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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
7/34

7、文月の創歌

やっと!!【かごめ かごめ】の唄の回です♪





「…"美しい望月夜(もちづきよ)に、産まれた娘達"。千鶴(ちづる)姉様と千亀(かずき)様からの、最初の贈物が揃いの名。


花街で暮らす娘は皆、家族との縁が切れるものだけれど。…"望美と美月が花街から出る時を心待ちにしている"と。文に綴られていたわ。」




大きな瞳からポロポロと涙が零れ落ちてゆく。二人に近づき、筥迫(はこせこ)から取り出した懐紙(かいし)をそっと渡した。




「…目元は(こす)らないようにね?落ち着いたら、部屋に文を取りにいらっしゃい。いつでも大丈夫だから、ね?


生まれや育ちは変えられないものだけど、将来(さき)の事は貴女達次第。……それだけは、覚えていて欲しい。」




花街から外へ出るには、身請けしか無い。それでも二人には千鶴姉様のように心根が清らかなまま、健やかなまま、嫁いでもらいたい。


ーーー二人の両親の様な恋を実らせて。




(こと)の稽古はやめ、二人には下がってもらうことにした。少し休む事で、皆と夕餉(ゆうげ)を食べてもらいたい。



何事にも表裏はある。

これからも二人には過去の事実も両親の事も、喜びと悲しみが伴うはず。



自分達について知るのは簡単でも、すぐ受け容れるには難しいかもしれない。

それでも。私から伝えられる事は。









****




ふう、と一息ついてから(こと)に向かう。



華姫の部屋を与えられてからは、宴でもない限りいつでも弾ける事が嬉しい。

昼の明るい最中(さなか)よりも、夜の方が耳が冴えて音に、表現に集中出来るから。



詩に沿うように、調べを(つく)るのは初めてだった。宴でも通用しそうな、言葉遊びのような詩はすぐにできたものの、曲調が難しくて思い立ってから半月もかかってしまった。



(こと)の指運びの練習に聞こえるよう、簡単に。耳に残るよう、単調に。




ーーかごめ かごめ

(花街の娘、華苑の娘)



ーー籠の中の鳥は

(華姫のお腹の中の赤児は)



ーーいついつ出やる

(いつ、生まれ()でるのでしょう)



ーー夜明けの晩に

(華姫の身請けを控えた、ある晩に)



ーー鶴と亀が滑った

(千鶴様と千亀様が(はか)られた)



ーー後ろの正面だぁれ

((たくら)みの裏で糸引く人物は何者でしょう)




両親の話をした後だもの。賢いあの子達なら、きっと気付いてくれるはず。

千鶴姉様だけでなく、妹の様に思う双子にも…私は、罪滅ぼしがしたいのかもしれない。




「……どう、でした?」



「調べ遊びも詩詠(うたよ)みも、ほとんど縁が無いからな…俺には、"(かご)の鳥"の想い人は誰か、という唄に思えた。

籠に(とら)われている様に生きる華姫、花娘達が夜に歌うに、似合うというか。物悲しい調べというか。」




(あご)に手を()り、感じた事をそのまま言葉にしてくれているのだろう。その(さま)は、とても不慣れに見えるけれど。




「あら、嬉しい。昔から想い人を"背の君"とも言いますしね。」




創り手と聴き手の思いが違えば、それぞれに唄の解釈も異なる様なので安心した。少し気になっていたのだ。




「"鶴と亀が滑った"のはどのような意味だと思われます?」



祝事(いわいごと)長寿(ちょうじゅ)仲睦(なかむつ)まじい夫婦の象徴だから、"鶴亀文(つるかめもん)"は吉祥文様(きっしょうもんよう)としてよく祝い着に使われているんだ。

気が()いて、身請けの祝事の前に"すでに夫婦だ"とでも口を滑らせてしまったのだろうか?」




急に生き生きと(よど)みなく語るのは、着物に関すること。

呉服屋の跡取りとしてというより、知識を深める事や、着物が本当に好きなのだと伝わってきて思わず顔が(ほころ)んだ。




「花娘同士で、互いに"想い人"当ての遊び唄になりそうですね。……それなら良かった」




双子に教えても、誰に聞かれてもひとまず大丈夫だろう。



聴いてもらいたかったのはこの曲だけでしたから、と言いながら外した箏爪を爪鋏(つめばさみ)でまとめ、爪箱へ。

その一連の動作を、何か考え込んでいるような表情の(はじめ)様にじっと見つめられていたけれど。




華苑(カエン)の華姫が今、藍花だけなのはわかっている。特別な想い人がまだいないのなら、考えてくれないか。」




固い声が耳に届く。その言わんとする内容に気づき、(おもて)を上げた。




「……その、藍花は俺の話にも興味を示してくれたから。

普通は皆、色柄の好みや流行(はやり)ばかり優先するが、作り手の想いや込められた本当の意味を汲む客はそういない。

頻繁に訪れる約束は出来ないが、いずれは………嫁に来て欲しい。」




(はじめ)様が酒宴(しゅえん)接待(せったい)の席では無く、華苑へ品納(しなおさ)めの(たび)にふらりと訪ねて来るようになったのは昨年の梅雨、鬱々と過ごしていた夜からだ。

あの時の理由も、深くは聞いていないまま。他の客と華姫の間柄よりは近く、恋人と呼ぶにはほど遠い。



今だって珍しい茶葉をもらったと(はじめ)様が持参してくれた紅茶と、それに合いそうな焼菓子を(つま)んでいたのだ。

気負わずお互いの事を語る、落ち着く時間なら何度か重ねてきた。



初めこそ華姫は、いい得意先になり得そうだからと、呉服屋の商売的な裏があるのかと思ったけれど。

花街で"華苑(カエン):藍花の特別"だと噂を流すでもなし。なら良いか、といつしか警戒もしなくなっていた。



ただ皆に聞いてもらう前に披露したかごめ唄が、期せずして彼の人のきっかけになってしまったようで。




「私に、想い人はいません。でも(はじめ)様をそのように意識した事もありません。……華姫にとって、想い人は本当に特別なので。」




ありのままを伝えようと思った。

花娘達だけでなく、千鶴姉様と千亀(かずき)様のような恋は私にとっても理想なのだ。



お互い少し気まずい沈黙が降りる。

上品な香りがしていた紅茶も、すでに冷めてしまったようだった。






「……次は、もみじ饅頭を持参する!」



「も、もみじ まんじゅう?」




決意表明のように突然立ち上がり、沈黙を破った一声。

内容が饅頭(まんじゅう)だった事も、急な動作にも驚いて視線を上げ、反射的に聞き返してしまった。




「店の小物は融通(ゆうづう)()くが、それだと誤解されるだろう?

華苑は昼の(かなで)も夜の(うたげ)も評判だし、華姫は多忙だろうと…疲れた時は、甘いものが欲しくなるらしいから」




少し顔を逸らしているけれど、自覚があるのか無いのか、その顔は赤く染まっていた。




「でしたら……次にいらした時にでも、どうして昨年の梅雨、私を気にかけてくださったのか、教えて頂けますか?

……秋の紅葉(もみじ)、楽しみにしていますね。」




彼なりに気を使ってくれていたのだと思う。囲われ、人工的に整備された花街では、ほとんど目にすることのない季節の移ろい。

敢えてあげるとすれば花芽達の部屋の前、猫の額ほどの広さの中庭か、華道家が生けていく季節の花くらいなのだ。



菓子は日持ちする(もら)い物が多く、もてなしの為に取寄せる事などなかったが、次は此方(こちら)も用意してみようか、とふと思い付く。



お互い()いたい事は言った、とばかりにぎこちない別れになった。



一人になり、少しだけ残っていた紅茶を口にする。フワリと口の中に香りが広がり、冷めても美味しいままだった。




浮いた話が大好きな花娘達にそれとなく話したところで、今夜の事は冷やかされてしまいそうだ。

やはり一番身近な双子に季節の菓子を聞く事にし、今夜もらったばかりのスッキリとした味わいの紅茶も、後日三人で楽しませてもらう事にした。









****


・望月夜→満月の夜。


・筥迫→今の和装では中身入れませんが、昔のポーチ。櫛、懐中鏡、懐紙(ティッシュ&ハンカチ代わり)入れ。



(はじめ)→蛍といえば源氏蛍wで、【はじめサン】。呉服屋の若旦那。仕事は出来るタイプで商売上手ではある。花街には仕事で来るけれど、花街遊びはした事がない。

藍花の方は半分勤め、半分素で(異性とは意識せず)会ってます。





(はじめ)の解釈ver♪


かごめ かごめ

(花街の美しい娘、囚われている娘)


ーー籠の中の鳥は

(見世の朱格子の囲いの中で囀る、美しい声の娘は)


ーーいついつ出やる

(いつ、この見世から出る事が出来るのでしょう?)


ーー夜明けの晩に

(娘の身請け(花嫁行列)の前夜、宴の席で)


ーー鶴と亀が滑った

(嫁ぐ前から「すでに夫婦だ」と口が滑ってしまった)


ーー後ろの正面だぁれ

(美しい声の娘の、旦那(・・)は誰でしょう?)

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