護衛
タイトルなんかに意味は無い
「好きだよ黒笠―――嘘だけどな」
「なっ…………ははは蓮野君!! 何をいきなり……しかも嘘って!」
「いやだって、本心を言うと興味が無いけど、なんとなく可哀想になったから」
「無駄な同情はやめてください! 余計に傷付きますからぁ!」
「そうかそうか、それは良かった」
「極悪非道の最低人間ですね、蓮野君って!!」
景の態度と言葉にムカついて、灯澄は弁当の残りを大雑把に自分の口へかき込む。
「おい、そんなに急いで食べてたら咽るぞ」
「うるはぁいです! 蓮野くけほっけほっ」
「言わんこっちゃない」
咽る灯澄の背中を叩きながら景は溜息を吐く。
「うぅ……なんか胸の辺りがまだ苦しぃ…………」
「無い胸が苦しいわけないだろ」
「ッ!! ち、ちゃんとあたしだって胸は有りますよ!」
「分かった分かった。ともかく、ほら。これで飲み物買って来い。まだ詰まってる感じがするんだろ?」
「蓮野君の奢りですか? それとも利子を付けて返せとか――――」
「闇金じゃないんだぞ、おかしな事言うな。あとでお前の分の料金は請求するけどな」
渡した千円札を怪しそうに睨み付ける灯澄に、呆れたように諭す景。
「あ、そういう事ですか。それじゃ、あたし飲み物買ってきますね」
「おう、さっさと行って来い」
「……蓮野君、勝手にどっか行かないでくださいよ?」
「行かないから、早く行って来い」
手で払い除けるような仕草をしている景に灯澄は手を振り、屋上を後にする。
自分以外、誰も居なくなった屋上でしばらく空を仰ぎながら景は一人物思いにふける。
(……無駄な同情は余計に傷付くだけ、か………………)
景の灯澄に対する思いは、好き嫌いの二元論では片付けられない。
同情。
灯澄の記憶を消してしまった事に対しての同情。
結論を言えば、景は灯澄を可哀想だと思って接し、話し、ふざけ合う。
景の灯澄に対するどの動作を取っても、同情が根源に存在する。
灯澄からの好きか嫌いかの問答。それに答えるには、あまりにも曖昧で適当な存在が邪魔をする。
好きだから同情するのか、と問われれば景は「違う」と答えるだろう。
嫌いではあるが罪の意識から同情するのか、と問われれば景は「違う」と答えるだろう。
結局の所、中途半端。罪悪感が素の同情だけが灯澄という存在を他と隔離している。
大してどうでもいい他人とは別の認識に存在させている。
つまりは、道端にある砂利の中から一つだけ石に印をつけたような事。その印をつけた石を他より少し意識しているだけという事。
意識しているだけで、結局は他の石と変わらない存在という事。
(…………本当に、中途半端だ………………)
景は灯澄の記憶を消す時に言った。
『オレがお前の不幸を背負うから』と。
しかし、自覚している。
(……背負いきれてない、余計に黒笠を傷付けている…………)
いくら灯澄を大切に思っても、それは偽りの感情でしかない。
そして景にはいつまでも偽りの感情を保ち続ける自信が無い。いつまでも自分を騙しきれる自信が無い。
いつかは自分が何もかもを放り投げて、勝手に自分の中で解決してしまう気がする。
(…………もっと、他人よりも自分を誤魔化せる人間だったらよかったのに…………)
自分を誤魔化し、罪に何も感じず過ごせる人間である事は、景には不可能だった。そんな才能は景には無かった。
騙し続ける才能も罪に何も感じない才能も無い、無能者。
そんな自分が持っている才能である〈無能修正〉。
(……皮肉かよ。よりにもよって無能を修正するなんて…………)
一時的に才能を創り得る変異系才能。正確には、相手の才能を元に創り直した能力を一時的に自分の能力とする変異系才能。
この才能は他人の真似事とは違う。複写ではなく修正。
相手と同じになる事は決してない。つまり誰かと同じ道を歩くことを禁じられている才能。
詐欺師を見ていたとしても、詐欺師にはなれない。
殺人鬼を見続け心理や行動を研究したとしても、殺人鬼にはなれない。
例えどんなに自分が何かになりたいと憧れたとしても完全に憧れた者にはなれない。そういった才能。
(…………あぁ、複写の才能だったら良かったのに………………)
くだらない、在り得もしない事を漠然と考えながら、彼は空を仰ぎ続ける。
そして、気付く。
「……黒笠の奴、遅くないか?」
独り言のように呟き、景は立ち上がり屋上を後にする。
(……教室にもいない、か…………自販機の場所が分からないって事か? 黒笠は聞いて来なかったからてっきり知ってるとばかり思ってたが…………)
階段を下りながら、景は溜息を吐く。
単純に景の事を忘れて勝手に教室に戻っていたら、捜索は楽だった。
しかし教室に灯澄の姿は無かった。故に今から自販機が置かれてある場所……昇降口の近くに寄るわけだが、いる確率は少ない。
さらには景が屋上から動いてしまった事により、灯澄とすれ違いになる可能性すら生まれてしまっている。
(これは昼休みが終わるまで、見つかんないかな……………)
校内の中で迷子とは、と溜息を吐きながら景は踊り場から外を見る。
そして見つけた。灯澄を。
中庭で挙動不審のようにキョロキョロと周りを見ながら歩いていた。
(……まあ、外に自販機が有るって発想しちまったんだろうな…………)
急いで外に出ようと景が動き出そうとした時、ちょうど灯澄の方も行動を起こした。
というか走り出した。何を考え付いたのかは景には分からなかったが、一方向を見た後、血相を変えて反対方向に走り出していた。
(何が…………?)
灯澄が走り出す前に見ていた方向へ景も視線を向ける。灯澄と同じ視点では無いが何かしら見えるだろう、と考えたのだ。
その方向から、何名かの生徒が灯澄を追いかけるように走ってきた。
(……追われてる!?)
自然と景の体が動き出していた。
この前まで灯澄は暗殺者なんて物騒なものに襲われ続けていた。
それがたかが本人の記憶が消えた程度で終わるとは限らない。いや、終わる理由には適さない。
そして景と灯澄が初めて出遭った日、景が見たのは制服を着た死体。
(…………つまりは学生のふりをした暗殺者!)
景の頭の中で繋がった何かが、体をより一層強く動かす。
階段を下りながら、灯澄の逃げ出した方向を脳内でマッピングする。
校舎全体の図は必要ない。前後左右の四方向のどれへ向かったのかすら分かればいい。
1階へ着くと同時に景は脳内マップに従って全力で走り出す。
(……追っていた奴ら全員が才能者なら〈無能修正〉で対応すればいい。数的には負けているが勝つ必要は無い。灯澄が教師とかの元へ辿り着きすらすれば、追ってる奴らも攻撃がしにくくなる。一時的だが、殺害を延長できる………)
灯澄の元へ走りながら、策を練る景。
しかし、その策は灯澄の元へ辿り着くと同時に無と化す。
もうすでに手遅れだった、という意味では無い。
そもそも灯澄には、自分に向けられた攻撃の対象をすり替える才能、といった盾がある。
しかし記憶喪失後で発動するかどうかが分からない。もしかしたら発動しないという事態があるかもしれない。
だがそんな、在り得たかもしれない未来、なんてものは関係無い。
景が灯澄の元へ辿り着いた時、事態はすでに終わっていた。
灯澄の才能ではなく、他の者によって。
「誰だよお前……?」
景と同じ西宇津理学園の制服を着た外見的特徴が少ない、いうなれば模範的な男子生徒。
しかし直感的に、自分と同じ学生では無いと景は認識した。
「護衛の者ですけど、何か?」
男子生徒……らしき人物が景に視線を向けながら問う。
何かもクソもあるか、というのが景の感想だった。
模範的な男子生徒を直感以外で学生では無いと見分ける方法が、足元には転がっていた。
うめき声を上げる重傷者たち。先程、景が窓越しに見えた何名かの生徒であった。
一応、進んだと思うんだけどな章的には。
あぁ、ネタバレで評価が下がった……orz
どうしよう。こいつまだ名前まだ決めてないんだけど………