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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
6/34

6、箏の音色





心の琴線(きんせん)に触れる、とはよく言ったものだ。

花娘達が奏でる(はじ)き物の調(しら)べを聴いて、"習うなら(こと)がいい"と私は迷わなかった。




爪弾(つまび)いているのは目の前の絹糸であるのに、自分の心と対話しているように思う。



まだ本調子ではないと。


弾き慣れている曲であっても、音が堅いのが分かる。



伸びやかに、遠くまで。


己の心の音を、響かせるようにーー。




ふ、と耳に残る余韻を確かめる。重なり合う音色、響きあう最後の一瞬を聴く。



この子達にも伝わるだろうか。姉姫から花娘へ、(あん)に継がれてきた想い。



箱庭に咲く花や、硝子鉢(ガラスばち)の金魚の様な暮らしをしていても、"心だけは自由"だという誇り。




かつての姉姫達が奏でる調べは、見よう見まねで弾いたところで、真似できるものではなかった。

それでも、いつか"自分の奏でたい音"が自在に弾ける日が来る事を願い、(こと)に向かう。





「やっぱり恋文(こいぶみ)…じゃなくて、藍花姉様にとって良い文でした?」




望美と美月に覚えてもらいたい二重奏を中心に、練習していたのだけれど。急な話題に戸惑い、つい問い返す。




「どうして?」



「病み上がりなのに、時々キラキラしてるというか…フワフワしていました」



「…調べに波があったのね。今度は気を付けて弾き直すから、どこか教えてもらえる?」



「え〜と、そういう意味じゃなくて…」



「望美が言っているのは、(こと)の音色?藍花姉様の表情を見ていたのでしょう?」




美月の発言は助け舟だったのかもしれないけれど、流石に演奏中の自分の表情は確かめようがない。



…今度、畳に懐中鏡(かいちゅうかがみ)を置いてみようか?




「美月も、そう感じたのね?」



「はい。何となく、ですけど。」




いい機会、そう思い居住(いず)まいを正す。


手紙の内容、両親のこと。二人はどんな反応をするだろう?




「…二人に、お話があります」



「「……はい」」




対照的な見た目と性格なのに、こういう時は双子らしく声と動きが揃う。




「私が伏せっている間、二人宛に匿名(とくめい)で届いた晴れ着は…貴方達の両親からの贈り物。華姫:胡蝶蘭だった、千鶴姉様の見立ての品です。


中でも、桜楓文様(おうふうもんよう)の帯は季節を問わずどんな着物にも合わせられる柄なのよ?


私がもらった文には、"気に入ってくれるといいのだけれど"と控えめに書かれていたわ。


それを知らずに見た時も、私の目にはとても楽しかった。二人で一揃いのお人形に…」



「藍花姉様っ!その文、私達にも読ませて頂けますか!?」



「贈り物……胡蝶蘭…母様から、どうして?」




…見えて、と言えなかった。


身を乗り出すような勢いで、望美に続きを(さえぎ)られ。(かた)や、呆気(あっけ)にとられて不思議そうな美月。




語る順番を間違えてしまったよう。


聞けば、自分達が胡蝶蘭の娘だと幼い頃から耳にしていたと。私がかつて胡蝶蘭付きの花芽であった事も。




"華姫の恋物語"は皆知っているけれど、誰に聞いても自分達の出生(しゅっせい)が含まれていないので、"羅甲屋(ラコウヤ)の若旦那"は父ではないだろうと考えていた事。




「…藍花姉様が一度も口にしない事だったので、聞けませんでした。」



「そもそも"胡蝶蘭付きの花芽"だったっていうのも、伝え聞きで…」




ね、と顔を見合わせる二人。


私と同じ年頃の花娘は(ほとん)どが八年前に流行った水疱(すいほう)が元で、亡くなっている。幼い花芽達は症状が軽くて済んだ病。



他に当時を知るのは、嫁いだ姉姫達くらいだろうか。




「…そうね、"胡蝶蘭付きの花芽"であったのは七つの時から三年だけ。千鶴姉様は病弱だった私にも、とても優しくしてくださったのを覚えてる。


今はもう外へ嫁いだ方でも、華姫なら文を誰に宛てても良いでしょう?

近頃益々、二人が千鶴姉様と千亀(かずき)様に似てきた事や、息災(そくさい)である事を文で伝えたの。」



「私達"名前も揃いの双子だ"と言われた事もありました。常連の方からは、胡蝶蘭の面影がある、とも。」



「…私達、性格と色は正反対だけどね?」




クスクスと美月が肩を揺らす。

舞い手を勤めた宴で、母似だと言われた事が望美には嬉しかったよう。




「…千鶴姉様は、白金(はくきん)の髪に空色の瞳。千亀(かずき)様は、黒髪に深緑(しんりょく)の瞳。二人とも顔立ちは千鶴姉様譲りだけど、半分ずつ似ているのよ?


望美は千鶴姉様より色味の濃い蜂蜜色の髪に千亀(かずき)様より淡い瞳の色だし、美月は千亀(かずき)様譲りの黒髪に、千鶴姉様より濃い蒼玉(そうぎょく)の瞳だから。」



「…もっと早くに、藍花姉様に聞いておけば良かった。」



「寝てる望美を眺めれば、殆ど母様って事ね?」




お互いの頬に手をやり、確かめ合うように見つめ合う二人。




「…そう、花娘が語り継ぐ恋物語の二人が貴方達の両親。千鶴姉様が懐妊(かいにん)(おり)には、身請けの話は決まっていたわ。


ただ、外に嫁ぐ前に二人はここで産まれた。花街で産まれた者は花街の者。見世(みせ)の者の処遇(しょぐう)は、主人(あるじ)が決めるものなの…」




途端に、向き合っていた二人の表情が凍り付いてしまった。そこからは(つと)めて静かに、過去の出来事をとつとつと口にする。




「…あの頃、花紋(かもん)の品を贈られたばかりの姉姫達が居て、(みな)胡蝶蘭を頼りにしていたの。


宴での華姫としての振舞いや、昼の(かなで)に舞いの出来…花街一の胡蝶蘭に、教わる事が沢山あったのでしょうね。


千鶴姉様も自身も、身重の身体が落ち着く頃に嫁ぐから、と。」




ーーーあの時は笑っていて。

変わらず責任感が強くて、皆に優しくて。時折、幸せそうにお腹を撫でていた。




告げられていた月よりも早く産気付(さんけづ)き、母となった胡蝶蘭。双子の女児が生まれ、一時は騒然(そうぜん)とした華苑(カエン)



ここで産まれたからには"羅甲屋(ラコウヤ)の娘"ではない。"花街の者"だ、と皆の前で告げた楼主(ろうしゅ)





華姫としての最後の勤め、花嫁行列でも千鶴姉様は、雨に濡れた花のようだった。



双子を乳母(うば)(たく)してからというもの、はらりはらりと(こぼ)れる涙が止まる事はなく。



千亀(かずき)様から贈られた純白の花嫁衣装に身を包んで、華姫:胡蝶蘭は花街の外へ嫁いでいったのだ。




****



(そう)→13弦で、柱を立てて爪で弾いて弾く。竜に似せて作られている。合奏用に17弦、20弦、30弦もある。



(きん)→7弦で左手で弦を押さえ、右手で弾いて弾く。



どちらも中国大陸から伝わった楽器で、流派は生田流、山田流があるそうです。日本での一般的な"こと"は(そう)の方なんだとか。


一度は触れて……どうせなら弾いてみたいです。

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