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JACK+ グローバルネットワークへの反抗   作者: sungen
シカゴ編(2月24日~)
89/151

第12羽 メッセージ ③約束 -2/3-

「ハァ」

近頃のノアは溜息をついてばかりだ。

育った環境のせいで、ひねくれていると言う自覚はあった。


…神様の馬鹿!って言いたい気分…。

ベスの為って、頑張ってきたのに…。


ノアは、年上のベスに好かれようと、恥ずかしくないようにと。

精一杯…陳腐な言い方だが男を磨いてきた。常に紳士であろうとしていた。

娘のエリーが居なかったら、自ら命を絶ったかもしれない。

…分からないけど。


ああ、かみさま。

どうしてベスを救ってくれなかったんだ?

やっぱり俺は昔から、君の事が大嫌いだ。お祈りも…今はしたくない。

いっそ他の宗教に鞍替えするか――?


…実は、ノアの鞍替え候補はもうある。


ダンスの神様教。

――つまりレオンの宗教だ。

レオンが信じているそれは彼の地元に伝わる秘教で、宗教名を他人に言ってはいけないらしい…。だからノアもよく知らない。

知っているのは、元々はキリスト教のセクト…派生宗教だった、という事くらい。

――酷く排他的な宗教らしいので、簡単に入れるかは分からない。

ただ、アンダーで…レオンと同じあのネックレスをした、それらしい者二人と会ったことがある。彼等はレオンがそれと分かると、途端にフレンドリーになった。


ダンスの力と、ダンスの神様を信じるって、俺に合ってそうかも?

けどどんな教義か、しっかり知らないと…実はヤバいカルトだったとかあるかも。

ノアはそう考えた。


速水は仏教。けど多分何も信じていない。不思議だ。日本人だから?

ノアはハヤミの不安定さは、もしかしたら、宗教を持っていないせい?と思っていた。

ノアにとっては、例え微妙でも、宗教は絶対に必要な物だった。


なぜなら、死が怖いから。

――閉じた世界でのソレは、何よりもの恐怖だった。


そして今では――ベスが消えたと思いたくないから。

…彼女は、天国、極楽、遠い星、そう言った所にいると信じたい。


アンダーで、速水、ノア、ベスの三人で…人は死んだらどうなる?

そんな暇つぶしの会話をしたときがあった。

ノアもベスも、当然、天国へ行くと答えた。


『仏教なら、確か…ええと、ゴクラクジョウド?』

ノアは乏しい知識からそう言った。

速水の回答は。


『さあ…分からない。けど隼人は、人は死んだら「鳥になる」って答えた。それは信じてる』


と、また隼人。…あれはもう隼人教なのかも知れない。


なんでそんなに隼人が好きなの?とノアが聞いたら、昔、自殺しかけたところを助けられた。と珍しく喋って。それきり黙り込んだ。


ここまで、と明確に線引きされたようで。ノアはそれ以上は聞けなかった。


ノアはその時と同じく舌打ちした。

それって良くないぜ!と思う。


アンダーの時は、『ごめん』と気遣いが返ってきたが…結局速水は譲らなかった。ノアは彼の目つきにたじろいだ。


――やっぱり速水は、たまに目つきがイかれている。

アンダーで色々あって、理由は分かったが。


彼は、たまに聞こえる鳴き声から、その鳥を探している。どこにいるのかと。

放っておけばいいのに気になるらしい。鳥たちが好きなのだという。


――速水は、変人と紙一重のヤバイやつ。

彼はちょっとおかしな、不思議で不均衡な世界に生きている。


…あの速水に比べたら、まだイアンの方がまともな気がする。

ノアは初め、イアンと速水、二人の雰囲気が似ていると思った。

…だが性格は正反対だった。全然似てない。イアンは意外におしゃべりだ。

イアンはアラブ出身らしいが――。イアン…?


「イアンって、本名?ダンサーなの?」

ふと気になって、ノアは尋ねた。

「ん?」

「イアンってこっちの名前だろ?…ええと、君の宗教の、お祈りとかしなくていいの?それとも仏教?」

イアンは、一般常識テキストに書いてあった、定時のお祈りなどはしていないようだ。


「ああ…」


説明しておくか、と呟きが聞こえた。

「俺は、ニーク氏が持つブレイクダンスチーム(ファム)に所属している。キースもそうだ。ニーク氏のサロンの中ではダンサーは俺と彼だけで、他のダンサーは外部と呼ばれる。俺はサロン所属のブレイクダンサー…いや、サロンが主で、副業がブレイクダンサーという感じだ」


「あれ?じゃあプロなの?」

ノアは言った。

「そう言って差し支えは無い。俺は君の世話を任されたせいで、今回の大会に出られなくなったんだ。キースが留守がちなのはそれのせいだ。エンペラーのお決めになった事には従うが…全く。とんだ貧乏くじだ」

――お小言が来てしまった。


「そっかゴメン」

「、いや…、いい」

だがノアはイアンの言葉にそう言った。イアンは少し戸惑ったようだった。


イアンは腕を組んで話し始めた。

「…俺の国では、プロダンサーになる唯一の方法が、ネットワーク、またはサロンの力を借りる事だったんだ」

「?…どういうこと?」

ノアは首を傾げた。


「俺の妹は、脳に腫瘍があって…長くは生きられないと言われていた。親父は元々プロジェクトに出資してたから、そのツテで、プロジェクトの優れた女医達に診て貰えた。だが…そうで無かったら、きっと満足な治療を受けられなかった。俺の故郷では、女性が男性の医師に診察されることは出来ないんだ――、分からないって顔だな」


「うん…。ゴメン、難しそうな所は飛ばして。それで?」


イアンは少し微笑んだ――フロントミラーに微笑みが映る。

「妹は、病気の身でも教えを守っていた。…だが俺は、本名を捨てて、ここで生きる事を選んだ。つまりそういう事だ。俺は、ダンスを選んだんだ…」


「だが後悔は無い」

イアンが呟く。自分に確認しているようだった。


「妹や母親とは今もメールでやり取りはしているが…父親とは喧嘩したな」

イアンはもうどうでも良い、と言う口調だった。

世界がひっくり返りでもしない限り、俺があの国に戻ることは無い。イアンはそう言った。


「俺は、妹も、ずっとジャックのDVDに夢中だった。俺は幼少からダンスの英才教育も受けていた。…建前では、そう言った物は禁止されてるが、…もう、本当に建前だな。百年以上前から、ネットワークにとって、中東エリアは上客だ――」


イアンの妹は、色々、異国の医者から聞いた情報を、父親の居ないところでイアンに語った。

遠い遠い国、自由の国、アメリカ。


「??えっと?上客とか、よく分からない」

ノアはまた長くなると思ってそう言った。

イアンが現状の身の上に満足しているのは分かったが、上客とかその辺りの事はノアにはサッパリだった。

「難しいか。そのうち、嫌でも分かるさ。ネットワークは、すでに世界を覆っている…逆らえば、消される」

ふう、とイアンのため息が聞こえた。ドアに肘をついて、窓の外を眺めている。


「俺はサロンに、エンペラーに借りがある。…だから、一生この網の中で生きる。君も、おそらくハヤミもそう言う運命だ。…連中は、一度目を付けた人間を逃さない」


「ハヤミ…?が、」


――ハヤミ。

ノアはスクールで速水が『外に出たい』と言って泣いた時の事を思い出した。


ノアにとって、突然現れた速水は、外の世界そのものだった。

初めは何とも思っていなかった。

だが、その生き方にノアは衝撃を受け。嫉妬し、憧れた。


…よく喧嘩もした。

病気に気が付かず、悪い事もした。やっぱり喧嘩もして。

そして、今では大切な『フレンド』だ。


今現在、彼はどうしているだろう…、監禁され…、薬漬け?


酷い。絶対に許せない。

…その思いだけで人を殺せそうだ。


ノアは特に口にはしなかったが、ネットワークに対する怒りは、幼い頃からあった。

自分の境遇に対する怒り、不満、憎しみもあった。ただ、殆どあきらめていた。

だからこそ、万事がストレートな速水に驚愕したのだ。

言ってしまえば、『なに、こいつ?』という――。


「ネットワーク…、どいつもこいつも、最低だ」

ノアは、拳を握った。


速水は、逃げられなかった、典型?

逃げられない、典型?


俺も?

これから…ずっとサロンの手下?


アンダーで、ノアは外に出てプロになりたいと強く思った。

…プロとは何を指すのかよく分からないが。速水はプロだ。レオンも。

やっぱり俺は馬鹿だ。そんな事を思う。外へ出て、自分は何をしたかったのか。


ノアは速水がなぜネットワークに反抗するのか。彼にとってダンスは何なのか、どうしてダンスを始めたのか。今更だが、もっと話をすれば良かったと思った。


――けどハヤミは、口が硬い。シャイって言うか、もっと…。コミュ障?


ハヤミとは『トモダチ』。でもハヤトは親友だって、何で?

俺は、親友にはなれないのかな。―ムカツク!


激しくむくれたノアには気が付かず、イアンは続けた。

「…俺は君には若干、期待し始めている」


「…それって、イアン。君は俺にネットワークを潰せ、って言ってるのか?」

ノアはケンカゴシ、で尋ねた。速水に教わった役に立つ日本語だ。

自分達、つまりサロンで先にやれ、と言いたい。


「いや。俺はネットワークはともかく、プロジェクトは必要だと考えている」

イアンはそう言った。

ノアはイライラした。プロジェクトは、どう考えても要らない。


「プロジェクト…って、結局何がしたいんだ?アカシックレコードの解明?…そんな物、本当に必要?超能力者を集めて?眉唾だろ?――あれ?そもそもGANプロジェクトが探してるって言う、『アカシックレコード』って何?」


「広義では、…この世界の過去、現在、未来、全ての情報が記された記録…。らしい」


ノアは馬鹿と言われるかと思ったが、イアンは真面目に答えた。

ノアはシートベルトを放って身を乗り出した。

「!?ぜんぶ?未来まで!?…そんな凄い物、どこにあるの?あっ、本とか、端末の中?」


イアンは助手席で数秒、抑え気味に笑った。

どうやらウケたらしい。咳払いの後、若干柔らかい声が返ってきた。

「眉唾だ。だが本の中には無いな。端末の中にも…ネットは様々な情報を網羅し、全世界に普及しているが、さすがに全ての情報は無い。おい、シートベルトをしろ」

「あ、うん。分かった」

手を振られ、ノアはシートベルトをした。

「アカシックレコード云々はともかくプロジェクトの医療技術は、やはり必要だ。それにレシピエントも、予備軍は年々増加している」

「え―増えてるの?」


「ああ、まあどいつも失敗だがな…。あれで成功する方がおかしい」

イアンは言った。


プロジェクトの薬は、精神を破壊する為に使われる。


それを乗り越えた先に、『神』との対話がある。


…そう言われている。誰が言ったのか知らないが。連中はそれを頑なに信じている。

…結果、失敗作、廃人の山。…馬鹿げてる。



「―」

ノアはその言葉に、悲鳴を上げそうになった。



■ ■ ■



その後は特に会話もなく無言だった。



やがて、車がある路地で戸惑う。


「――通れない?工事?」

イアンが車内無線に舌打ちした。

どうやら近くで工事が行われているようだ。この地区は開発中なのか、所々に建設中の建物、クレーンがある。


ノアは懸念をひとまず置き、ドキドキしていた。

けどもうすぐ着く感じだ。多分。


「そこだ」

それから一分ほど後、イアンが言った。


車の半分は裏へ回るようだ。三台が路肩に停車する。

ノアは少し手間取りシートベルトを外し、車外に出た。


曇り空の日差しに目を細める。


降りてきたイアン、ノア。ボディーガード三名がすぐにノアを囲む。

そのほかは周囲の警戒。

サングラスは無しだがやはり黒服。やはりどうみても堅気ではない。


午後三時、周囲には散歩していた人が居たが、皆目を丸くして各々の家や他の路地へ引っ込んだ。


あっと言う間に、人っ子一人いなくなってしまった。

それを見たノアは、この人数で押しかけたら絶対に迷惑だ、と思いイアンに尋ねた。

「イアン、こいつらもベスの家に入るの?」


イアンは眉を潜めて周囲を見ている。

「いや、外で待たせる。予定通り、俺は付きそう」

「ん」

ノアは生返事をしてイアンの後に続く。


レンガ造りの、のっぺりとした建物。レンガは赤みが強い。屋根は黒。

ノアはそのタウンハウスを見て、すごく横長なチョコケーキみたいだ、と思った。


一階に黒色シャッターのガレージ、その脇に少し階段があって玄関。左右の家と壁を共有している。

表にはカーテンの閉まった出窓が玄関横一階に一つ、二階に二つある。

ガレージと玄関、窓、この幅が一軒分らしい。

三階は無いようだが、屋根にも小さな窓があって、そこだけ三角に突き出ている。

奥行きはどうなっているのか分からない。


「ここだな」

そのうちの一つ、右端から二番目の家がそれらしい。


ベスの家族は、ネットワークの事は最低限は知っている。

もちろんベスが死んだ事、いつのまにか孫ができたことは知らない…。


短い階段を上る。


「…ここ?」

心臓が鳴っている。

ノアは玄関を見た。


イアンは一歩下がった。

「…ああ」


ノアは息を吐いて覚悟を決め、呼び出しベルを押した。



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