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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
◇◆◇飛んで火に入る姫蛍◇◆◇
27/34

【第八夜】志津音の鬼退治

旧知というより、くされ縁(?)の二人。






「いやぁね、本当に来たわ。」


「……面と向かって言う事が其れか?」




ーー面と向かって言う事に、意味があるんじゃない。


いくら私でも、誰彼構わずこんな事は口にしないわ。



此方(こちら)は螢を呉服屋に預けて二、三日は様子を見ようと思っていたのに。

この楼主ときたら、無断外泊に目くじらをたてる、年頃の娘を持った父親のよう。

これでは、せっかく安全な処を見つけた螢が可哀想だ。




「残念ながら、貴方が大事に大事に華苑の奥で()でていた、ヒメホタルは此処には居ないわよぅ?」


「……螢は何処だ。この女狐。」


「貴方ねぇ。長年、華苑の花娘達へ箏を教えて来た師範に、その聞き方は無いのではなくて?

悪戯(いたずら)に女を口撃するのは悪い癖ねぇ。いつの間にそんな子になっちゃったのかしら…」





ーー昨日の今日で、早くも修羅場を迎えてしまいそうね?


ほんの一言二言交わしただけで、いつにも増して楼主の機嫌が悪いのが分かる。


かといって、楼主(この人)ばかりが螢を独占して良いわけがないし、花街の外で暮らす呉服屋の若旦那にだって、螢を擁護(ようご)するくらいの権利はあるはずだ。




「お前に育てられた覚えは微塵(みじん)もない。無駄口を叩く暇があるのなら、床の掃除でもしたらどうだ?」


「あら、上がって家探(やさが)しされるなんてお断りよ。

……でも、本当に招かれざる存在には効き目があるのねぇ?

本当は玄関先に()こうと思っていたのだけれど、先に床に溢れてしまったの。」


「………。」




ーー土間と板間の高低差で、普段とは目線の位置が逆なのはいいわね。


胡乱(うろん)げな楼主の視線が、再び床へと向けられる。

昨日帰宅して早々、玄関先や土間に撒こうと少量握っていた片手を緩めた途端、パラパラと床にまで落ちてしまったのだ。

外は既に藍色に染まり始める時刻の事で、来客の予定も無かったからつい、そのままにしていたけれど。




「何か分からない?塩よ。塩。

丁度、魔除けの小豆(あずき)もあるから豆も撒きましょうか??

豆は流石に勿体無いかしらねぇ?貴方がマメ(・・)になったら、螢も私も困るもの。」


「…………。」


「フフフ、鬼は〜そと!福は〜うち!ってね!

螢が下駄も履かずに、息を乱して駆けて来た時は驚いたわぁ。私の可愛い愛弟子を苛めた罪は、重いのよ?」




あの時、螢が少々涙目だったのにもすぐに気付いたけれど。

其れを指摘して、何があったか問い(ただ)せば、螢がそれまで我慢してきたのが台無しになると思い、何食わぬ顔で聞き役に徹したのだ。


何をしたにせよ、一回りも歳下の乙女を泣かせるような男は、玄関先で鬼扱いするくらいが丁度いい。




「……苛めたつもりは無いが。」




ーーそんな事だろうと思った。


だから、暫くは思い知って頭を冷やしていれば良いのに。

これだから予想通りな事は、全く面白みが無いわぁ。




「……貴方の構い方では、貴方に気がある女でもない限り、喜ぶ女の方が少数派だと、覚えておきなさいな。

心を乱す(さま)を楽しむにしても、初心(うぶ)な螢には刺激が強過ぎるわ。

あっちもこっちも……足して割ったら丁度良くなるでしょうに、ねぇ。」


「……今、彼方(あちら)と言ったな?」


「あっちのみ〜ずは、あ〜まいぞ♪こっちのみ〜ずは、に〜がいぞ♪ほ、ほ、螢の恋♪」




誰も楼主(このひと)に苦言や助言なんてしないでしょうから、私が伝えてあげようじゃない。


変に不器用なところは、お互い様なのかもしれないけれど……似ているとすれば其処(そこ)だけね。


私には、若旦那(あっち)の水辺の方が、螢が暮らすには合っている気がするのだけれど、ねぇ。




「……相変わらずだな、女狐。嘘は吐かない処も昔と変わらないようだ。この無駄なやり取りが、だいぶ此方(こちら)の気に触るが。……何をしている?」


「え?ちょうど出掛けようと思っていたのよ。萌葱(もよぎ)の奥様に会いたくて。

貴方には…そうねぇ?

土埃で駄目にした子に一足譲ったばかりだから、新しい足袋でも買ってもらおうかしら。

詫びる気があるのなら、豪華な()りの袋帯でも良いのよ、楼主様?」




こんなにも早く、楼主に行動を起こされては(かな)わない。

先に呉服屋の奥様に(しら)せなくては。

可愛い愛弟子の見目や立ち居振る舞いが、(こと)(ほか)お気に召していたようだからきっと、よしなにしてくれるだろう。




「……お前が関わると、ろくな事が無い」


「そんな事言って、後で感謝しても遅いんだから。後腐れがないように、今のうちに強請(ねだ)ってあげているのよ?

私は先に行ってるわねぇ♪」




幼少の頃は蜜姫だった母に似て、少女に見紛う程愛らしかったのに。

言葉少なに口が悪くて、無表情なところなんて先代にそっくりだ。



楼主との間に起こった事が痴話喧嘩だったにせよ。

(ふみ)も渡せない程、隔たりがあった呉服屋の若旦那と螢が、天帝に引き離された彦星と織姫の様だったにせよ。




「……想いは、強さの優劣じゃないのよねぇ。向けられた想いの種類の問題、かしら?」




普段は外を歩く上で、自身の姿に気を配ってはいるが、少女の頃に戻ったような心地のまま、今日はカラン、カランとわざと高く下駄を鳴らしながら。


志津音は一人、萌葱(もよぎ)へと向かった。






****


胡乱げ→疑わしく、怪しむ様。


マメになる (方言)→強かで抜け目なく、丈夫になる。

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