笑える冗談と、倫理観について
「あの先輩ねぇ...」と、濁すように言葉を噛み潰す私の様子に「苦手なの?」と読んでいた小説から顔を上げる御学友です。「なんて言うかな、どうにも笑いのツボが合わないんだよね」と吐き出す私は彼女と向かい合う。手狭な部屋に四人掛けのソファがふたつと、ローテーブルに電子レンジとPCモニター。それから立派なプリンターまで揃っている。大学のサークル部屋ってこんなにも自由なのか、と入学当初は驚いたものだ。
「れんげちゃんってそんなに笑いにシビアだっけ。芸人?」
「高校こそ大阪だったけど、そこまで関西人してないことはご存じの通り」
即座に言い返した途端に彼女が黙り込むものだから「うせやん!?」と叫んでしまう。「私、別に関西弁のことよく知らないけど流石に今のがエセだってことは分かる」とはわたくしの御学友、佐藤翼の言。
都合が悪かったのでいったん無視して「あの先輩が冗談で言うことを私は冗談だと受け取れないし、ましてやそれで笑えない。で、逆も然り」と続ける。
「いや急に本筋に戻るやん」
「佐藤ちゃんに関西人の魂が宿った!?」
勢いに押されて少しだけ笑ってしまった佐藤翼を視界に収め、満足げな私です。春咲れんげ。自分と親しい人が笑顔でいることはなんて幸せなんだろう、と思いながらソファに身体を埋めている。
そのまま感傷的に「なんにせよ、陰口はあまり好きじゃないし」と零した私に「同じく。でも愚痴なら聞くよ?」と返してくれる。本当のホントに、優しい子だ。
だからそれに甘えて、少しだけ喋りすぎることに決めた。
「笑いのツボっていうか、もう倫理観だね。うん。私、あの人とは倫理観が合わないんだ」
「リンリカン?」
「そう。私が不快だって思う事柄を、面白いと感じるというか。あれは人を下げる笑いだよ」
眼光を鋭く、そして声を低くした私を見て黙り込む御学友です。
それを見て「たぶん、使ってた道徳の教科書が違ったんだろうねえ」「どこの出版社なんだか」と、反射的におちゃらけてしまうのは私が臆病だからでしょうか。優しい人に気を遣わせるのがどうにも心苦しくて。本当は人に愚痴るのも苦手だ。
思い出したのは春のこと。後に私たちが所属することになる写真サークルの新入生歓迎イベント(略して通称:新歓)にてその先輩と出会ったのだ。これは本当に私が悪かったんだけれども、何しろ入学したてのイベント続きの日々だったからか、その日の私は先輩の名前がすうっと覚えられなかった。
そんな状態で同じ班になって「水島先輩、でしたっけ」と絞り出した私は「は?誰ですかそいつは」と返されてすっかりビビっちゃったというわけです。
思えば初対面からうっすらと苦手だった。高圧的な態度に強い言葉...っていうか口の悪さ。そうして後に発覚していく酒癖の悪さ。喫煙者でパチンコ好きで競馬にも行ってた。役満だ。
とはいえ同じサークルで、それから何度か関わることがあり。
私と同じ一年生に「お前、好きなアーティストとかいないの?」と聞いて比較的メジャーな答えが返ってくると「あぁ、はいはいそれですか。いや分かってないわー」とバッサリ切り捨て。
ちょっと分けて下さいよ、と仲の良い先輩にスナック菓子をせがむ後輩を「乞食じゃん」と笑い飛ばす。
「俺、オタクって嫌いなんだよね」と断言し、みんなで一年生の鉄オタに写真を見せて「これも見ただけで何線か分かるの?すご!」と和やかに話している横で「いやあ、きしょいね」と半笑い。
合宿で泊まったホテルでは酔い潰れて廊下に寝転がり、通りすがる一年女子に「見せもんじゃねぇぞ」とメンチを切る。
そういえば撮影会には来なかったのに、その後の飲み会にだけやって来たこともあった。
はぁあああ、と思わず大きな溜め息を吐いた私を見て「んははは」と佐藤翼が笑っている。
「もう、嫌なこと思い出しちゃったよ」
「れんげちゃんって結構根に持つタイプだよね」
「……ぐう」
「いや『ぐうの音』が出ても抵抗できたことにはならないんだよ」
「まぁ正直わかる」と共感しつつ、私の不器用を笑い飛ばしてくれる彼女の存在がありがたく。
とはいえそれは別として。同じような不快感を抱きながらも、例の先輩の発言を間に受けずにさらっと流してやり過ごしているのがわたくしの御学友なのでした。
それから更に残念なことに、こんな他愛のないやり取りさえ私にかかればキッカケです。
「何かよくわかんないけど、すごーく嫌だったエピソード」が芋づる式に出てくるったら。
そうだった。あーーーの先輩は、佐藤ちゃんの頬をぷにっと指で突いた私に向かって「え、お前らってそういう感じ?レズなの?」とか躊躇なく言い放ったこともあったんだ。そのときは「本当にそうだったらどうするんだよ」なんて憤慨しながらも呆れの方が勝ってしまった。反応に困るいじり方ばかりする人なのだ。
本当にちっとも笑えない。
そういえば、夏の合宿では班長であったにも関わらず、全く旅程を組まずに他の班に一日くっついて回った...という話も同期から聞いた。責任感もないんだな。同じ班になった子達がかわいそう。
どうやっても良い面が見つけられなくて、私もほとほと困ってしまったのでした。
こんな風に頭を駆け巡る毒もすべては言葉にしないままだったけれど、どうやら佐藤ちゃんには私の本気度が伝わったようだった。
「もうね、共演NGです。どうにも合わないや」「こればっかりは仕方ない」と弱音を吐く私に「その場に居合わせたらフォローするよ」と労りの言葉をくれた。「れんげちゃんが苦手って言うんだから相当でしょ」とまで添えて。
「いや、苦手っていうか…嫌いなんだと思う。あんまり他人に対して思ったことないけど。私、あの先輩のこと嫌い。きらいです」
思い切ってそう言葉にした途端、とても心が軽くなった気がした。他人に対して「嫌い」と断言することはどこか気が引けて。どんなに苦手な人にでも何か良い所があるとか、自分のことを棚にあげて、とか思ってしまうから生き辛いんだろう。
嫌い、と断定しないことが偉いとすら考えていた時期もあった。言葉の重みを分かったつもりでいたかったから、簡単に人のことを悪く言いたくなかった。
それでも嫌いと言えなければ、自分のなかの譲れないものや好きなものの価値が下がっていくんだと。そう気づいて、そっちの方がイヤだって思えるようになったのはいつからでしょうか。もう覚えてもいないね。
私がしっとりとした感慨に浸る一方で、わたくしの御学友たる佐藤翼は何やらピクピクと震え出していた。どうやら、春咲れんげが蒔いたユーモアという名の遅効性の毒にやられたようです。身体を折り曲げて口に手を添え、忍び笑う彼女だ。
「それにしても倫理観って...人の愚痴で出てくる言葉じゃなさすぎるっ。初めて、聞いたんだけど。でもまぁ、そう、だよね。倫理観。うん、しっくりくるかも」
本当に、自分と親しい人が笑顔でいることはなんて幸せなんだろう。
そんな充実を胸に抱きつつも「倫理観はアメリカンとマンチカンで韻が踏めるな」と、思いながら私は部室のソファに身体を埋めたのでした。




