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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
11/34

11、若旦那、華苑へ。




"喉元過ぎれば熱さを忘れる"ーーそんな感情であれば良いと思っていた。



自分で伝えた想いに二言(にごん)は無い。ただ、その後どう振る舞えば良いかが分からず、誤魔化すように次の手土産の話をして別れ、日を置いたのだ。





質の良い反物や、見事な刺繍が入った絹の話を聞けば(みずか)ら遠方へも仕入に出向き、季節を先取りする呉服屋の棚替えで忙しくしていた事もあるが。



紅葉(もみじ)が鮮やかに色付く頃になり、やっと普段通りに振る舞えそうだと思い立ち、華苑へと向かった。









****



()ってしまったからには、有耶無耶(うやむや)には出来ないと。今回は品納(しなおさ)めではなく正規の支払を済ませ、華姫:藍花を指名した。




自分一人が数人の花娘達に囲まれ、(しゃく)をしてもらう事に若干(じゃっかん)違和感を覚えつつ、ものはついでだとばかりに最近の華苑の様子を聞いてみることにした。




華苑の調理師が作った"華菓子"なるものが、身内と甘党の常連の間で流行っていること。



"夜の庭に咲く月下美人"の噂を確かめに来た、と新規の客が来ては月下美人当ての酒宴が続き、とても賑やかなこと。




今夜とて、人手が足りないと言われれば宴へも渡る、と花娘達も中々忙しいようだった。



確かに騒々しいとまではいかないが、この部屋に至るまで(こと)や三味線の調べだけではなく、どの部屋からも明るく華やいだ声の打ち解けた会話が(ろう)まで聞こえてきていた。




「それにしても、"夜に咲く月下美人当て"とは?」



「皆口々に花街で耳にしたのだとか、美しい華を愛でにきたと言うばかりで…」



「どこまで本気なのか、一人一人目当ての娘が違うのかまでは、私達では確かめようがありませんもの。」




最近訪れるようになった客は、年の近い若者が多いのだろうか?

心なしか彼女達にとっても"月下美人当て"は満更(まんざら)でも無さそうに見えた。




「藍花様から"頃合いを見計らって行く"とは言付(ことづ)かっておりますけれど…今夜の宴渡りにも時間がかかりそうで」



「華姫の勤めなのだから、俺が無理を言うわけにもいかないからな。

丁度暇つぶしを持参しているし、皆誰かの"月下美人"かもしれないだろう?宴渡りをしてきたら良い。なに、俺一人ならここにある酒で足りるから。」




花娘達にとって願ってもない提案だったらしい。

桔梗(ききょう)山茶花(さざんか)紅葉(もみじ)の鮮やかな(そで)(ひるがえ)すと、嬉々として部屋を後にした。




名前までは聞かなかったが、例えこの後酔ってしまったとしても先程の花娘達の着物の柄は忘れないだろう。




やっと一人になれたところでさて、と持参した"暇つぶし"に目を通す。

(ちまた)で人気だと聞いた絵師に着物の柄にしたいと話を持ちかけ、描いてもらった絵図。

これを家の者より先に藍花に見せ、意見を聞きたかったのだ。




思い付くままに描いてもらった事もあり、目を通したものから季節の花や生き物、古典柄ごとに畳の上に並べる事にした。




「…やはり、聞くのと見るとのでは違うなぁ。」




新旧問わず、良いものは良いものだ。

見慣れたはずの伝統の柄も、新鋭(しんえい)の絵師にかかればここまで雰囲気が変えられるものらしい。




中でも目を引いたのは大輪の牡丹。


フワリとした色遣いが優しく、梅や桜と合わせ春の着物柄に良いのではないか、と思い手に取った所で"商売人のお前から誘うとは珍しいな"と夏の終わりに友人から言われた事を思い出した。





・○・○・




「仕事に熱が入ったのかと思いきや、女の為か?」



「いや、そういう訳ではなく………そうだな、"恋人がいないのなら考えてくれ。いずれは嫁に"と言ったら"意識した事がない"と言われてしまった女性(ひと)なら居るな。」



「店に顔を出しただけで、うんざりするほど客から見合い話が持ち上がるお前が?なんだなんだ、そういう事は最初から聞かせてみろ。」




酒の席でしたい話ではなかったものの、笑い飛ばされて(しま)いにならなかった事もあり、口の上手い幼馴染に相手が花街の娘だということまで白状させられてしまった。




「女慣れしてないお前が、花街の娘とはねぇ…別嬪(べっぴん)揃いな見世でとびきりの笑顔にでもやられたのか?

付き合いで花街で酒を飲んだ事はあるが、彼処(あそこ)では恋愛も遊びで勤めだろう?

家同士で縁を結ぶ此方(こちら)とは違って、二人きりでの口約束なぞ言われ慣れてるだろうしな。」



「そうか、花街での口約束か…」




言われるまで気づかなかった。

気まぐれに通う花街の客と、自分の言動に大した違いがないという事に。



急に酒の味までしなくなり、ほとんど中身の減っていない杯を静かに置いた。




「お前が先に諦めるか、向こうが(なび)くかはまだわからないだろう?

女心はわからずとも、女の好みは俺より詳しいだろうが。

気がすむまで行動で示せ。行動で。いつまでも辛気臭(しんきくさ)い顔見ながら酒なんか飲みたくねえからな。」




花街のやり方に気後れするようなら、俺も同席してやろうか?という御節介(おせっかい)は全力で断ったが、目から(うろこ)の助言はもらったのだ。

逐一(ちくいち)報告はしない、と釘は刺したものの「次も(おご)れ」と言われてもなんら抵抗は覚えなかった。



借りを作らないというより、彼奴(あいつ)に恋人が出来たら同じことをしてやろうとは思う。

その時は、悩む幼馴染の前で"俺が選んでやる"と女物を見立てるのもいいかも知れない。





・○・○・




手にした淡い牡丹の絵図と、水彩の濃淡が美しい桜の絵図をまじまじと見ているうちに淡い牡丹と桜が咲く、白地に金糸の引き振袖を着た藍花を想像してしまい、思わずかぶりを振った。



これからは会うのも華苑に訪れた客として、着物を贈るにしても全て自己満足なのだと改めて自分に言い聞かせる。

あからさまな花嫁衣装を贈るには、双方の思いが通い、楼主が身請けを承諾(しょうだく)してからが決まり事だったか。




そもそも店にある人気の品を持参したところで、藍花は受け取ってくれるかどうかも怪しい。

少し強引かもしれないが、店に出す前の新しい色柄の試作品だと言えば(そで)を通してもらえるような気がした。




藍花の姫道中はまだ目にした事がないが、花街で人気に火がつけば年頃の娘達がこぞって真似するものなのだ。

藍花に似合う着物の為ならば、幾らでも仕事に励めそうな自分がいる。



結果として藍花個人に注目が集まるのは本意では無いが、華苑(カエン)繁盛(はんじょう)するのは華姫にとってもいい事だろう。




今までもふらりと寄る度に、藍花は微笑みながら楽しげに話に付き合ってくれたのだ。

自分に出来そうな事といえば、着物に関した事と、昨年から通い出した理由を伝える事位だろうか。




初めて華姫の奥座敷を訪ねた夜は、楼主の代わりに(わび)しげな理由を聞いてこようかと思っただけだった。

例え華苑の者には言い辛い事でも、世間話のついでにポロリと言えるのではないかと。



(ひそ)かな恋煩いか、1人で過ごす雨夜が苦手なのか。

あるいは華姫が自分だけである事に重荷を感じ、かつての姉姫を懐かしんでいるのかとも思った。




結局、未だその理由を本人に確かめてはいない。これまでの付き合いから想像するに、その話を持ち出せば藍花の表情は少なからず(くも)る気がした。




華姫と客の形をとった今となっては、問うたところで聞かせてはもらえないかも知れない。

相手に本心を明かしてもらう事も、自分の想いを伝える事も難しいものだと思う。



花街仕様の行動で示せと言われ、物に込めれば想いが届くとは思えないが、何もしないよりは幾らかマシだろう。



それでもただ高価な品を贈るのでは、遊女に金を積むのとそう変わらない。

贈るならば、"自分と藍花にとって"価値のあるものにしたいのだ。




ひとり、つらつらと色柄の組み合わせを考えていると(ふすま)越しに年若い娘の声で入室を告げられた。



つい家に居る時の調子で軽く返事をするだけで応じ、3畳ほどに広げた絵図の前に陣取(じんど)ったまま、襖に背を向けて居る事も忘れていた。







****



引き振り袖→色打掛より格下の、裾を引いた振り袖。花嫁にだけ許される和装。煌びやかさ、重厚感は色打掛の方が上。


侘しげ→ひどく物静かで寂しそう、心細い様子に見える。


新鋭→新しく現れた、勢いが盛んで優れた人。


姫道中→花魁道中は、花魁が禿や下男を引き連れて、華々しく湯屋で待つ自分の客を迎えに行く事。現代で例えるならキャバ嬢の同伴出勤みたいなもんです☆


ここでの"姫道中"は、それぞれの見世でNo.1の姫達が、花街最奥の花屋まで見世に置く花を受け取りに、着飾って練り歩く行事。綺麗どころが揃います☆



つらつらと→物事を深く考えるさま。


陣取る→占有する。

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