ある朝
「今願いが一つだけ叶うとしたらなんてお願いする?」
白い息を吐きながら彼女は僕の顔を覗きこんで聞く。
その白い息は、彼女の言葉の代償として消えていくように思えた。
11月でここまで低い気温は52年ぶりなのだそうだ。
ローファーの先が凍ってしまうほど冷たい。
顔をのぞき込むのも、この質問をするのも彼女の癖だ。
しかも、悪い方の。
顔が触れる直前で僕は足をとめる。
顔がぶつかるなんて事故が起こるようなら僕は一週間は彼女に一方的に話しかけるストーカーまがいの男に見られるのだ。
以前一度顔がぶつかってしまい唇と唇がふれたことがある。
その後の一週間は僕の人生の中の最も最悪な一週間だった。
話しかけても無視をされ続け、諦めて話しかけるのをやめたら今度はどうして話してくれないのかとぽかぽか殴られながら言われ、挙句の果てには無視しても話しかけ続けなさいと言うのだ。
あれは高校一年生の冬だったかな。二年前だ。
今考えるとなんという横暴さなんだろう。
まるでどこかの国の王様のようだ。
服屋に騙され裸を国民にさらされた、あの王様。
「君の裸を国民にさらしたいよ」
「はぁ!?願いがそれ!?」
僕はたまに思っていることが口にでてしまうらしかった。しまったなあ。今回は言葉が言葉だ。
「違う違う違う!!!」
「何が違うのよこの変態!!!」
これは思ったことをすべて話すしか誤解を解く方法はないようだ。
僕が思ったことをすべて説明すると、
「わたし裸の王様の話好きだなー。あの後服屋は打ち首にされて全国民に晒されてしまった。そしてその国の服屋はみーんな一着ずつ王様に服を作るの。服屋は口を揃えて言うわ、王様、お似合いですって。」
僕は、ひたすらに彼女の白い息の行き先を追っていた。
「でもね、人を信じられなくなった王様は嘘だ、嘘だって服屋を次々と殺していくの。そしてその国の服屋はいなくなった。服を作るものがいなくなって国民は着る服がなくなってしまったの。全国民が裸になって生活するようになった。アダムとイブの世界のように。その生活は素晴らしいものだったわ。隠す行為がない分心まで透き通ったように見えるのよ。建前も嘘もないその国は平和になった。そんな国の王様だから裸の王様。」
僕の失言のことはもうすっかり忘れているようだ。
「それ本当なの??」
「ううん。作ったの。」
「そんなのは童話にできないよ、、、。」
「どうして?ハッピーエンドじゃない。」
「そんな童話を聞かされる君の将来の子どもが心配だ。」
彼女はキョトンとしたあと笑った。彼女の笑顔は白い息を漏らしながら僕の胸にチクリとさした。