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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
8/34

8、色づく葉月

三人寄れば文殊の知恵♪の回。





「もう詰んでいるのに、時間稼ぎ…??んんん、宣戦布告(せんせんふこく)したからには…これからも小出しに攻めてくるつもり、かも」



「もう。いくら自分が好きだからって、なんでも盤上遊戯(ばんじょうゆうぎ)に例えないで。

藍花姉様は、やんわりお断りしてるのよ?それでも会いに来るのは向こうの勝手。……今まで通り、夜の茶会相手です。」




今日の望美は薄浅葱(うすあさぎ)と白の縦縞の地に、柘榴(ざくろ)色の菖蒲(しょうぶ)の刺繍、紅白の金魚が泳ぐ振袖。隣の美月は真珠色の地に、乙女色の菖蒲(あやめ)白藍(しらあい)の池のほとりを蝶が舞う振袖。



季節はまだ残暑厳しい葉月。

夏の着物を着た涼しげな二人の会話は、白熱(はくねつ)していた。そういう私は、睡蓮柄の扇子(せんす)をゆるりと(あお)いでいる。




「え?だって呉服屋の小物は誤解されるから饅頭(まんじゅう)、って言っていたのでしょう?

"本当はそういう女物を贈りたいけど、貴女の了承(りょうしょう)を待ちます"って含みがない?私ならきっと貰っちゃうけどな。」



「確かに、藍花姉様は好きとも嫌いとも、困るとも言ってないから…いつか、周りに言い(はや)されたりして流されそうなのよね。奥手(おくて)な客と清楚(せいそ)な華姫だから大変。」




楽観的に恋愛を攻守(こうしゅ)(とら)える望美。客観的に将来を見越す美月。

(よわい)十三の蕾達が恋の駆け引きの自論を語る(さま)は頼もしいというか。(すえ)恐ろしいというか。



なるべく二人の会話を静観(せいかん)しつつ。そもそも、根掘り葉掘り聞かれる事になった発端(ほったん)は「秋を感じる菓子は、何が良いと思う?」という一言だったのだ。




基本、振舞われる食事や酒、菓子に至るまで全て華苑専属の調理師任せ。贔屓(ひいき)の仕入先もあるはずで、花娘達が関与する事はほとんど無い。



此方(こちら)から客の好みや、注文を伝える事は出来るのだけれど。

個人的な贈り物や、皆で(もら)い物を分け合う事ばかりで、自分で用意するとなるとどうしたものかと中々決まらず。




……深く考えずに二人に相談した結果、"季節感のある菓子"の話題が"呉服屋の若旦那と私の今後について"熱のこもった審議(しんぎ)(?)が始まってしまったのだ。




「二人共、誤解していない?今まで宴の席で()われた"想い人"や"部屋通い"は、何度か(かわ)してきているのよ?

ただ、あの時の(はじめ)様の言葉にも、態度にも真心を感じたの。正直に今の私の気持ちを伝えなくては、と思ったから、ありのままを伝えたわ」




二人にはそろそろ一息(ひといき)ついてもらおうと思い、淡い色が(にじ)むグラスに麦茶を八分目まで(そそ)いだ。カラン、カランと涼しげな音をたてて、すでに丸くなりかけの氷が踊る。




「寂しいわ…花盛りの花娘達のように、望美と美月も私の菓子の悩みより、"華姫と客の恋模様"が気になるのね。一緒に考えて欲しいのは、(はじめ)様との事では無くて。

別れ際に手土産話をしたのだもの、こちらも何か用意したいと思うのは……変、なのかしら?」



「た、確かに華姫も花娘も、お客様に楽しく過ごして頂く事、おもてなしが本業(ほんぎょう)といえば本業です!?」



「藍花姉様。望美が動揺してるので、そんなにしょんぼりなさらないでください。あと、(はじめ)様の前では、その寂しげな表情はしないでくださいね?」




私に関する話題なのに、二人との温度差で置いてきぼりな気分を味わい、半分本気で寂しさを覚えたのだけれど。




しょんぼり?寂しげな表情……ね。


昨年の水無月、千鶴姉様宛の文を書き上げて…ちょうど(はじめ)様が部屋を訪れた事は、これからも美月には言わないでおこう。(あき)れられてしまいそうな気がする。




"ええ、気をつけるわね"と笑顔でとりあえずその場を(にご)し、二人の前の茶托(ちゃたく)に改めて麦茶を淹れた淡色グラスを置いた。




「…ええと、もらった紅茶はまだあって、次は紅葉饅頭(もみじまんじゅう)を持参すると。饅頭に紅茶は出しませんよね?

(はじめ)様がいらしたら緑茶をお出しして、日持ちする菓子をお土産にしてもらうとか。」



それなら(はじめ)様がいつ来ても大丈夫ですし、と美月が提案してくれる。



「いかにも"貴方が来るのを待っていました"風じゃない?

茶会は茶会でお互い楽しみつつ、向こうに都合よく誤解されないようにしないと。牽制(けんせい)一手(いって)になりそうなもの、かぁ…」




望美は"華姫の特別"を感じさせないモノ、が良いと言う。

それでも感性の違う三人で語るだけあって、ああでもない、こうでもないと候補は()がれていった。






「はい!見た目、珍しさ、華姫のもてなしの品はコレに決まり!!後は調理師に任せましょう!」



「調理師にお願いする、形だけどね?名物になるかどうか、姉様方の意見も聞かせてもらいたいし」



「二人とも、助かったわ。華苑(カエン)の限定菓子なら、物珍しさで花街でも評判になるかもしれない。ーーでも、最初の味見は私達にしてもらわないと、ね。」




そう、無ければ作ればいいのだ。三人とも菓子づくりの経験が無いのは別にして。

見た目の彩り、食べやすい大きさ、その時期の旬のものを使えば、季節ごとに別な物が出来る。




「華の庭ーー華苑(カエン)の菓子は、やっぱり華型にしてもらいましょう。」





特に(もよお)し事で忙しい時期では無かったのが幸いして、二つ返事で調理師に試作品を作ってもらえることになり。



ーー5日後。


頼まれていた(しな)が出来上がったと伝え聞き、望美が部屋まで持って来てくれる。私も美月も茶会を想定(そうてい)して、緑茶を淹れた。




「…"試行錯誤(しこうさくご)した(すえ)の菓子ですが、遅くなって申し訳ない"と言付(ことづ)かりました。」



「見た目はいいわね、想像通りというか…かわいい。」



此方(こちら)我儘(わがまま)を言ったのに、相変わらず職人(しょくにん)気質(かたぎ)だこと。

では作ってくださった調理師の方々に感謝して、頂きましょうか?まずは、二人で好きなものを選んでね。」




望美は(だいだい)、美月は紫、私は黄色の華の形の菓子を口に運んだ。




「お、美味しい…!!本当にこれ、人参入ってるのかな!?」



「…私のはちゃんと紫芋の味がする。フワフワしてるし、甘さもしつこく無い。」



「私のもちゃんと南瓜(かぼちゃ)の甘みがするわ。食べやすい大きさだけれど、すぐ無くなってしまうのが惜しいくらい。」




少々無理を言ってみるものだ。


とても美味しいからと、皆の分も作ってもらい、振舞ってからというもの。その後数日間、調理師達は菓子作りに追われることになったらしい。




……その事を後から噂で耳にして、居たたまれなさを感じ、"人気の菓子代"として少々(しょうしょう)黄金(こがね)を包んだ。




材料費や手間賃は、これで間に合うだろうか?


強面(こわもて)の調理師達がチマチマと鮮やかな華の菓子を大量に作っているのかと思うと、その様子を見に行きたくなるけれど。


……我慢しなくては。






****


菖蒲(あやめ、しょうぶ)→花菖蒲(はなしょうぶ)は背が高く、大輪。花弁の根元に黄色の目の模様がある。

菖蒲(あやめ)は背が低くて小ぶりの花。花弁の根元に網目状の模様がある。


言い(はや)される→しきりに噂されたり、ちゃかされたり、褒められること。



華菓子→秋野菜がベースの、一口サイズのカステラかマフィン風のイメージ。

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