
「普通に脅してるだろ、その委員長」
「ちなみに最悪の場合、委員長が掟を破った者をブッ飛ばすらしい」
「まさしく暴君だな」
「委員長の才能はランクSらしいから高確率で殺され……怪我を負わされる」
「高確率っていうより絶対だろ」
景は話に呆れて溜息を吐きながら、外を見る。
そんな他人の幸せをわざわざ壊す掟を作る必要性はどこにもないだろ。
景はそう思いながら流れる雲を見続けていた。
「景、一緒にお昼食べましょう!」
「お前と食う飯なんて無い」
「大丈夫、二人分のお弁当ちゃんと作ってきましたから!」
そういう意味じゃないんだが…………。
景は内心呆れながら、灯澄を諦めさせるために適当な事を言う。
「この席から立ち上がりたくない」
「なら、あたしが景の上に乗ればいいんですね?」
「分かった。中庭でも何処にでも移動してやるよ」
何の躊躇いもなく言った灯澄の言葉になんらかの危機感を感じたため、景はすぐに折れる事になった。
先程、畑沼に言われた掟の事を思い出したのもあるが、大半の理由は自身が嫌だったからである。
「じゃあ中庭で」
二人は教室を出て、一切の会話をしないまま灯澄の提案通りに中庭に移動した。
そもそも灯澄が一方的に話し掛けなければこの二人の間で会話というものは成立しない。
つまり移動中、灯澄が一切話し掛けて来なかったのだ。
「なんか……視線が怖かったですね?」
「視線?」
中庭にあるベンチに座りながら景は灯澄の言葉に興味を持った。
基本的に人の視線などには興味がない景にしてみればいつも通りだった。
しかし当然、何事にも基本興味を持たない景の感性が異常でない訳がない。
故に灯澄の言葉に興味を持った。
もしかしたら、灯澄を狙う敵なのかもしれないのだから。
「なんか、皆こう……恨めしそうっていうか、妬ましそうっていうか…………」
景は途端に興味を失った。
他人の嫉妬心や怨嗟、怨恨などに景の興味は一切向かなかった。
それに灯澄の皆という言葉からしてその視線は複数人。敵の可能性は一気に薄くなった。
ただの羨望。そんな物の話をこれ以上聞く気は無かった。
それよりも景にはこの際だから灯澄に聞いておきたい事が三つほどあった。
「お前、もう才能は使えるのか?」
「え? まあ普通に。試してみます?」
「止めとく。自分が怪我するだけだろうからな」
灯澄の変異系ランクSの才能、自分を対象にした攻撃の対象をすり替える能力。
つまり因果応報。灯澄に行った攻撃は、灯澄を傷付ける前に自身へと返ってくる。そういう才能。
この才能があれば灯澄は物理的に人為的に殺される事も、傷付けられる事もない。
そういう絶対的な才能。故にランクS。
灯澄は記憶喪失中、この才能が使えない状態でいた。
その期間を狙われて、敵にも二度ほど襲撃されていた。
だから景は記憶が戻った今は、その才能が使えるかどうか気になっていたのだ。
景は灯澄に次の質問をする。
「樋川はどこに居る?」
「分かりません。あのクソ親父に聞いても、他の仕事をやってるとしか……」
「そうか」
樋川。選択系才能〈振動〉を有する、記憶喪失中の灯澄の護衛をしていた人物だ。
灯澄に記憶が戻る直前、彼女の父親からの依頼で彼女を拉致軟禁しようとして、景と対決することになった人物。
その去り際は異常にあっさりとしていて、ストライキですよ、などと言って景に降参してきた。
そんな元護衛役の現在を知りたくて灯澄に聞いたのだが、依頼人である彼女の父親が教えてくれないのならば仕方がないというものだ。
景は最後の質問をする。
「黒笠。お前は、蓮野景について何を知っている?」
「…………全部だよ。景の全部、知ってるよ」
普通なら、質問の答えをはぐらかされたと思うだろう。
しかし景はそう感じなかった。本当に灯澄が全てを知っている気がした。
自身すらも知らない何かすらも、灯澄は知っている気がした。
「お前は何で、全部を知っている?」
「景の事が気になったからだよ」
「何で、気になったんだ?」
「いつも窓の外を見て、何となく景が気になったの」
一番最初に、この中庭で二人が会話した内容。
灯澄はくだらない妄想話に景を勝手に巻き込んで、それを事実がどうかを確かめるためにこの中庭でその事を聞いて来た。
その妄想の発端は、景の趣味である窓の外の景色を見る事であった。
「……景にはきちんと喋っておかなきゃいけない事があります」
何か意を決したように、灯澄は景に面と向かって言う。
「何だ?」
「…………その前に、なんか飲み物買ってきますね!」
逃げた。景は灯澄の言葉を聞いて、瞬時にそう思った。
それ程、灯澄自身にとっては言い難い事なんだろうか。
「景は何がいいですか」
「別に。いらない」
「そうですか……じゃあ、適当なの買ってきますね」
そう言って、灯澄は一時的に中庭を離れてしまった。
この時、景はまさか自身が放課後まで生死を掛けたサバイバル逃走劇を繰り広げるなど思いもしなかった。
それどころか、まさかこの灯澄が自身の傍を離れたことが原因だとは気付きもしなかったのである。
まったく設定やらが頭の中から抜け落ちていますから、景の性格が少しばかり変わっていたりしますけど、まあ、見逃してください。
っていうか景とか灯澄に口癖ってありましたっけ?
本当に色々と覚えてなくてすいません。