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蛸壺

作者: 葉月

誤字脱字があったらごめんなさい。

この家には胡散臭いことこの上ない生命体が居ついている。


それは俺が小学6年の夏に突然我が家にやってきた。


自分には特別な力があり、それをこの家のために役立てるから居場所を提供して欲しいと言って。


特別な力とは「未来が見える」ことらしい。


具体的にどれくらい先まで見えるのかは人や物によってだいぶ変わるらしく、死ぬ瞬間まで見えることも


あれば3分程度先が見えて終わることもあると言っていた。


これだけ聞くととても大きな力のように感じられるが問題は実際に日常生活にどう影響があるかだ。


ならばと聞いてみればそいつが口にする未来予想とは、今日の天気予報は外れるとか、明日は寒いとか、通学路で転んで怪我をするとか、祖母の小言を彷彿とさせるものばかり。


個人の未来を見ようにもそれなりにややこしい条件があり映画のように立ってればいくつもの可能性が見えるとかでもないと言うし、おまけにそれらの予想はほぼ決定事項で聞いたから回避できるとかそういう便利なものでもないと。


控えめに言って役に立たない。


しかし、突然降って沸いた異能に大層ビビった両親は言われるがままにそいつを家に上げてしまった。


俺からすれば当初は同年代の友達が家に来たくらいの感覚でなんなら少しテンションが上がっていたが、彼女のものぐさにも程がある本性をまざまざと見せつけられるうちにそんなものは消えていった。


あまりに役に立たないので何度か「出ていけ」と言ったことがある。


その度彼女は心底悲しそうな顔をした後に慌てて家事を手伝っては失敗し家じゅうを散らかして回った。


どんな異能を持っていようとも俺とそう変わらない体格ではできることに限度があったし彼女は色々ととても不器用だった。


そんな姿に両親はすっかり絆され徐々に家の雰囲気が変わっていった。


彼女は両親に娘のように溺愛されていた。


すぐに手を挙げる癖も鳴りを潜め、夫婦げんかもめっきり見なくなった。


そんな両親を俺は好ましく思うようになり、そうさせた彼女を俺は受け入れていった。


彼女はすっかりこの家の一員だった。


ここまではいい話だ。


そして、ここからが現実だ。


彼女にはいくつか覗き込んではいけない黒い部分がある。


まず、彼女は人ではない。


俺は早い段階でそのことを知った。


そりゃ未来だって見えるくらいなのだから人間じゃないなんて予想の範疇だったが、本当の姿はそんな甘い想像を絶していた。


正に怪異そのものだった。


当時はあまりのおぞましさに少しの間彼女を敬遠していたが、もし彼女がそのことに腹を立てたらと思うと怖くなり何とか取り繕う努力をした。


両親にも言えなかった。


そんな態度をとっていた俺に彼女が言った言葉は今でも耳にこびりついて離れない。


「怖がらないでよ。私たちはあなたの家族でしょう?」


当時は彼女の言葉の意味はわからなかったし、それを聞く勇気もなかった。


今が平和ならそれでいい、それが俺の着地点だった。


その今は彼女達が作り上げたものだとも知らず。


思えばこの言葉こそ、彼女が人ではないことの証明だった。


それに気が付いたのはつい最近だ。


気が付いたというよりは聞かされたという方が正しいのだろうか。


きっかけは些細なものだ。


ある休日の昼頃、ふと両親と話がかみ合わないことに気が付いてしまった。


過去一度だけ家族旅行に行ったことがあり、その時の写真を眺めながら当時の思い出話をしていた時、母さんが俺の記憶とは違った思い出を語りだしたのだ。


手元の写真を見てもわからないものだったが、明らかな嘘だ。


俺がそのことに気が付いたことを察したのか慌てて取り繕い始めたが、その時の俺はいたずら感覚でその話をさらに掘り下げてしまった。


するとどうだろう、叩けば叩くほど埃が出る始末に俺はかなり驚いた。


そんなに俺のことがどうでもいいのか、と怒りにも震えた。


他にも昔の話をふってみればそれも答えられない。


あるいは探るような回答、あるいは作り話、果てには泣き落としといった具合だ。


ここまでくると、たまに正解してくることすら腹立たしい。


俺の怒りは治まらなかった。


一方的な罵倒は夜まで続いた。


父親が帰って来た辺りで、ずっとそばで喧嘩を諫めてきた彼女が「潮時ね」と唐突に言葉を発した。


すっかり頭に血が上った俺はそんな一言にすら噛みついた。


いや、噛みついてしまった。


「全部、一から説明するわ。でも最初にこれだけ言わせて」


「私たちは、あなたを、本当に、家族だと、思ってるの」


それから彼女の口をついて出る話は俺の頭を冷やすには十分すぎるものだった。


結論から言うと、彼女たちは俺の両親をすり替えていた。


外見のみを完璧に複製して。


話を聞きながら、俺はいつか見た彼女の本当の姿を思い出していた。


その記憶が彼女の話は現実であると、耳を閉ざしかけていた俺を嘲笑っていた。


それでも認めたくなかった俺は、いったいいつからそんなことになっていたのか、どうしてそんなことをしたのか、良いと思っていたのか、なぜ話さなかったのかと、かなり厳しい態度で問い詰めた。


その時の彼女は暗い顔をしていたのを覚えている。


それは俺が小さいころ彼女に「出ていけ」と言った時に見せた表情だった。


彼女は泣きそうになりながらも順を追って説明した。


まず時期。


それは彼女が俺の家に来てから一週間後のことだったらしい。


彼女の存在に耐えられなくなった両親がこっそり車で彼女を連れ出したそうだ。


人の目がないところまで来たところで彼女たちは両親の存在を喰らいつくした。


そして何食わぬ顔で帰ってきて今まで俺の両親を演じのけたのだ。


そして動機。


彼女たちが現れなければ俺には小学高以降の未来はなかったらしい。


本来の未来で何が起こるのかは頑として教えてくれなかったが。


彼女たちにとって俺のその未来は到底看過できるものではなく、何においても避けたいものだったと聞いた。


最後に謝罪をされた。


俺の両親と入れ替わったのは彼女たちにとって最後の手段だったと。


彼女たちが介入しただけでは俺の未来は変わらなかったのだと言っていた。


だから喰らった。


不要な枝を切り取って幹をより太くすかのように、俺の両親を切り捨てた。


俺が好きになった両親は、俺の両親ではなかった。


悔しかった。


悲しかった。


俺がどれだけ罵詈雑言を言おうとも、泣きながら「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返すばかりだ。


彼女たちを責めれば責めるほど頭はどんどん冷えていき、冷静に自分を見下ろす自分の存在に気が付いた。


「救われたのも、救えなかったのも俺だろ?俺はそんなにあの両親を好いていたのか?救いたいと思っていたのか?」


手段は最低だった、事情も俺には理解できなかった、それでも俺は彼女たちに守られたのだ。


それは感謝しなければいけない。


だから俺はこう持ち掛けた。


「生きてることには感謝してる。だから一つだけ俺にして欲しいことを言ってくれ」と。


それを叶えてすべて終わりにしよう、そう思った。


しかし、彼女たちはこういった。


「家族でいてほしい」


俺に未来なんて最初からなかったんだ。


そうして今に至る。


彼女たちは前とあまり変わらない。


形だけの両親もきちんと家にいる。


彼女は相変わらずものぐさだ。


俺もなぜか変わらずにいた。


朝起きて母親が作った朝食をとり父親と一緒に家を出て学校へ行く。


夕方帰ってきて家事をこなす母親の傍らでだらけてる彼女を一括し家事を手伝わせる。


父親が帰ってきたらみんなで夕飯を食べ、ふろに入って寝る。


彼女は俺から離れない。


でも不思議と悪くない気分だ。


彼女の見た目が少女だから?


それとも俺はこんな形の家族を望んでいたのか?


自分でも、今の自分のことがよくわからない。


でも家族みんなで笑えているのなら、それが正しいのかもしれない。





そういえば、彼女たちに「家族でいてほしい」と言われたとき、どんな表情をして何を言ったんだっけ。



最後まで読んでくれてありがとうございます。

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