19、双子の二重唱
「ねぇ、美月?」
「ん〜?なぁに?」
「昼間、藍花姉様…螢様とお茶したの、どうだった?」
「……次は、私達の部屋に来てもらえる事になったから。望美も螢様とゆっくり話したいでしょう?」
「そうだけど、なんで遠くを見てるような顔してるの?具合でも悪い?」
「あえて言うなら…火傷した、のかな。」
「ちゃんと冷やした!?お姉ちゃんに見せてご覧!!」
「こういう時だけよね、姉様らしい事言うの。」
なんだか、今日はいつにも増して妹の反応が冷たい気がする。
螢様とのお茶会で何かあったのだとしても、美月から話してもらえるまで聞きたくても聞けない、このもどかしさ。
二日ほど前の稽古の後、"螢様に二人で話せる機会を作ってもらった"と箏の稽古よりもやる気に満ちて、楽しみにしていた美月はどこに行ったのか。
蕾の今夜の勤めを終えて、部屋に戻ってみれば元気がないというか、いじけている、というか。
「モヤモヤしてるなら、火傷にはしみるかも知れないけど、夜のうちに湯を浴びる?」
いつもなら朝餉の前に二人で湯殿へ向かう。そこで夜半まで忙しい事が多い、姉様方と一緒になったりもする。
私の細くて柔らかい猫っ毛が、毎朝寝癖で大変な事になっているから、朝風呂にしているのもある。髪結いさんに結ってもらえる花娘になるまで、自分達で身支度するのが華苑の伝統。
……さっきから"う〜"だか、"む〜"だか、よくわからな返事しかしない美月じゃ埒があかない。
望美は二人分の浴衣着や木綿の手拭いをさっと揃えて抱えると、何やら煮詰まる妹を引っ張るようにして湯殿へと向かった。
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「なぁんだ、火傷なんてして無いじゃない。」
モワモワと上る白い湯気の中、こっそり隣で妹の白い肌を確認し、赤く腫れた箇所がない事を確認した。
体を洗い、湯に浸かればポカポカと温まって塞ぎ込んでいるのも緩むかと思っていたけど、まだ美月はぼんやりしているよう。
仕方がないな、と椿油の洗料を手に取り、頭皮からワシワシと揉みほぐすように妹の滑らかな黒髪の洗髪を始めた。
「望美?洗ってくれるの??」
「誰かさんの手元が疎かだからね〜」
いつも大事にしている長い黒髪を預けるように、大人しくされるがままの美月は少しだけ幼く感じて、妹らしいと思う。
水を含んでも泡だてても、全く指に絡んでこない直毛の髪質は、羨ましい限りだけど。
「私達はお互いこういう事するの、抵抗無いけど…他人に、髪を触れられるのって嫌だと思う?」
「え〜?触られた事が無いから何とも言えないけど…髪っていうより、"誰に何処を"触れられるか、っていうのにもよるんじゃない?
姉様方なら髪とか手くらい何とも思わないけど、花街の酔っ払いなら絶対嫌。」
「…ん、じゃぁ顔見知りの常連さんだったら?」
「人前なら笑顔で我慢するか、舞扇で触れられる前に阻止する。ねぇ、それって美月の事?藍…螢様の話??」
「うん、螢様。初めは拒んで逃げてたけど、今では全面降伏してるらしいの」
"今では全面降伏??"
その相手に、弱みを握られたとしか思えない。それに関して美月が悩んでいたのなら、私達でなんとか螢様を助けられないのだろうか。
少しの間考えながら美月の頭を覆うキメ細かい泡を、手桶に汲んだお湯で何度も洗い流し、丹念に毛先まで濯ぐ。
そうするうちに、ある事に気付いた。
「私は美月だから、たまにはこうして髪を洗ってあげるけど。髪結いさんは人の髪に触れるのが仕事だし、お客だったら髪の色を珍しがって触れようとするのかもしれないし?
螢様は短くなっても綺麗な髪をしてるからね。そんなに触れたがるなら、螢様の髢を渡してしまえば、相手は気が済むかもよ?」
「あぁ、あの切り落とした髪はどうしたのかまで、聞いてこなかった。むしろ回収されて、大事に保管してるかもしれないし?」
仕上げにきゅっきゅっと髪に残る水気を手で軽く絞ると、つむじのあたりでクルクルとまとめて縛る。
美月も話し始めてくれているし、これでようやくお湯に浸かれそうだ。
ーーでも、何かが引っかかる。螢様の髢が回収された?
「螢様の髢を回収して保管…って誰が?」
「多分、楼主様」
「……誰が?」
「だから、多分楼主様。」
「ゴメン、美月。あえて聞くけど螢様の髪に触れたがる人って、もしかして…」
「望美が引くと思ったから、なるべく言わないでいようとしてたんだよ?」
そう言って少しだけ口を尖らせた後、"でも久々に髪洗ってもらっちゃった〜♪"と何だかスッキリした表情で肩まで湯船に浸かる美月の隣で、私は軽く眩暈を覚えた。
湯当たりにしては早すぎる。
そればかりか、美月は"楼主様にさせるくらいなら、自分が螢様の髪の手入れをしたい"、"見慣れない新しい着物は、贈り物だと言っていた"と堰を切ったように茶会での話をし始めた。
お湯に浸かりながら聞くような話ではなかったのだけは確か。
今は部屋でまとめていた髪を解き、毛先まで水気を拭きながら、クラクラする頭で心臓に悪い話の聞き役に徹している。
「螢様の現状を知っても、全然ときめかないというか。羨ましくないというか。何処らへんが色恋沙汰なの?」
「新しい着物の贈り主が呉服屋の若旦那か楼主様か、っていうところ?思い出して恥ずかしがってる螢様は、華姫様だった頃より女性らしいというか、表情が生き生きしてたのよ?」
「うん、それは誰でも急にそこまで世話を焼かれだしたら困るし、恥ずかしいと思う。相手が楼主様っていうのも逆らえないし。だからって恋愛とは思えない…」
「望美、恋は理屈じゃないらしいの。
不安定な感情だったり、体が先に反応を示して、後から"恋してる"ってわかるものなんだって。
それで、今日の螢様見てて…時間の問題かな〜と思った。例えるなら呉服屋の若旦那は弱火でじっくり巻いていく"厚焼き卵派"で、楼主様は強火で表面焦がす"鰹のたたき派"ね!」
「それで、いつかはどちらかに美味しく頂かれちゃうってワケ?
螢様が華姫様を辞めた理由が病が重くなった、とか身請け控えて療養中っていうのじゃなくて良かったけど……それはそうと、美月に恋の始まりを指南したのは誰??」
「月下美人に見初められてから半年だけど、絶讃両想い中の桔梗姉様。」
「何だか…早くも身請けされちゃいそうな勢いだよね。振袖の贈り物なんて、何着目になるんだろ?」
「望美はあの二人みたいに情熱的で分かりやすいか、父様母様みたいにほとんど一目惚れ同士で両想いなら、恋って認めるのね?」
「……片想いするのも"恋"だと思うけど。想われる方も、いつかは心通わせて恋の華が咲くものなのかな?」
「螢様の"背の君"は誰になるんだろうね。
……ねぇ、望美。かごめ唄って私達の産まれを指しているんだろうけど、螢様は自覚無しに、ご自分の唄を作られたような気がしない?」
「…籠の中の鳥は、いついつ出やる?」
「夜明けの晩に♪」
「「鶴と亀が滑った」」
「「後ろの正面だ〜ぁれ??」」
ーーー花街の中でも毎夜、美しい調べが響く華の庭。開花を一年後に控えた小鳥達は、今夜も暖かい火鉢を囲んで羽を休めつつ楽しげに囀る。
籠の中でも外でも。
恋の始まりや愛情表現、幸せな生き方に至るまで。人それぞれの形があり、その時々で自ら選択をしていくのだ、と少しだけ学んでーーー。
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「ーーそうそう、覚悟しておいてね?螢様の色恋沙汰は、聞いてるこっちまでハラハラしてきて、火の粉がかかってくるようなものだから。」
「美月は話を聞き出すの上手いのに"火傷した"ってそういう事?」
「螢様の恥ずかしがり様が、すごいのもあるけど…」
「螢様と美月が同じ部屋で"きゃ〜"って熱くなってても、私は"うわぁ…"って一人冷めて引いてるかもしれないから、そこんとこは大丈夫。」
ーー ーーー *御開き* ーーー ーー
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ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。m(_ _*)m
作中では季節も挟んで、梅雨→1年後の6月〜11月→早春にかけて飛び飛びの展開で、あまり前後の話が繋がってない所もありましたが、"唄"モチーフで人生の転機、山あり谷ありな変化をジェットコースター風の勢いで書けたかな〜と思ってます。←自己満٩( ᐛ )و決断は突然に。
自分の思いの主観と、別な視点での客観的な意見と。花街の話なのに、ヒロイン恋愛してないw藍花は悲観的なので、中々話が進まず大変でした…orz
後は2章で、補足的なその後の話を追加予定です。(o^^o)




