【番外編】オールドハウスの白いバラ
テーブルには硝子の花瓶が置かれている。そこに十本ほどの白いバラが飾られていた。
「良いか、パスカル。たった一つ、大事なことは」
黒髪、青目の青年が、黒髪黒目の少年に白いバラを差し出す。
「自分の心に、嘘をつかないことだ」
■ ■ ■
十二月十五日。
クリスマスまであと、十日。
リビングテーブルの上には、速水が置いたアドベントカレンダーがある。
鳥の巣を模した籠の中に、卵を模したプラスチックの白いカプセルが入っていて、カプセルには日付が書かれている。
ちゃんと毎日開けろよ、と言われたので、レオンは『15』と書かれた卵を割った。
ちなみに速水は犬と散歩に出かけていて、昨日から不在だ。
「……」
レオンは出てきた白い小鳥を眺めた。ニットで編まれた小さな人形だ。
一体何のこだわりか、毎日違う小鳥、それと小さな菓子が出てくる。
今日の菓子は白い紙で包まれたキャンディー。
『文鳥、日本では人気のある鳥。比較的育てやすい』
包み紙にはブンチョウのイラストと、簡単な説明が英語で書かれている。
レオンはテーブルの上、十五番目にブンチョウを並べた。隣はヒメウズラと言う鳥らしい。その前、十三日はウグイス。
二十五日まであと十羽も増えると思うと、多少は愉快な気分になる。
色とりどりの鳥がずらりと並ぶ様子はそれなりに壮観だ…。
ま、多少は上向いてきたって事か。
レオンは溜息を付いた。
速水が落ち込んでいたので、レオンは「クリスマスでも祝ったらどうだ?」と持ちかけたのだが……レオンはキリスト教徒ではないので、速水のこの――意外な熱の入れようにはちょっとついて行けない。
というか――このアドベントカレンダーはどこに売っていたんだ?
この国にはそんな鳥マニアはいないはずだが。
…いや、俺が知らないだけで…そこそこ需要があるのか?
レオンは首をひねった。
速水の為に言わないでおくが、実はレオンは、クリスマスが大嫌いだった。
死ぬほど嫌いだった。無くなれば良いとさえ思う。
クリスマスは……仲間の、命日なのだ。
■ ■ ■
そいつはジギーという。
レオンの幼い頃からの悪友で、親友で、レオン、アルヴァ、ディー、チャーリー。
この四人はいつでも一緒につるんでいた。
幼いレオンはレオンの師匠と出会い、KRUMPをやり始め、既に師匠の元にいた孤児、ジギーと出会った。
ジギーの母親は街のどこかにいたらしいが、ジギーが幼い頃に、ジギーを捨てたらしい。
この街では珍しくも無い話で、ジギーは運良く適当に拾われ、適当に生きていた。
普段は常に無気力、ダンスだけが生きがいで救い、そういうやつだった。レオンは、あの黒い瞳を今でも思い出せる。
生き方は無気力なのに、目だけが爛々と輝いているのだ。
野心か――野望か。何かを抱いている者の目だった。
その頃は、レオンの兄のロナルドもいて。今思えば……とても平和だったと思う。
レオンは父の事は無視して、好き勝手にダンスに明け暮れていた。
レオンが十二歳の時。見慣れない男が街に来た。
そいつは映画を撮りたいと言った。もちろん、まず元締めであるレオンの父に話を通し――かなりの度胸だと感心したが…その上で、レオン達に声を掛けた。
そいつの第一印象は『冴えない中年』。白い髪、短く切った白いひげ。サンタの仮装に失敗したのか?と言いたくなるようなひげだ。服もダサかった。そいつはジョハンと名乗った。
「ここで、いちばん上手いのは誰だ?」
かすれた小さな声だった。物珍しさもあり、皆があつまっていた。女はキティだけだったが、これは偶然だ。幼いキティはアルヴァの後ろにいて、離れない。
「KRUMPなら、ロニーか、ジギーかな?」
アルヴァが言った。ロニーというのは、レオンの兄のニックネームだ。仲間はロンと呼ぶがアルヴァはそう呼ぶ。
「僕の方が上だ」
ジギーが言った。
「それは言い過ぎだろ?てめぇ」
そう言ったのはレオン。当時から、レオンは三歳上の兄のこととなると、五月蠅かった。
「そうかな?じゃあ、やるか?」
「ああ、やってやる――」「レオン、この人の話を聞こう」
レオンは挑発に乗りかけたが、兄に止められた。
レオンは、ジギーの事は大親友と思ってはいたが、いけ好かないとも思っていた。
自分のうまさや、才能を鼻に掛けるようなところが特に気に入らない。
レオンとジギーは同い年で、ジギーの方がKRUMPを始めたのが、数年早い。たったそれだけの違いなのに。追いつけないもどかしさ。目標がある安堵。当時のレオンは、色々な感情を上手く表現出来なかった。だからその分、ダンスに込める。
――レオンは子供だった。子供のレオンがダンスに込められるのはその程度の思いだ。
それが楽しさであると言う事は、なんとなくだが理解していた。今は日々を楽しみ、ひたすら踊る時なのだと言う事も。
だからレオンは、何かを目指し、何かの為に踊る兄を尊敬し、崇拝していた。
それでいけばジギーも崇拝の対象になるのではないか、そういう気はしていた。けどそんなわけはない。そういう風に見えるだけで、意外と中には何も無い、そういう事だって大いにあり得る。
…だが、レオンの予感は外れない。
「……そうだな。じゃあ、君にするか」
選ばれたのは、ジギーだった。
レオンは、ああ、やっぱりそうか。と思った。
――だがすぐに。
「いや、ロンが一番上手いのか?じゃあ、とりあえず兄弟ものにするかな……」
ジョセフはそう言った。
レオンはこの映画監督、だというジョセフを、ぶっ飛ばしたくなった。
ロサンゼルスと言えばハリウッドだが、この街では通用しない。
「しばらく、ここで暮らす。そこの兄弟と、一緒に住む事にする。よろしくな」
ジョセフはそう言って、勝手に決めてしまった。
■ ■ ■
世界が変わるというのは。こういうことか、とレオンは思った。
ジョセフは実はかなりの有名人だった。
レオン達の生活は、ダンスダンスダンス、偶に撮影、日常に撮影。そういう感じになった。
レオンはマフィアの息子達とその取り巻き、と言う事でやっかい者扱いだったのだが、現金な物で、映画が絡んでから、レオン達は街でも街の外でもちょっとしたスター扱いをされるようになった。
金も、幾らかはジョセフから貰えた。生活に少しは困らない程度に。
もう少しあっても良かったと思うが、レオンの父が殆どぶんどっていたはずだ。
それに当時のダンス映画はマイナーだったから、今思えば大した金額でも無かっただろう。
この頃の街の雰囲気は、悪く無かったと思う――。皆が明るく、映画というものの、とてつもない力を感じた。女には全く困らなかった。
だが、レオンはそれ以前の、腐ったような街も嫌いでは無かった。むしろそちらの方が大切だった。そういう気さえする。……最低すぎて、かえって懐かしいのかもしれない。
どう考えても、キティも良く言うように「最低過ぎ」なのだが。
――勢いのままに、レオンはガキから、少年になった。仲間もそれぞれ成長し、始末に負えなくなった。キティとアルヴァは順当につきあい始めた。
十四の時。レオンは父に呼ばれ、初めてホームに顔を出した。
今更何だ?と思ったが、もしかしたら、金の話かも知れないと。レオンはホームに向かった。昨日から、ジギーと兄はどこかに出かけていた。
久しぶりに見た父は、正直ひどかった。
よくこんなんで、頭が務まるな――。そう思った。これくらいイかれていないと出来ないのかもしれない。
そこで聞かされたのは、自分のこれから、についてだった。
つまりそろそろ、『仕事』をしろと言われた。
「……マフィア?俺はダンサーになるんだ」
レオンは言って、笑われた。
「お前、世間は冷たいぞ~、ここの出だってバレたら、あっと言う間に駄目になる」
父が言った。
「なら、違う所に行く。…ダンスがあればどうとでもなる」
レオンは言った。自分の才能については、わかっているつもりだった。
「……そうか。ま、好きにしろ」
父は言ってゲラゲラ笑った。父の側近達もつられて笑った。
「話はそれだけか?」
「ああ、もう行っていいぞ」
レオンは舌打ちしてホームを出た。ここには二度と近づかないと誓った。
■ ■ ■
翌日、兄とジギーが師匠の家に戻って来た。
「二人してどこ行ってたんだ?」
レオンは首を傾げた。二人は仲が良く、たまにこうして出かける。
どこへ行っているのかは知らない。
ロナルドとジギーはジョセフに売れっ子として目を付けられているから、街の外のスタジオでレッスンする事もあった。
自分にはそう言う話は無いので、気にくわないが……。それが日常だったから、一々問いただしてはいない。
「どっかで、ダンスでもしてたのか?」
レオンは言った。
レオンはこれからは、何処へでもついていこうと思った。
ダンスももっと貪欲に学ばなければ。もっと、前へ、上へ。そうやってあがいていかなければ。
――気づくのが遅すぎた、と舌打ちした。
ジギーや兄は撮影の時もスタッフや俳優と、良く喋っていた。レオンは何を馬鹿な事をやってるんだ、と思っていたが、馬鹿はレオンの方だ。
思えば、レオンは恵まれていた。
ひもじい思いはしたが、命に関わる所までは行かない。盗みだって、困っていなければする必要は無かった。父の名は大きかった。
…レオンは、いっそ明日にでもこの街を出ようと思った。
だが、それにはまだレオンは若い。
つまり働き口が無いのだ。その事にも今やっと思い当たった。一人では何も出来ないから、レオンはくず拾いや別人種の使いぱしりをしながら、師匠の世話になっていて――。
「いや。ちょっと遊んで来た」
言ったのはジギーだった。
レオンは目を丸くして、殴っていた。
■ ■ ■
それから数年。
レオンは父の思うように進んでしまっていた。父のやり口は最低の一言だ。
だが、レオン以上にジギーが身持ちを崩していた。
これは不思議で、レオンは関わる事は無かった。というより、関わるのが恐かった。
ジギーがいるのは、絵に描いたような闇で、裏社会で。――見たく無かった。
逆に兄は一層真摯にダンスに取り組み、プロと言って良い程になっていた。
レオンは、兄はジギーと仲が良かったんだから、兄が声をかければいいのに――と勝手な事を思った。
仲間から、他からも、よく声がかかるのはレオンだった。自分のどこがいいのか知らないが、誰も彼もが担ぎ上げる。レオンは適当にあしらい、必要がなければ一人でいることを覚えた。兄や仲間は別だ。彼らは身内で……身持ちを崩していても。犯罪に手を染めても。切ることはできない。手を差し伸べることもしないが…。
レオンと兄は、よく分からない交友関係のダンスパーティーやバトルに出たりもした。
兄はレオンよりも、数段、仲間に慕われていた。レオンは兄がいるから自分が気安く見えるんだと、わけのわからない反抗心、言い換えれば―対抗心を抱いた。
レオンが父の命令で、サロンに顔を出し始めたのはこの頃だ。
レオンは、ここはずいぶんマシな場所だと思った。
兄がいればレオンは反抗しなかった。結果的に父や、父の仲間との関係は良くなった。
小さな街の正義のダンスファミリー、元締め、そういう事で、それも悪くは無い、そんな幻想さえ抱いた。
レオンは、『見たい部分』だけを見て生きることが出来る人間だった。
■ ■ ■
死体が、増えていた。
「くそ、……何人目だ?」
組員が言った。
「十九人だ……、っイカレてやがる!!」
応える者も組員だ。
レオンは。アルヴァも、ディーも、チャーリーも、ただ、死体を見ていた。
「……嘘だろぉ!!ジギー!」
チャーリーが叫んだ。死体はひどい有様だった。
…聖なる夜に、これはない。
最後にジギーを見たのはひとつきまえの、二十四日だったか?
「狩りだ」
レオンは言った。…誰も反対しなかった。
■ ■ ■
レオンは教義に感謝した。歌って踊って人生楽しめ。
特にルールはなし。何をするも自由。
だがムカデを見たら殺す事。見たいなら巣に行けばいい。
あいつらは、本当に。モノの数には入らないんだ。
■ ■ ■
「ハァ……」
レオンは天を仰いだ。
思い出しておいて何だが、最低すぎる。
レオンや仲間が、罪に問われる事は無いだろう。ここはそういう所だ。
と言うか、向こうの悪事の方が半端ない。逆に感謝される始末だ。
善と悪、そういうモノをひっくるめて全部――。
――取られたら取り返す。
それだけのシンプルな事なのだろう。
「カレンダーか」
レオンは色とりどりの鳥たちをよく見た。そして眉を潜めた。
よく見れば手作り?という気がしてきた。速水は器用すぎて、たまに気色悪い。
レオンは、盗られる事はあっても、タダで貰った事は無い。
ジャックはこういうモノが好きだった。寄越せとせがむ側だったが。
スクールでジャックに会って、レオンは大いに矯正された。
その後、速水に会って。レオンは大いに呆れた。
…あいつは、シンプルすぎる。
速水が抱く正義のような、純粋な想いを。…レオンは、守るとは言わないがきれい事だと否定はしない。いや、既に散々否定した気もするが――。
……但し。あいつが『いいこと』を考えているとは、限らない。
レオンは苦笑し、キャンディーをほおばった。
〈おわり〉




