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第一話 「親子」

初めての小説です。暖かい目で見てくれると幸いです。本来、想界四神物語と言うのは、身内で行ってた声劇の台本なのですが、最近暇になって来たので、勉強の一環で書かせて貰いました。至らない所もありますが、どうぞよろしくお願いします。


散乱する死体の山、絶えず広がる業火、この世の地獄を反映した瞬間がここにある。頼みの綱である青龍は倒れた。白虎、玄武の四神達は討ち死に。この惨劇をもたらした怪物をただ見ることしかできなかった。山のような巨体に、2つの頭部を持つ怪物。名は分からない。だが、ありとあらやる恐怖の概念を詰め込んだ存在だった。そして、撒き散らす死の恐怖。まだ幼い子供が、涙を垂らし、小便を漏らして項垂れても仕方ない。


小雀(こすずめ)、項垂れるのは早いやろ?」


あまりにも遅すぎる登場だ。だが、それと同時に安堵した。この人なら何とかしてくれる、この人なら、この状況を救ってくれる。目の前の絶望を、希望に変えてくれる。英雄・朱雀零庵(すざくれいあん)。だが、その姿はあまりにもボロボロで、頭から血を流し、狩衣(かりぎぬ)はドロや血で汚れきった。


「小雀、早く逃げろ。コイツは私が封印したる。」


「オカン!でも!」


「早よ行け!……母親の、最後の頼みや。親孝行ぐらい、しても良えんとちゃうか?」


力無く笑いかけるその笑顔は、とても優しかった。この日が、10年共にした母との別れだった。そしてこの物語は、想界(そうかい)の英雄、朱雀零庵を語る物語だ。






騒がしい声が聞こえる。ゆさやさと揺らす小さな手の感触が背中にある。時刻はまだ朝、だと思う。もう少し寝ていてもおかしくない時間帯だ。だがそんなのお構い無しにこの小動物は私の睡眠を妨害する。


「あと五分……」


「おいババア……今何時やと思ってんねん!起きろ!」


「ゴハァ!?」


コメカミに衝撃が走る。今の衝撃で眠気から覚めて、嫌々身体を起こして起床する。コメカミをさすりながら、私と同じ目線で仁王立ちしてハリセンを持つ小さな子供。私の息子、朱雀零神(すざくれいじ)だ。


「おい小雀、母親に対してその起こし方は何じゃないか?」


「抜かせババア!今何時やと思ってんねん!昼の2時や!昨日の8時からよう寝れんな!」


確かに、最近とてつもなく寝るのが早い。早寝遅起きの生活習慣は生まれつきなのだ。それよりも、昨日何か約束してたような……


「稽古、つけてくれるんやろ?」


あ、そうだった。完全に忘れていた。昨日コイツと約束したんだ、そして今にも飛びかかりそうな表情からして、約束をすっぽかされたと思っているのだろう。袴を履いて、タスキで袖を絞ってる格好からして、一足先に準備はしているようだ。


「分かったよ。顔洗ったら行くから、先に縁側に行っててくれ。」


「おう!」


満面の笑みで返事をして、息子は走って行った。あの子を産んだのは10年前だ。長いこと独り身だったから、子供を産むと言う事にあまり実感がわかなかったが、親が子を目に入れても痛くないとは良く行ったものだ。旦那は、この子が産まれてすぐに他界、私は旦那の神社や遺産をまるまる引き継いだ。そうやってのんびり過ごしてるうちに10年、あっという間だった。10年間に色々あったが、息子があぁやって真面目に稽古稽古と言うのには訳がある。


この世界の名は想界と言う、輪廻転生の輪の中間地点に位置する場所だ。輪廻転生は本来、天道、人間道、畜生道、餓鬼道、修羅道、地獄道、の六道に分けられている。その中で、想界と言うのは、天道、人間道の間に位置する所にある。ようするに、現世とあの世の狭間の世界だ。この世界の住人は、現世で死んで、天国にも地獄にもいかない奴が生まれ変わる新たな世界と言う事だ。


そしてこの想界を守護する四人の神を四神(しじん)と言う。朱雀家(すざくけ)青龍家(せいりゅうけ)白虎家(びゃっこけ)玄武家(げんぶけ)、の四つの家柄を四神四家(しじんよんけ)と言い、それぞれの家の当主が現人神(あらひとがみ)としてこの想界を守護しているのだ。その四家の当主の中で、誰が一番強いか決める決闘の事を番付(ばんづけ)と言い、私はその番付の勝者。即ち、想界における最強の名を欲しいがままにする者だ。息子はその私に憧れて、3歳から修行に励んでいるのだ。


「最強は辛いな〜!いや〜、可愛い我が子に憧れる存在と言うのも……悪くない!」


思わず頬が緩んでしまう、今日はオカン大好きな息子のためにも、ビシバシやってやろうと思った時だ。


「ショウインセンセ〜!!」


縁側に来てみれば、息子が訳の分からない不審者(寺子屋の先生)の膝に座りながら和ましい雰囲気になってるだと!?最近オカンの膝に乗ってくれへんのに何でや!?


「おや、筆頭様(ひっとうさま)は今起きた所ですか?」


()ね!さもなくば殺す!」


「人里の住人に対して酷いじゃないですか、とりあえずその中指はしまって下さい。ね?」


このチョンマゲ侍のモブ顔の名前は吉田松陰(よしだしょういん)、想界の住人で、偉人(いじん)と言われる部類に入る奴だ。想界には、ごく稀に現世で功績を残した者や、名を残した者がやってくる時がある。姿形は様々で、現世での認識や概念が具現化した存在としてこの想界にやってくるため、性別が変わったりする事があるのだが、このチョンマゲ侍の場合は、イメージ通りの風貌をしている。この男は、生前寺子屋を営んでいた通り、この想界でも寺子屋を開いて、人里の子供達に教鞭をとっている。零神もその生徒の1人だ。


「オカン、何でそんなセンセーの事嫌うん?」


「ちゃうねん、小雀ちゃん。マッマはアレやねん、アレなんや。」


「アレってなんやねん……」


「私と零神が仲良くするのを、お母さんはあんまり良く思ってないと言う事です。たまにはお母さんに甘えて見たら?」


ギグッ!その通りだ……長年の独り身のため、人肌寂しい事もあったけど息子が産んでそんな寂しさが吹き飛んだ矢先、昔みたいにオカンに甘えてくれなくなって嫉妬してることを言い当てたコイツ……


「オカン……俺、ちゃんとオカンの事好きやで?」


仰げば尊死……


「筆頭様ァ!?幸せそうな顔して召されないでください!戻って来て!!!」


この時ばかりは死んだ旦那が向こうの方で手を振っていたが、生命線は異常に長いので、何とか戻って来た。


「で、何のようだ?」


この男が用もなく私の所に来るはずは無い。零神に素振りをさせて置いて、私達は居間の方で二人きりになった。問いかけた時、普段にこやかな顔をしてるコイツの表情が、少し険しい表情をしたのを、私は見逃さなかった。


「最近、人里で新たな妖怪(ようかい)出没してます。その妖怪の退治を依頼したいのです。」


妖怪とは、想界の人々に害をなす存在である。人道と天道の間に想界があり、人道の下にある畜生道に妖怪達は巣食う。だが、人道の人々達が時代が進むに連れて、妖怪や幽霊等の存在を信じなくなった事により、人道ではなく想界にやってくる事があるのだ。そして想界が存在する役割として、天道に住む天人(てんにん)と言う上位種族に被害が無いようにする役割がある。ようするに、上級国民の盾になると言う役割が想界にあるのだ。


「で?実際に被害はあったのか?」


「零神や寺子屋の子供達に言っては無いですが、うちの生徒が一人……被害にあいました。残念な事ですが、被害が出るまで、気づく事ができませんでした……」


コレは、思ったより重大な事件だ。想界に妖怪が溢れるのは珍しい話では無い。だからこそ、人々は里を作ってそこに籠り、自分の身を守るのだ。人里の外に出れば、妖怪が居る。そう思ってくれても構わない。だが、人里に妖怪が侵入してくるのは珍しい話なのだ。人里の外で被害があったならまだしも、中で起きたのだ。この男は寺子屋の教師と同時に人里の自警団のリーダーを兼ねている。偉人、と言う存在は現世で積み上げた偉業や伝説と共に概念化されて想界に下界する。その為、偉業にそった特殊能力を持ったりする。コイツも例外では無い。だが、自警団を兼ねる偉人が、被害が出るまで気がつかなかった。隠密行動ができる妖怪は、そう居ない。この話だけで偉人や人里の自警団が対処できないと言う事が分かった。


「分かった。今回の件、承った。」


「ありがとうございます!……ど、どうか……あの子やあの子の家族のためにも、仇を取ってやって下さい。」


涙を流しながら、土下座をして深々と頭を下げる。面倒くさがりやな私だが、そこまでされては無下にはできない。それに、零神が通う寺子屋の生徒が被害にあったのだ。必然的にあの子が何時被害にあってもおかしくない。


それからしばらくして、私達は人里に降りた。今回の一件はできるだけ人里の者達には伏せてるようだ。相変わらずの日常で、人々は往来を行き来し、出店は賑わいをみせている。


「オカン、今日稽古するんちゃうの?」


「オカン今日仕事やねん。けったい妖怪がなんや悪さしてるさかいに、今日は稽古お休みにして、先生と遊んどき。」


「零神はどうして関西弁で喋るのですか?筆頭様は、普段標準語なのに。」


「オカン、俺と喋る時は関西弁になんねんな。何でやろ?」


「オトンが関西弁使っとったからや。さて、ここが発見現場か?」


寺子屋近くの橋の下。川は浅く、夏には子供達が川遊びや釣りをしているのを良く見かける。聞く話によると、殺されたのは子供が一人、子供が一人で川遊びと言うのは考え難いし、釣りならまだしも、水遊び以外でこの川を利用する子供はいないはずだ。何故こんな所に?


「筆頭様、よろしいのですか?零神まで連れてきて。」


「留守番させても良かったけど、神社で一人ぼっちは流石に気が引けるしな。まぁ、後は小間使い(パシリ)にちょうど良い。」


「まぁ、件の事を言わないあたり貴方も親ですね。」


零神は不思議そうに私を見つめる。子供故に、何の話をしてるのか興味津々のようだ。だが、まだ齢10歳。人の生き死を知るのには若過ぎる。


「名前は何て言う子だ?」


美津子(みつこ)ちゃんと言う女の子です。少し暗い子でしたが、頭が良くて、動物大好きで面倒見の良い子でした。」


「なるほど……小雀、美津子ちゃんという子はどんな子だ?」


「優しい子やで!俺が教科書忘れた時とか貸してくれたりすんねん!この前もな、弁当のオカズ訳てくれたんやで!」


嬉しそうに語る我が子を見て、尚更言え無くなった。寺子屋でも、この子と美津子ちゃんと言う子とは相当仲が良いのだろう。だが、そんな優しい子がどうして?考えてみるが、致し方ない。それが想界なのだ。たまたま、美津子ちゃんという子が死んだだけ……そんな言葉で片付けられるなら、私の存在に意味はなさない。他に被害が広がる前に、何としても解決させねばな。


「おおきに、ええ子やねんな。オカン、お前にそんな優しい友達がおって嬉しいわ。」


私は我が子の頭を撫でた。親が子供の頭を撫でる。こんな当たり前の事で嬉しそうに笑う零神を見て、胸が苦しくなった。被害者は子供、きっと親がいるだろう。私は、子を持つ親として、この子を失うのを考えた事が無い。それが当たり前であり、幸せなのだ。だけど、被害者の親はそんな当たり前で幸せな事を奪われている。逆の立場なら、私はどうなっていたのだろうか……


「小雀、美津子ちゃんの家は知ってるけ?」


「団子屋の十字路を右に曲がって、呉服屋の看板出してる所やで。……もしかして、美津子ちゃんに何かあったん?」


流石に色々聞きすぎたな。大の大人が学友について色々聞いたら、何かあるのかと思うのも不思議では無い。何て言い訳しようかと考えていると……


「来週、美津子ちゃんの誕生日でしょ?先生が零神のお母さんに頼んで、色々準備して貰ってるんですよ。」


「そうなんや。」


「そういう訳だ、お子ちゃまは先生と団子屋にでも行ってくるんだな。」


「はぁ!?お子ちゃまちゃうし!うっさいババア!」


「ガッハッハッ!……松蔭、頼んだぞ。」


「えぇ、もちろん。」


零神と松蔭を団子屋まで見送った後、私はそのまま被害者の親が営む呉服屋に向かった。店は閉まっており、どうも今は来客を歓迎するような雰囲気では無いようだ。だが、こっちも仕事、構わず扉を叩いた。


「はい……どちら様、でしょうか?」


出てきたのはやつれた顔の女性だった。きっと被害者の子の母親だろう。やつれた顔、目に見えるクマ、そして虚ろな瞳に疲れきった表情は、子を無くした親の様子が見てとれる。


「私は」


「筆頭様ですよね、どうぞ上がって下さい。」


「失礼する。」


中に入ると、呉服屋らしい綺麗な着物がずらりと並んでいる。だが、目を引くような店内とは裏腹に、店主がこんな様子じゃ店を開けるにも開けれない。それりゃそうだ。自分の子供が惨殺されているのだから。居間に通され、お茶を差し出される。何とも言えない空気感の中、私は口を開いた。


「私が来た理由は、お分かりですか?」


「えぇ、あの子の事ですよね。」


「はい。」


辺りには重苦しい雰囲気が流れる。仕事と言えど、こうも重たい空気は苦手だ。被害者の母親は、溜まっていた思いを吐き出すように泣きながら語り出した。


「あの子、とても優しい子何です……口下手で、喋るのは得意じゃないんです。だけど、友達思いで……隣の席のこの子事を、楽しそうに話してくれるんです。私の作る煮物が好物で、美味しそうに食べるあの子がもう見れないと思うと……筆頭様、どうか……どうかあの子の無念を……晴らして下さい。」


今日で人の土下座を見たのは2回目だ。だが、子を思う親の気持ちを考えると……私は、四神の筆頭として、人々の涙を救ってやらないといけない。それに、私も一人の子を持つ親、尚更救ってやらねばいけない。


「顔を上げて下さい。私が動いたからには、必ず解決させて見せますとも。」


「……ありがとうございます!」


「早速ですが、お子さんに何か変わった事はありましたか?何か手がかりになるかも知れません。」


「そうですね……最近、夕食の残りをどこかに持って行ってたのを良く見ました。野良猫でも飼ってたのでは無いかと……」


遺体の発見は橋の下……夕食の残りをどこかに持っていく……なるほど、だんだん分かってきたかもしれない。私が思うに、妖怪はそのまま侵入したのでは無く、幼体のまま、何らかの手で人里に入ってきた。被害者は子供、怪我した動物か何かと勘違いして保護……保護した場所は橋の下、夕食の残りを食べさせる事により、幼体は成長し、成体に、そして殺された。……あくまで、仮説だが、話を聞く限りそうとしか考えられない。まぁ、真実は元凶を倒してからだ。こんな適当な推理や仮説を並べた所で、結果は変わらないのだから。


団子を美味しそうに口に詰め、モグモグと食す自分の生徒を見て、子供と言うのはとても愛くるしいと思う。だが、それと同時に悲惨なものだ。子供の純粋無垢な心を持つからこそ、今起きてる現状を公にできないのだ。


「センセー、何かあったんやろ?」


「……いえ、何もないですよ。」


「ええて、嘘つかんでも。俺、ガキやけど一応朱雀家の跡取りやで?雰囲気で察するわ。まぁ、オカンがあえて言うてへんだけかも知れへんけど、何があったのかはだいたい察しがつく。」


流石筆頭様の子供だ、勘が良いというか、鋭いというか……かつて色々な子供達を見てきた。想界に来る前は、様々な大物達を相手に教鞭を振るった。だがここに来て、私は今普通の教師、国の事を憂う必要は無い。だが、今目の前にいる小さな雛鳥は、かつての教え子達とどこか似た雰囲気を感じた。


「なら、私の口からは言えない事はお分かりですよね?」


「うん。……だけど、俺はまだ子供やからさ。何かしようにも色々足らへんねん。やから、もっと強くならな……筆頭・朱雀零庵を越えるのは……俺や。」


彼の瞳から強い意志を感じた。朱雀零庵、彼女の凄さは想界の誰もが知っている。朱雀家の名を想界中に広めたのは、彼女本人だ。数十年前までは、朱雀家と言うのは四家の中でも下に位置するものだった。何故なら、他の三家と比べて、持ってるものがなかった。技の青龍、速の白虎、力の玄武とそれぞれの家柄に得意とするものがある中、朱雀家は何も無い。無の朱雀、そう言われていた。だが、その評価は10年前にひっくり返される。


「……弱いな。お前ら、それでも四神か?」


番付の日、いきなり乱入してした朱雀を名乗る者に、三家の代表当主は一瞬で倒された。技を得意とする青龍に、技で上回り、速さ得意とする白虎に、速さで上回り、力を得意と玄武に、力で上回った。その日以降、四家のヒエラルキーは逆転した。その後、朱雀家に付けられた名が 無敵の朱雀


「それは、とても大変な事ですよ。筆頭様の影響は良くも悪くも大き過ぎる。長年、四神筆頭の冠名を手にしてた青龍家は名を取り戻そうとやっけになり、白虎家と玄武家は悲願である青龍家打倒を、ぽっと出の朱雀家にいとも簡単に成し遂げられた。しかも、自分達の得意とする戦い方で正面から打ち破られたのだから。」


長年、筆頭の名を手にしてた青龍は、10年以上前までは、人里全体の管理を行っていた。何でも税の対象にし、一部の者達から反感をかっていた。だが、四神筆頭と言う名の元に、他の四神達や人々は逆らう事ができなかった。だが今の筆頭は朱雀零庵、彼女は税を廃止にし、人里の自警団を設立。人里の犯罪率は瞬く間に減少、職業組合も同時に設立した事により、職の無い者達も減った。私も5年前に想界に来た時、筆頭様に助けられ、寺子屋の教師をしている。だが、筆頭様の政策に痛手を被ったのは青龍家と白虎家だ。青龍家は、長年人里の者達から税を巻き上げていた故に、税が廃止されると、収入が激変、白虎家は警察業で治安を守っていたが、自警団の設立により人里での立場が無くなった。玄武家の内職は分からないが、前と変わってないのは確かだ。


「だからや、だから夢があるんやろ?今はまだ憧れやけど、何時か必ず目標にする。男に生まれたなら、最強の名を欲しいままにするのは浪漫があるやろ?」


「だから、修行してるんですね。」


「おう、そこら辺の巨漢ぐらいなら倒せるで!」


「喧嘩はいけませんよ?」


しばらくすると、彼女は帰って来た。軽くあくびをしながら、とても真剣な表情で。被害者の親に会いに行った時、何かあったのだろう。


「今日で2回目だ。人に頭下げられるのは。で、何の話をしてた?」


「彼の夢を聞いてました。近いうちに、目標にするんですよね?」


「おう!」


「へぇ……そりゃあ楽しみだな。あっ!すまんが小雀、タバコを買ってきてくれへんか?お前の好きな物を買っても構わんさかいな。」


「良えよ、ほな行ってくるわ。」


彼女は袖口から財布を取り出し、零神に渡して彼の背中を見送った。そして、テーブルに肘を乗せ団子を頬張りながら問いかける。


「死体に目立った外傷はあった?英才教育とか言いはしたが、子供の前でこう言う話をするのは気が引けるな……」


「まぁ、あの子は勘が鋭いですから。死因は窒息死、頸動脈には獣ような歯型がありました。首を噛まれ、しばらく締めたのでしょう。」


「本当に獣の殺し方だな。……よし、だいたい予想はできた。まぁ、どんな妖怪かまではわからんが、今日中で方はつくだろう。」


「え?」


彼女はニヤリと笑い、席を立ち上がる。そのまま団子屋の外に出てどっかに歩き去って行った。お会計まだなのに……すると、入れ替わるように零神が戻って来る。手元には財布と、タバコを握りしめて。


「え?オカンは?」


「分かりません。けど、今夜中に終わるでしょう。」


「へぇ……よし、良え事思いついた。」


この時、彼が最後に小さく呟いた言葉をよく聞き取れなかった。だが、彼の子供とは思えない表情から何かしでかしそうな予感がした。


日が暮れ、辺りが暗くなった頃。月明かりが夜を照らす中、人里の者達は明かりを消して寝静まる。昼間の賑やかな喧騒とは違い、夜は不気味な静けさが辺りを包む。そして、橋の下から聞こえる水の滴る音に惹かれて、私は足を運んだ。


「見つけたぞ。」


音の元凶の姿は暗くて良く見えない。だが、禍々しい雰囲気を放ち、心の底から嫌悪する妖怪。人の輪に混ざってはいけない者、畜生界の住人だ。


「言葉は理解できるか?お前、この前一人の子供を殺しただろ?」


妖怪はゆっくりと此処を向いて、月明かりにその姿を晒す。子供のような体躯に、全身の肌が暗い緑色に染まり、背中には甲羅のような者を背負った妖怪。頭頂部には丸い皿のような物がある。


河童(かっぱ)、とはな……」


河童、古来より存在する水辺の妖怪だ。一説には、平安の世の偉大な陰陽師の式神、または水神と一部地域で信仰されていて、現世の地域によって河童伝説は異なる。大きく認知されてるのは、イタズラ好きの妖怪、だが人に危害をくわえるほどのものでは無いとされている……だが、姿形は河童だが、明らかに雰囲気が畜生界の者なのだ。


「もう一度問う、何故子供を殺した?殺してないなら違うと言え。」


「……わからん……ほんのう……ひとを、けんお、する……ほんのう……」


「何故、人里に入れた?」


「うまれた、ときから……ここに、いた……たまごから、でると、ここに……いた……」


どういう事だ?産まれた時からだと?ならば畜生道から想界にやって来る妖怪は多数いる。だが、産まれた時からここにいたとはどういう事だ?……聞きたい事は沢山ある、だが、すべき事は1つだ。コイツを倒す。そうせねば、被害が広がるのは明確だ。


「悪いが、退治させて貰うぞ。自分の道に戻るんだな。」


此方が臨戦態勢を取ると、向こうもそれに応じるように殺意を向ける。拳を握りしめ、間合いを詰めようと踏み込んだ刹那、橋を駆ける足跡共に、一人の子供が降ってきた。


「とりゃぁぁぁッ!!」


子供は河童の頭に木刀を叩き込む。鈍い音がすれば、すぐさま距離を取り、私の隣に並んで木刀を構える。


「小雀ッ!?何故いるのだ!?」


私が二人を置いて行ったのには訳がある。この子は無駄に勘が鋭い、あの場で私と一緒にいたら否応にもついてくると思ったからだ。松蔭を残しておけば、夕暮れには神社に送り届けてくれるだろうと思っていたからだ。だが、割烹着(かっぽうぎ)を着た様子からして、神社に帰ってからまた来たのだろう。それも走って、裾に着いた汚れを見ればすぐ分かった。


「ヘヘッ!あからさま怪しかってんな。そりゃあ子供気づくで?俺も四神の跡取りや!子供扱いされちゃ困るで!それに、

コイツはそう述べた後、木刀を振りかぶる妖怪に向かって突っ込んで行く。変な掛け声と共に、妖怪に向かって木刀を振り下ろすが、子供の振るう剣速などたかが知れてる。簡単に受け止められて、木刀を取り上げられた。


「あ、ちょっ!」


「じゃま、だ。」


妖怪のあまりの殺気に尻込んだのだろう。地べたに尻をついて、怯えた様子で情けない事をあげ蹲る。妖怪は大きな口を開け、我が子に噛み付こうとする。……仕方無い、妖怪相手に突っ込んで行った気概と心意気は認めてやろう。


音は残さない。だがより強く、早く、一瞬を越える速さで零神を回収し、妖怪の後ろに回る。零神を左腕で抱き抱え、軽く額にデコピンをお見舞いしてやった。


「……いてっ!……え?あ、生きてる……」


「アホか、次いらん事をしたら拳骨やで?」


「堪忍してください……」


「おまえ、つよい……とても……なにもの、だ?」


「オカン!アレやったって!」


キラキラした目で向けられる。子供、それも男の子となれば、無論英雄譚(ヒーローもの)は大好きだろう。だけど、お前が良くても私はいい歳した大人なのだ……だが、下から物凄いキラキラした眼差しが向けられる……分かった、やるから、頼むからそんな目をしないでくれ……私は頬を赤くし、恥ずかしながら口上を唱える。


「知らぬならば良く聞け!我が名は朱雀零庵!想界の守護者!四神の一角!無敵の朱雀!四神筆頭!……わ、私がいる限り!人里で好きにはさせん!」


「おぉッ!かっけぇぇ!もっかい!もっかいやって!」


やだ、死にたい……子供産んで10年経つのになんでこんなこと言わなくちゃいけないの……ほら、相手も微妙な反応してるじゃん……


「ふざけるな……」


「ふざけてない、こっちは真面目だ。遊んでやるよ。しっかり捕まときや?」


「おう!」


あんな恥ずかしい口上述べたうえに、可愛い我が子の前だ。かっこ悪い姿は見せられない、だから……カッコよく倒す!

妖怪は大きな口を開け、私達に飛びかかる。だが、妖怪の口、歯の形状を見て、違和感を感じた。


(クチバシのような口に、あの歯で……絞め殺すなんて事できるのか?)


身体を半身にし、右に避ける。絶えず続く猛攻、相手の攻撃が私の身体を触れる事は無い。 攻撃が単調すぎる、それに……伊達に最強の名前を欲しいままにしてない!


グシャ!と、鈍い音が鳴り響く。妖怪の腹部に、蹴りを入れたのだ。柔い皮膚を潰す感触、そして振り抜いた時に感じる内臓を圧迫させる感覚、衝撃で骨を砕く快感……そして、蹴り切り鋭さ。松蔭や、呉服屋の店主には悪いが、お前達の思いや気持ちは今背負ってない。心の底から、我が子の前でカッコよく倒す(イキリ散らす)事がひたすらに楽しい。


「終わったん?」


「あぁ、見たらアカンで?」


「やっぱりオカン、かっこ良えわ……」


私の目に映る惨状を見せないように強く抱きしめる。時間は深夜を回っており、気がつけば私の腕の中で零神は眠り落ちてしまったようだ。とりあえず、今日は駆けずり回って疲れた、自警団に報告だけをしてそのまま帰路につく。


神社の石段を登る道中、夜風がとても心地よい。我が子の体温の暖かさを同時に感じる。改めて、ふと思う。今回の被害者は子供だったのか……想界に、安全は無い。弱い人間が身を守ろうと集まり、人里ができた。だがそれでも、無力なのだ。だからこうして、四神である私達が守っている。今回の事は、被害者が出てから発覚した。果たして、それは守れてるのだろうか?


「……おかん……」


「夜も遅いしな、寝とき?」


「うん……」


たまたま、この子が被害に合わなかっただけ。私一人が強かろうと、他の者達が弱くては意味が無い。……正直、この子に私と同じ思いはさせたくない。だけど、お前が死ぬのは嫌だ なんや……


神社について、この子を寝かそうと寝室に向かう途中、居間から美味しそうな匂いがする。食卓に並んだ、魚やご飯、この子が作ってくれたんだな。私は正直言って、家事や料理等はからっきしだ。この子が産まれる前までは、旦那がやってくれてたし、この子が赤子の頃は知り合いに頼っていた。


「おおきにな……頂きます。」


何はともあれ、私にできることはやった。後の事は明日考えよう、昼過ぎまで寝て、この子に起こされて、それからやる事をすまそう。平穏無事とはいかないが、今は普通の母親でいよう。

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