【第十三夜】華苑の姉妹
螢の投影と変化。
一晩華苑に帰らなかった事は、調理師や詩乃さんに心配されていたようで。
戻って早々、呉服屋:萌葱に身を寄せていた事を包み隠さず伝えた。
少し複雑そうな表情をされたのは、楼主と恋仲か、それ以上だと思われていたのかもしれない。
詩乃さんからは、"頑張ったわね"と何故か涙ぐみながら励まされ。
調理師達からは、夕餉の膳に紅白の梅を模した華菓子が添えられていた。
ーー身請けの話までは、まだしていないのだけれど、なんだか励まされてしまったよう。
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そして、二人共稽古が無い日だと教えてもらった今日。望美と美月の部屋を訪ねている。
舞手と奏手として、それぞれ稽古が佳境に入っている時期で、貴重な休みの日だから少し申し訳なく思う。
囲んだ座卓には三人分の芳ばしい香りがする玄米茶と、紅白の梅の華菓子。
喉を労わる為か、美月の側には水差しも用意されていた。
二人には改めて、枝垂れ桜の着物の贈り主が呉服屋の若旦那であること。
数ヶ月もの間、渡しそびれていた御礼の文を届けに、志津音さんと萌葱に行った事を明かした。
ーー流石に朝から楼主に唇を奪われたのがきっかけで、華苑から逃げ出したとは……妹のような双子には言えない。
それから、八重咲きの椿に可憐な蝶が止まるつまみ細工の髪飾りを、二人への土産だとそれぞれに手渡した。
「 これなら、私達でも簡単に髪に留められますし…普段使いにも、花飾りと一緒に付けても華やかで可愛いですね」
「 螢様からのお土産、大切にします♪」
すぐに気に入ってもらえたようで、にこにこと二人は嬉しそうに髪飾りを留めてくれた。
まだ華苑では楼主しか知らない事だけれど、土産を喜んでくれた二人には今話しておきたくて、なるべく簡潔に、少しだけ先の話を口にする。
「それで……ね、急な話なのだけれど。手筈が整い次第、私は源様の元に、嫁ぎます」
望美が口に運ぼうとしていた華菓子が、目の前でぽろりと手元の皿の上に落ちた。美月は長い睫毛を数度瞬かせて、青玉の瞳を丸くしている。
「 螢様?
え、あの、着物のお礼の文を渡しに、呉服屋に赴いて……その場で若旦那に求婚でもされた、のです…か?」
「 呉服屋にいる若旦那の仕事ぶりに惚れた、なんて事は……無い、ですよね?この髪飾りは、螢様が選んでくださったものですよね!?」
ーー二人共良い勘をしているというか。どちらも当たらずとも遠からじ、な意見が面白い。
「 ……美月には以前、少し話したのだけれど。
体調を崩して華姫を辞めて、髪まで短く切り落としたでしょう?きっとそのせいで、楼主様の信用を失ったのね……
それから構われる日々に、辟易していたのよ。
萌葱に一晩だけ御厄介になって、こんな暮らしもあるのだな、と思ったわ。何より、文も返せず半年ぶりに会ったというのに、源様は変わられてなくて。とても、穏やかに過ごさせてもらったの。」
「 それはもう嫁体験、では。
螢様の事だから、若旦那のご両親にもすぐに気に入られたんだろうなぁ…」
「 あの楼主様に"色々、大変に"迫られ続けたら、若旦那に守ってもらいたくもなります、よね。
螢様が"唯一のひと"だと感じた決め手は、それですか?」
「 華苑ではない処での事だったから、自分の想いに気付いたのかしら?
"お早うや、お休みを一番に言いたい"と言われて嬉しかったり……
呉服屋の若旦那としての勤めは分かっているのに、優しげな眼差しで接客しているのかと思うと、寂しく感じて……
それでも、とても淡い感情だったけれど。」
「 ……"おはよう"や"おやすみ"の挨拶だけで済まないような気が。」
「 望美、螢様が"嫁いでもいい"と決めた"想い人"なんだから。野暮なことは言わないの。」
ーー望美が言外に仄めかした事までは、私の考えが至らなかったけれど、それはまぁ……別にしておきましょう。
「 私も、この先ずっと華苑で箏を弾いていると思っていたの。でも、きっと華苑での五年は大きいわ。
望美や美月なら、十年と待たずに"唯一の想い人"を見つけて嫁ぐでしょうし。勿論今の花娘達も皆、ね。
華苑での繋がりを本当の姉妹のように思っているけれど、よく考えたら……
幼い頃に失くした、"家族"に憧れていたみたいなのよ。自分で温かい家庭を持つのも素敵だな、と思って。」
「 子供は螢様に似て欲しい。絶っっ対、可愛いから。」
「 だから、望美?ほんのり恋心自覚したての螢様に、そういう事言わないっ」
「 そんな事言ったって、嫁げばすぐ新婚初夜を迎えるのに?若旦那と螢様次第だろうけど、家族が欲しいなら……」
「……そう、ね。
そうなの。そこなの、よ………。」
*
二人で苺大福を食べながら語った時のように、言い淀んだ螢様は、黒文字で紅い方の華菓子をつんつん、と突き出した。
「……螢、様?」
(もしかして、悩んで、いらした?)
「 螢様次第ですから!きっと大丈夫です!成り行きに任せれば心配要りません、自然体で頑張りましょう!?」
ーーああ、なんだか望美の前向きな励まし癖が刺激されちゃったみたい。
螢様に何を頑張らせようと考えているのか、私でも聞くのが怖い。
まぁ、男は惚れた女に弱いらしいし?
二人きりの夜の茶会を和やかに続けてきた若旦那であれば、螢様が怖気付く様な急な展開も無い、とは思う。
望美は望美で、螢様の助けになれそうだと思ったから、励まして(?)いるのだろうし。
私だって、しつこい楼主様から螢様を救うよりも、若旦那との適度な距離の詰め方を三人で模索する方が、力になれそうな気がする。
ーーその話で盛り上がる前に、聞いておきたいのは、嫁いだ後のこと。
呉服屋での暮らしを体験して、螢様の価値観がこれまでと変わっているかもしれないから。
「 …ちなみに、螢様は箏の師範代を続けるのですか?"呉服屋の若奥様"になったら、花街にはもう、来ません、か?」
「 箏に関しては、私にとってかけがえのないもの、だと伝えてきたの。
源様が呉服屋を継いでも、親類縁者の冠婚葬祭くらいしか、表に出るような事はほとんど無いらしくて。
"せっかく師範代なのだから"と私の一存に任せてもらえたわ。……だから、続けるつもりよ?」
"自由にさせてもらえるのが嬉しい"と言って。螢様は澄んだ翡翠色の瞳に喜びの色をのせ、穏やかに微笑んだ。
決まりごとに縛られた花街から、格式のある他家へ嫁ぐ女性とは思えない程、晴れやかな表情だった。
華苑の者になった経緯も、華姫としても大変な思いをしてきた螢様が、自分の新しい可能性と幸せな未来を見つけられたのだと。
ーーなんとなく、そう感じた。
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自分の【在り方】を守る為の無意識的な自己防衛の【投影】。
独自の価値観や思い込みで、物事や身近な人を見ていて、強い感情が治ると【投影の引き戻し】で、自分の【洞察】ができる。
○・螢の価値観の変化・○
・離れ離れの千鶴一家×楼主 = 花一匁の親×人買い→離れても絆のある家族
・華姫らしくいなければ < 箏の奏手で在りたい
・今の華苑の人間関係が大事 < 自分の家族が欲しい




