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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
12/34

12、早々の完敗

望美、呉服屋:若旦那との初対面。





"あと1曲奏でれば、そろそろ花娘達に任せてもいい頃合いだから、望美は先にお茶の用意をしていてくれる?"と藍花姉様に頼まれ、呉服屋の若旦那の部屋へと向かった。




"失礼致します。お茶を淹れに参りました"と声をかければ、中から返ってきたのは「ああ、はい。どうぞ」と勝手に入れと言わんばかりの、素っ気ない返事が一人分。



賑やかに盛り上がっている他の部屋とは違い、えらく静まり返っている室内もおかしい。




………もてなし役の花娘である姉達は何処(いずこ)に!?



先に来たのが美月ではなく、私で良かったと思う。

花娘達が不在の部屋で、大人しそうな見た目の美月がひとり、客に茶を用意するなんて想像するだけで危うい。

まだ裏方である蕾なのに、最近増えた"月下美人探し"の客から目をつけられたりするのは何となく嫌だし。



それに比べ。

私なら常に忍ばせている舞扇を使えば、客との接触は無難(ぶなん)に避けられそうだし。

いくら忙しくても(ろう)で酔った客に遭遇しないよう、常に気を付けている。



幸い、中に居るのは新規の客ではなく藍花姉様の茶飲み相手・呉服屋の若旦那。

他の花娘に興味が無くて、ひとり酒を決め込んでいるのかもしれなかった。



華姫になるには愛嬌も度胸も必要だ!と意を決して目の前の(ふすま)を開けたのに、視界に入ったのは(ほとん)ど手のつけられていない酒膳(しゅぜん)(から)の座布団。


こちらに背を向けたまま畳に座り込み、何やら思案(しあん)している男の背中だった。





ーーいやいや、客が見ていなくても礼儀作法くらいは守るけどね?



藍花姉様から聞くに、呉服屋の若旦那はどれだけ真面目な人かと思いきや、華苑(カエン)の客としてはどうなのかと思う。



連日大人数の宴が入り、てんやわんやの調理師達が丹精(たんせい)込めて作ってくれた料理も、少々箸をつけた程度なのは許せない。



華菓子の件で何かと藍花姉様と調理師達の言伝役(ことづてやく)として、言葉を交わすうち見た目の印象ほど怖く無い人達だと分かったのだ。


最近は華菓子の種類も増やしていて、今度は林檎(りんご)を使い薔薇(ばら)の形に挑戦するらしい。



ーーそんな可愛らしい乙女心♡のような職人魂☆を持った調理師さん達《強面(こわもて)中年:四名》の、本日のお仕事を無駄にはさせるもんですか!




客の相手は花娘達が勤めるもので、普段は蕾から話かける事は無いけれど。


とりあえず茶を淹れる前に、せめて客の定位置である座布団の上に座ってもらおうと思い、すり足で静々と近づくと改めて声をかけた。




「もうすぐ華姫様が参りますが、華苑の料理はお口に合いませんでしたか?」




何をそんなに熱心に眺めているのか、とも思ったけれど、私がまず確認しておきたいのは料理を食べきるつもりが有るのかどうか。

"華姫様"の言葉が耳に届いたのか、呉服屋の若旦那はやっとこちらを振り向いた。




「ああ、すまない。少しの間暇つぶしのつもりだったのだが、つい夢中になってしまった。」




少しだけ決まり悪そうにしながら、その人は手にしていた絵図を静かに置くと、意外にもあっさりと席へ戻った。


髪と瞳は柔らかな胡桃(くるみ)色で、少し垂れ目気味の細面(ほそおもて)は見るからに人当たりが良さそうだった。




呉服屋の若旦那が大人しく腰を下ろした手前、藍花姉様が来られる前に茶を淹れておかなければならない。

それでも畳に広がった色鮮やかな絵図が気になり、ついチラチラと見てしまう。

静かに箸をすすめていたはずの若旦那にも、すぐに気付かれてしまった。




「宴の人手が足りないかもしれないと聞いて、先の花娘達には其方(そちら)を優先してもらったんだ。

其処(そこ)に広げたのは着物の新しい柄なんだが、良かったら眺めてやってくれないか?」




どうぞ、と少し熱めのお茶を膳の隅に置かせてもらうと若旦那に勧められた事もあり、望美は物珍しげに絵図に近づいた。



華やかな着物は元から好きでも、こうして大きく描かれた柄をまじまじと見るのは初めて。

どれも明るい色使いで丁寧に描かれているし、そのまま額縁に納めて飾っておきたいくらいの美しさ。



その中でも着物の柄、と言われて私が選ぶとしたら…




「これと…これかな。」



「鶴に檜扇(ひおうぎ)か。

花嫁衣装にも使われる縁起の良い組み合せだから、店でも人気がある。はっきりした色合いの柄が好きなようだね。」



「おめでたい鶴と華やかな檜扇の振袖なら、明るい気分で舞えそうだなと思いまして。どの柄も素敵なので、迷ってしまいますが。」




そう言ってもらえると絵師に頼んだ此方(こちら)も嬉しく思う、と若旦那は表情を(やわ)らげた。



酒宴や接待の席で、大人は挨拶代わりに世辞(せじ)を交わすものだと思っていたのに。

呉服屋の若旦那は、夜の華苑でも藍花姉様の前でもこうして自然体なのだろうか?




でも、どの柄も素敵だと思ったのは本当。美月や藍花姉様ならどれが気に入るだろう?なんて考えたら、再び意識は着物の柄選びへと向かっていた。



いつの間にか先ほどの若旦那の様に自分も畳に座り込み、真剣に絵図を選んでいた。





ようやく手にした絵図の理由を聞かれ、"歌の上手い双子の妹に束ね熨斗(のし)と鈴、藍花姉様には(こと)の調べを連想するから流水紋に短冊が良い"と。



気づけば、選んだ柄で二人の着物を作ってくれと言わんばかりの勢いで語っていた。




何とも気まずい事に、望美が選んだ柄について熱く語るのとほぼ時を同じくして、宴渡りを終えた姉姫と妹が入室を告げたのだった。








****




そして今はというと。


貼り付けた様な作り笑顔の美月の隣に、何ともいえない表情で身を縮こませる望美が座っている。




「…せっかくだから菓子を一緒に食べようと思っていたの。

お茶を淹れてくれたのが望美で、菓子を持参してくれたのが美月。二人はまだ蕾だけれど、とても優秀な未来の華姫達よ。」



四人の前には若旦那の手土産である紅葉饅頭(もみじまんじゅう)と美月が持参した華苑の華菓子が並び、望美は一人冷や汗をかきながら人数分の緑茶を淹れ直した。




クスクスと口元を(そで)で隠しながら笑う藍花姉様は、先程の光景を微笑ましく思ったくらいなのだと思う。

問題は、隣に()しても決して目を合わせてくれない双子の妹。



呉服屋の若旦那の人となりを見極める前に懐柔(かいじゅう)されたのか、と作り笑顔が語っている…ような気がする。

この後二人で部屋を辞するのが怖い。




美月にしてみれば、藍花姉様からの提案で華菓子を運ぶ役になり、呉服屋の若旦那の反応が見れる絶好の機会だし。




新規の客が増えてからというもの、噂になっているらしい月下美人の色打掛は一応控えている。

今夜二人で選んだ華姫の装いは、白地に金の流水紋。空色や淡藤(あわふじ)檸檬色(れもんいろ)の花々を乗せた花車(はなぐるま)唐織(からおり)の打掛だった。



藍花姉様に婚約を申込んだはずの呉服屋の若旦那は、(はた)から見る限り"夜の華姫"の装いを前にしても、恋焦がれているようには見えない。




今夜は華苑の客として華姫を指名したはずなのに、穏やかに交わされるのは菓子の話と広げたままの絵図の話。

二人の様子を間近で体験し、私達だけ空回りしていたのかも、とまで思えてきた。




美月は面白く無いだろうな〜


藍花姉様の魅力を引き立てても、呉服屋の若旦那に通用していないのだから。

こちらとしては視線を逸らすなり、会うなり見惚れて動きが止まるくらいの分かりやすい反応を期待していたのだ。




流石に菓子とお茶が無くなれば、蕾である二人は下がるしか無い。


意気消沈(いきしょうちん)の望美と心中(しんちゅう)穏やかでは無い美月は、双子らしくピタリと息のあった礼をすると、空いた皿の乗る盆を持ち、部屋を後にした。






****


・懐柔→手懐(てなず)ける。


・意気消沈→元気が無く、落ち込んでいる様子。

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