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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
◇◆◇飛んで火に入る姫蛍◇◆◇
30/34

【第十一夜】呉服屋の内に鬼が来る






いつものように和気藹々(わきあいあい)と過ごすのも束の間。

陽が高く昇っているというのに、濃い闇を纏ったような出で立ちの、(くだん)の人物が現れた。



陽の光の眩しさに顔を(しか)めているのか、呉服屋に出向くこと自体が本意では無いのか。

昼の喧騒が似合わない漆黒の美丈夫から何かを感じとっているのか、(せわ)しげに行き交う人々ですら、楼主を遠巻きに避けていく。



それにいち早く気付いた志津音は、鮮やかな紅を差した唇をそろりと(そで)で隠すと、くすくすと忍笑いをした。

対して向かいの結衣(ゆい)は呉服屋の奥方らしく、感情の読めない商売用の笑みに表情を変え、珍しい客を迎えた。




華苑(うち)の者が、此方に身を寄せていると聞いたのだが。

……紫紺の髪に、翡翠色の瞳をした"螢"という娘だ。」



華やかな帯を手にする志津音には目もくれず、不快を滲ませた黒曜石の瞳は、呉服屋の奥方を冷たく射抜くかのようだった。

感情の滲む眼差しとは対照的な低い声音で淡々と語る楼主に、結衣はさらりと笑顔のまま答えた。




「 ええ。螢さんなら、確かに萌葱(うち)にいらっしゃいます。

昨日、志津音さんといらした時に楼主様に怯えていたので、息子が"此処に居てはどうか"と話をして。

気立てが良くて優しい娘さんですし、儚げな見目にどんな着物も似合って……今から【白無垢姿】が楽しみですわ。」


萌葱(もよぎ)の嫁に迎えるつもりにしろ、先ずは本人の意向を(じか)に聞かせてもらわねばなるまい。

……そうだな、このまま華苑に戻る気が無いのならば、"お前の箏を処分する"とも、早々に伝え願う。」




自分を訪ねた時とは随分違う、と交わされる会話を聞きながら、志津音は澄まし顔で大人しくしていたものの。

箏に関しては、師範として一言言わずにはおれなかった。




「…聞き捨てならないわね。"螢のお箏を処分する"ですって?」


「本人が華苑に戻る気が無いのならば(・・・・・・・・・・)、と言った筈だ。」


「…どうして貴方は、そう……

…はぁ、もういいわ。

奥様に言伝(ことづて)なんてしないで頂戴。私が螢に伝えるけれど、答えは聞かずともわかるでしょう?

色恋沙汰にあの()の"大事なもの"を引き合いに出すなんて、ほんと大人気(おとなげ)ないんだから。」




大袈裟(おおげさ)に一度肩を竦め"呆れた"とわざとらしく言い残すと、何事かと隅の方で雰囲気に飲まれていた店の売り子を一人伴って、志津音は萌葱(もよぎ)の奥へと向かった。




「 ……楼主様、此方(こちら)の帯はツケにしておきましょうか?」


「 それで構わない。

せっかくだ、菊紋の入った【黒引き】と別の帯でも見せてもらおうか。」


「 では、少々……お待ちくださいね?」




笑みの表情はそのままに、先程志津音が選んだばかりの帯を丁寧に畳むと、楼主だけをその場に残して、結衣は店頭から離れた。



ーー"白無垢を着せて嫁に迎えたい"というのに、螢さんを連れ帰り、漆黒の夜のような楼主の色をした引き振袖を着せるとなれば。




「…(はじめ)さん、貴方は螢さんが嫁入りする時に、何を着てもらいたい?」




背を向けて反物の在庫を確認していた息子に、そう声を掛けた。




「 私の時は婿養子を迎えた婚礼だったけれど、何を置いても嫁入りなら綿帽子に白無垢、よね?」


「 ……そういう話は、螢の前では控えてもらいたいな。着せ替え人形ではないのだから。」


「 あら。枝垂れ桜の付け下げとは別に、青地の色打掛の柄や刺繍にも(こだわ)っていたくせに。螢さんに着てもらいたかったのではないの?

……今、楼主様がみえているわ。【黒引きと帯】をご所望よ」


「 ………黒引き」


「 本人の顔映えや好みも大事だけれど、螢さんは衣装を選ばない方だから心配無いものね。お二人は婚約でもされていたのかしら?」


「 俺が、行くよ」


「 当たり前じゃない。

病で伏せっている女性(ひと)恋煩(こいわずら)うのと、花街に住む人妻に横恋慕(よこれんぼ)するのでは、話が違いますからね?」


「……螢は今、萌葱(もよぎ)に居るから。」




一昨日までの自身のことでも思い出したのか、苦笑を浮かべた若旦那は颯爽(さっそう)とした足取りで桐箪笥へと近づいた。

色毎に分けて管理している婚礼衣装の中でも、迷う事なく幾つかの引き出しを開け、柄を確かめては一着、二着と手に取っていく。

(いぶか)しげな視線を送る母を横目に、(はじめ)は店頭で待つ楼主の元へと向かった。









「お久しぶりですね、楼主殿。"黒引きをご所望"だと母からうかがいました」




此方を冷ややかな眼差しで流し見た楼主の瞳には、何の感情も見出せなかった。

華苑の主人(あるじ)にとっては、自分など歯牙にも掛けない相手なのだろう。




「 ……帯と共に"菊紋入り"のものを、と伝えたのだがな?」


「 贈る方への"邪気払い、延命"を願われているのですか?……随分と過保護な方だ。

俺には"隔離部屋でも与えて、飾っておくのか"と言っていたのに。

螢を世間から隔離するように囲っているのは、楼主殿の方ではないですか」




その必要があるのか、と疑う程には、螢は病み上がりには見えなかった。

抱え上げた時に感じた華奢な肩や白くて細い手首は、病的というよりは庇護欲を覚える位のものだ。




「 華苑に身を置き、箏を勤めとするのを望んだのは螢だ。

放っておくとすぐに体調を崩すからな。主人(あるじ)として身柄を預かっているまでだ。」


「 ……"身柄を預かる"ですか。

それにしては楼主殿の仕置きを、螢は怖れているようでしたが?

花街だけでなく華苑への品納めに出向いても、顔を合わせる機会が無かった事も気になります。

(ふみ)を持参してくれた昨日までの半年間。螢は、貴方に"牽制"されていたのでしょう?」




螢が"藍花"であった頃。華苑の客と華姫としてではないきっかけを作ったのは、そもそも楼主だった。



昨年の秋、自分が"螢に相応しくない"と判断された為か。

掌を返すような行動に出たのは、主人(あるじ)としての心境の変化の現れだろう。



例え楼主に話す気が無くとも、此方には確信めいた勘と、偽りのない螢への想いがある。



「 それで?(はじめ)殿。俺に何が言いたい」


「 ……楼主殿の手の内から螢が自ら逃れた(・・・・・・・)のなら。

俺が、大切にします。

水痘に限らず病なんて、いつ家の者や萌葱(もよぎ)の客からもらうかしれない。そんな可能性の話を()に受けて、将来(さき)を恐れていては、客商売も後継ぎも務まりませんから。」




ーー螢が"華苑に帰りたい"と望むのならば、それも受けとめて見守ろう。


考えや行動を束縛してまで、危うい螢を護ろうとするのが楼主なら。

俺は、寄り添って支えたい。

螢に心を許してもらえる事が、何より嬉しいのだから。







****


出で立ち→装い。身なり


白無垢→【嫁ぎ先の家風に染まる】意味の婚礼衣装。


黒引き→【嫁いだ後に、他の色に染まらない】意味の黒の引き振り袖 (婚礼衣装)


横恋慕→既婚者や他人の愛人に横合いから思いを寄せること。


訝しげ→物事が不明な事を怪しく思う様。疑わしい。


牽制→相手を威圧したり監視したりして自由な行動を妨げること。

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