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夜ふかしするひと  作者: 雨咲まどか
2.閉店セール
8/14

居場所

「夜ふかししたい時に、っていうのはあんまりわかりませんでした。でもいい話だったので、自分でも買いました。ありがとうございます」

「そっか、こちらこそ読んでくれてありがとう」

 二度目の『あの子』とのランチ。今度は人気の洋食店を予約した。

きっと周りから見たら別の関係に見えるんだろうな。例えば上司と部下とか、先生と生徒とか、もしかしたら怪しい勧誘とか? 

 注文を終えてすぐに、陽介さんは私が貸した『星の王子さま』をテーブルの上に置いた。

自分でも買ったのなら、と本を手に取って鞄にしまう。

夜ふかしするひとなら誰でもわかる訳ではないんだな。私は綺麗にしてもらったばかりの指先でグラスを持って水を飲んだ。

「最後の、薔薇の話が好きでした。薔薇が唯一無二の存在じゃないってわかっても、お世話した薔薇はあの薔薇なんだって気が付く所」

 きちんと約束通り感想を用意してくれている陽介さんに、ミヨはこういう所がすきだったんだろうなと思う。

 相変わらず目の下のクマは濃いままの陽介さんの姿は同情を誘った、ひどい人だな、ミヨも。こんな若い子に、こんな風に背負わせて。

「私もそこ、好きです」

 返事をするのと同時に、セットのサラダが運ばれてきた。

 トマトをフォークに突き刺して、陽介さんが言う。

「僕、今の仕事辞めて引っ越すことにしたんです」

「引っ越しですか? どこに」

「宮城県です」

「お知り合いがいるとか?」

「いえ、縁もゆかりもないんですけど、ミヨさんが好きだった海があるんです。僕の引っ越し先はほかの人には秘密ですよ」

 陽介さんはいたずらっぽく笑ったので、私も一緒になって笑う。

「ミヨも遠くに行っちゃうんですね。寂しいな」

「四十九日は、その海に散骨する予定なんです。遠いですけど、よかったら来てくださいね」

「散骨……」

 私は俯き、陽介さんの大きな手が握りしめられるのを見つめた。

 人気店だけあって、平日にも関わらず店内はすぐに満席になった。

デート中のカップル、孫を連れた老夫婦、若い学生のグループ。そうみえるけど、違うのかもしれない。今の私たちみたいに。

「ひどいですよね。四十九日で散骨してほしいなんて」

「ほんとうに」

「ミヨさん、僕に何度も自分が死んだ後の話したんです。やめてくれって言っても、ずっと。僕が言った通りにするってわかってて、言ってたんですよ」

 何度も瞬きする陽介さんの大きな体が震えているように見えた。

 私はほんの少しかもしれないけれど、ミヨの気持ちが理解できた気がした。散骨を選んだ理由も。

あまりに残酷で、陽介さんには言えない。若い夫が自分と一緒にすべてを捨てようとしていることが、きっと辛かったんだ。でも、陽介さんが別の人と生きる世界には居られなかった。

早く別の人生を歩んでと、そう困った顔で笑うミヨが脳裏に浮かんだ。本当にひどい人だ、ミヨは。

 沈黙を破ってウエイトレスが料理を運んできた。チーズが乗った大きなハンバーグが湯気を立てているのがこのテーブルにあまりに似合わない気がした。

「ご実家には引っ越しの事伝えるんですか?」

 訊ねると、陽介さんは力なく首を横に振った。

「今の家の住所も伝えてないんです。ミヨさんの事は電話で言いましたけど、親不孝をして、教えを守らないからだって言われて反吐が出ました」

 想像するだけで私まで腸が煮えくり返りそうだった。

私の顔色を見て、まるで宥めるみたいに陽介さんは柔らかく唇に微笑みを浮かべた。美味しそうと呟くとハンバーグにナイフを入れる。

「でも、なんだろう。大人になって、少しだけ両親たちを見る目が変わりました。宗教って、居場所でもあるんだろうなって」

「居場所、ですか」

「逃げられないように団結力を高めるんですよ。そうすると結果的に、居場所が出来るんです。今って、個人主義というか、多様性に寛容であろうとする風潮が不安を煽る一面もあると思うんですよね。ありませんか? 教室に机はあるけど、会社に自分のデスクはあるけど、居場所がないみたいな感覚になったこと」

 大きく切り分けたハンバーグを頬張り、飲み込んでから陽介さんは続ける。

「だから代わりの場所が見つかればもしかしたらと思って、色々送りつけてるんです。流行りのアイドルの写真とか、宝塚の新しいスターの映像とか、最近人気がでた俳優が出た映画のDVDとか。こないだは若手野球選手が表紙を飾った雑誌を送りました」

 もちろん住所はバレない様に、ですけど。得意げにしてみせる陽介さんに、私はなぜか涙が出そうだった。彼がこんなに強くなった事が、悲しいことだと思った。

 そうして思い出すのは、やっぱり制服姿のミヨだった。持ち物は兄からのお下がりが大半で、男っぽいものばかり。女の子らしいものを持つと母親が嫌がるのだと言って笑っていた。

 けれどだからこそ、ミヨと陽介さんの家を訪ねた時驚いたのだ。あの家はミヨの好みが分かりやすく反映されていたから。

 ミヨを守ってくれてたんだ。

「泣かないで」

 気が付くと目の前が滲んでいた。おろおろする陽介さんが少しおかしくて、また泣けた。

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