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螢の小夜曲 *奏姫*  作者: 如月 宙(そら)
・:*+.月下美人の奏姫.+*:・
10/34

10、夜宴の奏姫

藍花、夜に咲く。





何だか今夜は、座敷に入る前から緊張を覚える。



目を輝かせた双子が、口々に褒めそやしてくれた事もあるけれど、夜宴の迎えにきた花娘まで(しばら)く驚きに目を(またた)かせていた事が要因(よういん)なのかもしれない。



いつの間にか顔に熱が集まり、思わず下を向いてしまった。

(こと)を演奏している間は、周りが気にならなくなるから良いけれど。



ーー宴で粗相(そそう)しない様に気をつけなくては。








****




宴の女主人である華姫様は遅れて来られるもの。

それまで私達花娘は、今日のお客様の持て成しや、ある程度のご機嫌伺(きげんうかが)いをするのだ。



楽しさを求められているなら、盛り上げるまで。悩み事を抱えていたり、気が落ちている様子なら、優しく穏やかな時間を過ごしてもらう。



大切なのは、華姫様が来るまでに数人の花娘で宴の雰囲気をある程度創っておくことと。

後は、華苑(カエン)の常連さんに源氏名や自分の特技を覚えてもらうこと、だろうか。




藍花様は花娘を取り立てて活躍の場を与えてくださるし、どんなお客様でも(なご)やかな宴になる事が多いから私達が気負うこともない。




「ーーー失礼致します。華姫様のお越しです。」



「おお、久方ぶりに藍花の(こと)が聴けるな。」




花街の見世(みせ)を飾る事を生業(なりわい)とする花道家の総元締め、爽杷(そうは)様の声に(こた)えるように、三度(みたび)に分けて(ふすま)が開いた。




「華姫藍花、参りました。爽杷(そうは)様、お久しぶりでございます。」



「そのように(かしこ)まらずとも。

よく"風邪をひいて皆と歌の稽古に行けないの"と。花を生ける最中でも、話しかけて来るような花芽だっただろう?」



「花娘達の前で、幼い頃の昔話はやめてくださいな。……恥ずかしゅうございます。」



「どうした?

短い夏の間に想い人でも出来たようだな。今宵(こよい)はまさに"華姫"のいで立ちだ。」




旧知の仲のやりとりを爽杷(そうは)様と交わしながら歩み寄る藍花様は、絢爛豪華(けんらんごうか)(よそお)いだった。



いつもはもっとこう……繊細な色柄の打掛を着ているというか、夜でも昼の清純な雰囲気そのままであるのに。




優艶(ゆうえん)、と言えば良いのかしら?


鉄紺(てっこん)の紫の地を、小ぶりの撫子(なでしこ)が華やかに一面を飾り、随所(ずいしょ)に銀糸で縁取(ふちど)られた白花色(しらはないろ)月下美人(げっかびじん)大輪(たいりん)の花を咲かせていた。



淡水色(たんすいいろ)をした前結びの華麗(かれい)な帯に加え、蝶結びの白い兵児帯(へこおび)が歩く(たび)にフワリフワリと揺れる。




藍花様の清楚さな雰囲気と(あで)やかな着こなしが(あい)まって、この方は美しい華姫様なのだ、と改めて感心してしまった。




同室の花娘二人も藍花様の装いの変わりように気づき、理由が聞きたくてうずうずしているよう。


いくら今夜のお客様が常連さんでも、今は駄目!今は!!と互いに目で語り合ったけど。




「……なんだ、花盛りの娘達まで驚いているな?

以前から藍花は器量好(きりょうよ)しを()かしきれていないからな。華姫なのだから、少し大胆な位が丁度良いと思うが。」



「今夜は、私の蕾達が"夜の(よそお)い"を見立ててくれたのです。

自分では選ばない(いろど)りですし、慣れない(みな)の反応に私も戸惑うばかりで。今夜のお客様が爽杷(そうは)様で助かりました。」




優艶(ゆうえん)な藍花様を知る蕾といったら、二人しかいない。


ーーーこうなったら明日の朝餉(あさげ)の後にでもあの双子を捕まえて、部屋でじっくり聞かせてもらわないと。




爽杷(そうは)様も終始、久方(ひさかた)ぶりに会う親戚の娘の晴れ姿を喜んでいるかのようだし。



忙しい花の最盛期(さいせいき)は過ぎたものの、今夜の藍花様から連想した花を街中に飾ろう、と宣言されていた。




それって他の妓楼(ぎろう)から苦情が出たりしないのかしら?


うーん、優艶(ゆうえん)さを生け花で表現するだけなら大丈夫なのかな。








****



華苑(カエン)の花娘の思いを他所(よそ)に、爽杷(そうは)は有言実行派だった。



評判は徐々に水面下で広まり、総元締めだけでなく、他の花道家も"似たようなものを"と、其処彼処(そこかしこ)の見世から所望(しょもう)されたのである。



更には"爽杷(そうは)触発(しょくはつ)された華苑(カエン)の華は、夜が一際(ひときわ)(かんば)しいそうだ"と影で噂になっていた。


花街への影響を知らぬは本人達ばかり。








****




今夜の客は長らく通う常連が一人。

花娘達で事足(ことた)りるので、蕾の二人も早々に自室へと戻り、寝支度(ねじたく)をしていた。



サラリとした絹糸のような黒髪をゆっくりと櫛で()きながら、美月は思い(ふけ)る。




「何だろう……(こと)や歌の満足感や達成感とは、また違う気がするのよね。」



「美月は誘導が上手いから。

わざと藍花姉様が気後(きおく)れする様な(がら)から勧めて、最終的に一番着て欲しいものを二つ返事で了承(りょうしょう)してもらえたからじゃない?」




すでに浴衣で布団に入っている望美も、満足そうにしていた。




「藍花姉様は控えめというか、保守的?というか。これからは、もっと自分に関心と遊び心をもって欲しいなぁ!」



「それはおいおい、藍花姉様に積極的になってもらうとして。

ねぇ、黒漆(くろうるし)扇型簪(おうぎがたかんざし)で櫛と統一感を出すのと、透かし細工の銀平(ぎんひら)で高貴な感じにするなら、どちらが効果的だと思う?」



「藍花姉様ならきっとどちらでも魅力的だよ?そういうこだわりは、髪結いさんと決めてね〜♡」



「それもそうね、本職なら強力な助っ人になってくれそうだもの。もう、気が高ぶってしまって私まだ眠れそうにないわ…」




二人の狙いは、藍花の隠れた魅力を最大限に引き出すこと。


華姫の人気が出るのも良し、呉服屋の若旦那が"高嶺(たかね)の花なのだ"と気づくのも良し。




花芽や蕾は、(おもて)立って外部の者に会う機会自体が無い。

日頃の稽古の成果を発揮する、昼の舞台の見物に藍花目当てで呉服屋の若旦那が現れないかと踏んだのだった。




「茶会相手にしろ、恋人候補にしろ……藍花姉様に相応(ふさわ)しい方かどうか、私達が見極めるんだからっ!」




藍花が"想い人ではないから"と、のほほんと構えている事を知ってからというもの。


まだ見ぬ(はじめ)に対する双子の警戒心は、強まるばかりであった。







****


・総元締め→全体を締めくくって管理する人。


・月下美人→サボテン科で、夏の夜に白い大花を開き、数時間で萎む花。


・優艶→優しく、淑やか。艶やかで美しい様子。


・器量好し→顔立ちが美しいこと。


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