08 悪くなる状況
「誘惑5000…だから触手に捕まっちゃって、イケメンに助けられたわけね」
真面目に分析するなかのに、俺はため息で答える。
「こういうのってさあ、体力いくらー魔力いくらーってこう、色々あるもんじゃん。なに? これ。一項目で俺たちの何がわかるんだよ?」
「さあ」
俺の相手をする気はないらしい。この残虐ピンクが。
「そうだ、ダンジョンの中で、シスター姿の女の子がいたわ」
「そっか、なかのちゃん、ただモンスターをぶっ殺してきただけじゃないんだね。さすが!」
持ち上げるミモリに、なかのが少しだけ誇らしげな表情になる。あの(男が近寄った場合以外)全肯定の太鼓持ち女がいると、甘やかされて話が進みそうもない。
「シスターって、金髪で三つ編み? だったら、『ちかよるな』のヒロインで間違いないけど」
「ええ、その特徴にぴったし。中で寂しそうに蹲ってたわ。あんなダンジョンの中で一人で、よく生きてられるわね」
『ちかよるな』のヒロイン、蘇生回復スキルを持つリティア。彼女はその身に祈りを受け、モンスターがまったく近寄らない神聖な存在となってしまう。それ自体特殊なスキルで、大人しく教会とかにいれば重宝されるのだが、彼女は父の仇のために冒険者とパーティを組んで冒険の旅へ。
しかし、クエストを受注しようにも、経験値をあげようにも、彼女がいる時点で雑魚モンスターは近寄って来ず、それを疎ましく思ったパーティメンバーに、ダンジョン内に置き去りにされてしまうのだ。
そうしてダンジョン内で餓死でもしたいと泣いている時に、同じく追放された主人公・ランスと出会うのだが……
「そのランスさんは、さっき街へ戻って行ってしまいましたね」
あーあ、と欧米人みたいなリアクションをして、コトが言う。
「全くだわ。とにかく、主人公をこのダンジョン内で追放させて、ヒロインと出会わせる。それがこの世界の『誤植』でしょうから」
当面の目標が決まるも、空気は重い。
そもそも何故彼は追放されなかったのか? それに、だだっぴろい街の中を、彼らの拠点を探し回らなければならない。想像しただけでくたびれる。
「まあ、楽しみながらやりましょう。仕事は楽しく、それがリベルリライターのモットーよ」
そう言って全員の肩をポンと叩くなかのは頼もしい。流石唯一の戦闘要員だ。
「ヒロイン−−−リティアさんはどうしようか? あんなところに一人ぼっちで、可哀想だよ、なかのちゃん」
「そうね。とりあえず保護しましょう。その後、主人公がいる時にあたしたちが彼女をこのダンジョン内で捨てれば、一応の辻褄は合うはずだし」
「お前が言うと悪役感が凄いな」
付け加えるならミモリの腰巾着三下感も凄い。
洞窟の入り口で、そうやってわちゃわちゃやっている俺たちの耳に、なんとも逞しい声が聞こえる。それに加えて、かわいらしいアニメ声。
ダンジョンの中からだ。
ダンジョンから出てきたのは、二人。
1人は、背の高い好青年。簡単な装備だけを身につけている。
そしてもう1人は、金髪を三つ編みに結ったシスター。
ヒロイン、リティアだ。
俺たちの目の前を楽しげに笑いながら通過する二人を、俺たちは呆然と目で追った。
誰も何も言わなかった。俺はこの仕事が、生半可なものではないことをようやく悟った。
「状況がどんどん悪くなるな……」
俺の呟きに、他の三人は慣れたようにため息をついて、彼らの後を追っていくのだった。