11 顔以外取り柄のない
部屋の外の廊下でこそこそと着替え、全員揃って酒屋へと向かう。ミモリはもう完全にいつもの優しい彼女だったが、俺はちょっといつも以上の距離を無意識にあけていた。
酒屋は満杯。クエスト帰りの客が飯を食いに殺到しているらしく、何人かいるウエイトレスも忙しそうに駆け回っていた。
マスターに声をかけると、なかのたちは慣れたもので、すぐにテーブルへと向かっていった。こういう経験があるのだろうか? ミモリだけは、マスターに許可を取って厨房の中へと入っていく。そのマスターと話すのも、なかのの背に隠れてだ。
接客の経験なんて皆無の俺は、どうすればいいかわからずマスターに声をかける。
「すいません、お……私、こういうの初めてでぇ……」
「……」
キツい裏声を出して、上目遣いにマスターを見ながら尋ねる。
マスターは俺を見て少し固まると、カウンターの下からプラカードを取り出した。
『武具屋 ハリスの店』
「……武具屋?」
そのプラカードを渡され、固まる俺に、マスターが耳打ちする。
「それは俺の息子の店のだ。向かいの繁盛してない店。お前はあの店の前で、黙ってそれ持って立ったけ」
「は? どういう……」
マスターはおろおろする俺に、不快そうな顔で言う。
「お前は顔だけはいい。というより顔以外取り柄がなさそうだ。外で俺の息子のために立っとけ」
「ええ……」
流石に涙が出てきた。なんでそんなことを言われなくちゃならないんだ。確かに、この可愛い制服から伸びる腕と脚はひょろっとした男のそれだ。
でも、何もそこまで言わなくても……死んでから手に入れた顔だけが取り柄なんて、悲しすぎるだろ。
ずびずび鼻を啜りながら、プラカードを抱えて外へ出る。
言っていた通り、大通りを挟んだ正面には小さな暗い武具店があった。『武具屋 ハリス』。とりあえずこの前で立っていればいいのか。
樽があったので、すね毛の生えた足を隠すようにして立つ。あとでなかのたちに頼んで、なにか脱毛できるようなもの頼もうかな。ていうか、そもそもなんで体は男のままなんだ。顔はこんなに可愛くて、長い髪はこんなに美しいのに。首から上だけ取っ替えたみたいだ。
ぼおーっと突っ立っていると、先程マスターに言われた言葉にまた涙が滲んで来た。
俺、逆にこの顔のない、死ぬ前の人生どうやって−−−あれ?
俺、どんな人生だったんだっけ。
首を傾げる。『ちかよるな』が好きだった。それは覚えている。自分の名前が指宿イスキで、死んだ後おっさんに会ったことも覚えている。
どこに住んでいた? どんな幼少期で、どんな友達がいた?
あれ? なんで思い出せないんだろう?
一人で首を傾げる俺の元に、パーティと思われる一団が近づいてくる。俺は我に帰って、背筋を伸ばした。
「おねーさん、可愛いね。なにここ、武具屋?」
「……」
こくり、と頷いておく。
彼らは興味を示したらしく、ドアを開けて中に入っていく。
その最後尾で、俺はよく知る顔を見かけた。
ランス。
この世界の主人公だ。
俺は咄嗟に、その腕を掴んでいた。