第12羽 メッセージ ④殺人 /シカゴフットワーク -4/4-
ベスがクスクスと笑った。
『ジャックってそんな感じよね。あ、そうだわ。聞きたかったんだけど、シカゴのJUKEは今どうなってるの?知ってる?』
ベスが言った。
『JUKE?…ああ、フットワーキングか?盛り上がってるな』
その後、レオンとベスが音楽の話を始めたが、ノアにはサッパリだった。あくびをしつつ聞いていた。
ベスが外にいた頃、シカゴではフットワークダンスと音楽の大ムーブメントが始まっていたらしい。
ベスはネットワークに入ってしまったため、その後が知りたかったのだと語った。
シカゴ/JUKEというのは、シカゴフットワークダンスに向いたEDM。
…EDMというのは、楽器を使わずにシンセサイザーなどで奏でるエレクトロニック・ダンス・ミュージックの頭文字を取った略称。シカゴ/JUKEはBPM、つまりテンポが1分=160くらい。
つまりそのJUKEという早い音楽に合わせ、フリースタイルで踊るフットワークダンス。それがフットワーキング、又は『シカゴフットワーク』と呼ばれるダンスだ。
もともとシカゴのクラブで流行っていたゲットーハウスという音楽が下敷きにあるらしい。
…ノアにはサッパリだったが、レオンとベスは楽しげに話していた。
ロスのKRUMP、シカゴのフットワーク。マフィア達のスタンダードもそちらに傾き始めている…。これはつまり、故郷のダンスを盛り上げよう、という訳らしい。
何度も面倒な事になりかけたが、条約のおかげで何とかなってる。
レオンがそう言った。
『だが…ダンスで物事を解決するのは、あまり良い方法じゃ無い。…俺はむしろ最悪の手段だと思っている』
レオンは苦々しげにそう言った。
当時のノアは目をしばたいた。
『何で?それって、つまり、ただのダンスバトルだよね…?』
それなら平和的だ。ノアがそう言うと。
『…チッ』
レオンは露骨にノアを睨んで舌打ちした。
ベスが顔を曇らせた。
『ノア。ダンスは戦いの道具じゃ無いのよ』『勝敗なんて感覚だしな』
そこはベス、レオン共に同意見らしい。
この二人は案外気が合うかもとノアはハラハラした。
焦ったノアは口を挟んだ。
『よくわかんないけど。ダンスは勝敗があやふやで、闘いとかジャッジには使えないってこと?』
ノアもそれは実感としてあった。実力伯仲の場合、絶対俺の方が勝った、と思ってもジャッジで負けになる場合がある。
そんな時はキレそうになる。
『そうね。ダンスバトルは…技術の差とか、優劣はあるけど、プレイングカードみたいに、勝ち負けがあっさり決まるものじゃない…、――もちろん勝敗は付くけど、ダンスの本質はもっと違う所にある…、私はそう思うわ』
ベスは少し不安げに言った。
同意を得られるか自信が無い、と言った様子でレオンを気にしていたが、当時からベスは何事にもハッキリした意見を持っていた。
十三歳にしてはかなりマセた子供だったと思う。
『だよね!』
…ノアはベスのそういう所が好きだった。笑って同意した。
『ダンスは互いに相手を尊敬する、コミュニケーションの手段だ』
レオンは静かにそう言った。
そして、胸元のネックレスに手を触れ。
『特に俺たちの教義では、私欲の為に踊ることはタブーだ。ダンスは神へ捧げる物だ』
…そう言った。
『この思想は、押しつける物では無いが―』
そう前置きして、レオンは自分の信じる宗教について語りだした。
懇々と。若干不愉快そうに。幼いノアとベスに言い聞かせる感じだった。
世間じゃキリストがはばってるが――、いや、俺達の宗教も元々は、―、今も表向きは、キリスト教で言うダンスの聖人がいて、それを信仰してるって事になってる。
だが、実際は全くの別物と言っていい。宗教の名は明かせない。
お前達は『ダンスの神』を見たことがあるか?俺はある。だから心底この教義を守りたいと思っているんだ。仲間の内でも「それ」を信じてる奴らは少ないが。
入信はいつでも歓迎する。
お前も乗り換えたくなったら、入るんだな。
『…はぁ。分かった。ごめんなさい』
よく分からなかったが、ノアは素直に謝った。
とにかくレオンのそこには触れない方が良いと、ちょっと思った。
ベスも無言でうなずき、レオンはふぅ、とため息をついた。
■ ■ ■
――そうだ、そんな事もあったっけ…。
それでその後、レオンと少し打ち解け――なかったな。
ノアがレオンとまともに話すようになったのは、ジャックが来てからだ。
後のレオン曰く、レオンはアバラ事件の時の事を『子供相手に大人げなかった』と反省していたらしい…。
「おい?まだか!当然、負けたらお前等二人とジュニアを交換だ!」
ノアは焦れる敵を前に、長い思い出に浸った。
「あ、ああゴメン!えっと」
ノアははっと顔を上げた。
シカゴフットワークの基本ステップは、
『GHOST-ゴースト-』『LEFT TO RIGHT-レフト トゥ ライト-』
『MIKES-マイク-』『DRIBBLES -ドリブル-』
など幾つもある。どのフットワークもアレンジは多彩で複雑。
ノアは運営にビデオを用意して貰いベスと一緒に少しやったが、その後はブレイクとKRUMPの時間が増え、そして今までスッカリ忘れていた。
「なるほど…うん。よし。いいや。俺、やってみる!相手はリーダー?」
ノアは前に進み出た。
「ほお?もちろんだ」
リーダーが頷く。
「あ、でも得意じゃ無いから、先攻やって?」
ノアはにこっりと笑った。
「ああ、良いだろう――曲を」
ふい、と頷いた男がスイッチを入れる。
流れて来たのはドラム缶を叩いたような、ぎしぎし鳴る早い音楽。同じ言葉をひたすら繰り返す男性ラップ。
ソレに合わせリーダーが早すぎるステップを踏み出す。
時折澄んだメロディーが入り、ドラムの軽快なリズム。テンポがほんの一瞬緩むがすぐにまたハイスピードになる。
足裁きに迷いは無く、乱れも無い。
曲に合わせ、即興のハズだが全くそうは見えない。フットワークのスピード感、上体の動きが一々格好いい。
タン!とラスト。リーダーのフットワークに、周囲の男が目を見張る。
ヒュゥ!とノアは口笛を吹いた。
「じゃあ、行くよ」
ノアがステップを踏む。
メンバーが「おい!?」と声を上げる。
「お前なんか相手じゃ無いね!」
ノアは笑顔で全く同じステップを踏んだ。
完全コピー。
「馬鹿!」
イアンは思わず言った。
これは全く駄目な方法――。
と、思ったらダンスのリズムが一瞬で変わった。
あっと言う間に目で追えなくなる。一気に高速ステップへ。
フレーズの切り替わりで一瞬停止した、それが目の錯覚に思える。
キレのある蹴り上げ、ランニング、上体の動き。
左右の脚を交互に蹴り上げ交差し、一瞬回り、再びスピードアップ、曲にピッタリの緩急を付けた脚捌き。脚を開き前後に飛び、高速ドリブル。複雑にアレンジされた動きがよどみなく繋がる。
一つも同じパターンを使っていない。平凡なフットワークでも無い。
そのことに気が付く頃には、ダンサー達は驚き、驚愕し、全ての感情をノアに向けている。
ショーさながらに個性を主張するフットワーク。
曲が終わり、ノアは止まった。
会心のフィニッシュ!――自分では、勝ちだと思ったが?
周囲の反応は。
「…っ」
リーダーの詰めた息が、勝敗を物語っていた。
どぉぉぉ!!?と男達が沸き立つ。それが歓声に変わった。
「NOAHァァ―――!やっぱすっげ!」「クール!!」
近くにパトカーが止まり警官が降りてきた。一斉に男達がそちらを見る。
「お前の勝ちだ――、止めるから早く行け!!」
俺の負けだ!と彼は笑い、率直に叫んだ。
「え――」「良いって事だ!ノア!行くぞ!!」
立ち止まったままのノアの手をイアンが引いた。
ノアは走り出す。一瞬手を振って。
「…良くやった!」
イアンが路地を走りながら、微笑んだ。
〈おわり〉




