第12羽 メッセージ ④殺人 /シカゴフットワーク -3/4-
フットワーキング。
そうだ、『CHICAGO/FOOT WORK』…!
あれは、レオンが入った少し後。――、若干九歳のノアがレオンのペンダントを馬鹿にして、容赦無くアバラを折られやっと復活したあたり。
『そろそろ上で、食事にしましょう』
安息日。ベスが微笑んで、乗り気で無いノアを部屋から連れ出した。
ベスは当時十三歳。赤い髪は肩につく程度。白のワンピースがよく似合う。
『あいつ、ペナルティ喰らったよね?』『さあ』
ノアはクスクス笑っていた。
『げっ』
そしてノアは、カフェテリアでたまたまレオンを見つけてしまった。
ベスはノアの隣で、貴方もわるいのよ、と言う感じの…ちょっと申し訳無さそうな顔をしていた。
ノアはベスの画策だ。と理解した。
『ねえノア―』『…ちっ』
ノアは言われる前に動いた。
…好きな年上の娘に言われるのが一番堪える。
ベスへの意思表示にノアは若干ビクビクしながら、レオンの向かいの少し離れた位置に座った。
『俺も…悪かったよ。それ、何?…あっ、聞いてもぶたない?』
恐る恐る言った。…ノアも悪かったとは思っていた。
ベスにも、あれは意味のあるネックレスかもしれないわ、と怒られた。
『けど、大切なら初めにそう言うか、ちゃんと書いとけよ…!宝物だって』
幼いノアはむくれた。頬杖をついて横目でレオンを見る。
『これは、お前のクルスと似たような物だ。次触ったらガキでも殺すぞオラ!』
レオンは青筋を立ててそう言った。
ノアはそれで萎縮したが、ベスはそっとレオンにいわくを尋ねた。
どうやらノアがダウンしている間に、レオンとベスは少し打ち解けたらしい。
レオンは不機嫌そうに語り始めた。
彼はロサンゼルス出身で、ダンスマフィア『KING』のBIGの息子…。
『あら、じゃあ、あなたKING・Jrなの?』『…知ってるのか?』
驚いた様子のベスに、レオンが少し眉を動かした。
「BIG」とは、ダンスファミリーのリーダーの事。
「ジュニア」というのは、ファミリーの階級の一つで、実力にふさわしい者にその呼び名が与えられる…。
それくらいノアも知っている。ダンス界隈の常識だ。
『ジュニアは兄貴だ』
レオンはそう言った。
ノアは納得した。
…要するにレオンはダンスが好きなマフィアのボス「KING」の息子で、兄がいて弟。
だがキングとは何だろう?
『マフィアの「KING」ってどういうこと?ここのKINGみたいなもの?』
ノアはベスに尋ねた。
ノアはきっとダンスが上手い人とか、個人のあだ名だろう。
そうアタリをつけた。
『ええ、今から順に説明するから。ノアはちょっと黙ってて』
ベスは笑顔でそう言った。
再びむくれたノアを余所に、ベスとレオンは会話を続けた。
『私はシカゴ出身だから…確か、ロスの「KING」ファミリーは、ダンスを至上とする…少し極端な勢力だって聞いたわ…』
ベスがレオンに気を遣いつつ言った――ダンス狂い教マフィアの息子とは言いにくかったのだろう。
ノアはレオンがクリスチャンでは無いと感じていた。安息日も休まないし、お祈りの文言も全く違う。
そもそも、クルスではなく金色の小さなプレートがついたネックレスだ。プレートはやや細長い。
表に何も絵柄が無いから、裏返しなのかとちょっと気になって…そして触る寸前で「触るんじゃねぇこのクソガキ!」とキレられた。
レオンはシカゴという言葉に反応し、じろりとベスを見た。
『シカゴ?…お前は、あの連中と関わってたのか?』
『あの連中?』
ベスが聞き返す。
『「JACK」ファミリーだ』
レオンはそう言った。
『ああ。いえ、私は彼等とは関係無いわ』
『JACK?って何?』
ノアは尋ねた。外の世界がどうなっているのか、純粋に気になった。
『ああノア、外の「JACK」って言うのは』
『知らないのか?―まあそうだろうな』
ベスが説明をし始めて、所々でレオンが口をはさんだ。
どうやら、外では有名な話らしい。
■ ■ ■
――JACKとは何か?
…百年、あるいはもっと前からロスとシカゴにはマフィアの勢力があり、年中、水面下で抗争、武力闘争。
どちらがマフィア世界の主流となるか。まさに血で血を洗っていた。
そしてここ最近――レオンの祖父の代になってようやく、あらかたの陣取りが終わった。
しかし、抗争の収束に払った犠牲は、犠牲と言うには多すぎた。
憎しみの連鎖、報復、疑心暗鬼の粛正…。
穏健派の台頭。
ここらで一息入れましょう――。
―ああ、そうだな。
…これはマフィアの世界に限った話だ。
街を見れば、止まらない暴力、意味の無い殺人、不況、移民。
治安は悪化の一途をたどって行く。
レオンの父の世代は、つかの間の平穏の中、少しのダンスを身に付けた。
そして、若さに任せ、また懲りずに抗争を繰り返す日々。
…今度はダンスで。主流はブレイク。ハウス。ロック。
ひたすらに地下ダンスパーティを開き争う。
――そんな時代。
レオンの父アルバート・マクギニスは飛び抜けた実力で『KING』と呼ばれていた。
アルバートの父、つまりレオンの祖父はロス近郊の片田舎のマフィアの首領だったが、息子『KING』はアメリカ全土を統治する日も近い?と囁かれ。
まさに破竹の勢い。反対勢力はどこもあっけなくバトルに負けた。
『けど、カリスマ的な実力を持つダンサー達が、シカゴにも現れたの。それが「JACK」と彼のファミリー。もちろん私が生まれるかなり前だけど…今でもその志を引く次ぐチームがあって、そのBIGが今もそのまま、当代の「JACK」って呼ばれているの』
『へぇ』
ノアは頷いた。
シカゴにも凄いダンサーがいた、それがJACK。そういうことか。
ジャックと言うのはごくありふれた名前だ。チームのメンバーは初代から固定では無く、よく替わっているらしい。
初代JACKファミリーは勢いのまま、シカゴを締めていた悪のマフィアを粛正した。
そして気が付けば、東の支配者となっていた。
『なら、マフィアじゃ無いんじゃないの?』
ノアは首を傾げた。それは正義の味方だ。
『それが、「JACK」も元々、マフィア筋だったんだと。確か幹部の息子か?派手に親子喧嘩したとかそんな話だったな。―この世界の親父は皆クソだ』
レオンは忌々しげに言った。
『けど。JACKはマフィアとは違う、私達、シカゴ市民の誇りよ』
幼いベスはハッキリそう言った。
ベスはJACKファミリーに憧れてダンスを始めた、と目を輝かせて語った。
『今のJACKは、『ジョン・ホーキング』ねえノア、彼は若くて才能のある、とても素敵なB-BOYなの!もちろんプロとしても活躍してて、ショーケースが、バトルも本当に素晴らしいの。私は彼のブレイクダンスが大好きなの。彼が一躍有名になったのは、やっぱりDJクレイン・キリーのアイコンになった事がきっかけで…きっとそのビデオはここにもあるから、後で探しに行きましょう!』
ベスが頰を染めて熱心に語った。
『…うっ。うん』
彼女のミーハーな一面を見たノアは、多大なショックを受けた。だが頷いた。
…ブレイクもっと頑張ろう、密かにそう思った。
『レオン、その後はどうなったの?マフィアKINGとJACKの話をもっと詳しく聞かせて!』
ベスがキラキラした表情で、レオンに言った。
レオンが少し不思議な顔をして話を続けた。―思えばあれは苦笑いだ。
『その後か?…「KING」…つまり俺の父親とその仲間達が中心になって、ロス界隈をまとめ、――シカゴのJACK勢力に和解と言う名の、不可侵条約の締結を持ちかけた。俺が生まれるかなり前だな…表じゃなんて言われてるか知らないが。親父がハタチ頃の話だとよ』
あらかたの住み分けが終わって居たこともあり、その提案は受け入れられた。
要するに闘いに疲れたか、飽きたのだろうとノアは思った。
そして、会合の場でいくつかの取り決めがなされた。
一つ。
勢力範囲が隣り合ってると、もめごとばかりで疲れるから、不可侵地域、つまり緩衝地帯をロスとシカゴの中間、デンバー、オクラホマ、その他幾つかに縦に並べ儲ける。そこにはなるべく近づかない。
二つ。勢力範囲からは出ない。KINGは西、JACKは東。
三つ。もしそれぞれの勢力範囲内でもめたら、ダンスで解決。
四つ。ダンスをしないノーマルマフィアとは今まで通り武力で闘う。そして潰す…。
会合の場では、こんな会話がされたらしい。
「余った部分は歌の連中に任せる、それでいいか?」
「ああ、クイーンが丁度そこら辺だしな。南はちょうどいいやつが居れば良いが、居なくてもいいな。そんな事より、ダンスしようぜ!」




