囮なんか駄目だよ
「おはよう。ピータ」
声をかけてみた。
「あ、ローザ。えっ?聖女様ってローザだったの?」
「うん。まぁ、いちおう、まだ見習いの候補だけどね。あとミリアちゃんも聖女候補。」
「ミリアと申します。」
お上品なご挨拶、私にはできないけどね。
「こちらピータ君。街で会って知り合いになったんだ。」
ミリアちゃんに紹介しておく。
「でも、どうしてピータが?」
「うん。この辺りは詳しいからね。斥候役で雇ってもらったんだ。」
「そうなんだ。でも無理しないでね。」
と言うとピータの表情に少し固くなるようにみえた。
「ああ。わかったよ。」
斥候役と言っても、危険を伴うだろう。無理をするなってのは、逆に無理な話だったのかな。
でも、せっかく知り合えたんだから怪我とかしてほしくないな。それに、ピータとは何故か普通に話しても、自然と話せる。元の男っぽい話し方にならんのだよなぁ。
祭壇のある山までは、馬車で2時間ほど。途中で、何度が魔物があらわれて戦闘があった。ピータは、斥候として優秀だったようで、魔物の位置や数、種類なんかを的確に、索敵して報告していた。
「あのコ使えるわね。」
「ああ、次の討伐依頼には、契約無しに頼んでも良いくらいだな。」
冒険者たちが、ピータのこと褒めているみたいだ。契約ってのが少し気になったけど、知り合いが褒められているのは、中々気分が良い。
馬車の中では、ミリアちゃんと
「あの方、お姉様の想い人でしょうか?」
上目遣いの潤んだ瞳で見つめてくる。ん、想い人とは?
「あ、ちゃう、ぜんぜん。違うよ。少し話するようになっただけ。仕事してて、頑張ってるんだよ。」
うん。違うはず。
なんてガールズトークしてたら、時間は直ぐに経った。
2時間ほどで山に着き、そこから1時間程歩いた場所にある祭壇で、祈りを捧げる。
…。なるほど修道院で祈りを捧げるよりも、聖属性魔力に影響がありそうだ。モヤッとしていた魔力をよりはっきりと感じられるような。説明しにくいが…。
無事、祈りが終わり帰り道。馬車に乗り込もうとした時だった。
「魔物です。数が多い…。」
ピータが言うと冒険者達に緊張が走る。
「状況は?」
虹色の流星のリーダー、ウエストがピータに問う。
「急に出てきた感じです。挟まれてます。」
ピータが答えるが、状況は良くないのだろう。口調に焦りを感じる。
「隠行スキルか?まだ経験の浅いお前が、気づかなかったのも仕方ない。」
「ご、ごめんなさい。僕のせいですね。」
「いや、隠行スキルは、1人前の盗賊職でも見抜けないと言われてる。ただの魔物が使えるとは思えん。魔族が一枚かんでるのかもしれん…。」
暫くすると、戦闘が始まり冒険者達が危なげなく、魔物を屠っていく。
カッコいいな。どうせ転生するなら、こんな冒険者になって、聖女さんを守る役の方が良かったな。
「聖女様達は馬車へ乗ってくれ、虹色の流星は、進路を作る。前へ出るぞ。」
「リーダー、後ろからの敵はどうする?」
ウエストの答えに、迷いは無かった。
「俺達の優先すべきは、聖女様を無事に帰すことだ。」
ウエストは、ピータの方を見て目配せする。
「わかっています。お母さんを…。」
ピータが答える。平然を装っているが、緊張しているのか。
「あぁ、すまないな。これも…。」
「はい。わかってます。そもそも、魔物に気付かなかった僕が、悪いですから。」
ピータは、覚悟を決めた表情をしていた。冒険者は街の方へ、ピータは一人後方へ。
「さぁ、ローザちゃん。聖女様達は馬車へ。」
「ダメ。ピータは…?」
「それも、あのコの役目なのよ。」
聞いた事がある。
冒険者の中では、時々法外な金額でいざという時に囮になる役割を受ける者がいる。
「こんな依頼で、、」
女性の冒険者の一人が呟く。
お金に困っていたピータに、より良い報酬をあげたかったと言う気持ちもあったらしい。
近場の山へ、少女を送り届けるだけの簡単な依頼のはずだった。
現状として、このパーティは、魔物の挟み撃ちにあっている。
冒険者が血路を開き、馬車を街道へ通す。じゃあその間の時間稼ぎを、殿役をピータがやるのか?
そして、魔物がピータを、その…。喰っている間に、私たちが逃げるということか?
…。
嫌。ダメだ。そんな事はできない。
もしここに居るのが、身の心もローザちゃんだったら、それもアリかもしれない。
聖女が生き延びるための、少年が死ぬ。その結果を否定もできないし、批判もできない。
まぁ、確かに、俺には、この身体を守る必要もあるだろう、とも思う。
けど、息子より幼い少年を犠牲にして、生きるなんて…。
あと1年半後だが、どんな顔をしてエイタと会えば良いんだ。
私、いや俺は、やはりエイタに、俺が父親で良かったと思われたい。
カッコいい親父だと思われたいんだ。
私は、不意にピータが消えた方向へ走り出した。
「ちょっと、待って。」
護衛さんの声に立ち止まり
「ミリアちゃんをお願いします。先に行って下さい…。」
とだけ答えて、再び走り出した。




