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彼女は人型のロボット、または新品のキャンバス

短編小説第五作です

「ぼ、僕と付き合ってください!」


男は顔を赤くして目の前にいる女子に頭を下げて告白した。


夕焼けに染まる近所の公園の中には二人以外に人はいない。だが、告白した男の後方、公園の入口には、泣きそうな顔をした女子が呆然と立ち尽くしていた。


「っ!」


告白された女子はその姿を見て苦悶の表情を浮かべる。


「私は、私は!」


そう言い残し女子は走り出す。走って、走って、頭の中に無限に湧き出る罪悪感を振り払うようにとにかく走った。


赤信号も関係なく────────


キイイイイイイ!!!


バァァンと、人が車に跳ねられる音が交差点に響いた。


轢かれた女子は頭から血を流す。


真っ赤に染まっている空に向かって手を伸ばし思う。


(私の、バカ────────)





三木(みつき)!」


ずっと走っていたからか、苦しそうに喘ぎながらも名前を叫ぶ。


「……(まき)ちゃん……」


病院のベットから穏やかな春の空を見ていた──背中まで伸びている長い髪、若干青みがかっているキリッとした目、病衣から覗かせる細い腕は雪のように白い。そんな美少女──三木と呼ばれた少女は声の聞こえた病室の入口を見てか(ぼそ)い声で呟いた。


蒔と呼ばれた女子、茶髪気味のショートヘア、どこか小動物を思わせるような愛くるしい見た目をしており、学校から来たためか着ている制服は少し気崩している。もしその容姿を活かして頼みに来られれば、世の男子は誰も断れなさそうな、そんな雰囲気がある。


表情は、まるで死んだと思っていた人がふと現れたような、驚きと不思議が混ざっているような顔だった。


そして、そんな蒔の後ろからもう一人男子生徒が顔を出す。


「っ!三木、よかった、目を覚ましてくれて」


安心したように肩の荷を下ろす彼の名前は奈央樹(なおき)、目を引くブロンドの髪の毛は地毛で、カースト上位にいそうな雰囲気をそれだけ見て感じられるが、実際は落ち着いた性格をしており、校内での人気は凄まじい。


「三木、どんぐらい寝てたか分かる?一ヶ月だよ一ヶ月!このまま目覚まさないんじゃないかと思ってたんだから」


病室の中に入りながら蒔は泣きそうな声で言う。


「一ヶ月……」


三木はそう確かめるように呟く。交通事故に遭ってから一ヶ月もの間眠り続けていた事実を知った三木だったが、表情はピクリとも変わらず真顔だった。


「その、大丈夫か?なんか、いつもと雰囲気違うけど……」


奈央樹は心配そうに三木のことを見つめる。


三木の性格は超お人好しで、誰にでも優しく常に笑顔、誰かに心配されそうになると無理矢理笑顔を作って笑う。


そういう性格は小学生からの付き合いのためよく知っている。だからこそ、顔の表情を一切変えず、真顔の三木を奈央樹は心配した。


「…………うん」


なんの感情もこっていない、ただの音の波が病室に響いた。そもそも奈央樹に対して言ったのかすら疑うような、独り言のような呟き。


「三木、まさか、本当に……」


ドサッと、蒔は肩にかけていたカバンを床に落とす。


それは三木が一ヶ月前、交通事故に遭った日から二日後に医師から聞かされたことで、


『奇跡的に一命を取り留めたが、頭を強く打っており、最悪の場合感情の操作が上手く出来なくなる可能性がある』


蒔と奈央樹はそんなことを聞かされた。


だがこれは、感情の操作どころか────────


「感情が、無い?」


震えた声で蒔は確認するように言った。


それに対し三木は肯定するでも否定するでもなくただ真顔で蒔の目を見た。しかし、それは肯定しているのと同じだろう。なぜなら相変わらず喜怒哀楽、なんの感情も表さないのだから。


「あぁ、感情が、無くなった?俺のせいなのか?俺が、あんなことしたからか!?」


奈央樹は情緒が不安定になったかのように顔を強ばらせて叫ぶ。その勢いのまま奈央樹は病室を出ていく。


「奈央樹!」


蒔は走って病室を出て行った奈央樹を追いかけようと扉まで走ったが、既に廊下に奈央樹の姿はなかった。


「三木、ごめん、私もまだ状況飲み込めてないからさ、今日は帰らせてもらうね……」


蒔は気の毒そうな表情を三木に見せながら病室を後にした。


開いた扉がガタンと閉まり、病室の中は三木一人になった。


誰もいなくなった扉の前を呆然と眺めてから、耳にかかっていた髪を下ろしながら振り向いて真正面の白い壁を見る。


「はぁ」


────────三木が溜息をつくのと同時に、再度病室の扉が少しだけ開いた。


三木ははっと驚き、誰が来たのか確認するが、


「あれ、部屋間違えたか?」


全く見知らぬ男子だった。制服を着ているため、恐らく高校生であろう男子はすぐに扉を閉めた。


(部屋を間違えた?よかった、三木ちゃん達じゃなくて)


心の中で安堵する三木、そして一ヶ月ぶりに友人と話したからか、疲れた三木は布団の中に潜り込みすぐに眠りについた。





奈央樹(なおき)がおかしくなったのは三木が事故に遭ってからすぐだった。


今までの穏やかで明るい性格とは別に、自己嫌悪あるいは自己否定するかのような真っ暗な闇で作られている性格が生まれた。


その性格にはたまになり、そうなると人が変わったかのようにネガティブなことをひたすら言い続ける。


そんな性格が生まれた理由は『自分が三木(みつき)の感情を奪ってしまった』と考えているからだろう。


そんなことないのに、奈央樹は何も悪くない、三木に告白したのは少し悔しかったけど、それでも二人を嫌いになんてなるわけ無かったのに。三木、悪いのはあんたじゃないの?



三木が目を覚ましてから三日後。


経過観察の結果、三木は退院しても問題ないということになり今日ついに退院することができた。


しかし、医師は感情が完全に欠落していることに対して困惑していた。まさか完全に感情が無くなるとは考えてもなかった。


そして今、退院祝いと感情が無くなったことについて色々聞くために蒔の家に向かっていた。


蒔は奈央樹も誘ったが、奈央樹は来なかった。理由は言わずもがなだろう。


「三木、私の家行く前にちょっと寄っていい?」


前を歩く蒔は振り返って三木に聞く。


穏やかな春の陽気の中、一ヶ月も眠り続けていた三木だが不自由なく歩いていた。


三木は蒔の問いかけに小さく頷いて肯定した。


「ありがと」


ちょっと寄ってもいいかと聞いた蒔だったが、歩く方向は蒔の家の方角と変わらない。


となると、寄る場所は……三木はぼんやりと蒔が寄ろうとした場所を思い浮かべる。


「ここ、覚えてるよね?」


そこは蒔の家、または三木の家の近くにある小さな公園だ。公園には錆びた鉄棒とペンキの剥がれた滑り台と木製のベンチが二つしかなく、地面には名も知らない草が満遍(まんべん)なく生えている。


その公園には二人の他に、一人の男子生徒がベンチに座っていた。


三木はその男に見覚えがあった。


(あの人、この前私の病室に間違えて入ってきた人だ……)


蒔の茶髪をさらに明るくしたような髪色に、鍛えられている体つきとどこか不良を思わす鋭い目。間違いなく三日前に三木の病室に来た男子生徒だった。


その人がなぜこの公園にいるのか、三木はすぐに察した。


「昔はよくここで遊んだよね……」


「……そうだね」


蒔は懐かしむような顔をするのに対し、三木は相変わらず無表情でロボットのように答える。


「まぁここに寄ったのは別に懐かしみに来た訳じゃなくてある人と待ち合わせしてたんだ」


蒔がそう言うと、ベンチに座っていた男子生徒は立ち上がり二人の元へと歩み始めた。


「よ、蒔、遅かったな」


男は片手を挙げながら二人の前に立つ。声は意外と落ち着いていた。


しかし、座っていたため分からなかったが、身長は思いのほか高く、二人を上から見下ろす程だ。


「うん、勝幸(まさゆき)、こちら、私の親友の三木」


蒔は勝幸と呼んだ男に三木のことを紹介する。


「あぁお前が三木か、俺は勝幸、よろしく」


初対面の人をいきなりお前呼びする勝幸は試すような笑みを浮かべながら握手をするように腕を前に出す。それを三木は華麗に無視した。


「ふ、お前生きてるのか?」


一言も言葉を発しない三木を見兼ねて勝幸はそんなことを言う。


「うん」


三木は凪のような声色で短く肯定する。


「あ、言ってなかったっけ、三木、今感情無いんだよね……」


いきなりそんなことを言われて「あーそうなんだ」なんて言える人などいる訳がない。


驚きの事実を聞いた勝幸は驚いたように声を大にして言う。


「は?感情が無い?そんなことあるのか?」


「まぁちょっと前に事故に遭ってね、あんまり触れないであげて」


下を向きながら蒔は小声でさらにこう続ける。


「私も思い出したくないから……」


「え?なんて?」


勝幸には聞こえなかったのか聞き返す。だが蒔はなんでもないとだけ言って歩き出す。


「早く行こ!こんなところで話すのもあれだし」


あっさりと三木についての話を終え、蒔は歩き出す。


ここから蒔の家まではほんの数十秒で着く。


蒔の家は至って普通の二階建て住宅で、蒔の部屋は二階にある。


部屋に入った三人は各自適当なところに腰掛ける。


昔はよくこの部屋に来ていた三木だったが、特別懐かしむことも無かった。


「んで?今日俺を呼んだ理由はなんなんだ?」


キッチンから飲み物とお菓子を持ってきた蒔が座ってから、勝幸は自分がここにいる理由を問う。蒔はコップに入れたジュースを一口呑んでから答える。


「うん、さっき話した通り三木は今感情が無い、だからそれを取り戻したい、勝幸にはその手伝いをして欲しいんだよね」


それを聞いた勝幸は「は?」と呆然とした顔をして言う。


自分の頭をかきながら勝幸は確認する。


「待て、なんで俺が初めて会った女の感情を取り戻すことを手伝わないといけないんだ?そういうのは奈央樹とやれよ……」


勝幸はそう言うとあぐらをかいてお菓子を食べる。


勝幸の言ったことはご最もの意見だ。初対面の人の感情を取り戻す手伝いをする義理なんて全く無いのだから。しかし蒔はそんなこと知らないとでも言うかのように話を続けた。


「それもそうなんだけどさ……奈央樹は今、ちょっと調子悪いから」


自分のベットに腰掛けている蒔は床に敷いているクリーム色のカーペットを見ながら答える。


三木は目の前に座っている勝幸の手元を見る。


(奈央樹のこと知ってたんだ、勝幸さん、どういう境遇で出会ったのか気になる……)


しかし、三木は決してそれを聞くことはできない。


そんな自分に微々たる苛立ちを覚えながら三木はテーブルに置かれているチョコを一つ手に取る。それは昔から三木が好きなチョコレートのお菓子だった。


「調子が悪い、か。だからって俺を頼るのはおかしくないか?そもそも俺にそんな義理はないんだがな」


「別に強制はしないよ、ただ手伝ってくれたら嬉しいなって気持ちでお願いしただけ。分かった分かった勝幸、つまり君はそう言うやつなんだね」


蒔は上から冷たい目つきで勝幸を見下ろす。


「…………っ、あぁ分かったよ、!手伝えばいーんだろ?」


無言の圧に負けた勝幸は仕方なく首を縦に振る。


「しかし手伝えって言ってたって何すればいいんだ?感情を取り戻すって言ってもそんな簡単に出来ることじゃないだろ」


「それは今から考えるよ」


今から考えるのかよと、やれやれと勝幸は首を振る。



その後、数十分何をするか考えた結果……これだっ!という案は浮かばなかった。勝幸は見た目通り……蒔も成績はあまり良くない。


「それじゃ三木、またねー」


夕方、話し合いを終えた三人はそれぞれの家に帰る。


三木の家は蒔の家からすぐの所にあるため、もう三木は家に到着した。


「ただいま」


そう誰に言うでもないような口調で三木は言う。


「あら三木お帰り、どうだった?一ヶ月ぶりに話して」


「別に、なんにも」


意味が分からない答えだったが、三木の母親は「そう」とだけ言って三木から顔を逸らす。


「来週から学校行けそう?」


三木が交通事故に遭ったのは高校受験が終わり、合格も確定してからだったため、今学校では欠席扱いとなっていた。


「うん」


「そう、よかった、なら必要な物とかあったら教えてね?」


三木は母親の気遣いに感謝してから自室へ向かった。


自室に入ってから三木は今までの疲れが限界に来たのか、すぐに眠りについた。





一ヶ月遅れで学校に登校した三木であったが、クラスメイトは最初から入院三木が入院していることが知らされていたため、さほど驚かれることは無かった。そして今は、感情が無いという状態も受け入れられてそれに対するからかいやいじめなども起こっていない。


しかし、やはり感情が無いというのは深刻な問題で、言わば今の彼女はロボット、どんな嫌なことでも文句一つ言わずにやる。故に彼女は頼られるようになった。いや、正確には本当に便利なロボットだと思われてだけかもしれない。


学校に登校してから早三週間、未だ彼女の感情は戻る気配は無い。


今日はそんな三木の感情を取り戻すべく、近くのショッピングモールに三木(みつき)(まき)奈央樹(なおき)勝幸(まさゆき)の四人で買い物をしに来ていた。楽しい事をしたら感情が戻るのではないかと言う安直な考えだが、これを提案した蒔はただ買い物をしたかっただけかもしれない。


「ねぇ奈央樹、奈央樹はなんか欲しい物ある?」


茶髪のショートヘアを揺らしながら蒔は隣を歩く奈央樹を下から覗くように見る。


そんな奈央樹の表情は、どこか曇っていた。


「いや、特にないよ」


元気が無い、という訳でもないがどこか我慢しているような口調だった。それに対し蒔は「そう」とだけ少し悲しそうに言う。


「じゃあそろそろ飯食わねーか?」


チャラい服装で先頭を歩く勝幸は腹をさすりながらフードコートに歩く。


「あ、わたしはいいよ、二人は?」


「うん、僕もいいよ、三木もいいかな?」


気まずそうに聞く奈央樹に対して三木は「うん」と短く答えた。


お昼時ということもあり、フードコートはどこの店も混雑していた。何とか見つけた席を取っておくため、席に三木と勝幸を残して蒔と奈央樹が注文をしに行っていた。


「ちっ、なんで俺も待ってねぇといけねぇんだよ、別にお前一人いればいいよなぁ?」


肘をつきテーブルをトントン叩きながら勝幸は正面に座る三木を見ながら言う。


「……二人きりになりたかったんじゃない」


店に並んでいる二人を眺めながら三木は呟く。


二人の様子は、蒔の話を奈央樹が聞いているが、やはり奈央樹は心から会話を楽しんでいるように見えなかった。だが、それは幼なじみの三木が見るから分かることなのだろう。傍から見れば普通に話している。しかし、奈央樹がなにかに悩んでいることは話している蒔が一番よく感じているはずだ。


「こいつのために来たんじゃねぇのかよ……」


その後も色々と買い物をし、何事もなく解散することになった。


一日買い物などをしたが、三木に感情が戻ることは無かった。





時は少し進み、学校では中間テストが訪れようとしていた。


学校での三木の様子は、相変わらずロボットのように無愛想で、話をすると反応こそするが、人間と話しているとは思えない、そんな気持ちにだんだんなっていく。


そして、クラスメイトは最初は三木のことを思って感情が無い件について触れていなかったが、ある男子がそれについての陰口を言ってから、徐々に感情が無いという理由でからかわれることが起きてきた。


そして今日は蒔の家に四人揃ってテスト勉強と題して集まっていた。


相変わらずロボットのような三木は黙々と、そして質問されればAIのように解答を教えていた。奈央樹も比較的真面目に、まだどこか本調子では無いような、曇った顔をしていたが。


それに比べてこの勉強会を提案した張本人である蒔は、ただ勝幸と話をしていた。


「そうそう、ほんとに三木は昔から頭良かったからさー、今はどうなんだろうね」


「感情が無いって事は『嫌』とも思わないってことだろ?ならずっと勉強出来んじゃねぇの?」


テーブルの上に置かれているお菓子をボリボリ食べながら勝幸は三木の方を見ながら言う。


「分からない。勉強だって、何となくやってるだけ」


黙々とペンを動かす三木は顔を上げずに答えた。


三木は蒔と知り合った時から頭が良く、テストでは満点を取ることも多かった。そんな彼女が、今は実質やろうと思えば一生勉強ができるようになった、果たして今の彼女がどこまで学力を上げられるのか、誰にも想像出来ない。


「ふーん、いいなぁそういうのは感情無いの得だよねー」


何気ない蒔の一言だったが、一瞬時が止まったかのように四人の動きが停止した。


そして奈央樹は少し怒っているような口調で言う。


「あんまり、そういうことは言わないでくれない?」


その発言に勝幸もチラリと奈央樹の顔を見る。


「あ、ごめん、酷いこと言っちゃったね……」


蒔は反省するように申し訳なさそうな顔をする。


「んだよ奈央樹、そんな怒んなよ、クラスの奴らだって言ってんだろ?」


ヘラヘラ冗談交じりで勝幸は言うが、奈央樹は持っていたシャーペンを勢いよく置き、勝幸のことを睨む。


「お前も三木の事をからかうのか?」


「なんでそうなんの?俺はそんな気全くないっすけど」


「なら今言ったのはどういう意味なんだよ」


「いや別に、ほんとのこと言っただけじゃん」


言い合うをする二人を蒔は「まあまあ」と言いながら落ち着かせる。


このような二人の言い合いは、最近よく起きるようになった。毎回蒔が仲裁して止めるが、その時三木はまるで自分には関係ないように何もしない。


「私が悪かったよ、ほんとごめん」


蒔は再度頭を下げた。


「……いや、俺も熱くなりすぎた、すまん」


謝る奈央樹を横に、勝幸はやれやれと手を上げる。


暫しの沈黙、聞こえてくる音は文字を書く音やページをめくる音しか聞こえない。


しかし、すぐに勝幸は何事もなかったかのようにまた話を始める。


その後、勉強を終えた四人はそれぞれ家に帰ろうとする。


奈央樹と勝幸が先に帰り、部屋には蒔と三木が残っている。


「……」


互いに無言のままただ時は進む。


そもそも三木だけここに残ったのは蒔に呼び止められたからだ。なぜ呼び止められたのか、三木には分からなかった。


黙って蒔が口を開くのを待っている三木に対し、西日をバックに蒔は言うか言わないか迷っているようにモジモジ体を動かす。


そして、意を決したのか、やっと口を開いた。


「三木、あんた、奈央樹のこと見てなにか思う?」


「……何も」


奈央樹と勝幸がいた時よりも三木の声色はさらに人では無いような無機質なものになっていた。


「そう……」


「でも、変わったとは、思う」


蒔はピクっと体を動かす。


「……変わったよ、奈央樹、今はなにかに取り憑かれているみたい」


実際、蒔のその例えはその通りで、あの事故が起こってから奈央樹は取り憑かれたように変わった。


「……分かる?三木、あんたにだよ」


蒔は鋭い眼光を三木に向ける。


その目には今は亡き愛人の仇を討つような強い決意が込められていた。


つまり、三木に取りつかれている、そう蒔は言いたいのだ。


蒔はゆっくり立ち上がり三木の前に座る。


「あんたのせいで、奈央樹は変わったんだよ。奈央樹はずっと気にしてるんだよ、自分のせいで三木の感情が無くなったって」


「……」


「もう、どうしたらいいのか分かんない、奈央樹はどうしたら元に戻るの?」


蒔は今まで溜め込んできたものを吐き出すかのように続ける。


「あんたがいなくなったら?あんたが死んだら忘れるの?違う、きっとあんたがいなくなったら奈央樹は壊れるんだろうね」


感情が無くなった三木を見て病むのなら、それが原因で三木がいなくなれば奈央樹は本当に廃人になるのだろう。


「なら、あんたの感情取り戻す、これでやっとプラマイゼロになる」


三木が感情を取り戻せば、きっと奈央樹は元に戻るだろう。


「だから色々考えてやってきたけど、全然戻る気配無いし、今私が言ってることもなんにも思わずただ聞いてるんでしょ?」


ははっと、苦笑いして蒔は下を向く。


「もしかしてほんとに戻らないのかな、そんなんだったら私もさすがに耐えられないよ」


そこまで言うと、蒔はポロリと一筋の涙を流した。


そして、ずっと黙って話を聞いて三木が答える。


「……じゃあ忘れればいい。どうせ私は『無』なんだから」


声色は、相変わらず平坦だった。


その言葉を聞いて、蒔は何も言わずに立ち上がる。そしてトコトコ窓の方へと歩き、オレンジ色に染まる景色を見ながら呟く。


「引き止めて悪かったね、もう帰っていいよ」


そう冷淡に告げられた三木はすっと立ち上がり扉に向かう。


「三木」


扉に手をかけたその時、蒔は三木を呼び止めこう言った。


「また明日」


……黙って蒔のことを見てから一言「うん」とだけ言い返して三木は部屋を後にした。


部屋に一人になった蒔は、三人が食べたお菓子のゴミや使ったコップを眺めてからガシガシと頭を搔いた。きっと今日も、ゆっくり眠れないのだろう、そんなことを考えながら蒔は片付けを始めた。





それはなんの前触れもなく突然起こった。


「三木ちゃんってさーほんとにロボットみたいだよねー」


昇降口で数人の女子生徒が三木を囲んでそんなことを言った。


何が起こっているのか、それは俗に言ういじめである。


メイクをし、金髪で長いロングヘアを揺らしながらリーダー的存在の女子生徒は嘲笑うかのように言葉を続ける。


「いやほんとに、みんな迷惑してるよ?三木に気を使うのは疲れるって」


だが実際にはクラスメイトでそう思っている人はいなかった。


高圧的な目で見られる三木は黙って肩に背負っているカバンの持ち手を握り締める。


そして、奇しくもこの出来事を陰から見ていた人が三人もいた、それは(まき)奈央樹(なおき)勝幸(まさゆき)の三人である。


それぞれ別の場所からバラバラの思いを抱いて三木を見ていた。


奈央樹はいじめを止めることも無く、ただ絶望したような顔をしてその場から逃げるように走った。その姿も見えた蒔は、叫びたい気持ちを押し殺すように胸を押さえる。


そしてそのまま睨むような目付けで三木の方を見る。いじめられている親友を助けること無く。


しかし、もう一人、勝幸の行動は違った。


「おいお前ら何やってんだ?」


「あ、勝幸君、今みんなが迷惑してることこいつに言ってたとこでさ」


金髪女の態度は打って変わって優しい声で媚びでも売るかのように話す。


「ほら、こいつ感情無いから話すのマジ疲れるじゃん?みんなもそろそろ限界でしょ?だから言ってあげたんだよ」


勝幸は一軍女子からも好かれるほどの、モテ男である。容姿はイケメン性格は明るくクラスの中心的存在。ザ、陽キャ。だが、勝幸はそんなただの陽キャでは無い。


「……あ?みんな迷惑してる?そんなこと思ってんのお前だけだろ?」


ハッキリとそう告げる。


金髪女子は思いがけない言葉に「えっ」と困惑したように苦笑いする。三木は相変わらず無表情だったが、いつもとは何かが違う表情だった。


「俺はクラスのヤツらが三木のこと面倒とか言ってるの聞いたことないぞ?お前、性格終わってんな」


勝幸はゴミを見るような目つきで女達を見る。


「ちょ、ちょっと待ってよ私だけじゃないっしょあんたらだってそう思ってるよね?」


金髪女子は周りにいる女子達に向かって苦笑いを浮かべて聞く。しかし、誰も頷きはせずとぼけるように目を逸らした。


「はぁ!?なんでそこで無視すんの!?あんたらもこいつのこと嫌いって言ってたじゃん!」


そう言いながら金髪女子は怪訝な顔つきで三木を指差す。


周りの女子は、自分の保身を優先して金髪女子を裏切った。勝幸は先程言った通りクラスの中心的存在、大袈裟に言うと学年レベルの存在だ。そんな人から否定されればどうなるのか……


黙っている周りの女子達を見て、勝幸は溜息をつく。


「ったく、お前ら全員ほんとクズだ。そこでとぼけても無駄だ、次こいつのこといじめてみ?お前らの高校生活終わるから」


勝幸は脅すようにそれだけ告げて三木の腕を引っ張ってこの場を去る。


女子達は自分達のしたことを後悔するかのように俯く。


それを見ていた蒔は、壁に寄りかかりながら思う。


(勝幸、あんた、優しいね……私と違って……)


勢いつけて壁から離れると、蒔は帰路に着こうと歩き出した。



この出来事のせいで、奈央樹はまた壊れた。


翌日から学校に来なくなり、蒔はすぐに奈央樹がまた責任を感じて病んだと分かった。


そしてその出来事が蒔の三木嫌いに拍車をかける。


放課後、曇り空の屋上に蒔に呼び出された三木は、目の前に立つ蒔のことを黙って見る。


蒔の目付きは、鋭く、視線だけで人が殺せそうな程だった。拳は震えるほど強く握られていて、今にでも殴りかかってきそうだ。愛くるしい見た目も今や噛み付いてきそうに唸る子犬のように恐ろしい。


「三木、あんた、なんで呼ばれたか分かる?」


「……」


「くっ!」


力強く歩き蒔は三木の目の前まで立ち首に向かって両手を伸ばす。


「っ……」


そのまま三木の首を絞める。そして、溜め込んでいた全てを吐き出す。


「あんたのせいで、あんたのせいで奈央樹は壊れた!なのに、あんたは全く無関心、悲しいとか申し訳ないとか思わないの?感情が無くなるとこんなに人は人じゃなくなるの?」


蒔は更に首を強く締める。三木は苦悶の表情を浮かべる。


「昔を思い出してよ、あんなに奈央樹の事気にしてたのに、なんで無関心になっちゃったの?三木、いい加減、戻ってきてよっ!」


言い終えると、蒔はブランと腕を下ろす。そして俯きながらポツポツと涙を流す。蒔は今まで三木に対して言いたい事を、ずっと我慢していたが、ついに限界が来た。


天気もまるで同情しているかのようにポツリポツリと雨を降らす。


「……ごめん」


三木は、一言謝罪した。


その言葉には今までとは違い、本当に謝罪しているような申し訳ない気持ちが含まれていた。


「……そう思ってるなら、行動で示してよ……」


涙を拭いながら蒔は三木の横を通って屋上の入口に向かってゆっくり歩いて行く。


蒔が屋上から去った頃には既に雨は本降りとなっていた。


ザアザア雨が降る中、三木は思う。


(私は、何やってんだろ)


ブラックホールのように黒い髪を濡らしながら三木は俯く。


そして、三木の心が微かに揺れる。果たして、私はこのままでいいのだろうかと。





一週間後の放課後、定期診察のため病院に行き、診察が終わったため帰ろうとしていた三木に、とある人物が待ちわびた様子で病院の外にあるベンチから立ち上がった。


筋肉質な体で金色寄りの茶髪を靡かせながら、勝幸は真顔で三木に近づく。近くを通ったサラリーマンは勝幸を避けるように道の端の方へと寄った。


勝幸の姿が目に入った三木は黙って立ち止まり勝幸のことを待つ。


「よっ」


勝幸は片手を上げてそう一言挨拶する。


謎多き男と言っても過言では無い、勝幸。


三木が目覚めた時、当たり前のように蒔と奈央樹の知り合いとしていたが、彼に先に近づいたのは蒔だった。


その頃はちょうど三木が事故に遭い奈央樹が病み始めた時であり、蒔はその親しい人達の急激な変化に耐えることができず、気を紛らわすために勝幸に近づいた。


不幸か幸か、蒔と勝幸の相性は良くすぐによく話すようになった。


そのおかげで三木は勝幸と知り合った。勝幸の三木に対する態度は他の人と変わらない。感情が無いことを何も気にしていないような対応をしていた。


しかし、その一方で、蒔と奈央樹を含めて一番三木を見ていたのは勝幸だった。


「なんで俺がこんなところにいるのか、不思議に思ってる顔だな」


そう言うがもちろん三木の顔はいつもと変わらない。これは少しでも三木を動揺させるために言った嘘である。


「診察はどうだったんだ?」


「別に、特に何も無いよ」


「何も無い、か。そりぁそうだろうよ、だって、最初から“感情は無くなってない“んだからよ」


淡々と勝幸はそう告げる。だが三木は特に動揺することも無く、むしろ言われることが分かっていたかのように平然としている。


「俺には分かる。なぜお前がそんなフリをしていたのか。それは、あの二人のためか?」


目の前にいる三木を真剣な眼差しで見る。


三木は風で靡く髪を押さえながら勝幸の足元を見る。


何を考えているのか、三木のその無愛想で無表情の顔を見ても全く想像出来ない。


しかし、三木は全てを認める様に、いや、諦めるかの様に溜息をつく。


「そっか、そんなに分かってたんだ」


「……それが、お前の素か?」


勝幸は初めて三木の感情の籠った声を聞いた。


「私は奈央樹と蒔のために感情が無くなったフリをしていた、勝幸さんが考えた通りね」


「どうしてそんなバカなことしたんだ」


「バカ?…………そうだね、強いて言うなら蒔ちゃんの為、かな。私は蒔ちゃんの奈央樹に対する恋を応援してたから、私は邪魔だったんだよ」


「……お前とあの二人の事については蒔から少し聞いたが、本当に蒔はお前のことが邪魔だと思っていると思うか?」


「……そうじゃないと、私は自分を許せなくなる」


だが、顔はどこか自信なさげだった。三木の頭に浮かぶのは一週間前の屋上での出来事。あの日の蒔の言葉を思い出す。


「そうか、だが残念だったな、蒔はそんなこと一ミリも思ってないぞ」


勝幸はそう断言する。


「なんであなたにそんなことが分かるの?たかが二ヶ月の付き合いで、適当なこと言わないで」


三木は勝幸の事を睨む。しかし、勝幸はそれをなんとも思わないように無視して続ける。


「なら本人に聞けよ、二人とも、思っていることは同じだぞ」


三木は困惑する、そして、勝幸の後方から、見慣れた人が走ってくるのが見えた。


「蒔ちゃん、奈央樹?」


三木は何が起こっているのか分からない状態でその場に立ち尽くす。そこに蒔は走って来てそのまま三木を抱きしめる。


「三木、ごめん、私、三木の気持ちなんにも考えてなかった」


時は少し戻り一時間前。



病院に向かった三木を見送り、学校から帰ろうとした時、蒔は勝幸に呼び止められた。昇降口を少し出たところで二人は話す。


「おまえは三木のことどう思ってるんだ?」


勝幸はなんの脈絡もなく蒔に質問した。その目は真剣そのものだった。


「は?いきなりなに?もちろん大切な親友だって思──」


「嘘だろ、それ」


いきなりの質問、そして答えが速攻否定されたことに、蒔の心には少しの苛立ちが生まれた。ただでさえ今は奈央樹が休んでいて、心に余裕がない中、勝幸が何をしたいのか、全く理解出来なかった。


「は?あんたに何が分かるのよ」


今までに無いほど強めの口調で反論する。


「見ればわかる、俺は人の心を読むのが得意なんだ、お前は三木のことを憎んでる」


「…………違う」


「自分が好きだった人が、親友のせいでおかしくなった、それにお前は怒っているんだろ」


勝幸は怖いほど蒔の心をよんでいた。放課後の昇降口には幸い誰も人がいなかった。


「…………」


「なぁ、それでどうする?憎んだら奈央樹は元に戻るのか?」


勝幸の論す様な言い方に、蒔の苛立ちは限界に達し怒鳴るように下を向きながら答える。


「しょうがないでしょ!?三木は!あの子は優しすぎるのよ、私のために奈央樹の告白を否定して!勝手に事故にあって奈央樹を変えて!そんな奴消したいって思うわよ!」


「……それが本心なら泣くなよ。お前がすべきことはそんなバカな事じゃないだろ。あいつを救ってやれよ、いつまであんなのにしておくつもりだ?」


「そんなの、できるならとっくにしてるわよ」


「……フッ、バカか?消したいなんて思いながらやってても、なんも意味無いだろ」


勝幸の声は落ち着いていて、興奮している蒔にもすんなりと言葉が入ってきた。そしてその言葉を聞いて考える。


(そうか……私はずっと三木を憎んで、殺そうとまでした、そんな気持ちで三木に接しても、変わるわけない)


感情を取り戻そうと行動は起こしていたが、心にはそんな気持ちは微塵も無かった。それに今蒔は気づいた。


(いい加減ハッキリしよう、もう迷うのも疑うのも憎むのもやめよう。

三木は私にとって────大切な親友なのだから)


こうして蒔は今の自分に終止符を打つことを決意した。



それから20分後、勝幸からしつこく呼び出された奈央樹は、嫌々例の公園に来た。


外に出る気力すらないのにわざわざ呼び出された奈央樹は、心の底から機嫌が悪かった。いや、機嫌が悪いのはそれだけが原因という訳では無いが。最近は特に、自分が自分を許せず、何もする気にならないでいた。


公園のベンチに勝幸は座っていて、何をするでもなくただボーッと黄昏れるように小さな公園を眺めていた。


奈央樹にとって、この公園は思い出深い所だ。昔はよく三人でここで遊んだ。その事を思い出したのか、奈央樹は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「お、来たか」


奈央樹に気づいた勝幸は大股で奈央樹の元まで来た。


「一体なん用だ?わざわざ呼び出しやがって、これでくだらないことを言ったら本気でキレるぞ」


「あぁ、そうだな、呼んだのはお前に大切な話があったからでな」


「大切な話だと?」


奈央樹と勝幸は一緒にいることは多いものの、話すことはあまりなかった。なぜなら単純に二人は気が合わないからである。陽キャでクラスの中心的存在の勝幸に対して、奈央樹もどちらかと言うと明るい性格だが、今の彼は病んでいるため性格は暗い。


それゆえ勝幸は奈央樹が苦手であまり話すことは無かった。


そんな勝幸は奈央樹に聞く。


「お前はいつまでそんなんでいるんだ?」


予想外の言葉に、奈央樹は驚いた顔をしたが、すぐに暗い表情に戻る。そして淡々と答える。


「俺は三木の感情を奪ったんだ、一生かけても償えない」


「諦めてんだな、お前」


まるで奈央樹がそう答えるのが分かっていたかのようにすぐに反論する。


「は?」


奈央樹は呆気に取られる。そして、いきなり知ったような口を開く奈央樹に苛立ちを覚える。


「三木の感情を取り戻そうって、ずっと蒔が言ってただろ、お前は何聞いてたんだ?お前は三木の感情を取り戻せそうとは思わなかったのか?」


「そんなの、どうやって……」


「んなの知らねぇよ!どうやってとか考えてる暇あんなら三木を幸せにしてやれよ!お前が何もしないからあいつはいつまでも真っ白なんだよ!」


「……っ!」


勝幸の魂のこもった叫びに、奈央樹の心の中にあった(わだか)りが晴れる。


(そうか……俺が、俺がするべきことは後悔することじゃない、彼女を幸せにすることだ)


罪悪感に蝕まれていた奈央樹はやっと、自分がすべきことは三木を幸せにすることだと気がついた。


こうして奈央樹は今の自分に終止符を打つことを決意した。



そして時は現在に至る。


勝幸の言葉で、二人は決心した。


感情の無くなった彼女を、今まで通りに接することを。そして、もう後悔も恨むのもやめようと。


「三木、ごめん、僕が間違ってた。いつまでも後悔してても、過去は変わらないんだから、そんなこと考えてる暇があるなら、今を大切にしないと、三木、僕はもう大丈夫だよ」


優しい笑顔で、奈央樹は蒔に抱きしめられている三木の顔を見ながら言った。


三木の心が揺れる。


「私も、あんな酷いことして、ごめんね。私は三木の気持ちなんにも考えられてなかった、でももう大丈夫、私にとって三木は、最愛の親友だよ」


ポロポロと蒔は涙を流した。


二人の言葉に、三木はただ呆然と固まり、自分を抱きしめる蒔を抱きしめるか抱きしめないか迷うように両腕を動かす。


その時、勝幸と目が合う。


勝幸はイタズラが成功した子どものようにニヤリと笑った。


「二人は覚悟を決めたらしいが、お前はどうするんだ?」


その言葉で、三木の心は変わりはじめた。


(そっか、二人はこんな私のことを許してくれるんだ、ほんとに、思い通りにはいかないな)


三木は蒔の事を抱き返し、涙を流しながら今まで自分がしてきたことを謝る。


「ごめん、私、みんなに酷いことした。こんなこと許されることじゃないよね」


「いいんだよ、もう。でもその代わり────もう遠慮はしないでね」


ニコッと笑いながら蒔は涙を拭いながら言う。


その声色には、もう迷いは無かった。


「うん」


三木の返事を聞いて、奈央樹は一歩前に出て穏やかな表情を浮かべながら口を開く。


「改めて、言ってもいいかな?」


三木は何とは聞かずに微笑みながら頷く。


「僕と付き合ってください」


体を倒して手を伸ばした。それは入学前の告白と全く同じポーズだった。


その姿を見た三木はもう迷わない。


親友の為だと思ってした行為は、逆にその関係を壊した。


親友、蒔が望んでいたものは正々堂々真剣勝負。親友のためを思って彼の告白を無視するなんて、そんなことされたくなかった。


だからこそ、今、奈央樹の手をとった三木を見て、蒔は安心した。


これでやっと、本気で戦えると。


「こちらこそ、お願いします!」


三木は目を赤くしながら返事をする。


「ふっ、感謝しろよお前ら、こうなったのは全部俺のおかげなんだからな!」


先程までの真面目さはどこへ行ったのか、勝幸はいつもの勝幸に戻り大きな声でそう言う。


「あぁ、そうだな、今回は感謝するよ。ありがとう」


顔を上げた奈央樹は素直にお礼を言う。その表情から、奈央樹を覆っていた雲は晴れたことがすぐに分かった。


「でも!これで終わらないからね!」


ビシッと三木を指さして蒔は言う。


「私はこれからも奈央樹の事を諦めないからね、覚悟しなさい!」


茶色のショートヘアを小さく揺らしながら宣言する。


「うん、私も、奈央樹が浮気しないように頑張るね、あと……」


少し間を置いてから三木は言う。


「みんなとの楽しい思い出もいっぱい作りたい」


高校生、それは青春そのものだ。三木にとってそんな高校生活を楽しまないなんて、有り得ないことだった。


「それって、俺も入ってるんだよな?」


「勝幸さん、もちろんだよ、あなたのおかげで、私たちは元に戻れたんだから」


「……そう言われるとなんか恥ずいな」


恥ずかしそうに顔を逸らす勝幸を見て三人は笑う。


こうして、三人の幼なじみは、昔の関係を取り戻すことができた。


これからどんな高校生活を送っていくのか、それは誰にも分からない。だが、きっと大丈夫だろう。なぜならこの四人はこれ以上ないような最悪から抜け出すことができたのだから。

ご精読ありがとうございました。

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