10、夜宴の奏姫
藍花、夜に咲く。
何だか今夜は、座敷に入る前から緊張を覚える。
目を輝かせた双子が、口々に褒めそやしてくれた事もあるけれど、夜宴の迎えにきた花娘まで暫く驚きに目を瞬かせていた事が要因なのかもしれない。
いつの間にか顔に熱が集まり、思わず下を向いてしまった。
箏を演奏している間は、周りが気にならなくなるから良いけれど。
ーー宴で粗相しない様に気をつけなくては。
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宴の女主人である華姫様は遅れて来られるもの。
それまで私達花娘は、今日のお客様の持て成しや、ある程度のご機嫌伺いをするのだ。
楽しさを求められているなら、盛り上げるまで。悩み事を抱えていたり、気が落ちている様子なら、優しく穏やかな時間を過ごしてもらう。
大切なのは、華姫様が来るまでに数人の花娘で宴の雰囲気をある程度創っておくことと。
後は、華苑の常連さんに源氏名や自分の特技を覚えてもらうこと、だろうか。
藍花様は花娘を取り立てて活躍の場を与えてくださるし、どんなお客様でも和やかな宴になる事が多いから私達が気負うこともない。
「ーーー失礼致します。華姫様のお越しです。」
「おお、久方ぶりに藍花の箏が聴けるな。」
花街の見世を飾る事を生業とする花道家の総元締め、爽杷様の声に応えるように、三度に分けて襖が開いた。
「華姫藍花、参りました。爽杷様、お久しぶりでございます。」
「そのように畏まらずとも。
よく"風邪をひいて皆と歌の稽古に行けないの"と。花を生ける最中でも、話しかけて来るような花芽だっただろう?」
「花娘達の前で、幼い頃の昔話はやめてくださいな。……恥ずかしゅうございます。」
「どうした?
短い夏の間に想い人でも出来たようだな。今宵はまさに"華姫"のいで立ちだ。」
旧知の仲のやりとりを爽杷様と交わしながら歩み寄る藍花様は、絢爛豪華な装いだった。
いつもはもっとこう……繊細な色柄の打掛を着ているというか、夜でも昼の清純な雰囲気そのままであるのに。
優艶、と言えば良いのかしら?
鉄紺の紫の地を、小ぶりの撫子が華やかに一面を飾り、随所に銀糸で縁取られた白花色の月下美人が大輪の花を咲かせていた。
淡水色をした前結びの華麗な帯に加え、蝶結びの白い兵児帯が歩く度にフワリフワリと揺れる。
藍花様の清楚さな雰囲気と艶やかな着こなしが相まって、この方は美しい華姫様なのだ、と改めて感心してしまった。
同室の花娘二人も藍花様の装いの変わりように気づき、理由が聞きたくてうずうずしているよう。
いくら今夜のお客様が常連さんでも、今は駄目!今は!!と互いに目で語り合ったけど。
「……なんだ、花盛りの娘達まで驚いているな?
以前から藍花は器量好しを活かしきれていないからな。華姫なのだから、少し大胆な位が丁度良いと思うが。」
「今夜は、私の蕾達が"夜の装い"を見立ててくれたのです。
自分では選ばない彩りですし、慣れない皆の反応に私も戸惑うばかりで。今夜のお客様が爽杷様で助かりました。」
優艶な藍花様を知る蕾といったら、二人しかいない。
ーーーこうなったら明日の朝餉の後にでもあの双子を捕まえて、部屋でじっくり聞かせてもらわないと。
爽杷様も終始、久方ぶりに会う親戚の娘の晴れ姿を喜んでいるかのようだし。
忙しい花の最盛期は過ぎたものの、今夜の藍花様から連想した花を街中に飾ろう、と宣言されていた。
それって他の妓楼から苦情が出たりしないのかしら?
うーん、優艶さを生け花で表現するだけなら大丈夫なのかな。
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華苑の花娘の思いを他所に、爽杷は有言実行派だった。
評判は徐々に水面下で広まり、総元締めだけでなく、他の花道家も"似たようなものを"と、其処彼処の見世から所望されたのである。
更には"爽杷が触発された華苑の華は、夜が一際芳しいそうだ"と影で噂になっていた。
花街への影響を知らぬは本人達ばかり。
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今夜の客は長らく通う常連が一人。
花娘達で事足りるので、蕾の二人も早々に自室へと戻り、寝支度をしていた。
サラリとした絹糸のような黒髪をゆっくりと櫛で梳きながら、美月は思い耽る。
「何だろう……箏や歌の満足感や達成感とは、また違う気がするのよね。」
「美月は誘導が上手いから。
わざと藍花姉様が気後れする様な柄から勧めて、最終的に一番着て欲しいものを二つ返事で了承してもらえたからじゃない?」
すでに浴衣で布団に入っている望美も、満足そうにしていた。
「藍花姉様は控えめというか、保守的?というか。これからは、もっと自分に関心と遊び心をもって欲しいなぁ!」
「それはおいおい、藍花姉様に積極的になってもらうとして。
ねぇ、黒漆の扇型簪で櫛と統一感を出すのと、透かし細工の銀平で高貴な感じにするなら、どちらが効果的だと思う?」
「藍花姉様ならきっとどちらでも魅力的だよ?そういうこだわりは、髪結いさんと決めてね〜♡」
「それもそうね、本職なら強力な助っ人になってくれそうだもの。もう、気が高ぶってしまって私まだ眠れそうにないわ…」
二人の狙いは、藍花の隠れた魅力を最大限に引き出すこと。
華姫の人気が出るのも良し、呉服屋の若旦那が"高嶺の花なのだ"と気づくのも良し。
花芽や蕾は、表立って外部の者に会う機会自体が無い。
日頃の稽古の成果を発揮する、昼の舞台の見物に藍花目当てで呉服屋の若旦那が現れないかと踏んだのだった。
「茶会相手にしろ、恋人候補にしろ……藍花姉様に相応しい方かどうか、私達が見極めるんだからっ!」
藍花が"想い人ではないから"と、のほほんと構えている事を知ってからというもの。
まだ見ぬ源に対する双子の警戒心は、強まるばかりであった。
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・総元締め→全体を締めくくって管理する人。
・月下美人→サボテン科で、夏の夜に白い大花を開き、数時間で萎む花。
・優艶→優しく、淑やか。艶やかで美しい様子。
・器量好し→顔立ちが美しいこと。




