03 銀髪美女(男)
なにがムカつくかって、完全な女体化じゃないところだ。
イスキジュニアはちゃんとそこにある上に、おっぱいはない。喉仏も健在で、せっかくの美女が吐き出す言葉は全て野太い。
そんなことを考えていると、目の前の少女にため息をつかれる。この数分間で、実に5回目のため息だ。
「指宿イスキ、ちゃんと聞いて」
「聞いてるって。はあ〜マジでめっちゃ可愛い……いや、美しい。綺麗。麗しい。この声さえどーにかなればなあ。……あ、ねえねえ、ちょっと俺に声当ててみてくんない? セリフは、ちょっとドSっぽい感じでぇ」
手鏡を見て表情をとろけさせる俺に、ついに堪忍袋の尾が切れたようで、机をバンと叩き、
「指宿イスキ!!」
「はいっ……」
その迫力に、俺は情けない掠れた声を出して、さっと手鏡を手放す。背筋は不自然なほどピンと伸びる。
「あんたは今日から、この二次元図書館の司書なのよ。いつまでも三次元気分でいられると困るの。わかってるの?」
「はひ……」
三次元気分て……学生気分みたいいうなよ。
「死んだ後異世界に転生するもの、召喚されて転移するもの、元の地球でまた生まれるものなど大勢いるけど、ここで司書に選ばれることは凄いことなのよ」
「へえ……」
「アイドルになりたいからって、アイドルになれる奴は少ないでしょ? 狭き門ってやつ。それなりの心構えでいないと」
「そもそも俺、別になりたくてきたわけじゃないんだけど」
そうぼやくと、目の前の少女に睨まれる。
「だから、リバライト様が気を利かせて、そうやってあんたが1番なりたい体にしてくださったんじゃない」
「いやどうせならこんな中途半端な女装野郎じゃなくて、ちゃんとしたらおにゃのこにして欲しかった……」
リバライトというのは、俺の転生先を無理やり司書にした極悪非道のおっさんのことらしい。奴は俺の心を読んで、俺が最も理想とする女性の姿に俺を変えてくれたそうなのだが……
中途半端な上に、そんなことができるならチート冒険者としてハーレムを築かせて欲しかった。
「とにかく」
少女は咳払いを一つ、俺に手を差し出してきた。
「私は仲村なかの。あなたの教育係を務める司書よ。よろしくね」
気の強そうな少女だと思っていたが、優しく微笑んでそう言ってくれる。
「なかの、ね。よろしく」
差し出された手を握る。
「これで困ったことがあれば、あんたでいくらでも荒稼ぎできそうね」
「……は?」
爽やかな笑顔で、なかのは言った。
俺は身の危険を感じ、咄嗟に手を引き抜こうとするが、もう遅い。
「顔がそれだけ良ければ、どの世界でも投げ銭は確実だわ。その美貌にその身体、マニアに高く売れそう。ふふっ……モンスターに食われかけたところを適当な冒険者に拾わせてもいいわね……」
「え!? え!? こわ! 怖いこの人なにぃ!?」
野獣のような眼光で、俺を舐めるように見るなかのは、美少女とか以前に同じ人間であるとは思えなかった。ていうか握られた手が痛い。血が通った人間の色じゃなくなってきてる。
「……なによ、ちょっとした冗談でしょ?」
なかのはあっけらかんとそう言って、ぱっと俺の手を離す。俺はその拍子に倒れ込んでしまう。
「冗談なんだとしたらセンスがなさすぎる……!」
「それはよく言われるわ。なかのの冗談はつまらない上に不快だって」
「それは単純に悪口だけど、それを面と向かって言ってくれる友達がいてよかったな!」
かんらかんらと笑うなかのが、俺にはもう魔王か何かのように見えてきた。
「さて……指宿イスキ、もうイスキって呼ばせてもらうわね」
椅子に座り直すと、なかのは言う。
「あんたに、司書の仕事を教えてあげる」
なかののその言葉を合図に、どこからともなく一冊の本がテーブルの上まで飛んできた。
「……あ」
その本には見覚えがあった。というか、大好きな物語。最近書籍化された、「小説家になろうや」のヒット作−−−。
「『超使えない能力・肥大化のお陰でクソみたいなパーティから追放された俺は実は勇者の生まれ変わりでハーレムしながらチートスキルで無双していく予定』、略して『ちかよるな』じゃん!」
「……詳しいのね」
鼻息を荒くする俺に若干引き気味になりつつ、なかのがその本を捲る。
「ここ、二次元図書館は今までに三次元で出版された創作の全てがある。それを他の次元の人たちなどに貸し出ししているのだけど−−−たまに、所蔵している本が暴走するのよ」
「暴走?」
図書館や本とは結びつかないその単語に、俺は眉を顰める。
「ええ。三次元で出されたものと、展開が変わってしまうの。ここには魔力が溢れているから、そのせいだと言われているけど−−−『誤植』と呼ばれているわ」
なかのは『ちかよるな』のページをひとしきりめくった後、その拍子に指を置いた。
「その誤植本の中に入って、物語を修正するのが私たちの仕事よ」