9、古琴乃友
古琴乃友→自分をよく理解してくれる友人。ちょっとした恋愛講座?のガールズトーク。
「………私が千鶴姉様から教わった"唯一の人"を自覚する引き金はね、」
「聞いておきたいような、聞いたらいけないような……!!ああっ、でもどちらか片想いしてたかどうかまでは私も知らないしっ!」
「望美。心の葛藤が、そのまま口を衝いて出ているからね?
私がしっかり聞いておくから、とりあえずその口を自分の手で覆っていてもらえない?」
最近、稽古や昼の勤めの合間を見つけては、きゃっきゃとはしゃぐ双子と昔話に花を咲かせるのが日課となっていた。
噂話や大まかな話で伝え聞く憧れの人より、自分にとって身近な人の実体験の方が心惹かれるものがあるらしい。
「……"もっと"が止まらなくなる、らしいわ」
「それは、自分ではどうにも出来ないものですか?」
「そうね、花娘の気質にもよるでしょうけど。その人の事ばかり考えてしまうにしても、恋をして綺麗になる娘もいれば、思い詰めたり、かえって頑なになってしまう娘も居るわ。
千鶴姉様は…そうね、何時も凛とした憧れの華姫様が少し幼くなったというか、可愛らしさを感じたわ。十も離れていたのに不思議だけれど。」
「可愛らしい……胡蝶蘭?」
望美が不思議そうに首をかしげるのも最もだ。可愛らしさで、花街一とまで言われる華姫は務まらない。
才色兼備、老若男女問わず心惹かれた姫と聞いていれば尚更。
「普段は、着物や飾り物を見繕うのに一切迷いが無くて的確な千鶴姉様が、千亀様に逢える日に限って優柔不断になるの。
2つに絞ったところでウンウン唸って、自分が迷う理由付きで、私の意見を聞いてくれたわ。
だいたい綺麗で凝ったものか、可愛らしくて珍しいものかで迷っていて。もともと似合う物しか持たない方だったから、提案する此方も大変だったの。」
その代わりと言ってはなんだが、花芽の頃は千鶴姉様と二人で"恋する華姫:胡蝶蘭"を彩っていたように思うのだ。
この色を試してみよう、では次は?と。
「そんなに恋愛で胡蝶蘭が変わってしまったのなら、初めて訪れた方ならまだしも、常連客は華苑から引いてしまったのではありませんか?」
「いいえ、寧ろ客足は増えたの。
自ら恋する華姫は、皆美しさに拍車がかかるけれど。
白金の髪を流した胡蝶蘭の演舞は宛ら金の翅で舞う蝶のよう、と称されていたわ。
公私も明確に分けていて、勤めに響くような恋煩いも無ければ、千亀様色に染まる事も無かった。
恋を原動力としていたというより、恋で自分の魅力を更に高めていたのではないかしら?
そんな華姫を間近で観たいだけではなくて、胡蝶蘭の想いを自分のモノに、と近付く男も居たらしくて。
夜宴での千鶴姉様の振舞いは実際に見た事はないけれど。身の程知らずな客には、それはもう短い言葉で鋭く急所を突いていたそうよ。……笑顔で。」
「母様、最強……!!」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す…母様は人を惹きつける魅力の持主で、毒舌家だったのね。"綺麗な花には棘がある"か。」
私が尊敬する、有りの侭の千鶴姉様は二人の心に深く響いたよう。それぞれ惹かれた所が異なるのは意外だったけれど。
本人が当時を語るには難しいものがあるだろうし、当時一番身近な存在だった私が語るのは許してもらえるのかしら。
「あの、藍花姉様。私達、思う所があるので"夜の華姫の装い"を選ばせて頂いても良いでしょうか?」
「そうね、今日は宴が1つしか無いけれど……折角だからお願いしても良いかしら?」
二人から初めての提案だったけれど、元々自分の纏う物にはあまりこだわりが無い。
髪と目の色からして色打掛も寒色系に偏りがちではあるが、先の姉姫達が遺した手付かずの金襴緞子もあるのだ。
高値の着物が贈られたからといって、好みでは無いものを身に付けるような華姫はここには居ない。そうして損なう事なく、密かに次代へ継がれていく。
「少し気になるのは……二人の思う所?ね。私はまだ、恋はしていないから。」
「その螺鈿細工の櫛がより引き立つように、着物を見立てさせていただきたくて。」
「母様と藍花姉様に習って、"華姫の魅力磨き"の一環です。というか、私達の特権かもしれません。」
双子は、"今日は此れを着て"と合わせる小物に至るまで、互いに選び合う事もあるらしく。
そういう時は姿見で確認するまで相手に任せる事で、自分に似合う色柄を新たに発見する楽しみがあると。
「藍花姉様さえ良ければ、本当は髪型や使う簪に至るまで、お伝えしたいところですが……!」
「それなら今夜は無理でも、次の結い直しの時は二人にも同席してもらいましょうか。
なんだがそんなに熱心に考えてもらうと、くすぐったく感じるものね。」
その後は時間の許す限り、桐箪笥やら長持やらを引き出しての総着替えとなった。
双子曰く、"どうせなら一度も袖を通していない珠衣から選び、印象を変えよう"という事らしい。
部屋には足の踏み場が無くなる程、金糸銀糸の刺繍が華やかな着物が多く並び、色の洪水となった。
二人の選ぶ候補から漏れたものを丁寧に仕舞いながら、いつまでも箪笥の中に潜めているには勿体無いな、と思う自分が居た。
こんなにも美しい贅沢品を、桐箪笥の肥やしにしていたのだ。
それに加え、蕾達の中でも飛び抜けて可愛らしい双子を、色違いの人形のように思った事はあれど。
まさか私が二人の着せ替え人形になる日が訪れるとは。ふふ、っと思わず笑みが零れる。
華菓子の件といい、二人には驚かされるばかり。
他意無く周りを巻き込みながら、とても楽しく感じる方へーー変化していく。
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珠衣→玉を飾ったような、美しい衣服。
長持→蓋のある長方形の衣装入れ。木製。