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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
18/34

18、早春の苺大福

二月下旬〜三月初め頃。藍花が髪切って3ヶ月経ちました。







ひとり、教えられた部屋へと向かう。中庭を挟んで華姫の奥座敷の丁度(ちょうど)反対側、といったところだろうか。



一階の北側はコの字型に調理場、湯殿(ゆどの)(かわや)、花芽達の部屋と続く、行き来し慣れた生活区域。

二階は階段を挟んで、調理師や数人の下男下女(げなんげじょ)が住まう部屋と、来客時の応接間に分かれている。

三階は全て楼主様の私室だと伝え聞いていて謎に包まれていたけれど、元:姉姫はその中の一室を与えられているらしい。



病弱だから相部屋(あいべや)になる二階では駄目なのだろうなと頭では分かっていても、三階となると(おとず)(がた)いことこの上ない。

こう静まり返っていると、話し声も楼主様に筒抜けなのでは、と勘ぐってしまう。



宴会場や花娘達の部屋とは違い、何も描かれていない真っさらな(ふすま)の前まで来ると、恐る恐る呼びかけた。




「藍……螢様?いらっしゃいますか?」




慣れない場所の為か、(つね)よりも少し小声になってしまった。ソワソワしながらも静かに待っていると、少ししてから目の前の襖が開かれた。




「遠慮しないでどうぞ入って頂戴、美月。ここでは(ろう)で待っている方が緊張するでしょう?」




フワリと穏やかに微笑む元:姉姫は、温かみのある桜色で染め出された枝垂(しだ)れ桜の咲く、落ち着きのある白の付け下げに、(あさ)葉模様(はもよう)の苺色の帯をしめていた。

春を間近に控えた装いではあるけれど、見慣れない着物だなと思い、つい口にしてしまう。




「螢様、その帯も着物も…初めて目にしました。」



「え?……そうね。

今までのように勤めで色打掛を着る機会は無くなったし、普段着になるような着物も殆ど持ち合わせが無くて…頂いたものなの。」




螢様は布巾(ふきん)越しに手にした鉄瓶(てつびん)を傾け、ゆっくりと急須(きゅうす)へお湯を注ぎながら、普段よりも言葉を選んで語っている様だった。

親しくしている華苑の下女や(こと)の師範から譲ってもらった物でないのなら、伏せられている"誰か"が螢様にと用意した着物だということ。




ほんの三月(みつき)前までは、私達の見立てた(よそお)いを着こなしてくれていた華姫様だったのに。

見方によっては紅白のおめでたい取り合わせの様だし、楚々とした着物自体は良いとして、誰かが選んだ品が似合っているのが何となく面白くない。



望美は舞の稽古に行っているし、私もいつもなら螢様から歌や箏を習う時間だけれど。先日"稽古だけではなく、たまにはお茶でもしませんか?"と自分から切り出して良かったと思う。

夕刻を過ぎれば夜の華苑は忙しいし、ここ最近会う時間がめっきり減って、ちょっとした雑談すら出来なかった。




初めて訪れた螢様の部屋は、すっきりとしてる。目について見覚えがあるのは箏と、花紋の品である小箪笥(こたんす)くらいかもしれない。

少し低めの桐箪笥に、私物は全て収まっているようだし。その上の鏡や、暖を取るための火鉢はこの部屋に元々備わっていた物のように感じた。



今日持参したのは、調理師が作ってくれた春の和菓子である苺大福。

勧められた座布団にちょんと座り、フワフワと湯気の立つ澄んだ色の緑茶が入った温かい湯呑みに口をつけた。




「….気を抜くとまだ"藍花姉様"と呼んでしまいそうになります。螢様、と呼ばなくてはならないのに。髪も、前より伸びたのですね。」



三月(みつき)くらい、にはなるかしら。いつも稽古場へ行く時うなじでお団子にしているけれど、今日は背で結っているだけだものね。自分ではあまり実感が無いものよ?」



「それでも、せっかく綺麗な色の髪ですし、せめて背の(なか)ばくらいまで伸ばしませんか?」




"手入れが楽になる、スッキリした"と螢様は言っていたけれど、私も望美もあの時かなり衝撃を受けた。



自分の黒髪も嫌いでは無いけれど、螢様の紫紺(しこん)の髪は(うらや)ましいくらいツヤツヤしていて、光の具合によっては濃い紫にも深い紺色にも見える事がある。

正直勿体無い!と思ったし、"そこまでバッサリ切らなくても!"と、言っても仕方のない事を口走ってしまった。

騒ぐ私達を見ても当の本人はきょとん、と首を傾げていたけど。




「…もう、美月まで。

私の花芽の頃を知る爽杷(そうは)様に外でばったり出くわした時も、"幼い頃を思い出す"なんて笑われてしまったのよ。」



「私は短くても、いつものまとめ髪でも似合っていると思います。それに螢様のような髪なら、長く伸ばしても手入れは苦に思わないだろうなぁって…」



ふと視線を上げると、目の前の螢様は苺大福を一口大に切り分けようとしたまま、黒文字(くろもじ)を持つ手が止まっていた。髪の話は何かの地雷だったのかもしれない。




「螢様〜?戻ってきてくださ〜い。もしかして、どんな髪型でも似合う、とか長い方が好き、とかでも"誰か"に言われたのですか?」




二人きりなのだもの。これはしっかり聞いておく絶好の機会。

心なしか螢様の視線が泳いでいる気がする。今度は手元に力を込めているようで、(とが)った黒文字の先で大福の中の苺が今にも潰れてしまいそうだった。




「私が、自分で切った時に"手入れが楽になる"なんて…言ったせいだと、思うのだけれど…」



「………」



「"伸ばした髪の手入れが面倒だというのなら、しなくていい"と。楼主様、に言質(げんち)を、取られて…しまって…」




これ以上は言えない、とばかりに螢様は座卓(ざたく)に苺大福の乗った皿を置くと、両手で顔を覆ってしまった。


すでに口の中に入れていた苺大福の甘酸っぱさが、今になって(ほほ)に染みてキュ〜っとする。柔らかく、甘い大福に包まれていた苺の酸味を刺激してしまったのは、私。





それでも、根掘り葉掘り聞いた。

顔を覆った状態でも、螢様は断片的に教えてくださったし。望美が聞いたら、引くかもしれない…けど。



螢様の紫紺の髪なら、私だって香油(こうゆ)を擦り込んだり、(くしけず)ったりしたい。サラサラのツヤツヤに仕上がるに決まってるんだから!




螢様は(しばら)く、モジモジしていた。


最初のうちは"伸びてきた"、"まだ長くはない"との問答(もんどう)を繰り返し、果ては湯殿まで逃げていたらしい。


一目(ひとめ)で長さがわからないよう、常に髪を束ねていたところ、"結っていた方が髪が伸びるのが早いのよ"と箏の師範から笑顔で言われてしまったばかりなのだそう。





「楼主様って意外としつこ…諦めが悪いんですね。面倒見が良い、と言いますか。」




つい本音が出かかったけど、あの見た目も振る舞いも氷像の様な印象しかない楼主様が面倒をみるのは、螢様だけとしか思えない。

螢様なりの必死の抵抗 (?)も意外だったし、その反応を(たの)しんでいる(ふし)もあるような気がする。




「そうして避けていたのに、色々と怖い思いをして…」



「…色々と。」(怖い思いって何)



「"伸ばせ"と言われていたけれど、こっそり自分で同じ長さに切ってしまおうと、詩乃(しの)さんから(はさみ)を借りようとした事まで、何故か知られてしまっていて…」



「それは……バレますね。」

(だって"螢に鋏は渡すな"って楼主様が皆に伝えていたし。爪切り鋏以外の刃物は貸さない事になってます。)



「その後……大変だったの。」



「大変、だったのですか。」

(だから何が!!?)



「先程の美月と、同じような事まで、言われてしまうし。」



「"どんな髪型も似合うし、どれだけ長くても螢の髪の手入れは苦に思わない"……とかでしょうか…」

(何だろう。私にまで火の粉のような、火傷(やけど)(もと)が掛かってきて…る?)




もう温かいお茶ではなく、水が飲みたい。聞いた話に優しさや甘さを感じるのではなく、有言実行の熱意を感じるなんて。

きっと今までの色々とあった怖い事 (?)を思い出しながら話す螢様の方が、喉が渇いているはず。次からはお(ひや)を持参しなければ。




「…それでも"藍花姉様"の頃よりなんだか生き生きしていますね。安心しました。」



「……美月?」




少し赤みがさしてきた頬をまだ両手で抑えつつ、少し顔を上げた元:姉姫の青みがかった淡い(みどり)の瞳に、戸惑いの色が浮かぶ。




「私の心配は、杞憂(きゆう)でした。華姫様よりも更に奥まった所での生活を余儀(よぎ)なくされたのかと、"華姫:藍花は散った"なんて楼主様が言われるものですから、余命宣告でもされてしまったのかと…悪い方に考えてしまって。

螢様に(じか)に聞くのも(はばか)られますし、最近は箏の稽古場くらいでしか、会えませんでしたし。」



「大丈夫、体調が良くなったのは本当よ。華姫を辞めたのは、体が弱い事もあるけれど、勤めが自分に合わないのだと気付いたから。こうして箏を奏でて皆とも会えるし、華苑に居るでしょう?」



ね?と私を安心させるかのように少しだけ首を傾げて微笑む姿は、藍花姉様であった頃と何も変わらない。

病が重くなったのでは無いと分かったのは嬉しいけど、そういう事ならまだ確認したい事もある。




「あの、つかぬ事をお聞きしますが。

このまま箏の師範を勤めて、花娘になるまで掛かった養育代…華苑への借金を払い終えたり、身請け話が出たりした時は、花街から去られるのですか?」



「そ、それについては、何か聞いていない…?」



「楼主様からは、"箏の師範として華苑の裏方に身を置く"……としか。」



「華苑への借金は実はもう、無くて。

望美や美月へ箏が教えられるし、花娘達ともいつでも会う事が出来るから…ここに、居ると、思うわ。」




なんだかものすごい小さな声で、"ずっと"と最後に聞こえた気がしたのだけれど。

先程の様な話題では無いのに、どうしてまた顔を赤らめているのか、わからないし。ようやく半分にまで減った苺大福に、螢様はまたプスリと黒文字を刺している。



華苑への借金はもう無いこと。

箏の師範を勤めとする螢様は今、髪の件で楼主様への対応に困っている。

与えられている部屋は三階で、楼主様の私室の一部屋……これでは、まるで。




「藍花姉様だった頃、楼主様に"手折られて"いたなんて事は…」



「いいえっ!!恋も愛も()わしていないし、箏の師範として一方的に囲われているようなものだからっ!!」




"囲われているようなものだ"と言うのもどうかと思う。そして、そんなに大きな声を出して全力で否定しては、一番聞かれてはいけない人に、聞こえてしまったかもしれないのに。



こういう螢様は新鮮で、面白いけれど…少し可哀想になってきた。一方的に構われている(らしい)今ですら、先程の発言をした当人が、もうだいぶ心乱されている。



好意を無下(むげ)に出来ないだけでは無くて、螢様は行動派の押しにも弱いらしい。確か、呉服屋の若旦那が着物を贈る約束をしていたはず。三角関係とやらになっている??



こんな事になるなら、呉服屋の若旦那の想いに少しずつでも応えていた方が、螢様には良かった様な気がする。


のほほん、と藍花姉様らしく奥手(おくて)な若旦那と恋心を育てた(のち)に嫁ぐのと、外堀(そとぼり)を全て埋められて気まぐれに構われるというか、楼主様の手の内で転がされるのと。



このままでは螢様が羞恥で熱を出してしまいそうだし、そうなっては楼主様に手厚く看病 (?)されるのは目に見えている。

次は物騒(ぶっそう)な発言をしてもここよりは安全な、私達の部屋に螢様を招いてお茶をしよう。




自身に関しての色恋沙汰(いろこいざた)にはとことん弱い、元姉姫の味方で居ようと。人知れず心を決めた美月であった。








****




付け下げ→訪問着よりも模様が控えめな略礼装。


鉄瓶→鉄製の湯沸器。(小ちゃいヤカンみたいなの。)


黒文字(くろもじ)→和菓子を食べる時に使うピック。


言質をとる→後に証拠になる言葉。


杞憂→心配してもしょうがない事を心配すること。


余儀なく→他にとるべき手段がない。そうせざるを得ない。


外堀を埋める→目的を達成する為に、周囲の問題・障害から片付けていくこと。


物騒な→何が起こるかわからない、穏やかではない。


手折られた→楼主との関係を持った既成事実。


色恋沙汰→男女の関係、恋愛、情愛に関する事。



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