〈振動〉対〈霧散〉
「くぅ……っ」
辛うじて腕で頭を覆ったが、体全身にガラスの破片が突き刺さり、激痛のあまり景は呻いてしまう。
景が痛みに耐えているその隙に、樋川はすかさず蹴りを入れ、景の体は軽く吹っ飛び壁に衝突した。
「くぁ!」
「……少し聞きたいんですけど」
床に蹲ってる景を見下ろしながら、樋川は問いかける。
「何故、そこまで黒笠灯澄にこだわるんですか? 記憶を消した責任……それとも同情という奴ですか?」
「…………」
同情。先程も黒笠霧雄にそう言われた。
今の自分がどういう気持ちで動いているのか、それは景自身が一番分からない。
このショッピングモールに買い物に来る前、灯澄に聞かれた。
『……あたしが一生守って欲しいとか言ったら、守ってくれたんですか?』
その質問に自分はYesと答えた。それは責任を取るため、自分自身が守りたく無かろうが関係無い。
なら今の自分は?
別に責任を取る必要はない。記憶が無くなったことが原因ではあるが別に自分が無理して動く必要は無い。こんな傷付く必要はない。途中で逃げたってよかった。
なのに自分は自分の意志でここに残った。自分の意志で灯澄を助けようと走り、自分の意志で樋川に立ち向かった。
何故、わざわざ関係の無い人間のために動かなければいけない。
自分は窓の外の景色を眺めるのが好きだ。趣味と言っても過言では無い。
その趣味のお蔭で、自分には色々な人から色々な同情をかけられた。
場の空気が悪くなるから仕方なく、自分のためにそいつらは自分に同情した。
それと同じだ。自分の中の罪悪感を消すために、灯澄に同情して仕方なく助けてる。自分を助けるために。
だから。だから自分は…………。
「カナシイヒトですね。同情という理由でしか動けない。本当にカナシイヒトだ」
樋川の言葉に景は目を見開いた。
彼女に言われたその言葉。記憶を消して初めて会った時の、彼女のその言葉。
『カナシイヒト』『本当は泣きたいのに、顔では何でも無い振りして耐えてる』『本当にカナシイヒト』
そう思ったから彼女は景に本心を最初から晒したのかもしれない。
カナシイヒト。そう思ったから、灯澄は景に最初から本心で接したのかもしれない。
だから景も、本心で接しようと先程決めたのかもしれない。
無意識のうちに、真正面から当たってくる灯澄に心を許したから、本心から接して友達になりたいと思ったから…………。
『同情なのかなぁ? それとも本心なのかなぁ?』
『……うるせぇなぁ、黙ってろよ』
先程の霧雄の問いかけに景はそう答えた。
あぁ、そうか。もう答えなんか出てる。
「…………前言撤回します。カナシイヒトというよりは貴方は凄い人だ」
脚を震わせながらも、体中から血を流しながらも、不安定ながらも立ち上がった景に対し、樋川は称賛の言葉を贈る。
「………………答えなんて最初から決まってる……」
「……?」
呟くように小さな声で言ったその言葉を、樋川を怪訝に思う。
「……こだわるとか、同情とか、そんな事は………………」
(…………不気味だ……これ以上長引けばこちらが逆にやられる……)
不気味そのものだった。突然立ち上がった景の存在、言動のすべてが。
何かを悟った……というよりは小学校レベルの問題が一つ分かったような、そんな小さな事を気付いた感じである。
だがそのとても小さな一つが分かったことが、景の何かに劇的な変化を与えてしまった。
だから樋川は手を伸ばし、自らの才能を使い景を一思いに殺そうとした。
選択系才能〈振動〉。触れた物を振動させるという才能は、景の皮膚に触れた瞬間に皮膚を沸騰させ溶かしきる。
はずだった。
「関係ねぇっ!!」
樋川が伸ばしてきた手を景は思いの限り力で弾く。
弾けるわけがない。触れた瞬間に溶けるはずなのだ。そういう才能なのだから。
才能で起こるはずの事象を打ち消せるものは才能だけだ。
(…………作り変えたのか、俺の才能をっ!?)
「……黒笠の記憶を消したときから、自分を責めていた。記憶を失った黒笠の真っ直ぐさにどこかで怯えてた。羨望してた。同じ位置に立ちたいと思った。だから、守るんだ」
先程までの震える脚を抑えつけ、不安定な自分を……自分の意志を拳と共に固め、景は静かに語る。
「自分の気持ちなんか分かるかよ。同情でもいい。本心でもいい。罪悪感でもいい。責任でも何でもいい。黒笠を守れれば、どんな気持ちであろうと構わない」
景は樋川の才能についてはその全貌を分かっていない。物を溶かし、音に関連したもの。そういう認識でしかない。
それでも、それだけの情報だけで才能を作り変えられたのは精神面の影響だろう。
今、自分が何をしたいのか。なんの躊躇いを持たずに出せる明確な答えがあるというだけで、景の〈無能修正〉は作り変える。
無能で諦めている自分を。立ち塞がる壁を砕く力をもった自分へと。
「〈霧散分解〉。触れた物を分解、霧散させる才能」
作り変えて得た才能はとてもシンプル。触れれば霧となす才能。しかしそれだけでも振動によって発生する熱を発散させて、才能を潰す。
樋川はただ単純に凄いと感激を受けていた。
自分が受けた攻撃のみで、その才能によって起こせる事象のみで、才能を作り変えることができることを。
そして予測ではあるがその才能は、元の才能を潰せるほどの圧倒的な力を有していることを。
勝てない。今、この目の前にいる少年に勝てない。
そうは分かっていても樋川の優先順位は自分の敗北よりも任務だ。だからここで退く事はできない。
「黒笠は返してもらう」
「来いよ……蓮野景」
言い終わると共に、互いは互いに全力で拳をぶつけ合う。
お年玉更新!