記憶喪失後
何故か彼女はついて来る=タイトルなんかに意味は無い
「蓮野くーん!」
(蓮野……苗字、か…………)
後ろから掛けられた声に、心のどこかでもどかしさと罪悪感を感じながら、景は振り返る。
「黒笠、お前今日から学校か?」
「はい! 友達はまだ蓮野君しか居ませんが、頑張ります!」
両拳を握り、元気な声で宣言する灯澄。景とはある意味テンションが真逆である。
部分的な記憶喪失になったのを出来るだけ気にしないようにするためか。
それともこれが彼女の本来か。
「……そうか。何か困ったときは言えよ?」
景は少しの逡巡の後、灯澄に言いつける。
「はい! 蓮野君には遠慮しませずに何でも言います。だって友達ですもんね!」
「そうかな?」
「えっ!? 違うんですか、蓮野君!?」
「ほら、それより早く学校に行こう。遅刻しちゃう」
「ちょっと待ってくださいー! 蓮野くーん!」
景は少し早歩きになり、その後を彼女はついて来る。
そこまで景との距離は離れていなかったため、数十秒後には灯澄は追いつき、またお喋りを始める。
灯澄本人は、楽しくて景に話し掛けているのだろうか?
景本人にとって灯澄と話す事が苦痛である事も知らずに、話し掛けているのだろうか?
今も景は胸中にある罪悪感を押し潰し、灯澄と無理に話している事を知らずにやっているのだろうか?
(…………無理をするから、カナシイヒトなんて言われるのか………………)
いつの間にか無意識で景は、灯澄に対して偽りの表情で対応しながら自らを客観的に見ようとしていた。
無意識に、心の中で自らを客観的に見ようと、灯澄からの逃げ口を作り出していた。
「おいケイ! ケイよ、聞いてないぜ!」
「うるさいな、最初から話を聞いてないと断定するな」
昼休みの時である。騒々しく畑沼が話し掛けてきたのだ。
特に何かを考えていたわけでもなく、ただ窓の外の景色を見ていた景は少々ムカつきながらも畑沼を宥めようとする。
「何なんだ!? あのランクSで少し根暗そうでどうにも高飛車に見えたあの子が、記憶喪失後が可愛いぞおい! お前が何かしたのかケイ!?」
「なんで黒笠の事でこっちに矛先が向くんだよ」
「ランクSと唯一関わりがあったのはお前だけだろ! 矛先が向いて当然だ!」
「記憶喪失後なんだろ? だったら関係無いだろ。こっちに矛先向けんな」
「でも入院中もしょっちゅう見舞いに行ってたんだろ?」
「………誰が言ってた?」
当然、景がそんな事を誰かに言うわけが無い。というか相手がいない。
第三者に見られた、という可能性がある。誰かが灯澄の病室を見張っていたという可能性。
となると、また暗殺者の可能性が――――、
「いや、黒笠灯澄本人が言ってたぞ。嬉しそうに」
「よし。ぶっ飛ばすか」
「なんだよケイ。ジャイ〇ン的ポジションでも目指してんのか? 普段の対応は冷たいけど、道端に捨ててあったりする小動物とかには優しいっていうポジション狙ってんのか?」
「んなわけねぇーだろ。さらに余計な矛先が向かう前に――――」
「ねぇねぇ畑沼君」
どうにか景を席に座らせて女子生徒殺人事件を防ごうと努力している時、横槍をいれるようにクラスメイトの女子が畑沼に話し掛けてきた。
「んー、何?」
「蓮野君と黒笠さんが付き合ってるって本当の話なの?」
目を輝かせながら聞いて来る女子生徒。
「違うと思うよ、本人否定してるし」
「そっかぁー…………残念」
そう言い残し、女子生徒はどこかに行ってしまった。
愛想笑いを浮かべながら景の姿を見る畑沼。
景は、窓の外を見ながらいつにもまして黄昏ていた。雰囲気はまるで賢者や仙人のように強制的に周りの空気が静まっていた。
「お、おい。ケイ?」
「何が、残念なんだろうな?」
「それは、興味本位の発言だから意味は無いと思うけど」
「そうか。人生に意味なんて無いのか」
「自殺だけはやめろよ、自殺だけは」
「するわけないだろ。それこそ完全敗北の象徴じゃないか。なんで黒笠ごときに負けなきゃいけないんだ」
「ははは…………」
畑沼は愛想笑いを浮かべたまま、景のもとを離れて行った。
(記憶を無くしたら……性格が変わるのかねえ……………………)
窓の外の変わり映えのしない景色を見ながら景が考えていた事は、灯澄のことではなく、自分の事だった。
あの事件の時、激しい頭痛の後、自分の中の何かが弾けて少しばかり変化していた事は景も自覚していた。
無能修正の使用法を思いついたのも、激しい頭痛の後。
どこからか《声》が聞こえてきたのも、激しい頭痛の後。
頭痛の原因は、分からない。
(…………もしかしたら、自分も……)
そんな思考に回ってしまったが、景はすぐにその考えを捨てる。
事件後、景は一人称を使う気がしなかった。
そもそも一人称なんて無意識に使うものだし、景もあの時は無意識にオレと言っていた。
しかし事件後、どうもオレと言うのに抵抗が出来てしまっていた。
もしも景も記憶喪失で、あの事件の時に一時的に記憶が戻りまた元に戻るのは、少し納得がいかないものがある。最低限、景は納得がいっていなかった。
(……あの時の黒笠は、少なからず何かを知っていたようだが…………)
もう灯澄にはあの事件以前の景と関わった出来事すべてを忘れている。
自らの手で、ナゾナゾのヒントは断ち切ってしまった。
(…………チッ…………………)
釈然としない気持ちに内心、舌打ちをし、景は席を立ちあがる。
別にどうという事は無い。ただ昼食を教室では無い所で取ろうと考えただけだ。
黒笠灯澄のいないどこかで、ただ昼食を取りたかっただけだ。
すっかり忘れてましたが、一応感想などあれは書いてください