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ある者の語り

ある公爵令嬢の独白

作者: ヒイラギ
掲載日:2026/06/28

「……婚約破棄ですか?」

「そうですか」

「では、お聞かせくださいませ」

「殿下は私のことを、『冷たい人間だ』とおっしゃいましたね?」

「……『私のことを何も知らない』と」

「それならば、あなたは私のことを知っているのですか?」

「私の好きな食べ物は?」

「好きな色は?」

「好きな花は?」

「下を向いてどうしたのですか?」

「答えられませんか?」

「ふふっ、そうでしょうね」

「あなたは、知ってほしい、愛してほしいとそればかり」

「自分からは何もしない」

「与えられてばかりの哀れな方――」

「――黙りなさい」

「貴女に発言を許した覚えはありません」

「また泣くのですね」

「ほんとに演技がお上手ですね」

「いえ、虐めてはおりませんよ?」

「事実です」

「それで、殿下」

「貴方は私のことを知ろうとしたのですか?」

「そうやってまた、人のせいになさるのですね」

「ええ、確かに冷たい人間かもしれません。殿下のことなど、少しも愛しておりませんでしたから」

「なぜ傷ついたような顔をなさるのですか?」

「当然でしょう?」

「見下され」

「馬鹿にされ」

「蔑まれたのですから」

「それでも、私は婚約者として貴方を知ろうとしました」

「好きな紅茶も」

「苦手な食べ物も」

「疲れると指で机を叩く癖も」

「嘘を吐く時、少しだけ目を逸らすことも」

「誰に認められたかったのかも」

「全部、覚えておりました」

「……そう、全部」

「なのに……!」

「…………」

「……はぁ、本当に馬鹿馬鹿しい」

「おや?」

「何を他人事のように見ておられるのですか?」

「ここにいる皆様もそうですよ?」

「王子の愚行をなぜ誰も止めないのですか?」

「教師にはお願いしました」

「ご学友の方々にも注意しました」

「お父様お母様にも報告しました」

「国王陛下にも進言しました」

「ですが、皆様は口を揃えて」

「『殿下を支えるのは婚約者の役目だ』と」

「そう言いましたね?」

「全て私に押し付けて、責任から目をそらしてきた」

「父も母も、教師も側近も、国王も」

「ここにいる誰も彼も、愚か者ばかり」

「おっと。ご自身への批判には敏感なのですね、国王様」

「しかし、乱暴はやめてくださいまし」

「私はお話がしたいだけなのですから」

「兵士の皆様、申し訳ありませんが、少しだけおとなしくしていてくださいね」

「最後の機会ですもの」

「存分に喋らせてくださいな」

「――何を立ち去ろうとしているのですか、伯爵閣下」

「逃げるのは認めませんよ」

「……もう、これ以上逃げるのは許しません」

「動けない?」

「声が出ない?」

「ええ、当然でしょう?」

「私は寝る間も惜しんで努力したのですから」

「政治を学びました。国を治めるために」

「作法を覚えました。王妃になるために」

「魔法を修めました。殿下を守るために」

「だから、この場にいる皆様の首を、一瞬でねじ切ることもできるのですよ」

「フフッ、そんなことはしませんけれど」

「私は愚かではないので……」

「やっと静かになってくださいましたね」

「さあ、それではお聞かせくださいませ」

「なぜ誰も自らの責務を果たさないのですか?」

「知らなかった?」

「いいえ、見ようとしなかっただけでしょう!」

「申し訳ない?」

「その言葉で自分だけ楽になろうとしているのでしょう!」

「どれだけ頑張ってもどれだけ尽くしても、あなた方は変わらなかった……!」

「私は一度だって褒められたことはなかった!」

「少しでも……」

「誰か一人でも……!」

「よくできたと、言ってほしかった」

「……ん?」

「ふふ」

「何を言っているのでしょうね、私は」

「もう、終わったことです」

「私が馬鹿でしたわ」

「こんな方々に認められたいなどと」

「なんて、愚かだったのでしょう!!」

「ふふ……」

「ふふふ……」

「あは」

「あはは……」

「あはははははっ……!」

「……ああ、本当に」

「私が一番愚かでしたわ」


「……どうか、お幸せに」

「お前たちの人生が、不幸で満たされますように」


公爵令嬢は、最後に淑女として完璧な一礼をした。その姿は、黒い影に溶けるように薄れていく。誰も動けなかった。誰も声を上げられなかった。

やがて彼女は、闇の中へ消えた。その後、彼女の姿を見た者はいない。

王国は、それから静かに、音もなく崩れ始めた。


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