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抹茶フラペチーノが美味しいうちに



「昨日の夜、古賀くんが財布を落としたって言うんだよ」



同僚の平山と丁度帰りが一緒になったので、駅前のコーヒーショップに二人で立ち寄った。

そこで、僕が大好きな【抹茶フラペチーノ】を飲んでいたところ、そんな話題を平山が僕に振ってきた。


古賀というのは僕らの後輩であり、部署は僕らと違うが、営業部で今年2年目の社員である。

……古賀と言えば、今日は何故か顔中に絆創膏を貼っていたな。



「ん、なに。その財布見つかってないの?」

そう話す僕は、意識の半分を【抹茶フラペチーノ】に取られている。


「いや、落としてから5分くらいして見つかって……親切な女の人が拾ってくれたんだって」

「よかったじゃん。めでたしめでたし」

「いや、それがそうじゃないんだってさ。最悪のことがあったって」



平山はホットココアに何度も息を吹きかけ、冷ましている。

目の前の彼は、猫舌にも関わらずお腹をすぐに壊すからという理由で、ホットドリンクしか飲まない。

そんな哀しきジレンマを抱えている。



「なんで?お金が抜かれてたのか?」そう、僕は平山に尋ねた。

「何も抜かれてなかったし、カードとかも全部ちゃんとあったそうな」

「財布が傷だらけだったとか」

「財布自体にも傷とか無くて、無事だったってさ」

「拾った女の人に何か問題があったとか?」

「その女の人ってのは実は【キャバ嬢】だったみたいだけど、めちゃくちゃ親切な人だったらしい」

「じゃあ、何が最悪なの?」

「それを一緒に考えて欲しいんだ」



平山がココアを一口啜って、あちっと声を上げた。

僕は怪訝な目で平山を見た。



「本人に聞けよ。知らないよ、そんなの」

僕はそう言って、抹茶フラペチーノを一口飲んだ。


平山は、困ったような表情を浮かべている。



「いやね、話の途中で課長がエレベーターに乗ってきたもんで……肝心のところが聞けてないのよ」

「また、古賀に聞き直せばいいだろ。LINEしてみたら?」

「古賀くんの連絡先を知らないんだ。そして、今日は金曜日だ。月曜まで彼に会えない」

「なんで今日の内に聞いとかないんだよ」

「すっかり忘れてた。でもって今、ココアを冷ましている内にすごく気になってきた」



平山はそう言い終えると、またココアを冷ます作業に戻る。



(正直、余り興味をそそられる話題じゃないな)


なので僕は、構わず大好きな抹茶フラペチーノに集中してみようと考える。



そうして、しばしの間、お互いが何も喋らない時が流れた。



こういうときに気まずさを一切感じないのが、平山の良いところである。

また、さらっと僕に話題を避けられたことに、全然傷ついていなさそうなところも。



やがて、平山は頭を掻きむしり始めた。



「んー、やっぱり全然分からん。頼む青木。教えてくれ」平山が僕に向けて両手を合わせた。

「いや、さっきから言ってるけど知らないよ。なんで僕に聞くんだよ」

「青木は頭がいいから、何となくで推測できるだろ。頼むわ」

「えー」


僕は嫌がる素振りを見せつつも、【頭がいい】という発言には気分をほくほくとさせた。

なので、ちょっぴり考えてやることにする。


さて、今までの話を簡単に纏めてみよう。



――古賀は昨夜、財布を落とした。しかし、それはすぐに見つかった。

――財布自体に傷が無く、その中身も無事だったにも関わらず、最悪なことが起こったと古賀は話す。

――拾い主のキャバ嬢は親切だった。



うん。それなら、こういうことが考えられるな。

僕は、咳払いを一つすると、平山に推論を発表することにした。



「逆に増えてたんじゃない?」

「ん、増えてた……ってどういうこと?」

()()()()()()()



平山は、”ん、ん、ん”と鼻を鳴らして、【何を言っているのか分からない】という意を示す。

僕は続けた。


「財布の中身は無事で、財布自体に傷もない。拾い主とのトラブルも無かったと前置きされているなら、後は【何か変なものを財布の中に入れられた】説が残ってる」


平山は腕を組んで、悩みだした。


「変なもの……もしかして、お金が増えてたとか?」

「平山は、お金が増えると最悪なのか」

「いや、むしろ嬉しい」

「だろ。じゃあ、それは違うだろ」



僕がそうツッコむと、”そりゃそうか”と掠れ声を出した。


平山は腕を組んだ姿勢から、更に首をコテンと横に倒した。

その姿勢のまま、僕に尋ねる。



「因みに、青木は何が財布の中に増えてたと考えてるの?」




それは、恐らく――







*************






次週の月曜の朝。業務開始10分前。



平山が月曜だというのに、意気揚々と僕の席にやってきた。



「古賀くんに聞いた。青木の言う通りだったよ。【名刺】が財布に入れられてたんだって」

「……ああ、そう」



朝は低血圧なので、大抵機嫌も気分も悪い。

なので、平山の甲高い声に少々の苛つきを覚えつつ、応答する。



「いやー、青木は名探偵だな。まるでコナン君みたい」

「大したことないよ」

「でも、どうして【名刺】が財布の中に入れられてるって分かったの?」

「先週の金曜古賀が顔中、絆創膏だらけだった」

「うん。彼女と大喧嘩したって」

「それを聞いた時点で気付くべきだよ」



僕は、重たい溜息を吐いた。



「恐らく金曜の夜、古賀は家に帰ってから彼女と財布の中身を確認したんだろ。盗られたものが本当に無いのかを、一緒に。そこで【キャバ嬢の名刺】が財布に入ってた。それが喧嘩の原因になったんじゃないかな。多分」


僕が少ないエネルギーを絞って、そう言い切ると、平山は感心した素振りを見せる。



「まるで金田一みたいだな」

「どっちかにしてよ。コナンなのか金田一なのか」

「そこで、名探偵にもう一つご相談なんだが……」



平山は照れ臭そうにはにかむ。



「昨日俺も財布落としちゃってさ。その名推理で探してくれないか」

「断る」



僕は、これ以上馬鹿な同僚にエネルギーを使いたくなくて机に突っ伏した。











抹茶フラペチーノが美味しい内に ー終ー





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