愚行
手に持っていたサバイバルナイフは折れ、体に傷は無いが自分でも分かるくらいに息が上がっていた。
ショッピングモール内にて、樋川は気絶している灯澄に近付きながら息を整えようとする。
(…………白闇って相当厄介とは聞いてたが、まさかココまでとは……タイミングが悪い…………それにあのクソ野郎、雇い主だからって好き勝手に命令しやがって……)
黒笠霧雄。樋川の雇い主である男の顔を思い浮かべて、思わず顔をしかめてしまう。
急に護衛の依頼から、拉致軟禁監視の依頼に変更してきた男。
丁度その時に灯澄と景がショッピングモールへ買い物に来てしまったため、景と別れた後に行動しようと考えたら敵からの奇襲。
少し出来過ぎているようにも感じた。いや、そもそも敵から奇襲される可能性を考えて依頼を変更した為、こうなったとしても偶然という言葉で片付けられるだろう。
しかしそれなら、最初から灯澄を学校になど通わさせずに保護という名目で軟禁したほうがよっぽど都合がいい。
突然姿を消すより合理的で効率もかなりいいはずだ。
それなのに霧雄は灯澄をわざわざ学校に行かせた。高いリスクがあるにも関わらず。わざわざ自分などを雇ってまで。
それは何故か…………。
(……蓮野、景…………)
この数日間の学校生活において、黒笠灯澄が一番気にしていた人物。
その少年の顔と名前がすぐさまに思い浮かんだ。
景は灯澄が記憶を無くす前の事件にも関わっている。そして唯一彼が社会との関わりをもっているところは学校といってもいい。
わざわざ学校に行かせたのは、蓮野景に逢わせるため…………?
そんな思考が浮かび上がりながらも、樋川は灯澄を担ぎショッピングモールを出ようとした。
どちらにしろ自分は霧雄から金で雇われている。雇い主の依頼を遂行することが一番。それ以外の考察は二の次だ。
「樋川ァ!」
歩き出したところで、後ろから少年の声による怒声を浴びせられた。
振り返ると、そこにいるのは紛れもなく蓮野景だった。
(……この状況を見ただけで、わざわざ怒りを露わにする要素は見つからない…………本当、あの男は何を考えているんだ……)
護衛役である樋川がただ灯澄を担いでいる姿だけで、拉致の姿だとは思わない。
つまり誰かがこれからする樋川の行動を告げ口したと考えるのが妥当だ。
それが出来る人物など、命令した本人である黒笠霧雄しかいないのだが。
あの男は理由は分からないが景に重点においている。そして自分はその重点に倒されるべき敵として設定されたようだ。
そう悟った樋川は近くに灯澄を置き、景と対峙する。
「何か用ですか、クズ」
「灯澄をどうするつもりだ?」
「どうもこうも、実家に連れて帰ってあげて誰かに襲われないか見張るだけですよ」
「…………そういう命令だもんなぁ」
「まさかと思いますが、クズごときが俺を止めようと今から動こうとするつもりですか?」
「だったら?」
「愚行にも程がある。言っておきますが、先程教えた才能者との戦い方は10割方嘘ですからね」
「それって全部じゃねぇーかよ!」
「そうです。まさか俺が後々自分が不利になるかもしれないのに、わざわざ敵になるかもしれない人間を成長させるとでも?」
「ま、そうだろうなぁ」
「……想定内のことでしたか。それでも俺に立ち向かうと?」
「だってお前、黒笠を何としてでも連れて行くんだろ?」
黒笠灯澄を連れて行こうとする限り、景は邪魔をしてくる。
例え、無駄な抵抗だと分かっていても。自分が無能だと知っていても。
「そういうタイプ、一番厄介だ」
そう言って樋川は指を弾く。
それと共に天井にあるガラス窓が割れ、大量の破片が景の元に落ちてくる。
とっさに景は店内に入り、ガラスの雨を躱す。
当然、景がガラスの雨を躱している間に樋川は次の手を用意し終えていた。
景の入った店は、男性物の洋服店のようで店内に隠れようと思えば隠れられるような場所はいくつかあった。
しかし隠れる暇などなく、ガラスが床に当たり騒音を出す中、店の入り口から放りこまれた火の塊によって瞬く間に店内が火の海へと変わっていく。
入り口を塞がれ、逃げ場が無くなった景は店内に裏口がないかどうかを確かめるために店の奥へと入っていく。
しかし残念ながら裏口らしきものは見当たらず、捨て身覚悟で景は店の入り口から脱出する。
多少の火傷を負いながら店外へと脱出した景は待ち受けていた樋川の蹴りを躱す。
しかしそのせいでガラス窓が頭上にある位置に来てしまった。
樋川は二度指を鳴らし、ガラスの雨を降らせる。
「ッ!?」
それをまた躱すため、動き出そうとした景の耳が不快な雑音を捉えてしまい、ほんの一瞬だけ行動が遅れた。
結果、ガラスの雨は動くことが出来なかった景の体に容赦なく降り注ぐ。
今年最後の久しぶりの更新。よいお年を