4、贈り物
藍花にとって、思いがけない文でした。
空になった葛湯の椀を受け取った美月に、追い立てられる様にして望美も部屋を後にした。
双子のおかげで心も体も温まり、頭痛もほとんど治っている。
望美が持ってきてくれた文の差出人に心当たりは無いが、上質の半紙で宛名も無い。
わざわざ家の使いの者が、直接届けに来たのだろう。
ハタハタと畳まれた文を広げると、そこには見覚えのある懐かしい文字。
****
ーーー拝啓、螢様。
まず、返事が遅れた言い訳を書かせて頂戴。先に千亀様の手に渡ったせいなの。
遅くなって、本当にごめんなさい。
好奇心に負けたからといって、勝手に中を改めるのはどうかと思わない?
文の内容が娘達の事だったものだから、"千鶴が泣くかもしれない"と渡すのを躊躇ったり。少しでも暇を見つけては、1人で何度も読み返したりしたそうよ。
螢が書いてくれた、私宛の文なのにね。
最近になって、"仕事中なのに上の空で困る"と店の子が教えてくれて。
問い詰めたら、半年以上も前に届いた私宛の文がある、って言うじゃない!
貴女への詫びの品が出来るまでの七日間。初めて千亀様と口を利かずに過ごしたら、だいぶ堪えていたの。
どうか、それで許してね。
螢の側で娘達が健やかに成長していてくれた事、とても嬉しいわ。
望美と美月の事、教えてくれて有難う。
怪我や病に罹ってないか、華苑で上手くやっているのか、離れていても心配事は尽きなかった。
二人が花娘として表に出るまでの辛抱だと、自分に言い聞かせて過ごしてきたけれど。
貴女のおかげで、今からでも親らしい事が出来ると気づく事ができたの。
娘達にも花街の外の生活や、私達の事を知ってもらいたいと思うのは、親の我儘かしら?
千亀様は娘達に似合いそうな、意匠の凝った簪や蒔絵櫛を山のように仕入れていたけれど、あれはもう職業病ね。
あの子達の年頃で、高価な装飾品はまだ早い。無くしたり、盗られる事もあるかもしれないでしょう?
だから匿名で、姉妹で揃いの振袖を新調する事にしたの。気に入ってもらえるといいのだけれど………
*****
夢中になって、柔らかな細文字を目で追っていた。
あの千鶴姉様が、千亀様と夫婦喧嘩しただなんて信じられない。
ようやく娘達の晴れ着が一揃い仕上がり、華苑に贈り届けたとの報せを受けこの文を使いの者に持たせた、とも記されていた。
ーーああ、早速2人が着ていた。
振袖に始まり、半衿に、重ね襟。帯、帯揚げ、帯締め…全て千鶴姉様の見立てを自分は堪能していたのか。
自己満足の懺悔の文のように思っていたけれど。あの時、筆をとって良かったのだ。
千鶴姉様達に、喜んでもらえた。
二人の仲睦まじさも、あの頃と変わっていないよう。
文には薄い二重の和紙に包まれた、黒漆塗りの櫛が添えられていた。
流水紋に白菊の螺鈿細工は、見る角度によって瑠璃や翠玉のように輝く逸品。
本当に受け取っていいのかしら?
わざわざ贔屓の職人に頼んだにしろ、七日で仕上がる品ではないはず。
千亀様の狼狽ぶりに、職人達が工房で徹夜してくれたのかもしれない。
二人には、振袖の贈り主を明かそう。
"母の話を聞けた"と望美は嬉しそうにしていたから、両親の話をしてもきっと大丈夫。
私も髪結い師に頼んで、明日からこの櫛を身に付けてーー。
つい、ウトウトと船を漕いでしまった。今なら深く眠れそうだった。
美しい櫛は再び和紙に包み、小箪笥の引き出しへ。
文の続きは起きた時の楽しみにして、水仙の描かれた文箱へ。
紫紺の髪がふわりと褥に広がる。
青みがかった翡翠色の瞳をゆっくり閉じ、螢は久しぶりに穏やかな眠りについた。
****
瑠璃→ラピスラズリ
翠玉→エメラルド
《ちょこっと裏設定》
《水仙の文箱》は、以前の華姫の花紋の品。水仙柄は、"知性美"の意味があるそうです♪
《朝顔柄の振袖》は夏の柄である事と、"愛情、固い絆"の花言葉で選びました。両親の想いってやつです。(^^)
《蝶の帯留め》は、"長寿、変化、復活"の蝶柄の意味で。元:華姫の母の願いを。