09 仲村なかのは性格が悪い
「じゃーんけーんぽん!」
四人の重なる声と、同時に突き出される手。
街の酒屋の前で、俺たち四人はじゃんけんに興じていた。
その遊びの存在を知らない周囲の異世界人は、こちらをちらちらと見ながら何か囁き合っている。
「あんたの負けね、イスキ」
なかのが凶悪な笑みを浮かべて、勝ち誇ったようにそのチョキを揺らした。
コトとミモリもチョキ。俺は自分の判断を……パーを出してしまったことを悔やんだ。
「嫌だ……嫌だ!」
首をブンブンと振って拒絶する俺に、楽しそうな笑みを浮かべてなかのがずんずんと詰め寄ってくる。
「無駄な抵抗はやめて。さっさとあの中に入りなさい」
俺の胸ぐらを掴むと、賑わう建物を指さす。
「嫌だ……他の方法はいくらでもある! たかが……たかがご飯代くらいで、俺は自分の身体を安売りしたくない!!!」
そう、俺たちには金がなかった。
司書だとかリベルリライターだとか、偉そうな肩書きを背負っているくせに、この世界の通貨どころか売れそうなものもひとつも持ち合わせていなかった。
これって、好きで来てるわけじゃないよな? 仕事なんだよな?
「仕方がないじゃない。『誤植本』の中に持ち込めるのは身一つ。服装だってその世界に準じたものに変えられるって言うのに、なんで贅沢できるほどのお金が用意してあると思うの?」
誰かさんの服を買うために使っちゃってるし、と付け加えられて、はんっ、と見下したように鼻で笑われる。
いや、それはそうだとしても、だ。
「だからって、なんでエッチなお店なんだよ!!」
なかのが指し示したのは、中でお姉さんがポールダンスを踊っているような酒場。
男性たちはにやにやしながらその建物を後にしている。
「別に脱ぐわけでもあるまいに、何を純潔ぶってんのよ。ていうか、おにゃのこのあたしたちがあそこで小銭稼ぐのと、体は男のあんたが身体を張るの、どっちが健全だと思うの?」
……。
……それは結構難しくないか? この顔に食いついたおっさんが、俺のこの骨張った男の体を見たら泡吹いて倒れそうだ。
だからといって、いくらなんでも女の子にそんな稼ぎ方をさせるのはまずい。
「それにさあ、あんたの【誘惑】? 今使わないでいつ使うのよ。さあ、さっさとあの豚箱に飛び込んで身包み剥がされて、あたしたちの宿代とご飯代を稼いで来なさいよ」
「なんでお前そんなひどいコトが言えるの?」
その恐ろしさに、思わず自分の身体を抱きしめる。最初にあった時は、こんなやつだとは思ってなかった。他の二人に比べて救いようのないほど性格が悪すぎる。
「あの、なかのちゃん」
「なに?」
俺をいじめて楽しむなかのに、ミモリが近づいてくる。
「私の【交渉】で、どっかで住み込みで働いたらいいんじゃない?」
「……」
少々の沈黙。
「……それができるならそもそもじゃんけんの前に言え」
「ごめん、今気づいたの……」
俺から離れた場所から、えへへ、と可愛く苦笑するミモリ。
「そうね、そうしましょうか。頼むわ、ミモリ」
なかのに頭を撫でられると、ミモリは自信に溢れた表情で、近くの酒場にすっ飛んで行った。……勿論、エッチなお店じゃないところだ。
俺がほっと胸を撫で下ろしていると、コトが近寄ってきた。
「イスキさん、イスキさん」
「どうした、コトスケ」
くいくい、と俺の袖を引っ張る。どうやら、耳を近づけろと言いたいらしい。コトの背丈に合わせて、体を曲げる。
「なかのさんは、最初からミモリさんの【交渉】で稼ぎ場所を見つけるつもりでしたよ」
「は? なにそれ、どういうこと?」
コトにつられて、何故かこしょこしょと小さな声で尋ねる。
「ですから、なかのさんは、初めからイスキさんに体で稼がせるつもりなどなく、あんな風にからかっていたんです。優しい方ですね」
うんうん、と神妙な顔で頷くコト。
「そっちのほうがタチが悪いだろ……」
俺をいじめたくていじめただけじゃねえか。そもそも大事な仲間の体を売る最低な行為をする気がなかったってだけで、マイナスがゼロになっただけで、ひとつもプラスになっていない。
仲村なかの。正直言って、ものすごく嫌いなタイプの性格の悪さを持つ女である。