戦士バラック
「さぁ、行こうかローザ様。」
孤児院の出口には、馬車が来ており大男が立っていた。良かった。この身体、体力がないので、歩きだと辛かった。
このバラックという大男だが、片目で左側の上半身の自由が効かない。全く動けないわけではないのだが、動かすと痛みが走るらしい。彼の得意な両手持ちの大剣は、今はもう振るえない。
だが、優しい笑顔で立っていた。全てを押し殺して、痛みに耐えて、私を不安にさせないため。
そんな男が、戦士バラックである。
彼は、少し前にあった大規模な戦闘で負傷していた。
確か「ゆうパン」の設定では、勇者召喚前にあった魔王軍との戦いで、魔王の侵攻を止めることができたものの、被害は甚大で、今王国側は防戦を余儀なくされている状況にあった。最前線の城の守りが堅く何とか戦線を維持しているが、再び魔王自らが侵攻してくればどうなるかわからない。
戦士長バラックは、賢者の少女エリスと共に魔王軍を退ける活躍を見せたが、魔王軍の幹部の奇襲により呪いのキズを付けられて、片目を奪われた。
片目がなく左上半身が不自由なのは、そんな理由がある。
孤児院での別れがあり、さっきまで泣きそうだったけど、笑顔を作る。上手く笑えているだろうか。
「はい。よろしくお願いします。バラックさま。」
「あ、バラックさまはやめてくれ。もっと気兼ねなく話してくれていい。」
「じゃあ、私にも様はいりません。バラックさんの方が年長者ですし。」
「ああ、わかった。そうしよう。」
「はい。良いと思います。」
修道院までは、馬車に揺られて3日程かかり、途中で野宿で2泊の予定だ。
馬車は揺られてオシリが痛くなったりしたが、時間潰しも兼ねて、魔力を操作する練習をしてみたりしている。
手足と言うか、五体の他にもう一つ動かせる器官があるような感覚があり、手のひらに魔力を集めたり、少し放出してみたり。孤児院でゆっくりさせてもらっている間にも少し練習していたし、大分上手く出来るようになってきた。
ローザの体は、虚弱体質ではあるものの魔力は多い方らしい。この魔力が聖属性で、これを使うことで癒しの魔法や、祓いの魔法を使うことができるようだ。
この聖属性魔力の使い方は、修道院でみっちり練習して出来るようにしようと思う。
あとは体力だな。
「ゆうパン」のローザは基本的には後衛だけど、前衛を回復させるために時折前線にでる役割もあり、前衛での立ち回りも出来る優秀なヒーラーだと言う設定だったはず。
今は、少し走るだけで息が切れて大変だけどね。まぁ、頑張ってみよう。
2日目のある日。馬車は魔物に襲われた。
「ぎぃぃぃ。」
ゴブリンだった。バラックが危なげなく倒すものの、剣を振るう度に、激痛が走るのが表情でも見て取れる。
だが私は、立派な体格の男が、剣をふるい魔物を倒す姿を、カッコいいと思ってしまっていた。
バラックの戦い方には、華がある。豪快に一撃で魔物を屠るその姿は…。
バラックの戦い方は「ゆうパン」でも書いた。どんな比喩を使ったのか思い出せないが、万人を感動させるものがあった。
タイガーウッズのフルスイングを見てるようだった。かな?今で言うと、ショウヘイのホームランのように、観客の全てを魅了した。
まぁ、どうでも良いか。大筋には関係がない。
「ふぅ。こんなものかな。ローザちゃん。大丈夫か?」
いつの間にか、私はちゃん付けになっている。
「はい、バラックさんもお怪我はありませんか?」
バラックが少し寂しそうな顔をした。
「あぁ、ゴブリンごとき、目だけで追い払えていたんだが....。ダメだな。どんどん体が動かなくなっていく…。」
ん?進行性の呪いと書いた覚えは無いので、体が動かなくなっていくと言うのは、「ゆうパン」のシナリオとは違う。バラックは呪いを受けながらも、勇者と旅立つはずだ。旅の途中で解呪イベントがあるから。
「そんなはずは…。」
私のつぶやきを無視して、バラックは続ける。
「まぁ、帰ったら勇者を鍛えて、戦いからは退かないとダメだろうな。」
ダメだろ。バラックは勇者の瑛太と旅立たないと…。
何とかしないとと思った。
無意識だったけど、私の身体に魔力が溢れてくる。彼を助けたいという想いが、力になっているのだろうか?
両手に集まった魔力をバラックの左上半身にあてる。
小さな身体では、背伸びして届くくらい。
そこで、魔力を放出する。癒しの術のかけ方なんか知らないけど、聖属性魔力は魔を退け、善なる人を救うはず。
「ローザちゃん。何を…。」
ここまで無意識にやってしまっていたが、バラックの声で我に返った。
「もう少し、続けさせて。」
「あぁ。うん。痛みが、少しマシになっていくな。」
魔力を放出し尽くしたが、今の私では呪いを完全に消すことはできないようだ。それこそ原作を改変してしまう。
でも、呪いの進行を抑え、症状を改善することはできたと思う。この状態が、この状態こそが「ゆうパン」設定の状態のはず。
息子よ。私は、やったぞ。
原作を守ることで、お前の安全を守る!
聖属性魔力を使い果たした私は、そのままバラックに倒れ込んだ。
バラックは、私を受け止めてお姫様抱っこの形抱き上げた。
「左手が動く…。痛みはまだあるが、ローザちゃん。ありがとうな。もう立派な聖女さまだな!」
バラックが何を言っているかわからないけど、なんか落ち着くなぁ。他人に抱き上げられて安心するなんて、オジサンにあるまじき感情だけど…。
あ、魔力なくなると意識が…。もう考えられないな。
私は、バラックの腕の中で、何か幸福感を感じながら意識を手放した。