06 モブの悲しみを知れ
ほぼ裸同然の俺に、街まで行って簡単な服を買ってきてくれたミモリは、やっぱりまともな人格者なのかもしれない。
ただし、手渡しではないが。包みを切り株に置くと、ささーっと俺から距離を置く。
……俺は汚物か何かなのか?
「触手の粘液まみれのあんたはなかなか汚物だけどね」
なかのが俺のねちょねちょの姿を見て鼻で笑う。
こいつに関しては、顔がちょっといいだけでただの性格の悪い女だ。
それに比べて、このロリッ子ときたら。
「イスキさん、こっちに湖があります。冷たいかもしれませんが、粘液だけでも洗い流しましょう。あ、髪の毛、後ろからコトが洗います。前は見ませんからお気になさらず」
なんでいい子なんだろうか?
クソ生意気なチビだとばかり思っていたが、どうやらいいことと悪いことの線引きはしっかりしているらしい。
凍えそうに歯をガチガチ言わせながら、湖で体を清める。コトはせっせと、俺の銀の髪に水をかけていた。
正直めっちゃ寒い。冷たい。今冬なのか? 異世界だとそういうのがわからない。それともこれが普通の世界?
「なあ、なんでこんなに寒さを感じるんだ? 『ちかよるな』のヒロインとか結構薄着だから、年中あったかい気候なんだと思ってた」
背後で俺の髪を絞っているコトに問いかける。しかし、ロリに自分の髪を洗わせるって、なかなか背徳的だ。
「ヒロインにはヒロイン補正がありますからね」
「なんだそれ、主人公補正は聞いたことあるけど」
「そのヒロイン版です。この世界だと、どれだけ肌を出しても平気だとか、ムダ毛が一切生えないとか。ヒロイン達に比べてモブが厚着なのはそう言う理由です」
は? と眉を顰める。湖から上がると、コトが向こうを向いていた。その背中にまた問いかける。
「なんでそんなモブに厳しいんだ?」
「モブに厳しいのではなく、彼らに甘いのです。あまあまのあま。コトもいつの日か、ミモリさんのような立派な甘食を胸に……」
「ええ、まってまって、急に話変えないで??」
体の水滴を払いながら、ロリの小さな背中に突っ込む。こいつはマイペースすぎる。
「つまり何? 俺が読んでた『ちかよるな』の世界みたいな、モンスターぶっ倒したら魔法ぶっ放したり、そういうのも補正だっていうわけ?」
「勿論です。この世界は、彼らのための世界なんですから。私たちの役割は司書として、この世界のモブとして世界を修正することです」
あっけらかんと、コトの背中は告げた。
俺は司書であり、この世界のモブ。
好きな作品に入れたからと言って、楽しいことばかりではないらしい。
ミモリが買ってきてくれた地味な村娘服に袖を通すと、コトとふたりで戻っていく。
パーティが出てきた洞窟の入り口で、ミモリが中を覗いていた。
「あ、お帰りなさい……わあ、イスキさん、とっても似合いますね」
「似たような服買ってきておいて言うセリフじゃねえだろ。あと今の俺に似合わない服はない」
「あ、はい」
元から男アレルギーのミモリとは距離があるのに、今の一瞬で心の距離まで離れた気がする。
「ダンジョンの入り口なんて覗いて、何してんだよ? またなんか変な生き物に捕まるかもしれないじゃん」
「イスキさん、言ってましたよね? この中で、置き去りにされた主人公とヒロインが出会うって」
俺がここに着いた時に興奮気味に語った内容を、どうやら覚えていてくれたらしい。
「だったら、この中にヒロインが残されているはずです」
「まあ、そう言うことになるのか」
結構真面目に調査しているミモリと、結構真面目に受け答えする俺の袖を、真面目な顔でコトが引っ張った。
こいつはどんな真面目な話をしてくるのかと、耳を寄せてやる。
コトは、若干前屈み気味のミモリの立派なソレを指さす。
「イスキさん、あれが甘食です」
「お前さあ、空気読めって言われたことない?」
なんで今言ったの?
こいつは完全に、生意気チビロリからマイペース頭空っぽロリにジョブチェンジした。俺の中で。
何故か勝ち誇った笑みを浮かべて、コトが答える。
「コトにとって、空気とは読むものではなく、豪快にプロレス技をしかけてやるものですから!」
「なんにも上手くないこと言った……」
なにひとつ上手くないロリを他所に、俺は真面目な雰囲気のミモリへ視線を向ける。
「あれ? そういえばあの腹立つなかのはどこ行った?」
気づくまでに時間がかかった。
自分でも驚いたが、どうやら俺はこいつらがいてもいなくてもどうでもいいらしい。
「なかのちゃんは、中に入ってったよ」
「中に? 一人で?」
「なかのさんが中に……ぷふっ」
横でアホみたいな駄洒落を呟いて一人で吹き出したコトの頭に拳骨をして、俺はシリアスな雰囲気を場に取り戻す。もともとシリアスだったかは謎だが。
「大丈夫なのか? 一応、俺たちはモブなんだろ? 冒険者の入るダンジョンに乗り込むなんて無謀だろ」
「大丈夫だよ、なかのちゃんは」
ミモリは優しげに、しかし自身のこもった瞳で、俺を見上げて笑う。
そのドヤ顔に、俺は少し期待した。
あの偉そうな女、もしかしてチート能力でも持ってるんじゃなかろうか? 見た目だけなら正ヒロインといわれても誰も疑わない清楚さだし。
「あれ、戻ってきてたんだ−−−」
ダンジョンの中から聞こえた、なかのの涼やかな声。俺の位置からはダンジョンの中は見えないが、俺はそこから颯爽と出てくるであろうあの桜色の髪を羨望の眼差しで−−−
出てきたなかのは、ただ全身が赤く染まっていた。
「うわああああああああああ!?」
「うわうるさっ」
俺の絶叫に、なかのが迷惑そうに耳に人差し指を突っ込む。
「なにされたらそんなことになるんだよ!? え、死ぬの!? 大丈夫!?」
「めんどくさいわね、見ればわかるでしょ。ピンピンしてるわよ」
そういうと、なかのは両手を上にあげたまま垂直跳びを始める。その行為の意味は不明だが、元気そうなのはわかった。
「じゃあなんだそれ、返り血……?」
「なかなか鋭いわね」
さらっと、全身が赤に染まるほどの血液を全身に浴びたことを白状する。その行為をしているなかのを想像して、俺は背筋が凍る。
「ステータスってやつだよ、イスキさん」
ミモリが、固まる俺にそう話しかける。その素敵すぎる単語に、俺は自分の中の情熱が湧き上がるのを感じる。
「ステータス! モブにもあるのか!」
「あるっちゃあるわよ。モブの中にも冒険者モブはいるしね」
コトに手伝ってもらいながら、何かの返り血を拭くなかのが、そう補足する。
「一応あたし達にもあるってわけ。まあ本当はギルドとかでやるんだろうけど……」
そう言うと、空中に右手を突き出す。そして高らかに叫んだ。
「ステータス、オープン!」