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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
3/34

3、梅雨に届く


作者が弱った時には蜂蜜×葛湯より、はちみつ×ミルク派です(о´∀`о) ほっこり。


花一匁を藍花が口ずさんだ夜から、約一年後の水無月。





気が落ちると、身体まで思うように動かなくなってしまう。半身を起こしていられるのすら、せいぜい半日だなんて自分が情けない。




「藍花姉様、起きておられますか?」




普段より幾分(いくぶん)控えめに聞こえた声は、望美のもの。

まだ少し痛むこめかみを抑えながら、ゆっくりと身を起こした。




「ええ、大丈夫。起きているわ」



「…失礼します。藍花姉様宛に、文が届いたそうで預かって参りました。」




"恋人からの文なら、早くお届けしなければと思いまして"と、早口で続けた望美の頬がほんのり染まっている。


確かに"想い人"からの文は、華姫にとって心の癒し、なのだけれど。




「……残念ながら、恋煩(こいわずら)いではないのよ?昔から雨が苦手で、梅雨の時期は余計に気が滅入ってしまって。

そろそろ(こと)に触れないと腕が落ちてしまうから、明日は稽古もしようと思うの。」




いくら梅雨が苦手でも、寝込むほど体調を崩したのは初めてだった。二日、(いとま)をもらったおかげで、(ようや)く持ち直してきている。




「藍花姉様の弾く(こと)が一番好き。次に美月が奏でる小夜曲。明日の稽古が終わったら、二人の調(しら)べ合わせが聴きたいです!」




そうハキハキと語る望美の瞳は、春を思わせる新緑(しんりょく)。生き生きと輝く若葉色だ。

双子の父である千亀(かずき)様は、望美よりも濃い深緑(しんりょく)で、伸びやかな夏の緑の瞳をしていた。



……あれは、いつの事だったか。

千亀(かずき)様と瞳を交わすだけで(なご)むの」と言って。

千鶴姉様は少女のような恥じらいを見せた。

華姫にとって唯一のひと。

仮初(かりそめ)ではない"()うるひと"を語っていると、(おさな)い私でもすぐに気づいた。




"花街一の姫"とまで云われた、華苑(カエン)胡蝶蘭(こちょうらん)

姫道中(ひめどうちゅう)の特別な(よそお)いで、花街を端から端まで歩けば、その美しさに誰もが目を奪われていた千鶴姉様……。




「……藍花姉様?」




いけない、気づけばこの子の前でもぼんやりしてしまっていた。




「望美の瞳がいつもより輝いて見えて。つい、見惚(みほ)れてしまったわ」




これは、本当。

何か嬉しい事でもあったのかしら?




「実は……昨夜の宴席(えんせき)で、初めて披露した一人舞を()めて頂きました。それと、少しだけ母の話題になったので。まだ、浮き足だっているのかもしれません。」




ここでは十五を迎えると花娘(はなむすめ)と呼ばれる一人前。それでも、(しばら)くは(しゃく)や聞き手として宴席の場数を踏む。

蕾の年頃で(おく)する事なく、客や姉達の前で舞えるのはこの子くらいだろう。



かつての華姫:胡蝶蘭を知る客となると、常連(じょうれん)でも数少ない。(うたげ)の席といえど、本来は過去の華姫を語るのは御法度(ごはっと)なのだ。

それでも胡蝶蘭と羅甲屋(ラコウヤ)の若旦那の恋物語は、十年経った今も花娘達の間で、(ひそ)かに語り継がれている。




どちらともなく互いに惹かれ、恋い慕い合い。程なく花街の外へ嫁入りした、幸せな華姫は花娘達の理想。

双子の両親の恋物語が、いつか二人の耳に入るとは、わかっていたけれど。


それよりも、常連から華姫であった胡蝶蘭の様子を一方的に語られる方が、望美の心中(しんちゅう)は複雑だったろうに。




「さすが、望美ね。"好きこそ物の上手なれ"と言うものだし、舞扇(まいおうぎ)を肌身離さず持参しているくらいだもの。

ただ、貴女(あなた)が舞うなら私が奏手(かなでて)を務めたかったわ。」




私なら、この子が得意とする舞と常連の好みを加味(かみ)した選曲が出来たはず。

一通(ひととお)り習った舞は踊れても、舞う本人が楽しめるものが一番なのだ。




「はい。私は藍花姉様付きですから、次からは遠慮します。

昨夜はお酒に負けた舞手(まいて)の急な代理を頼まれて…私で良ければと。つい、張り切ってしまいました。」




(ほが)らかに言い切る望美は、今も上手く舞手の代理を勤め上げた達成感を、味わっているのだと思う。

花娘と言えど酒に弱い者、全く飲めない者も居るのは仕方ない。

酒席での客の押しに弱く、舞が得意な花娘なら、撫子(なでしこ)(あおい)の何方かだろう。



伏せっている間、華姫の勤めから離れていた。まさか数人の常連をもてなす夜宴(やえん)まで、花娘達だけで乗り切ってくれていたとは。




「……皆で助け合って、(しの)いでくれたのね。

あと二人、華姫が居てくれると助かるのだけれど。誰か、"花紋(かもん)(しな)"を贈られた花娘はいる?」



「いいえ、そういう話は…ありません。

でも楼主様が水無月が明けるまで、夜は控えると仰ってました。」



「……そう、残念ね。」




馴染みの上客が多い花娘。

歌や舞踊(ぶよう)(はじ)(もの)など芸事(げいごと)(ひい)でた花娘。

盤上遊戯(ばんじょうゆうぎ)など、駆け引き上手な花娘……


華苑(カエン)に功を成した者が、華姫の証として楼主から花紋(かもん)入りの品が贈られる。




私には藍花(露草)の花紋が飾り金具になっている、片開小箪笥(かたびらきこたんす)だった。

発注から納品、支払に至る金額まで、どれ程かかるか知れない綺麗な(あけ)漆塗(うるしぬ)り。




考えている最中はた、と気付く。

楼主は望美と美月を次の華姫に、と決めているのかもしれない。

双子が十五を迎えるのは二年後。

高価な花紋入りの品も用意できるだろう。ただ、それまで華姫は私だけということになる。




水無月が明けるまで、あと五日。

昼の勤めや稽古だけなら、花娘達への負担もない。流石(さすが)に私も、文月には日常の勤めも出来るはず。




「失礼します。ーー藍花姉様、あまりご無理なさらないでください。」




流れるような所作(しょさ)で入室した美月は、珍しく眉根を寄せていた。普段は、おっとりとした微笑みを絶やさない子なのに。

その蒼玉(そうぎょく)のように輝く(ひとみ)には、憂慮(ゆうりょ)(にじ)んでいる。




「蜂蜜入りの葛湯(くずゆ)は、滋養(じよう)があって深く眠れるそうです。これを飲んで、休んでください。

……望美は、手紙を渡したのでしょう?」



「うん、昨夜の話をしてて……って、どうして美月は()ねてるの?」



「藍花姉様には、ご自分の体を(いたわ)ってもらいたいし。望美からは、昨晩の話をもっと詳しく聞きたいだけよ?」




笑顔で語りながらも、抑揚(よくよう)に感情を込める美月。

やぶ蛇だったと、(のち)小言(こごと)を覚悟して天を仰ぐ望美。

相変わらずな双子の姉妹のやり取りに、思わず声を出して笑ってしまった。



天真爛漫(てんしんらんまん)で責任感の強い望美と、大人びていて気の()く美月。

まだ幼さの残る少女達の両親譲りの美貌と人を()きつける魅力は、(ほころ)び始めたばかり。




「美月のご機嫌が変わらない内に頂いて、早めに休むわね。……ちなみに、手紙は読んでもいいのかしら?」




今日の2人は、それぞれ朱赤(しゅあか)地に薄桃色と白の朝顔、青藍(せいらん)地に水色と白の朝顔が咲く、色違いの振袖。

黒地に金糸、白地に銀糸の違いがあるものの、帯まで(そろ)いの桜楓文様(おうふうもんよう)

帯留めは、唐草文様(からくさもんよう)の蝶が二匹寄り添う、繊細な銀細工だった。



並んで座る二人は、さながら色違いの人形の様で、目に楽しい。

差し出された葛湯(くずゆ)を口にすれば、優しい温かさと甘さが体に()み入るようだった。







****


・蒼玉→サファイア


・盤上遊戯→オセロや将棋等


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