7、文月の創歌
やっと!!【かごめ かごめ】の唄の回です♪
「…"美しい望月夜に、産まれた娘達"。千鶴姉様と千亀様からの、最初の贈物が揃いの名。
花街で暮らす娘は皆、家族との縁が切れるものだけれど。…"望美と美月が花街から出る時を心待ちにしている"と。文に綴られていたわ。」
大きな瞳からポロポロと涙が零れ落ちてゆく。二人に近づき、筥迫から取り出した懐紙をそっと渡した。
「…目元は擦らないようにね?落ち着いたら、部屋に文を取りにいらっしゃい。いつでも大丈夫だから、ね?
生まれや育ちは変えられないものだけど、将来の事は貴女達次第。……それだけは、覚えていて欲しい。」
花街から外へ出るには、身請けしか無い。それでも二人には千鶴姉様のように心根が清らかなまま、健やかなまま、嫁いでもらいたい。
ーーー二人の両親の様な恋を実らせて。
箏の稽古はやめ、二人には下がってもらうことにした。少し休む事で、皆と夕餉を食べてもらいたい。
何事にも表裏はある。
これからも二人には過去の事実も両親の事も、喜びと悲しみが伴うはず。
自分達について知るのは簡単でも、すぐ受け容れるには難しいかもしれない。
それでも。私から伝えられる事は。
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ふう、と一息ついてから箏に向かう。
華姫の部屋を与えられてからは、宴でもない限りいつでも弾ける事が嬉しい。
昼の明るい最中よりも、夜の方が耳が冴えて音に、表現に集中出来るから。
詩に沿うように、調べを創るのは初めてだった。宴でも通用しそうな、言葉遊びのような詩はすぐにできたものの、曲調が難しくて思い立ってから半月もかかってしまった。
箏の指運びの練習に聞こえるよう、簡単に。耳に残るよう、単調に。
ーーかごめ かごめ
(花街の娘、華苑の娘)
ーー籠の中の鳥は
(華姫のお腹の中の赤児は)
ーーいついつ出やる
(いつ、生まれ出でるのでしょう)
ーー夜明けの晩に
(華姫の身請けを控えた、ある晩に)
ーー鶴と亀が滑った
(千鶴様と千亀様が謀られた)
ーー後ろの正面だぁれ
(企みの裏で糸引く人物は何者でしょう)
両親の話をした後だもの。賢いあの子達なら、きっと気付いてくれるはず。
千鶴姉様だけでなく、妹の様に思う双子にも…私は、罪滅ぼしがしたいのかもしれない。
「……どう、でした?」
「調べ遊びも詩詠みも、ほとんど縁が無いからな…俺には、"籠の鳥"の想い人は誰か、という唄に思えた。
籠に囚われている様に生きる華姫、花娘達が夜に歌うに、似合うというか。物悲しい調べというか。」
顎に手を遣り、感じた事をそのまま言葉にしてくれているのだろう。その様は、とても不慣れに見えるけれど。
「あら、嬉しい。昔から想い人を"背の君"とも言いますしね。」
創り手と聴き手の思いが違えば、それぞれに唄の解釈も異なる様なので安心した。少し気になっていたのだ。
「"鶴と亀が滑った"のはどのような意味だと思われます?」
「祝事、長寿、仲睦まじい夫婦の象徴だから、"鶴亀文"は吉祥文様としてよく祝い着に使われているんだ。
気が急いて、身請けの祝事の前に"すでに夫婦だ"とでも口を滑らせてしまったのだろうか?」
急に生き生きと淀みなく語るのは、着物に関すること。
呉服屋の跡取りとしてというより、知識を深める事や、着物が本当に好きなのだと伝わってきて思わず顔が綻んだ。
「花娘同士で、互いに"想い人"当ての遊び唄になりそうですね。……それなら良かった」
双子に教えても、誰に聞かれてもひとまず大丈夫だろう。
聴いてもらいたかったのはこの曲だけでしたから、と言いながら外した箏爪を爪鋏でまとめ、爪箱へ。
その一連の動作を、何か考え込んでいるような表情の源様にじっと見つめられていたけれど。
「華苑の華姫が今、藍花だけなのはわかっている。特別な想い人がまだいないのなら、考えてくれないか。」
固い声が耳に届く。その言わんとする内容に気づき、面を上げた。
「……その、藍花は俺の話にも興味を示してくれたから。
普通は皆、色柄の好みや流行ばかり優先するが、作り手の想いや込められた本当の意味を汲む客はそういない。
頻繁に訪れる約束は出来ないが、いずれは………嫁に来て欲しい。」
源様が酒宴や接待の席では無く、華苑へ品納めの度にふらりと訪ねて来るようになったのは昨年の梅雨、鬱々と過ごしていた夜からだ。
あの時の理由も、深くは聞いていないまま。他の客と華姫の間柄よりは近く、恋人と呼ぶにはほど遠い。
今だって珍しい茶葉をもらったと源様が持参してくれた紅茶と、それに合いそうな焼菓子を摘んでいたのだ。
気負わずお互いの事を語る、落ち着く時間なら何度か重ねてきた。
初めこそ華姫は、いい得意先になり得そうだからと、呉服屋の商売的な裏があるのかと思ったけれど。
花街で"華苑:藍花の特別"だと噂を流すでもなし。なら良いか、といつしか警戒もしなくなっていた。
ただ皆に聞いてもらう前に披露したかごめ唄が、期せずして彼の人のきっかけになってしまったようで。
「私に、想い人はいません。でも源様をそのように意識した事もありません。……華姫にとって、想い人は本当に特別なので。」
ありのままを伝えようと思った。
花娘達だけでなく、千鶴姉様と千亀様のような恋は私にとっても理想なのだ。
お互い少し気まずい沈黙が降りる。
上品な香りがしていた紅茶も、すでに冷めてしまったようだった。
「……次は、もみじ饅頭を持参する!」
「も、もみじ まんじゅう?」
決意表明のように突然立ち上がり、沈黙を破った一声。
内容が饅頭だった事も、急な動作にも驚いて視線を上げ、反射的に聞き返してしまった。
「店の小物は融通が利くが、それだと誤解されるだろう?
華苑は昼の奏も夜の宴も評判だし、華姫は多忙だろうと…疲れた時は、甘いものが欲しくなるらしいから」
少し顔を逸らしているけれど、自覚があるのか無いのか、その顔は赤く染まっていた。
「でしたら……次にいらした時にでも、どうして昨年の梅雨、私を気にかけてくださったのか、教えて頂けますか?
……秋の紅葉、楽しみにしていますね。」
彼なりに気を使ってくれていたのだと思う。囲われ、人工的に整備された花街では、ほとんど目にすることのない季節の移ろい。
敢えてあげるとすれば花芽達の部屋の前、猫の額ほどの広さの中庭か、華道家が生けていく季節の花くらいなのだ。
菓子は日持ちする貰い物が多く、もてなしの為に取寄せる事などなかったが、次は此方も用意してみようか、とふと思い付く。
お互い云いたい事は言った、とばかりにぎこちない別れになった。
一人になり、少しだけ残っていた紅茶を口にする。フワリと口の中に香りが広がり、冷めても美味しいままだった。
浮いた話が大好きな花娘達にそれとなく話したところで、今夜の事は冷やかされてしまいそうだ。
やはり一番身近な双子に季節の菓子を聞く事にし、今夜もらったばかりのスッキリとした味わいの紅茶も、後日三人で楽しませてもらう事にした。
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・望月夜→満月の夜。
・筥迫→今の和装では中身入れませんが、昔のポーチ。櫛、懐中鏡、懐紙(ティッシュ&ハンカチ代わり)入れ。
・源→蛍といえば源氏蛍wで、【はじめサン】。呉服屋の若旦那。仕事は出来るタイプで商売上手ではある。花街には仕事で来るけれど、花街遊びはした事がない。
藍花の方は半分勤め、半分素で(異性とは意識せず)会ってます。
♪源の解釈ver♪
かごめ かごめ
(花街の美しい娘、囚われている娘)
ーー籠の中の鳥は
(見世の朱格子の囲いの中で囀る、美しい声の娘は)
ーーいついつ出やる
(いつ、この見世から出る事が出来るのでしょう?)
ーー夜明けの晩に
(娘の身請け(花嫁行列)の前夜、宴の席で)
ーー鶴と亀が滑った
(嫁ぐ前から「すでに夫婦だ」と口が滑ってしまった)
ーー後ろの正面だぁれ
(美しい声の娘の、旦那は誰でしょう?)