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第2話


 「だから!貴様の行動のせいで全員の身に危険が及ぶと言っているんだ、身勝手な行動は謹め!」

 「リドリー君、念の為に言わせてもらうが先程戦っていたロックゴーレムは岩稜帯の近いこのエリアに多く出没する。好戦的ではないし視力は低いが音等の振動を敏感に察知し敵意のある者に対してのみ反撃する、のだが君が不用意に攻撃しなければ戦闘にならなかった上に今まさに大声を出して皆を危険に晒しているのだがそれは良いのかね?」

 「…何だと?」

 「ふむ、やはり若い侵食型は魔力の四散も早いな。ただの岩ころに戻っては活用できる箇所も無いし、まったく無駄な殺生だったなご苦労な事だ」

 「私を侮辱するか貴様、そこに直れ!そのねじ曲がった根性叩き直してくれる!」

 「リ、リドリー隊長!おお、落ち着いて下さい。彼の言う事に一々反応してはいけません」


 クリスの祈りも虚しく調査隊は早くも険悪なムードに包まれていた。どうやらディエロスが岩に擬態していたロックゴーレムを接触観察していたところを襲われていると勘違いした騎士のリドリーが攻撃し戦闘になった事で揉めているようだ。その場を治めようとする者や我関せずと無視を決め込む者、その様子を傍から見て楽しんでいる者など反応は様々で如何にこの集まりが突発的に作られた組織かを物語っていた。


 ディエロス・エルシットは聞いての通りの偏屈な人物で魔物の研究と実験にしか興味が無い傲慢な男だった。今年で三十八になる彼だが二十年前の終戦以前から魔法局に勤めている古株でもあり魔法の腕も確かで優秀な人物ではあるのだが、如何せんその性格が災いしところ構わずトラブルを引き起こす天才でもあった。

 一切身なりを気にせず白髪混じりの赤銅色の髪はぼさぼさに乱れ、魔法局指定のローブは草臥れて所々皺になっている。未だ隣りで喚き散らすリドリーに完全に興味が失せたのか反応を示さなくなり、望み薄だが稀に侵食型の魔物の体内で生成されるコアの捜索を黙々と始めていた。


 侵食型というのは魔物の生態の分類であり、主に自然界の物質が高濃度の魔素を吸収した事により発生する現象に近い魔物の事だ。特徴として防衛反応的に攻撃や逃走する事はあってもそこに意志は無く、あくまでも反射としての行動が基本となる。

 珍しい例として生物が侵食された場合は寄生型と呼ばれる。寄生型は本来であれば有り得ないような行動を取る、凶暴になる、高濃度の魔素に耐えきれなくなり死に至る等様々な現象が見られる。その特性故に寄生型の発見事例は少なく、あまり研究が進んでいないのが現状だ。

 そして三つ目が繁殖型。前提として魔法生物とは魔力を核とし動力としている物を言い人間や動物等はそれに該当しない。放っておけば無限に増え続ける特性と他二つには無い知性を持ち合わせており、これを報酬目的で狩り生計を立てる者がいる程非常に厄介な存在だった。


 今回の任務はそのどれにも当てはまらない異常な個体が目撃されたという事で専門家である魔法生物研究所に調査してほしいとの事らしい。報告書によると姿も確認できておらず目撃者もわからないというなんとも奇妙なものであり、クリスも難しい顔をしていたが王城からの直接的な依頼という事もあり無下にもできずこうして長く険しい道のりを歩んできたのであった。


 「コアは無いようだな、先へ進もう諸君」

 「貴様また勝手な事を!話はまだ終わっていないぞ!」

 「…リドリー君、私は君のように無鉄砲な馬鹿は嫌いじゃないのだよ。知らないのならその空っぽな頭に何でも詰める事ができるのだからな、質問があれば何でも聞くといい」

 「そ、そうか…ありがとう、私も悪かったよ」

 (なんで今の会話で照れてるんだこの女…謝っちゃったし。隔離塔の室長も相変わらずか)


 若干十八にして騎士爵を叙勲されたデイム・リドリー・マシエータは元々地方の小貴族の娘であったが、幼少の頃よりその純粋過ぎる性格と地頭の悪さにより統治には向かず、ならばと武芸の道を進んだところ類稀なる剣の才覚に目覚め史上最年少で叙勲した逸材だった。

 白金色の編み髪に凛とした表情が美しく、無垢で艶のある肌からはその秘めた力を想像する事はできようもない。足元に散らばったロックゴーレムの破片は元が大岩だった事がわからぬ程に切り刻まれ、彼女が放った剣戟の凄まじさをこれでもかと物語っていた。


 些細ないざこざはあったが概ね順調に事は運んでいる。森林限界の近いこの辺りは木々もそこまで高くなくごつごつとした岩肌がそこら中に露出していて雨を凌ぐには不向きな場所であったが、ここカルシュトル山の天候も今のところ急変する様子は無さそうで明日には対象の目撃地点まで辿りつく事ができそうだ。


 「皆さん、少々早いですが今日はこの辺りで野営致しましょう。進捗は悪くありませんので天候が変わる前に準備するのがよろしいかと」

 「わかりました。ありがとう地学士殿」

 「ウェルナーです。それにしても皆様お強いですね、さすが王の盾と呼ばれる騎士様と叡智と名高い魔法局の方々だ。間近で拝見できて光栄です」

 「まったくですな。商会でも予々噂は聞き及んでおりましたがまさかこれ程とは。我らのギルド長も出資した甲斐があったと喜んでいる事でしょう、良い土産話ができそうだ」

 「あ、ありがとうございます。これからもご贔屓にしていただけると幸いです」

 (…政治的で上っ面だけの会話。この部外者の二人は新しい鉱脈でも探してるんだろうな、気持ち悪りい欲に目が眩んだ豚共が。碌なやつがいねえ)

 「…テオドール殿、私めに何かご用でも?」

 「い、いや。な、なな何でもない、です…」


 各々の思惑が渦巻く調査隊一行はこれから夜を越し明日目標の地点に到着する。この先に聳える尾根の先は人類が誰も見た事のない未踏の領域だ、何があるのか何が起こるか知る者は誰一人として存在しない。そして夜が更けやがて覆われた深い霧に視界が遮られ、誰しもが眠りに着いた時にはもうそれは始まっていたのだった。

 

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