責任
当然、タイトルなんかに意味は無い
「…………蓮野くん、お話があるので……放課後、教室で待っていてください」
またこのパターンか、と景は頭の中で思いながらも了承した。
昼休みの一件から三日後の事である。
登校したての景に灯澄がそう言ったのである。
景としても、断る理由も無いので了承したが…………。
(一体……何を言われるんだろうな………………)
虫食い状態の真実を伝えられた灯澄がこの三日間どういう行動をしていたか、景は知らない。
そもそも三日間一切口を交わしてない。ストーカーでもあるまいし、景が知っているわけが無いのだ。
(……ともかく、覚悟はしておかないとな…………)
灯澄にどんな罵詈雑言を浴びせられようが、頬を叩かれようが景はそれに逆らう権利が無い。
権利があっても行使する気が無い。出来ない。
もう逃げ始めているから。
「蓮野くん……待たせちゃいましたか?」
窓の外を眺めていると、灯澄が話し掛けてきた。
もう放課後だったのか、と景は自分の体内時計の指針が壊れている事を自覚し、席から立ち上がる。
「いいや、別に」
「そうですか、なら行きましょう」
「何処にだ? またお前の寮部屋か?」
「違いますよ。まあ、黙ってついて来てください」
灯澄はそう言うと、景の手首を勝手に掴みながら歩き始めてしまう。
またこのパターンか……。
景はそう内心で溜息を吐くと、仕方なく無言でついて行く事にした。
「おい、黒笠」
「なんですか?」
「ここは……どういう事だ?」
「見て分かりませんか? ショッピングモールですよ」
途中から……電車の切符を買わされた時点から景もおかしいとは思っていた。
景が予想していたものは、どこかで話し合いをする、と言った至ってシンプルなものだった。
しかし、灯澄はどうやら話し合う気は無いらしい。
「蓮野くんはあたしの記憶を消したんですよね?」
「あ、あぁ」
「なら責任取ってくれますよね?」
「何を? どういう風に? どうやって?」
「あたしの欲しい物くらい買ってくれますよね?」
「おいくらでしょうか?」
「未定です。あたしが欲しいと思った物は全部買って貰おうかなと考えているんで」
景は思わず踵を返して、今すぐに逃げ出したくなった。
しかしまるでそれを予期しているかのように灯澄はしっかりと景の手首を握っている。
「他の事で許していただけませんでしょうか?」
自分の金銭事情から考えて、相手に敬語を使う景。
灯澄は一旦無言の微笑みで返した後、息を大きく吸い、
「えぇーッ!? 蓮野くんはあたしをこんなのにしたのに責任を取ってくれないですか!? 最低ッ!! だから男って信用できないんですぅ………うぅ……うえぇーん!!」
涙を流しながら大声でそんな事を言っていた。
周囲の目線が非常に異常に気になった景は取り敢えず灯澄を連れてなるべく人がいない場所に移動した。
移動している間聞こえた、ヒソヒソとした会話の一部分が聞こえたり聞こえなかったりした景は、死にたくなった。
「何をいきなり大声で嘘紛いな事言ってるんだッ」
「別に嘘じゃないですよ。蓮野くんはあたしをこんな記憶喪失なんてものにしたのに責任取ってくれないんですか、っていう意味ですよ。それとも記憶を消したのは他の誰かなんですか?」
「確かに間違ってはいないが、言い方に問題があるんだよ」
「うぅーん……? あたしには分からないです」
人差し指を顎に当てながら、灯澄はそんな事を言う。その顔に先程までの涙は無い。
景はそんな灯澄の顔を見て、思わず溜息を吐く。
「それで蓮野くん」
そう言うと灯澄は景の元に駆け寄り、下から見上げる形で聞いて来る。
「責任、取ってくれるんですか?」
「…………あぁ、金が尽きたら解放しろよ」
溜息混じりで景は遠回しに了承し、それを聞いた灯澄は嬉しそうに笑い出す。
「ありがとうございますっ」
「……そうと決まればさっさと行くぞ」
そう言うと景は一人で勝手にどこかへ行こうとしてしまう。
「違います! まずはこっちですよ蓮野くん」
そんな景の手を無理矢理引っ張って灯澄は笑顔のまま歩き出す。
(………………甘かった……逃げれると思っている自分が、甘かった)
この三日間で灯澄に何があったかは景は知らない。
しかしたった三日だけで灯澄は自らの記憶を消した張本人に笑顔を向けてきた。
そんな人間から逃げれると思っていた自分の甘さに景は内心で溜息を吐く。
罪悪感からくる同情など灯澄にとっては関係無い。景が嘘吐きであろうが灯澄には関係無い。
相手が気にしていないのに、自分がウジウジと悩んでいても仕方が無い。
灯澄の器の大きさに景は完敗していた。
「ところで蓮野くん」
「何だ?」
「他の事で許してくださいとか言ってましたけど、他の事って何をするつもりだったんですか?」
「それは……」
それについて景は特に何も考えていなかった。
そもそも灯澄に考えを変えさせる為のものだったので、景が考える必要は無かった。
「……あたしが一生守って欲しいとか言ったら、守ってくれたんですか?」
「まあ、そういう事になっただろうな」
「惜しい事をしましたぁ…………」
「ん?」
どんよりとした雰囲気を纏いゆっくりと項垂れている灯澄の様子に、景はただ眉をひそめる事しか出来なかった。
蓮野君が蓮野くんに変わったのは使用です……ってそんな事は気にしないよね
あと俺は嘘吐きなんで更新しないと言っても大概は更新したりしちゃいますよ