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全話・前編(1~10話分)

あらすじ

大手N設計事務所の部長の福山雅弥は、協力会社の社員 石橋優香と幹事会の打合せで顔見知りになるうちに、その関係が親密になり、交際を始める。福山は現在独身だが、バツイチ離婚歴があり、一人娘は元妻 有村かす美が育てている。優香には、6年間交際している婚約者がいるが、気になる問題が多くて、結婚になかなか踏み切れない。そんな二人のぎこちない出会いから、愛し合い、数々の困難の末に、結ばれていく。

雅春の一人娘 香が継母の優香に親近感を抱き、そして元妻 かす美も優香と親しくなる。新妻、元妻と娘の三人の女性達が普通で無い関係から、女の友情が生まれ、やがて4人は鎌倉に同居できる住宅を設計し、一緒に暮らすことになる。雅春は親友の清志とかす美をくっ付けようと画策するが、上手くいかない。3.11が起こり、5人の人生にも変化が起こる。

1.エレベータ

7階で男が降り、エレベーターの中には福山雅春と石橋優香の二人きりになった。


一瞬、雅春は躊躇したが、切り出した。


雅春「石橋さん、今度食事どうですか…」


優香「はい、ご一緒します…」


雅春は、一瞬驚いた。


雅春の言葉が終わらない内に、優香が即答したからだ。


レスポンは良かった。まるで、雅春の誘いを予期していたかのような、返事だった。


雅春は、こころの中で叫んでいた。


やったぜー。


年甲斐も無く。


福山雅春は、大手N設計事務所 第1事業部 部長にこの春の人事で昇格した。

N設計は、大手5社に入る設計事務所で、従業員は3,000名を越す。


その部長が、エレベーターの中で軟派とは、大顰蹙ものだが、下手な社内恋愛より、他社の石橋優香と一度プライベートで食事をしたいと思い続けた末のあの台詞だった。


先ほどまで、18階の会議室で、今年度の協力会の幹事会が行われていた。


N設計の会長が、毎年楽しみにしているのが、この協力会の夏の研修旅行で、例年、3月末に歓送迎会、8月末に研修旅行、忘年会と行事を仕切るのが、幹事会である。


協力会は、N設計とその協力企業が構成し、約50社から100名近く参加するので、一大仕事である。


特に研修旅行では、例年その行き先を変えるので、その行き先の決定、ホテル、研修施設、バス等事前準備、参加者の確認、宴会等段取りは膨大である。


その幹事は、N設計だけで無く、協力会社からも出て約10名で構成されている。

優香もその幹事の一人で、N系列会社から出てきている。


先ほどの会議で、今年度最後の集まりとなり、優香と顔を合わせるのも、今日で終わりの筈だった。


最後の会議が終わると、他のメンバーは帰ったが、雅春と優香は細部の詰めで二人だけで、打合せをしていた。


実は、雅春は、誘いを何時切り出そうかと、タイミングを見計らっていた。


会議室のあの場で、言うのも気が引けたし、今日でもう二度と会えないかもしれないので、どのタイミング言うか悩んでいた。


エレベーターホールも、その中も他の人が居たし、言えないまま18階から下がってきたが、最後の人が7階のボタンを押したとき、決心した。


彼が降りたら、言おうと。


福山雅春は、今年46歳、もう中年と言われる歳だし、若者のように、軽い言動も出来ない歳だ。


しかも彼は離婚歴があり、10年前に、前の妻と協議離婚していた。


原因は、彼の度重なる浮気だった。


一度ならず、何回も懲りずに浮気する夫に、嫌気がさした妻は、ある日、7歳の娘を連れてバック一つで、家を出た。


その後は、家庭裁判所からの調停が2年間続き、その離婚は成立した。


勿論、彼が離婚届に署名しなかったから家裁にもつれ込んだのだが、そもそもの原因が雅春の浮気なので、元妻の主張が全面通った判決だった。


毎月の養育費、娘 香の進学に必要な費用とバーターで毎月1回香に会う親権を獲得することが出来た。


雅春にとっては、これが目的で、家裁まで行ったので、ある意味勝利だとも言えたが、その過程で、突きつけられたそれまでの悪行は、流石に応えた。


それ以降、雅春は、女性とは縁を切り仕事に没頭した。そうすることが、別れた妻子への償いのつもりだった。


優香と会うまでは。


ちょうど1年前の幹事会で、新旧幹事の引き継ぎがあり、初めて優香にあった。


淑やかで立ち姿は可憐だが、芯はあるように見えた美しい人だった。


打合せの内容はポイントをしっかり抑えていて、彼女に任せておけば、抜けはなさそうに思えた。


雅春が、歓送迎会の打合せにその式場へ下見に行くと言った時も、自分も行きますと言ったときは、若いのに仕事熱心な子だなと思ったが…。


雅春の女性に対する認識は、少し変わっている。


単なる美貌よりも、容貌は普通でも、身のこなしが爽やかな女性に惹かれる。

そして少し陰がある女性を好む傾向にある。


これまでも、そうだった。だから単なる美女には、あまり関心が無かった。


だから、友人の田口からは、いつもお前の趣味は変わっていると、若い頃から言われた。


その基準で言えば、優香は正にその正統派だったし、なんとなく既視感があった。


昔、何処かで有ったことがあるような…そんな不思議な感覚も、より一層声を掛ける動機になった。


それが、2003年2月20日の出来事だった。


2.彼女の事情

エレベーターの中で、福山に誘われた時に、遅い、遅すぎると思った。


この半年間ずーと、誘われるのを待っていたのに、この人、いい年して鈍いのかしら、とか奥手なのかと疑って、会社のお局様にそれとなく聞いたら、昔はそうとう女癖が悪くて、奥さんに三下り半突きつけされた、とか逃げられたとか、散々凄い噂を聞かされた。


挙げ句の果てに、あの人は止めた方がいいと、アドバイスまで貰った。


でも、同じ幹事会メンバーとして、打合せから、研修旅行の準備を一緒にしていて、感心したし、頼りになるし、責任感も強いという印象を持つようになった。


そして、夏期研修旅行が終わった頃には、その高揚感から、誘われるのを待っていた。


が、一向にアプローチしないし、その素振りも無かった。


なんだ、私に感心が無いのかと、一時は落ち込んだ。


それも最後の最後で、誘ってくるなんて…。


誘い文句が、終わるか終わらないかのタイミングで速攻の返事をしてしまった。


もう少し間を取れば良かったと思ったが、後の祭りだった。


まっ、良いか。


実は、優香には、7年間付き合っている彼氏がいる。


というより、婚約者だ、斉藤修という。


学生時代に、K大とコンパで知り合い、それ以降の腐れ縁だ。


周りは、そろそろと思っているが、踏み切れないのは、優香の第六感か、直感かが止めておけと言っているのか分からないが、最後の最後で決断が出来ずに、ここまで来ている。


それは、この人は本当に、私のことを大切にしてくれるのか?


幸せにしてくれるのか?


そういう不安や疑問が解消されない所為もある。


修は、未だに男子専用の独身寮に住んでいる。


優香は、その独身寮に忍び込んで、逢っている。


なんで、外で会うとか、独身寮を出て、マンションを借りないの?と聞いたら、勿体ない。と言う。


一瞬、聞き間違いかと思った。


だから、彼が居ない昼間は、狭い部屋で音を立てずに、一日じっと潜んでいる自分が惨めに思えてくる。


確かに、修は倹約家だ、今までのデート代も殆ど優香が出している。


最初は、おかしいなと思っていたが、今ではそれも、規定化されて、会計になると、財布を出している自分がいる。


なんか、変だし、寂しい。そんな、事が未だに結婚に踏み切れない原因のひとつだと思う。


そして、もう一つ、大きな不安がある。彼との営みで、どうも往ったことが無いと思う。


友達に聞くと、その時は、体が痙攣するとか、意識が遠のくとか、叫んでしまうとか、凄いことを聞かされるが、そんな事は今まで一度も無いし、修が先に往って、それで終わりだ。


だから、喜びなんて感じないし、sexが良いとは思えない。


だからそんな彼との結婚生活は、想像も出来ない。


だったら、早く別れれば良いのだが、それも出来ずにずるずるとここまで来てしまった。


そんな時に、幹事会で福山に会った。 


メインイベントは、9月の研修旅行だが、行き先は会長の一存で決まるので、それは部長が会長と打合せしてきて、1回で決まった。


例年、揉めて決まらず大変らしいが、今年は1回で決まったので、皆驚いていた。


そもそも福山が部長に昇進したのも、会長の意向が強かったとか、噂で聞いた。福山部長は会長のお気に入りなのか。


確かに、仕事はそつなく、皆の意見の取り纏めも手慣れていた。


優香はそれに従って、事務的に進めれば、それで良かったし、不案内の時は、福山に聞けば、即答だった。


関心がいつの間にか、興味になり、そして誘われたいと言う気持ちへ変化していった…。


だから雅春が歓送迎会の打合せに会場へ行くと行った時、優香だけが雅春について行った。


他のメンバーは知らない顔をしていたが…。


打合せの最後に、会場をチェックして、引き上げるときは、ああこの人と、二人だけで一緒に居られるのは、これが最後になり、オフィシャルにもう会えないのかと思うと、切なかった。


いっそ自分から、誘って見ようかと思った。そんなことを考えながら、雅春とエレベーターに乗った。


そしたら..。


それが、2002年7月の出来事だった。


3.初デートはコンチネンタル一泊

Lineで、デートの日程をやり取りした。


最初は4月12日だったが、その2日前に都合が悪く、延期したいと優香から連絡が来た。


それを見て、これは駄目かなと、一時は諦めた。


翌週Lineで19日はどうかと言ってきた。


大丈夫と返した。


待ち合わせ場所は、日比谷線 築地駅付近にした。


雅春のマンションが、晴海3丁目だというと、優香はそのそばで良いと言う。


優香は、西荻窪に住んでいるので、何処でも良いと言う。


地下鉄駅の入り口で待っている優香の前に、黒い外車が停まった。


ウィンドが降りて中から、雅春が顔を出して、反対側へ回れと言う。


助手席に乗り込む、優香。


優香「おはようございます。なんですか?このクルマ?」


雅春「BMWって、知ってる?」


優香「はい、ドイツのメーカーですよね…」


雅春「そう、そのBMWの520をチューニングしたクルマで、アルピナB10 Bi-Turboって言うの…」


優香「へー、初めて聞きました。なにこれ、マニュアルなんですか?」


雅春「そう、マニュアル。楽しいよ。今度運転してみる?」


優香「駄目ですよ、私ペーパードライバーですから…」


雅春「じゃー、他のクルマが居ないところでね…」


優香「だから…もう、いじわる…」


雅春「ははは..。ところで、今日は横浜中華街の珍しい店に連れて行くよ…」


優香「そうなんですか、楽しみ…」


二人を乗せた、アルピナB10Bi-Turboのストレート6が快音を響かせながら、湾岸線に乗って南下する。


車中で、優香は先日デートを伸ばした事をわびる。


優香「この前は、ごめんなさい。実は、予定より早く、あれが来てしまったんで、伸ばして貰いました。あれ、分かりますよね…」


雅春「あそう。」あれって生理のことかとようやく分かる。


優香「だから、今日は大丈夫です…」


雅春「あそう…」


と言うことは…。


優香「今日は、帰らなくても大丈夫です…」


雅春「あそう…」


最近の娘は、大胆です。あれが済んだから、大丈夫ですとか。今日は帰らないとか。


優香「なにか音楽無いんですか?」


雅春「宇多田ヒカルの First Love ならあるけど…」


優香「Automatic 最高ですね…」


とCDをかける。スピーカーからAutomaticが流れだす。


アルピナはManualだけど…と思って、言おうと思ったがやめた。


暫く宇多田を聞いていたが、やがて優香は自分の彼氏の事を話し出した。


独身寮に潜んでいることや、自分で食事代を払うなど。


雅春は、驚いて聞いている。下手に返事も返せない内容である。


驚く話である。そんな話は初めて聞く。何で、こんな可愛い娘にそんな仕打ちが出来るのか、理解不能だったからだ。


最近の若い男は、何を考えているのか...。


雅春「優香さん、学校どこなの?」


優香「本女の住居学科の建築です…」


雅春「へー、じゃー、妹島和代さんの後輩だ…」


優香「そうなんです。凄い先輩が一杯いるんですよ…」


雅春「彼女、自分の高校の同級生なんだ…」


優香「へー、じゃー、水戸?」


雅春「そう…」


優香「福山さん、大学は?」


雅春「W大の理工・建築…」


優香「じゃー、小田和正さんの後輩…」


雅春「そう、彼は院だけ、Wなんだけどね。面白い話があってね…」


優香「えっ、なんですか?教えてくださいよ…」


雅春「オフコースの頃、同期の結婚式に呼ばれたんだけど、皆彼が歌手だから一曲歌うと思って楽しみにしてたらしいんだけど。


自分はプロだから、歌わないと…。で結局、歌わなかったらしい…」


優香「へー、プロなんですね…」


雅春「まー、そのくらいプロ意識が高かったらしい…」


そうこうする内に、B10は山下公園の駐車場へ入る。


二人、中華街の入り口から、市場通りへ入る。


小さな店が並ぶ通りで、地元の友人から教えて貰った。


梅蘭という店だ。この2年後にTVで堅焼きそばが紹介され、一躍メジャーになったが、当時はこの市場通りにあった。


優香が梅蘭焼きそばを食べながら

「こんな焼きそば、初めて食べます。外パリパリで、中は柔らかいし、不思議…」


雅春「そうでしょ、僕も地元の人から教えて貰ったんだ…」


優香「その人って、女性?」


雅春「ごほっ、ごほっ…」飲んでいた水に咽せる。


優香「あはは、図星なんだ…」


雅春「いやー…」


優香「部長って、いろんな、噂ありますね…」


雅春「へー、どんな?」


優香「昔は、女垂らしだったけど、最近は大人しいとか。いろいろ…」


雅春「まぁ、良いから、他にも頼もう、海老チリソース炒めも美味しいよ..」


優香「あっ、話、そらした…」


・・・

店を出る、二人。


雅春「少し歩こうか。久しぶりに、港の見える丘公園に行ってみるか…」


優香「なんか、少女趣味…」


雅春「良いじゃ無いか、石橋さんも久しぶりでしょ?」


優香「石橋は止めてください。優香でいいです…」


雅春「分かった。じゃー、僕のことは、部長は止めて、雅春でね…」


優香「でも、部長。あれっ、雅春さん…なんか、言いにくいな。まーちゃん、で良い?」


雅春「あはは、いいよ。それで…」


二人、急な谷戸坂を上がり、港の見える丘公園へ着く。


雅春「なんか、久しぶりだな。何十年ぶりだろう…」


優香「ええ、私の生まれる前ですか?」


雅春「うぅううん。そうね、僕たち、どう見ても親子にしか見えないようね…」


優香「まー、そうですね。それか、不倫カップルかな…」


雅春「えー、勘弁してよ。あはは…」


ふたり、笑う。ふたりの眼下には、横浜港やベイブリッジが見える。


山下公園へ戻り、雅春が聞く。


「赤煉瓦倉庫行く?」


優香。首を横に振る。


「じゃー、大桟橋行く?」


優香。首を横に振る。


「じゃー、ホテル行く?」


優香。首を縦に振る。


「あそう、じゃーちょっと待って…」と予約する。


結局、マリンタワーの向こうに見えるグランド インターコンチネンタルにダブルで予約いれて、駐車場を出た。


それが、2003年4月19日の出来事だった。


4.南三陸ホテルの屋上宴会

心地よい陸風が、山々から海へ吹き下ろしている。空には満天の星空。


ここは、三陸ホテルの屋上だが、先ほどから集まった30人は大いに盛り上がっている。

東谷会長が、始めた替え歌で、炭坑節の節回しで、荒城の月を歌うのである。

炭坑節を炭坑節の節回しで歌うのでは詰まらない、炭坑節の節回しで、荒城の月を歌う。


なんで、そんな事を思いつくのか。


やはりこの人は、普通の人とは違う。


この人の交友関係は、幅広く、政財界の大物達に顔が利く。


第一、誰とでも直ぐに仲良くなれる。敵を作らない。


会長に会う人達は、皆その明るい天真爛漫な性格に魅了される。やはり、大物だ。

その東谷会長が、1次会が終わると、雅春の所に来て言う。


東谷会長「福山君、あそこは何か?」と指さすのは、宴会場の隣の屋上である。

雅春「屋上ですね…」


東谷会長「そんなことは、見れば分かる。あそこで二次会をやるぞ…」


雅春「二次会は、下のバーに予約を入れてますが…」


東谷会長「あそこは、海風が気持ち良いぞ、星空も綺麗だろう。あそこで二次会をやる。皆を呼んでこい…」


雅春「はぃ、分かりました…」


優香「大丈夫ですか?入れます?」


雅春「ホテルに掛け合う。石橋さんは、二次会は屋上って、他の幹事と一緒に、声かけしてくれる…」


優香「分かりました…」


いつもこの調子で、東谷会長には、振り回される。


昼間も、福島・喜多方で、寄る予定の無い所へ、行くと言いだし。バスの運転手やバスガイドへ、頭を下げてお願いした。


だから、この幹事会メンバーには、例年誰も成りたがらない。


そして今年は、雅春と優香が、その大変な役をやっている。


一次会は7時スタート、終わりは30分延長の9時半、そこから会長の思いつきで、屋上宴会が始まった。


多分、11時までは、終わらないだろう。さっき、フロントで頭を下げて、本来宴会は出来ないという所を何とか頼み込んできた。


会長はご機嫌である。参加している、社員や関連会社の人達も笑い転げている。


海に向かう手摺りに寄りかかり海を見ている優香に、雅春が声を掛けた。


雅春「海風が気持ち良いね…」


優香「ホントですね。ロマンチックですね…」


雅春「今度、彼氏と来たらいい…」


優香「部長と来たいな…」と、雅春の目を見つめる。


雅春「お世辞上手だね…」


優香「ホントですよ…」


その時は、冗談だと思っていた。


向こうでは、炭坑節の節回しの荒城の月で、大盛り上がりである。


海風が気持ち良く、屋上を吹き渡っていく。


ここ南三陸海岸一帯を大津波が襲うのは、それから9年後の事である。


まだ、誰も知らない。


これが2002年8月の出来事だった。


5.上野公園のリトマス試験紙

雅春と優香の2回目のデートは、都内・上野公園になった。


雅春が優香に上野公園はどうか?と言うと、優香は「はい。」と返事した。


優香には、今更上野公園の何が面白いのか、雅春が何処へ連れて行くのか、ある意味、興味があった。


上野公園と言っても広い。待ち合わせ場所は、東京文化会館の入り口と言われた。

雅春は待ち合わせ時間よりも早めに行った。


やはり、早めに来た優香は、黒のテーラードジャケットに白のフロアースカートと今日はシックな装いだ。


優香「今日は何処へ行くんですか?」


雅春「そこ…」と向こうを指さす。指の先に西洋美術館が見える。


雅春がチケットを買い、西洋美術館に入る。


企画展示は、素描展だった。常設展示へ行くようだ。


雅春「いつものモネの睡蓮や舟遊びなど、いつ見ても穏やかな気持ちになる。これだけでも、ここへ来る価値があると思う…」と20世紀ホールのスロープを歩きながら、優香に話しかける。


優香「そうですね。本当にいい絵ですよね。夢の様な..」


実は、雅春は女性と付き合い始めると、必ずここへ彼女たちを連れてきていた。


この美術館に来て、モネの絵を見て、どう思うか。


何も言わない女、関心も示さず通り過ぎる女。


一方、それらの前に佇み、じっと見つめる女性がいる。


やはり、自分と同じ、感性や趣味を持つ女性とは、長く付き合えるが、そうでない場合は、その付き合いは短命に終わる。


それは、雅春の女性を見るリトマス試験紙だった。


そんなことだが、実は大切なことだと思っている。


そういう観点から見ると、優香はきちんと絵を向き合い、画家が何をそこに提示しようとしているのかを、真剣に見ている。


だから、この娘は、大丈夫だ。と思った。長く人生を共に歩けると。


優香は雅春のリトマス試験紙にブルーでパスしたらしい。


だから次に考えていた、国立博物館は省略した。


噴水の向こうに博物館が見える公園のベンチに座った、ふたり。


雅春「今日は、天気が良くて良かった…」


優香「わたし、晴れ女なの…」


雅春「自分は雨男だから、優香さんの晴れ女は強いんだ…」


優香「この後、どうします?」


雅春「晴海へ行こうか…」


優香「晴海に何があるの?」


雅春「自分のマンション…」


優香「お邪魔して良いんですか?」


雅春「優香さん、が良ければね…」


優香「はい、雅春さんの部屋見てみたい…」


雅春「45階だから、景色だけは良いよ…」


優香「へー、45階か…」


雅春「夕食は、自分が作るよ。何食べたい…」


晴海に着くと二人は、近所のスーパーマーケットで食材を買い込み、45階へ上った。


玄関のドアを閉めると、優香が抱きついてきた。買い物袋を置くや否や、唇を重ねてきた。玄関からリビングへ抱き合いながら移動する。


景色が楽しみとか言っていたが、景色なんて見る間もなく、一戦交えそうな勢いだった。


雅春「ねー、ちょっと待って…」


優香「なんでー..」


雅春「寝室、向こう…」


優香「抱いて行って…」


雅春が優香をお姫様抱っこし、ベットへ下ろす。


濃厚な交流が終わり、3度優香は行った。


優香「ここ、高かったでしょ…」


雅春「値段?社員価格で値引きしてもらった…」


優香「ここなら、私の市ヶ谷の事務所まで30分だね..」


雅春「一緒に通勤できるね…」


優香「そうね、そうしようかな…」


雅春「何か作るよ…」


優香「料理出来るの?」


雅春「一人暮らしが長いからね…」


優香「どうして、奥さんと別れたの…」


雅春、しばらく考えて「僕が悪いんだ。あの頃は、馬鹿だったよ…」


優香「ねー、もし、仮によ、私と結婚しても、浮気する?」


雅春「優香を悲しませることは、絶対しない。ここで、誓うよ…」


優香「ちょっと、待って…」といい、自分のiPhoneを持ってくる。録音アプリをオンにする。


優香「さっ、もう一度、言って…」


優香は録音していたが、やはりあれだけ噂があり、離婚歴もある40男を、伴侶として選ぶには、それなりの勇気と覚悟が必要だった。


当然親、特に父親はいい顔はしないことは、最初から分かっていた。


だからそのためにも、自分の信念は揺るがない物にしたかった。


どうしたら、この人をずーと自分のものにしておけるか。


どうしたら浮気をさせないように出来るのかを、真剣に考えた。


妻になって、一度も浮気をされない、させない、妻達は居るはずだ。


彼女たちはどうしているのか。色々教えてくれる先輩達に聞いてみた。


まず浮気する理由だが、性欲を満たしたい、魅力的な異性がいる、マンネリ、パートナーに飽きる、不満がある、異性からのアプローチが多い、家庭に居場所がない、等々だという。


ならば、その逆を行けば良いのか?


常に性欲を満たしてあげる、言い寄る他の女達の誰よりも魅力的になる努力を怠らない、パートナーとして飽きさせない、趣味に付き合う。という結論になった。


なーんだ、そんなことか、それなら出来ると思った。


それを努力と考えるのか、それとも楽しみと考えるのでは、天と地の差位ある。


そして前妻のかす美がどうして浮気されたのかも調べた。


当事者のかす美に聞きたいところだが、それも出来ないので、雅春にそれとなく、聞いた。


優香「ねー、かす美さんって、美人だったんでしょ?どうして浮気したの?」

雅春「うーん、結婚してから、なんか壁が少しづつ出来たような気がした…」


優香「それって、Hの回数が減ったの?させて貰えなかった?欲求不満だった?」


雅春「まー、そういうことかな…」


優香「雅春さんって、女性からのアプローチが多いでしょ?」


雅春「うっ?普通じゃ無い、多分…」


普通の男は、そう聞かれたら、いやそんなことは無いと否定するが、雅春は否定しない..ということは、かなりアプローチが多いと見た方が良い。


優香「ねっ、雅春さんってトライアスロンやってるよね。あたしもやろうかな…」

雅春「ああ、いいんじゃない、女子選手の知り合いがいるから、今度紹介するよ…」


優香「でもね、問題があって、スイムが上手くないの…」


雅春「それじゃー、スイミングスクールへ行こうか…」


ということで、優香もトライアスロンに挑戦することになった。


これで、同じ趣味をやることで、寄ってくる女達から、少しは監視できると思った。


優香の防御策は万全に思えたが..。


雅春のトレーニングを聞いて、優香は驚いた。ほぼ毎日、朝練でランニング、金曜日の夜はスイム、土日は、バイクとほぼ毎日だった。


だからあれだけ縦続力があるのかと、納得した。


取り敢えず、雅春のトレーニングに付き合うことにした。


これが2003年6月の出来事だった。


6. 蓼科山荘 3泊4日(R-15)



横浜の初デートから1ヶ月後、Lineで次は、山に行きたいと、優香からメッセが来た。


色々と注文が多い女だなと思いつつ、大学の友人の安西清志に蓼科山荘の予約を頼んだ。清志は蓼科山荘の取り纏め役の幹事をしていた。


雅春「7月中旬に、蓼科山荘、空いていないかな?」


安西清志「7月ね…ああ、空いてるよ、8月は一杯だけど。7月20日からならOK…」


雅春「何時も悪いね…」


安西「今度は、どんな女性?」


雅春「今度、紹介するよ…」


安西「へー、本気なんだ。かす美ちゃん以来初めてだな…」


雅春は、安西が「かす美」と前妻を話題に持ち出したので、少し驚いた。


その名前をここ暫く、聞かなかったからだ。


有村かす美、元妻である。


かす美とは10年連れ添ったが、雅春の女癖の悪さに、ある日突然家を出た。


その時、娘の香は、小学校1年生で、娘の部屋はランドセルだけ、無くなっていた。


ふたりが居なくなって、初めて事の重大さに気が付いたが、遅かった。


かす美の実家や知り合いのところへ連絡したが、皆知らないと言う。


逆にどうしたんだと尋ねられた。


離婚届が郵送されてきたのは、それから1ヶ月後だった。


かす美から離婚して欲しいと、何度も連絡があった。


雅春が、もう一度やり直したいと、言っても拒否された。


かす美「今更、何を言うの。もう遅い。サインして…」


雅春「だから、今までの事は、謝るし、もう二度としないよ…」


かす美「そんな事じゃ無いわ。あなたを信じた、私を許せないのよ…」


雅春「香の事を、考えてくれよ。」


かす美「香の事を、考えてそうしたのよ。」


結局、いくら話しても平行線で、結局、家庭裁判所から呼び出しがあり、友人の弁護士に相談した。


萩谷健一「正直言うけど、慰謝料と親権は向こうだよ。」


雅春「そうなんだ。」


萩谷「福山が、親権を取れる可能性は1割。今まで事を、裁判所が考慮したら、まー無理だろうね。」


家裁の裁定は、萩谷の言う通りになった。


雅春には、月一の面会だけは認められた。がそれ以外は何も残らなかった。


有るとすれば、深い後悔と仕事だけの毎日だった。


雅春が、安西に予約を頼んだ蓼科山荘は、彼らの研究室OBが建てた木造平屋の別荘である。

山荘と呼ばれているが、ログハウスとは正反対で寄棟の端正なデザインは、フランクロイドライトのデザインと言っても過言では無い。


そしてある意味隠れ家的雰囲気がある。


広大な敷地は蓼科ビーナスラインに面しているが、道路のレベルからは10m程下がった南斜面に建っているのだ、道路からは全く見えない。


しかも、立科町の条例で、隣地の大学の夏期研修所からも200m以上離れており、木立の間からはその気配すら感じない。


隣が見える一般の別荘地とは、違い隠れ家的と言えるのは、そう言った立地条件による。


平面プランは16畳サイズのリビング・ダイニングに6畳サイズの個室が2部屋、Kとサニタリーが付く、風呂はサウナが外にある。


愁眉は暖炉だ。オリジナルの暖炉は、両側に地元の安山岩を積み、上に鋼板を折り曲げて坑道としている。


そこに薪をくべて、炎を見ているだけでも、ここに来る意味がある。


非日常的なその空間はそこに居る人の心を癒やしてくれる。それを優香にも経験させたかった。


今回は、安西から借りたレンジローバーを運転している。


足回りは柔らかい。急なハンドル操作をすると、直ぐにロールを許すことになるので、意外にハンドル操作には気を遣う。


優香を環七・荻窪駅近くで乗せて、中央高速に入り西へ向かっている。


優香ぼんやりと後ろへ流れていく車窓風景を見ている。


前回の横浜デートや晴海は1泊だったが、今回は3泊4日なので、ゆっくり楽しめそうと期待している。


それにしても、まーちゃんは、凄い、40歳とは思えない持続力がある。何度も往された。さすがトライアスロンをやっているだけのことはある。


修には、先日さよならを告げた。彼は驚いていた。


あんな男に何の未練も無い。


まーちゃんとこの先一緒に人生を歩んでいくと思うと、自分のものにしたい、誰にも渡さないし、触らせないし、取られたくない。


まーちゃんは一生私のもの。


雅春は、前を見ながら運転している。


(注:以下 過激な表現があります。心配な方は此処で回避してください)


既に車中で、雅春の股間から、息子を取り出して、口と舌で刺激してきた。


危ないので止めさせたが、最近の娘は…。


横浜で色々と分かった。


優香はまだまだ未開発だし、しかも技巧的にも未熟だった。あの時、初めて何度も往ったと聞いて驚いた。


どうなんだろう。


これから自分で仕込んで、自分好みの女性にしていく嬉しさが増えた。


優香も変わって行く自分に強い興味があるらしく。


先日もトライアスロンをやりたいと言ってきたので、驚いた。


聞くと高校時代に陸上の走り高跳びの選手だったという。


だからプロポーションが良く、名器の予感もあると納得した。


意外と当たりかもしれない。だから今までの経験からも上位に入る素質を持っている。

今回の蓼科山荘を楽しみにしているのは、雅春も同じだった。


優香はガウンを羽織り暖炉の火を見ていた。昨日から、蓼科山荘に泊まり、まだ二日目だが、もう既に何度行ったか分からない。


雅春の技巧は、今までの青二才のそれとは、全く違っていた。


優香の反応や喜び方を優先してsexをしているようにしか、思えない。


だから何時も「来て。」とか「入れて」と目配せするか言わないと挿入してこないのだ。


入れられる前に、何度か行き、それで入れられても、雅春が行く前に、何度か行ってから、漸く行くのだから、明らかに勝ち負けで言うと、連戦連敗だ。

本当に、白旗である。こんな経験は、初めてだし、これからずーとこういう風に愛されるなら、この人に、全てを捧げたい。


優香「ねー、これからも、ずーと、私がおばあちゃんになるまで、さっきみたいに、愛してくれる。」


雅春「ああ、そうするよ。」


優香「嬉しい。あんな風に他の女にしたら。駄目よ。絶対許さないからね。私だけよ。」


雅春「何、言ってるんだ。」と言いながら、優香のうなじに唇を這わせてきた。

優香「ああ…。」


これが、2003年7月の出来事だった。


7. 7年間の清算



優香が別れを告げたとき、斉藤修は始め何を言われているのか、分からなかった。


暫くして、それが別れ話だと、漸く理解した。


理解はしたが、納得できる話では無い。


第一、 理由がよく分からなかった。確か優香はこういった。


「あなたとは、相性が悪いので、別れたいの。」

相性って、何だ?


「もう、連絡しないでください。電話も、Lineも」

連絡、するなって…。


「いままで、ありがとう。これまでの事は、二人の思い出にしましょう。」

思い出…何があった。


ここ3ヶ月、確かに優香との連絡は途切れがちだったし、会いたいと言っても、何か用事を理由に会えないと言われた。


「誰か、他に男が出来たのか?」


「そんなことは、あなたには関係ない話よ。」


「そうなんだな。」


「ここで、お別れします。」


「俺は、納得してないぞ。」


「それは、あなたの勝手。でも連絡してこないで。二度と。」


「だから、きちんと説明しろ!」


「…。」


「何とか、言えよ。」


「好きな人が出来たの…。」


「やっぱり...、どんな奴なんだ。」


「そんなこと、あなたには、関係ない話よ。」


「ふざけるな、俺たちの7年間をどう思っているんだ。」


「..もう、思い出よ..。」


「思い出..。それで、終わりか..。」


「これ以上、話しても無理だから..。」


「…。」


後味は悪かった。だが、それもしょうがないと、自分に言い聞かせた。


それよりも、雅春との夏休みはどうするか、そちらの方が、気になった。


一方、雅春は、一人娘の香との面会の日だった。


離婚協議の時に、面会については、毎月第1日曜日午後2時と決めていた。


ちょうど、それが今日だった。


そして、一昨日優香から斉藤修と別れたと、Lineがあった。


多分、それがこれからの雅春と優香のスタートなのだろうと思った。


少し早いが、それを香に話そうと思った。


「香、今日は話があるんだ。」


「何?パパ。深刻な話?」


雅春の顔色を見て言う。


「実は、パパ今真剣に付き合っている人が居てね。その人と、一緒になると思う」


「…」


「だからと、言って、香にもう会わないとか、そういうことじゃない」


「...」


「これからも、こうして会って欲しいし、香のことは大切に思っているから。」


「..でも、パパ。その人のことも、好きなんでしょ?」


「ああ、でもその事と、香は別だから..。」


「?どう別なの?その人と結婚するの?」


「ああ、そうなると思う。」


「それでも、又私と会うの?」


「嫌かい?」


「..。分からない..。」


「この事は、お母さんに、お父さんが話すから。君は話さなくて良い。」


「…。」


結局、この日の面会は、その話だけで終わった。


その晩、有村かす美に電話で伝えた。


元妻は、何も言わなかった。


それが、2003年8月3日の出来事だった。


8. 歓迎されない客

雅春は、奥座敷に一人座って待たされている。出されたお茶には手を付けていない、多分もう冷めている。


ここは、茨城・常陸太田の造り酒屋の奥座敷である。


優香の実家に、今日初めて挨拶に来たが、先ほどから優香は別の部屋に呼ばれて、何か話している。


やがて、父・石橋吾郎が現れる。憮然としている。


母・桜と優香も部屋に入って来る。


雅春「今日は、ご挨拶に伺いました」と座布団から降りて頭を下げ、挨拶する。


吾郎「…..」


雅春「優香さんと交際をさせて頂いてます。そのご挨拶に…」


吾郎「娘と結婚したいと…」


雅春「はい、行く行くは….」


吾郎「雅春さんといったか。あんた、幾つだね…」


雅春「はい、今年47です….」


吾郎「うちの娘と、幾つ違うのかね….」


雅春「19です…」


吾郎「あんた、一回り以上も歳が離れていてだよ、それで…」


雅春「..はい….」


吾郎「聞けば、離婚していて、娘さんも居るって言うじゃ無いか」


雅春「..はい…」


吾郎「娘さん、幾つかね?」


雅春「今年、18です」


吾郎「名前は….」


雅春「香です…」


吾郎「その、香さんが、19も歳の離れた男を連れて来て、結婚したいと言ったら、あんた、どう思うね….」


雅春「..それは、驚くと思います….」


吾郎「驚くだけか….」


雅春「…..」


吾郎「今日は、帰ってくれ…」


雅春、吾郎と桜に頭を下げ部屋を出て行く。


アルピナに乗ろうとする雅春。


裏口から母・桜が、日本酒の箱を持ってきて、雅春へ手渡す。


桜「これ、どうぞ…」


雅春「あっ、ありがとうございます…」と受け取る。


桜「福山さん、あたしのこと覚えていません…」


雅春「はっ….」桜の顔を見て、暫く考え込む..すると、驚きの表情に変わる。


雅春「もしかして、幸田さん…」


桜「よく、思い出しましたね。あれから30年も経ってますからね…」


雅春「そうですね。高校2年生でした…」


桜「こんなところで再会するなんて…」


そこへ優香がやって来る。


優香「何話していたの、お母さん…」


桜「昔ね、福山さんと会ったことがあるの…」


優香「うっ、そー。ホント?何時?…」


桜「高校2年生…」


雅春「そうなんだ、僕が振られたの…」


優香「ええー、あり得ない..」驚きの表情。


桜「ふふふ…」


優香「私、後から電車で帰るから。気をつけてね…」


雅春、アルピナのエンジンを掛ける。ストレート6が目覚める。


雅春「それでは、失礼します…」


優香「じゃー、後で…」


手を振る、優香。クルマが見えなくなるまで、手を振る。


それを見ている、母・桜。


こんな事があるのか、娘は昔の母の恋人と一緒になりたいと、それも自分たちがまだ17歳だった。そんなことは、夫には言えないが…。


横で睨む優香「お母さん、詳しく聞かせて貰わないとね…」


桜「なにも無いわよ。私たち、キスもしていないから…」


優香、唖然とし桜の顔を見る。


桜は、雅春のクルマを見送りながら、30年前のことを回想していた。


桜「やはり、無理です…」


雅春「どうして駄目なんですか…」


桜「私、造り酒屋の一人娘なんです。だから跡継ぎになってくれる人じゃ無いと…」


雅春「…」


桜「福山さん、造り酒屋でお酒造りなんて駄目でしょ…」


雅春「..それは..」


桜「そういうこと…」


まだ、高校生だった、雅春は桜に振られていた。


そして、今雅春はその娘の優香と一緒になろうとしている。何という、因果だろう。


それが、2003年10月20日の出来事だった。


9. 噂

雅春の実家は、茨城県守谷市にある地主である。


本人は長男だが実家を継ぐ意志はなく、妹の妙子が後を継いでいる。


2003年に開通したつくばTX線で、秋葉原まで30分のこの周辺は土地が値上がり、今や福山家は、県内の納税額番付で上位に入っている。


今日は、雅春が優香を伴い、彼女を紹介に来ている。


雅春「優香さん、父です」


孝造「雅春が、お世話になります」


優香「石橋優香です。よろしくお願いします」


妙子「妹の妙子です。兄がお世話になっています。よろしくお願いします」


優香「こちらそこ、よろしくお願いします」


妙子「優香さん、お幾つ...」


優香「今年、28です」


妙子「まー、お若いのね。良いんですか、こんなお爺さんで...」


雅春「お爺さんは、酷いな」


妙子「お兄さん、あたしより4つ上だから、47じゃないですか。立派に、お爺さんです」


孝造「石橋さんのご両親には、挨拶に行ったの...」


雅春「去年の10月に。なかなか厳しいこと言われました...」


妙子「そうりゃ、そうよ。こんな若いお嬢さん、そうそう、お爺さんにあげられないわよ」


孝造「そうだな」


雅春「二人ともそれは無いよ」


4人「あははは」


雅春の実家は、いつもこんな感じである。


帰路のアルピナB10の車中。


優香「まーちゃん、これで親たちには、一応話はしたし、そろそろ一緒に住みたいな…」


雅春「でも、常陸太田のお父さんは、まだ納得してないでしょ...」


優香「そんなこと、言ってたら、何時まで経っても一緒になれないわよ。」


雅春「確かに。でも、良いのか?」


優香「私は、いつでも良いわよ。来週でも良いわ…」


雅春「流石に、来週はあれだけど、何時が良いかな…」


優香「ゴールデンウィークはどう?連休で、片付けも出来そうだし…」


雅春「と言うことは、優香が晴海に来るの…」


優香「…駄目…」


雅春「駄目じゃ無いけど、良いの、あそこで…」


優香「大体、もう実際住んでいるようなもんでしょ…」


確かに、優香は昨年常陸太田へ挨拶に行った後、晴海から市ヶ谷の会社へ通っている。


地下鉄、有楽町線で30分なので、西荻窪より近い。


雅春も同じ路線だから、朝は一緒にマンションを出て、同じ電車で通っていた。


そんな彼らを、雅弥の事務所の女子社員が見かけて、社内で噂になっていた。

山口昇平「福山部長、噂になっていますよ…」


雅弥「何が…」


昇平「毎朝、N住宅の石橋さんと一緒だって…」


雅弥「…そうか…」


昇平「ホントなんですね…」


雅弥「昼、一緒に飯食おうか…」


昇平「はい、分かりました…」


昼休み、近くの喫茶店。


雅弥が経緯を話す。


昇平「分かりました。で何時結婚式なんですか…」


雅弥「いや、式はやらないかもしれない…」


昇平「えっ、石橋さん、それじゃ、納得しないでしょ…」


雅弥「そうなんだよ、今それで揉めていてね…」


昇平「そりゃ、そうだ…」


雅弥「簡単な式でも、した方がいいかな…」


昇平「彼女のことを、考えたら、普通に式を挙げた方が、良いでしょうね。だって、やりたくないのは、雅弥さんの我が儘ですよね…」


雅弥「やっぱり、そうか…」


昇平「そうですよ…」


雅弥は、何か考える。


その日の午後、思いもしない方向から、雅春に矢が飛んできた。


香から話を聞いた、かす美が雅春に電話を掛けてきた。


離婚したあとでも、前妻のかす美は正直恐い存在だ。未だに恐妻家である。


かす美「香から聞いたけど、再婚するんだって…」口調が荒れている。


雅春「ああ、そうなんだ。連絡しようと思っていたんだ、ちょうどいい。でも何か…」


かす美「何かじゃ無いわよ。電話じゃ、話せないから。今晩、会って…」


雅春「じゃ7時に華で…」


ガチャ。


有無を言わせず、切られた。仕方が無いので、7時5分前に、神楽坂の料亭 華に行った。 


そこは雅春が仕事でよく使う料亭で、ここなら落ち着いた雰囲気で話が出来るし、万が一かす美が感情的になっても、何とか処理できるだろうと雅春は、踏んでいた。


女将が、複雑な表情をしながら、奥へ案内してくれた。


既に、かす美は、座敷に座り、一人で飲んでいる。


雅春をジロリと見上げる。


雅春「なんですか、急に呼び出して…」


かす美「なんですかも、ないでしょ。再婚するなら、前妻の私に一言位、話が有ってもいいでしょ…」


雅春「話そうと思っていた矢先に、君から電話だよ…」


かす美「ホント?怪しいな…」


雅春「ホントだよ…」


かす美「で、どんな人なの?美人?あたしより美人…」


雅春「何言っているんだよ。普通の人だよ…」


かす美「ふーん、今度香と私に、会わせなさいよ。見てあげるから…」


雅春「はー、そんな話聞いたこと無いよ…」


かす美「それと、本題だけど…」


雅春「まだ、何か有るの…」


かす美「再婚するなら、もう二度と浮気はしないで。いい!」


雅春「いいけど、なんで君からそんなこと言われなきゃいけないのか、意味不明だよ…」


かす美「あのさ、私たちが、あなたのその女癖の悪さで、どんだけ泣かされたのか、調停の時に、散々言ったわよね…」


確かに、離婚調停の際に、散々言われて、反省させられた。思い出したくも無い位だ。


雅春「ああ、あれから全然だよ、自粛してる…」


かす美「ふん、どうだか…」


未だに、前妻から攻められる雅春だった。


それが2004年6月の出来事だった。


10. 普通の結婚式と披露宴



先日、前妻のかす美から呼び出されて、あーだこーだ言われたが、そんなことは優香に、言えるはずも無く、その件は優香に黙っていた。


親友の山口昇平から、式について忠告され雅弥は色々考えた。


確かに、2度目だから結婚式や披露宴は、したくないというのは、雅弥の我が儘だ。


初婚の優香にしたら、普通に式を挙げたいし、披露宴もしたい筈だと。


確かに、山口昇平の言う通りだ。


優香の気持ちも考えず、自分の気持ちだけ考えていた自分を恥じた。


その週末、夕食の後で、リビングでふたりワインを飲みながら、キース・ジャレットのメロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユーを聞いている。


雅春「優香、結婚式の事なんだけど、君はどうしたい...」


優香「そうね、普通の式にしたいし、披露宴も普通にしたい...」


雅春「そうだよね...」


優香「まーちゃん、はどうしたいの?二度目だから、派手にやりたくないとか...」


雅春「実は毎朝一緒に通勤しているの、会社で噂になっているって、山口から忠告された...」


優香「そうなの。山口課長さんね、なんて言われたの...」


雅春「優香は、普通の式と披露宴をやりたいはずだから、聞いてみろと...」


優香「…」


雅春「で、普通が良いよね...」


優香「普通って何?普通が一番難しいのよ...」


雅春「神社か教会で式、披露宴はパーティー形式か宴会場で、ということ...」


優香「やっぱりウェディングドレスで、披露宴はパーティー形式が良いな。

正直、式は神前だと文金高島田でしょ、ちょっとあれは…。教会もクリスチャンじゃ、無いし。ウェディングプランナーに相談するのが、一番無難かな...」


雅春「そうか、じゃー、そうしよう...」


優香「いいの?それで...」


雅春「優香のやりたいようにするのが、ベストさ...」


優香「嬉しい!今晩、サービスしちゃう...」


雅春「いや、普通で良いよ...」


優香「普通って、駄目だめ、さっ、シャワー行きましょ...」


その晩は、何時もに増して優香の濃厚な攻撃があった。


翌日曜日に、二人は式場を探し始めた。


いろいろ探して、南青山の式場にした。式も披露宴も普通なので..。


特に優香サイドの友人をメインにということになった。


雅春の関係者や友人達には連絡はしたが、もう40歳台で、2回目だから、反応は薄いし、先方も2度目だから、遠慮するという返事も多かった。


問題は、優香の両親だが、母が父を説得したようで、結婚については、一応納得し、式にも出てくれることになった。渋々だが..。


式は秋になった。


ただ、雅春は一人娘の香には、出て貰いたいと思っていたが、優香を紹介するのは、式の後にした。

ここでいらないトラブルは、避けたかったのだが、後で考えれば単なる老婆心だった。


それが2004年6月の出来事だった。

[恋愛小説]2002年の二人の妻達


前編(1話から10話)| >>後編(11話から25話)

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