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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
◇◆◇飛んで火に入る姫蛍◇◆◇
24/34

【第五夜】謝辞の逢瀬






花街を隔てる関所の様な朱塗りの大門を過ぎ、幾らも歩かないうちに【萌葱(もよぎ)】と太字で染め抜かれた長暖簾(ながのれん)を掲げる大店(おおだな)を見つけた。



志津音さんは慣れた様子で、店番をしている売り子の一人に声を掛け、誰かを呼んでもらっているよう。

店先には上品な柄の太物(ふともの)や、無地の反物(たんもの)が整然と並べられ、紫檀(したん)色で統一された大きな箪笥が所狭しと並んでいた。



"双子へ布小物を"なんて考えていたけれど。

呉服屋:萌葱(もよぎ)は、お得意様の上質な着物の特注や、格式が高く、歴史ある大店(おおだな)にしか許されない御用達(ごようたし)(おも)(あきな)いなのかもしれない、と感じた。



百聞は一見にしかないものだな、と。

しがない村娘から、(へだ)たれた花街の娘として生きてきた自分の感覚が、特殊である事に今更ながら気付く。



(はじめ)様から人気の絵師の図案を見せてもらって、既に半年程が経っている。

何か商品になっている物はないかと、自然と店内の反物を眺める事に夢中になっていた。




「……藍、花?」




九年間呼ばれ続けた源氏名にぴくり、と体が先に反応を示す。

そのまま振り返ると、其処には"信じられない"といった表情の(はじめ)様が、腕に反物を抱えたまま(たたず)んでいた。




「お久しぶりです。(はじめ)様。……お変わり無い、ようですね。」


「……藍花は、何故此処に?病はもう、良い、のか?」


「はい。体に障る華姫の勤めを離れ、今は志津音さんの元で、箏の師範代を勤めさせていただいております。

文も、素敵な着物も。

有難う御座いました。文を渡す機会が無くて、御礼を伝えるのがこんなにも遅くなってしまいましたが…」


「そう、か。良かった。

まさか贈った品を着込んで、わざわざ店に来てくれるとは思っていなかったから。……よく、似合っている。」




(ふみ)も返さないまま、会うのは半年ぶりだというのに、(はじめ)様は相変わらずだった。


腕に反物を抱えたまま、昼の勤めで忙しかったのではないだろうか?


そうはいっても、視界の隅に入った志津音さんは、萌葱(もよぎ)の奥様と(おぼ)しき方と(なご)やかに談笑中だし、右も左も分からない私は、着物を仕立てに来たわけではない。




「あの。(あきな)いで忙しい時に、お邪魔したのではありませんか?」


「いや、此れは、奥で反物の出来を確認していただけなんだ。それに、こうして新作を身に付けて店頭にいてもらうだけで、客寄せになる。」




華苑の行灯(あんどん)の下でばかり会っていたから、気付かなかったけれど。

(はじめ)様の胡桃色の髪が陽に透けると、さらに明るく柔らかい色になるらしい。

こうして優しく微笑みながら、陽の下に居るのが似合う人なのだな、と感じた。




「もしや、探していたかもしれないが。あの絵師の図案を使った反物や着物は、まだ店頭には置いていないんだ。

季節毎に品数が揃ってから、出す事になっていてね。藍花さえ良ければ、春物や夏物を眺めてみないか?」


「ええ、探してました。眺めるのは目に楽しいですけれど、今日は私の着物を、仕立てに来たのでは無くて……」




志津音さんはどの位呉服屋に居るつもりなのだろう?と思い、(はじめ)様の肩越しにひょいと覗いてみると。

なんと志津音さんはすでに畳の上に上がり込んで、熱心に絹織物を選んでいた。隣に座る奥様も、ニコニコしながら次々と反物を広げている。




「ああ、母と志津音さんはああしていつも(こだわ)るから長くかかるよ。大丈夫、快気祝(かいきいわ)いに少し楽しんでもらいたいだけだから。」




やはり志津音さんと居るのは(はじめ)様の母様、呉服屋の奥様だったらしい。

髪や瞳は黒だけれど、優しげな笑顔も、少し垂れ目気味の細面も(はじめ)様とそっくりだったから。



私では声を掛けるのを躊躇(ためら)う雰囲気だったのにも関わらず、慣れているらしい(はじめ)様は、二人に"藍花に新作の反物を見せてくる"と断りを入れ、私を店の奥へと案内してくれた。








****





秋の終わりには紙の上に収まっていた華やかな(いろど)りが、こうして目の前に反物や着物の柄として在ることに、少なからず感動を覚えた。

着物地の色味や風合いも影響しているのかもしれないけれど、思わず手に取ってしげしげと眺めてしまう。




「……藍花はやはり、"花"を好んで選ぶ」


「鶴や扇は、姉姫様や舞手を連想するものですから。

………(はじめ)様、今更ですが、"藍花"はもう散った華姫の源氏名。今は、両親のつけてくれた"螢"だけが私の名です。」


「螢?そうか。瞳の色、だね」




じっと。真っ直ぐな胡桃色の瞳が、"螢"の名の由来になった私の目を見ている。

その()に耐えられず、ぱっと手元の着物に視線を戻してしまった。


ーー急な私の動きは、不自然だったかもしれない。




「"今更"というのなら、此方も言いそびれていた事がある。

……通い始めたきっかけになった梅雨の夜のこと、だ。

華姫という立場で、弱音や悩み事を見世の者に言えずにいるのかと。顔見知りであっても"客"では無い俺になら、気負わずに話せるかもしれない、とふと思っただけなんだ。」




"雨夜の詫びしげな理由は、嫁いだ姉姫への懺悔文で解消したのかと、気になってはいた"と。(はじめ)様はそう続けた。

華苑の客と華姫として初めて会った夜には、聞けずじまいだったこと。




「 覚えて、いてくださったのですね。


………"詫びしい"というか。雨夜にみる夢で、忘れられない過去があったのです。何も出来なかった自分を、いつまでも悔やんでばかりでした。


でも、それは私一人がいつまでも気に病むような事ではなくて。

あの時の文がきっかけで、現在(いま)の私に出来る事をすれば良かったのだとも……気付きました。

だから、もう、解消したようなものです。」




千鶴姉様の涙を止めたかった、なんて。十の童女(じぶん)では無理。

あの雨夜に綴った文を出して、千鶴姉様も千亀(かずき)様も喜んでくれたこと。

今、本当の妹のように思う双子の笑顔が見れること。

離れて暮らしていたのに、互いに思い合う親子もいるのだな、と知った。




「"今の自分に出来ること"……か。

品納めで華苑を訪れても、会わせてもらえないようだから、また志津音さんと萌葱(もよぎ)に来てくれると嬉しい。」


「道に迷うような事は、ありません、よ?」


「……螢一人では、誰かに捕まえられてしまいそうだから。」




少しだけ言いにくそうに、苦笑まじりで言われてしまった。

そんなにも私はフラフラしている印象があるのだろうか?




「それに、誰かの"付き人"の(てい)でないと、花街からの足抜けに間違えられてしまうかもしれないだろう?」


「足、抜け。」


「…螢?」




"志津音さんとのお出掛け"は、気晴らしになるとしか考えていなかった。

元はと言えば、自分は華苑から。

むしろ、あの楼主から逃げて来たのだった。




「……仕置き、されるの、かしら…」




髪の件で逃げ回った時、夜這いされかけたのを思い出してしまい、目の前に(はじめ)様が居るのにも関わらず、自然と表情が強張る。

もしそういう状況になったら、教えてもらったお(まじな)いの効果に(すが)るしかないけれど。



借金だけではない"借り"がある楼主(オニ)から距離は離れたけれども、私が帰る場所は華苑。

これからも暮らしていくのは、あの三階の一人部屋。


花街からの足抜けと、楼主(オニ)の居る部屋からの脱走は、同じようなものに思えてしまった。







****


しがない→みすぼらしい、貧しい


太物→綿織物や、麻織物など太い糸の織物。布地の総称。


呉服→絹織物のこと。


着込む→衣服をきちんと着る。


風合い→手触り、質感。

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