オフィスの花子さん
蒸し暑い夏の夜、とある古びたオフィスビルの一角で、肝試しイベントが開催されていた。
ビルの外壁は所々錆びて、蔦がはびこっている。
そんないかにもなにか出そうな場所で、ビルで働く若手社員たちは肝試しをするつもりなのだ。
「聞いたことある? ここのトイレにも花子さんがいるんだって」と、ある社員がささやいた。
「いい大人が本気で言ってんの? 小学校じゃあるまいし、ここにいるかよ」別の社員が半笑いで答えた。
その夜の肝試しは、今は使われていない、噂の3階のトイレで行われることに決まっていた。
ルールは簡単。二人一組で3階の女子トイレ、3番目の個室に置かれたカードを取って戻ってくるだけ。
しかし、噂を聞いてしまった後では、その簡単なタスクも恐ろしいものに感じられた。
最初のペアが挑戦することになった。
クジで決まった新入社員の男子ペア、高木と阿部だ。
二人は懐中電灯を片手に、階段で3階に向かった。
いつもみているオフィスなのに、非常灯しかついていないから薄気味悪い。
暗くて静まり返っていて、自分達の足音が響くだけだった。
3階の女子トイレ。ドアを開けると古いタイル張りの床が見える。
当然だが、中には誰もいない。
噂を聞いたせいで、なにかいそうな気がして背筋が冷たい。
「早くカードを取って戻ろう」
高木が言うと、阿部が茶化す。
「声が震えてるぜ。びびってんのか高木」
「そ、そんなことねーけど」
高木が個室の中に置かれたカードに手を伸ばした瞬間、入り口のドアが突然閉まった。
「な、なんだよこれ! 先輩たちがおれらをびびらそうとしてやってんのか!?」
「落ち着け高木。ここにくるまで俺たち以外の足音なんて、しなかっただろ!」
「じゃあなんで開かないんだ!? 誰も閉めてないのに勝手に鍵がかかるかよ!」
二人は動揺し、泣き叫んでドアを叩く。
「開けてくれ!」
その時、背後から子供の声が聞こえた。
「ここで何をしているの?」
振り向くと、戦時中を思わせる古いデザインのミニスカートをはいた少女が立っていた。
おかっぱ頭で、顔は影がかかって見えない。
「トイレの花子さん…?」
阿部が震える声で問いかけた。
少女は何も答えず、ゆっくりと近づいてきた。
彼らは恐怖に駆られ、必死にドアを開けようとしたが、ドアはびくとも動かなかった。
少女の冷たい手が肩に触れたその瞬間、二人は意識を失った。
「起きろ、おい。おい、お前ら。何があったんだ? いつまでたっても戻ってこないから見に来てみたら、二人して床に倒れて……」
いつの間にかオフィスの電気がついていて、外で待っているはずの他の社員一同が二人を見下ろしていた。
「花子さんが……おれたち、閉じ込められて」
チーム数分用意されていたはずのカードはどこを探しても見つからず。
肝試しは中止され、その後、誰も3階のトイレに近づこうとはしなかった。