【第六夜】弟子をみること師に如かず
弟子をみること師に如かず : 弟子の能力や人柄を一番よく知っているのは師匠であり、到底師匠に及ぶ者はいない。……という諺です。
"足抜け""仕置き"と呟いた螢は、嫌なことでも思い出したかのようだった。
萌葱を楽しんでもらいたい、と思っていたのに、自分の発言の所為で、これでは台無しではないか。
「 ……螢。今は箏の師範の付き添いで、呉服屋に来ているだけなのだから、誰も咎めやしない。
一人で華苑に戻るのが不安なら、俺が楼主に掛け合う。そうして、認めて貰えば良いだろう?」
「 そんな!……大丈夫です。ご迷惑をお掛けするわけには…」
「 良いんだ。もう会えないものだと割り切ろうとはしていたんだが、自分は諦めが悪いらしい。
それに、螢とこうして居ると楽しく思うし、何か力になれたら、と思う。」
「 源様…」
「 さっきは"足抜けに間違えられるかもしれない"だなんて、余計な事を言ってしまったからね。
折角だ、この牡丹はどうだろう?少し早い夏物なら、"幸せを運ぶ"意味がある此方の燕も…」
「 源さん?
燕に、"恋"の幸せを運んでもらってどうするの。私だったら、枝垂れ藤をお勧めするわ。」
「 そうねぇ、悪戯に恋敵が増えてしまっても、若旦那に勝ち目があるのかわからないし…」
ーーいつから話を聞いていて、いつの間に背後に立っていたのか。
話が盛り上がると賑やかなこの二人は、敵に回すと厄介なことこの上ない。
"枝垂れ藤"なんて敢えて子孫繁栄を意味する柄を、久方ぶりに会った螢に贈れるわけがないというのに。
「 不肖の息子で御免なさいね。源の母です。
志津音さんからお話は伺っているわ。螢さん、とお呼びしても良いかしら?」
「 はい。……秋の終わりに、源様から図案は見せて頂いておりましたが、こうして着物になると、より素敵になるのですね。」
ああ、嫌な予感がする。
自分が似てしまった自覚はあるが、母は男女問わず面食いなのだ。
志津音さんと息がぴったりなのも、美的感覚の一致に他ならない。
螢は姫を勤めていただけあって、淑やかな令嬢の様な雰囲気がある。
珍しい翡翠色の瞳だけでなく、今は小さくまとめて結われているだけの紫紺の髪も、人目を惹く。
透けるような色白な肌に、桃色の紅が慎ましやかで、夜に会っていた時に比べ、今日は特に清楚な印象を受けた。
まして、一目で分かる新鋭の絵師の描いた枝垂れ桜の付け下げに、麻の葉文様の帯と来れば、母には全てお見通しなのだろう。
大人しく店先で絹織物を勧めているかと思えば、志津音さんから前情報を得ていただけだったようだ。
「 ……俺は、"螢に"選んでもらいたい。」
「 そうね、"螢さんが"お嫁に来てくれたら貴方の仕事もさぞ、捗るでしょうね?
ここ何ヶ月も……腑抜けもいいとこだわ。」
「 フフ。……ですって。螢が来るまで、若旦那は長らく商いに身が入らなかったそうねぇ。」
……"選んでもらいたい"のは、目の前に広げている着物の柄の話なんだが。
いや、確かに母の言う事は図星ではある。
やっぱりこの二人が揃うと口で敵うわけが無い。調子が狂う。
「 すみません、私そんなつもりは…」
「 いいのよ。源さんが奥手すぎるのが悪いのだから、螢さんが気にすることは無いわ。
ただ、貴女がお嫁に来てくれると私もとても嬉しい、とだけ覚えていてもらいたいの。
素敵な髪の色をしているのね…深い紫…それとも紺、かしら?とても、白が映えるわ。」
あの二人の発言で、螢が恐縮してしまうのは仕方ないだろうと思う。
慣れている筈の俺ですら敵わないのだから。
ただ、初対面の螢に対して母がどうしてそこまで強気に出られるのか、わからない。
息子の"恋人以前の相手"に、何故か白無垢姿を想像しているらしい。
今、螢が身につけている付け下げが白地のせいかもしれないが…
久方ぶりの時間が名残惜しいが、このままでは母の思う壺だ。こんなあからさまな話で、螢を困らせたくはない。
「 母の言っている事は、気にしなくていいから。今、包む。」
「 あの、そんなに頂けません…!!」
「 螢、遠慮なんてしなくて良いの。
贈る側の男は"受け取れない"じゃなくて、"有難う"って言われた方が嬉しいものなのよぅ?」
相変わらず、志津音さんはこの手の騒動に首を突っ込むのが好きらしい。
此処まで螢を連れて来てくれた事には感謝しているし、味方をしてくれているようには、感じるのだが。
つい、あの独特な言い回しに何か意味がありそうで、何かと勘ぐってしまう。
「 ただ、新しい着物を持ち帰る際は楼主には気づかれないようにしなさいね?
呉服屋の若旦那と"逢引"していた、と思われてしまうかもしれないわぁ。
そうなったら向こうの気が治るまで、螢が監禁されてしまいそうだもの。」
「 し、志津音さんっ!?」
「 あらあら、随分怖い楼主様ね……源さんたら、そんな危険な人が居る処へ自分の好いた女性を帰すつもりだったの?」
"ねぇ、がっかりねぇ、心配だわぁ"と。背後にいる二人のわざとらしい会話が、背に刺さるようだった。
黙々と着物を風呂敷で包もうとしていた手をぴたりと止め、後ろにいる姦しい二人よりも、目の前の螢の瞳を真っ直ぐに捉える。
「 ……螢さえ良ければ。
華苑に帰り辛いのなら、此処を使ってくれて構わない。離れもあるし、部屋なら余ってるんだ。
箏の勤めに花街に通うのにも、俺は、付き添えるから。」
「 楼主が呉服屋にまで迎えに来ても、"仕置きをしない"と約束するまで、螢は表に出なければいいのよ?
コトが落ち着くまで、勤めの方は心配しないで。
……あぁ、でもお箏には触れたいわよねぇ。どうしましょう?」
「 志津音さん……それは流石に、色々と、駄目です。」
「 螢さん、そんなに気を遣わないで?
源さんが"良い"と言っているのだし、私も反対なんてしないわ。
寧ろ、貴女に会えない期間が長引くと、また商いを疎かにしそうだもの。
此処に居るのが"お客様扱い"で気が引けるなら、いっそ"呉服屋の娘体験"なら如何かしら?」
この場に居る全員が、"嘘"はついていない。ただ、この提案がどの様に転ぶかまでは、誰にもわからない。
もう会えないのだと割り切ろうとした、逢いたかった女性が目の前にいるのだ。
困っているのなら、いつだって手を差し伸べるから。
どうか、この手を取って欲しい。
ーーそうだな。
楼主殿に言われた様に、居候とはいえ、螢を部屋に隔離しないよう、気をつけなければ。
他人にはそう言っておきながら、螢を捕まえていた楼主殿には、確かめたい事も出来た。
「 ……それじゃぁね、螢。二日にいっぺんは、遊びに来るから♪」
硬直状態になった愛弟子に向かって、ひらひらと爪紅が施された片手を振ると、"後は宜しく"とばかりに志津音さんは颯爽と部屋から姿を消した。
心配だから"様子を見に来る"では無く、ここまで"遊びに来る"と言うのがあの女性らしい。
螢は今しがた親に置いていかれたばかりの子供のように、一瞬途方にくれた表情を見せた途端、両の手で顔を覆って俯いてしまった。
その仕草は泣いて居る、というより、何かと葛藤しているようだった。




