第12羽 メッセージ ②偽装 -2/2-
「君が…ジョーカーの、娘…?」
レオンは本人から聞いた事が信じられなかった。
…頭を抱えたい。抱えた。
「ええ。私はクイーン。私の父はあのジョーカー…」
やっと衝立の奥から出て来た、今は見事な銀髪を流したアビゲイルがそう言った。
珍しく感情がこもっていた。
傍らには入院中のウルフレッド。ここはつまり病院の個室だ。
ウルフレッドは全治三ヶ月の大けが。何とか起き上がっているが、両腕は当分使えない。移動も車椅子だ。
アビーはこの負傷犬の見舞いに来たのだ。
バラの花束を持って病室に入ってきた、金髪ボブカットの妙齢の女性は誰か?
赤いワンピースを着た女性…彼女が帽子とかつらを取るまで、レオンも、ウルフレッドも。それがアビーだと気が付かなかった。
『午後三時に病室で会いましょう。貴方とも是非お話したいわ』
今朝、起きがけで派手に珈琲を吹いたレオンに電話があった。
レオンはアビーが苦手だった。…正直、何を考えているのか分からない。
レオンは電話口で『他の連中も来るのか?』と尋ねた。
『いいえ。お見舞いは二人きりが良いの。貴方は少し外してくれれば良いわ』と外れた調子が返って来た。それで電話は切れた。
レオンは約束の時間より少し早く着いて待っていたのだが。その間にナースに呼ばれた。
どうやらレオン宛に電話が入ったらしい。
そして慌てた様子のクリフに『アビーがいない!まさかそっちか!?』と聞かれた。
レオンは固定電話に向かい、聞いてないのか?と答え。
『じゃあ迎えに行くから――!』とその後に続いた。
アビーに聞くと、今現在、クリフとベイジルは仲間達と、歌のジャック救出に動いているらしい。
その隙にアビーは、デンバーのアジトから計画的に抜け出してきたとか…。
レオンは、彼女がまさか本当に一人きりで来たのだとは思わなかった。
影の護衛くらいいるだろう…と。この我が儘さ。彼女は典型的なクイーンだ…。
レオンは犬の足元に置いた椅子に腰掛け、しげしげと、かつらをとった後、いつもの格好に着替えたアビーを見つめた。…大分待たされた。
今、彼女はレオンが用意した椅子に腰掛け、銀髪を紫のリボンで二つに結っている所だ。
…本来の彼女は、横顔だけでも驚くほどの美少女だった。
そして彼女はやっとレオンの方を見た。
「二卵性だから、そっくりという訳じゃないわ。私が妹。…会ったことは無いの」
アビーが言った。
…髪質、髪色、目の色だけを見れば、ノアとアビーは全く似てない双子だ。
しかしよく見るといくらでも相似がある。一番良く似ているのは肌の色。
アビーの髪はヘアマニキュアで黒くしていたらしい。そして濃いメイク、つけまつげ…それにごまかされていた。
だがこれは…ハッキリ言って、以前とは…別人だ。
「アビーちゃん、やっぱり素敵な髪の毛よ!」「まあ!」
「アビーちゃん、今日のお洋服も素敵!」「まあ…!」
「…」
レオンはすっかり出来上がった様子でいちゃつく二人を見て、むかついた。
「…初めからグルになって、あいつを騙したのか?」
レオンはあと一秒でキレそうだ。
「いいえ。私は聞かされていたけど。私があの場所に呼ばれた理由、それはスキャンダルのため」
アビーの言い回しは独特で、レオンはさらにイライラした。
そして、レオンは深い深い溜息をついた。
今日レオンがアビーに呼ばれた理由。話したい事。つまり――。
「スキャンダルってあれか。っとに…捏造すぎで笑ったぜ」
レオンは今朝のニュースを思い出し言った。
新聞のゴシップ記事には、ご丁寧に銀髪のアビーの父とのツーショット写真。
慌ててチャンネルを回したら、出るわ出るわ。真面目な局以外はその話題で持ちきりだった。
『JACK―the2nd―こと、サク・ハヤミ&アビゲイル・ヒルトン』
『二人の出会いは、フランス。父親ジェスター・ヒルトンのPV撮影の折!!』
『この二人は彼の自宅豪邸で初めて出会い、すぐに意気投合。そしてジャックが滞在した一月の間に、父親公認で交際をスタート!』
『今現在、二人は結婚まで秒読み段階』『結婚式は世界規模?予算は?』
『招待客の顔ぶれは――?写真はサンフランシスコの父親の別荘でのツーショット』
レオンは、速水がとてもにこやかに微笑む写真にうっかり爆笑しそうになった。
だがすぐ我に返り「いや!違うぞこれは!!」と、思わず言った。
「あれは無いだろ…」
レオンは笑いかけの脱力をした。
…ちゃんといたはずのクリフレオン達と、速水と庭で楽しいボール遊びをしていた正しいお相手のはずの犬は、どのスクープ写真でも見切れたり上手く修正されたりしていた。
「ええ。スマイルジャックはとても紳士で、慎重だったから…サンフランシスコの写真は合成になったの。私はパパの命令で、撮影スタジオにも行ったわ」
アビーがうつむいて言った。クスクスと笑い、少し口元を押さえている。
…やはりどこか調子が外れている。だがレオンは以前よりは自然だと感じた。これが本来の彼女なのかもしれない。
ジョーカーのPV撮影には、アビーもこっそり招待されていた。
もちろんジョーカーは速水とアビーを直接会わせたりはしなかった。
関係者に『この後三人でディナーの予定だ』と言ったのは…。
レオンは舌打ちした。
…性格悪すぎだろ。
ジョーカーは、色々計略を巡らせ…面白がっているのかも知れない。
…『外に出たら隠し子騒動に気を付けろ』レオンは、速水にアンダーでそう言った。
それとは少し意味合いが違うが、もう似たような物だ。
世間は十分に信じただろう。
『二代目ジャック』は手が早いことで有名だから。…誰が言ったかは知らない。
「ごしゅじんさまぁああーーーー!!…ご主人様ぁあ…!早く行きたいわ!!!この足が!!そうだわいっそ車椅子でも!!アビーちゃんお願い!あの憎きエリッ○×▽××コ野郎っ!!を====シしにしてやるの!!…うう、うう、ごしゅじんさまぁあ…!!ごめんなさい……っ…ぁあぁあああ!!ぁああああ!!」
ベッドの上のウルフレッドが、気持ち悪いくらいに号泣している。
そういや、酷くやつれてるな…。
レオンは、世の中、知らない事が多ければ多いほど、幸せなんだな…そんな事を考えた。
ここは地上三階。窓の外は薄曇りだ。
最近はずっとこんな感じで、まだしばらく晴れそうに無い…。
アビーはそこそこ有名というくらいの若手歌手だが、今回の件はJACKと父親の名前が大きいせいで大事になっている。
朝、笑いかけたレオンは瞬時に我に返った。アビーが隠し玉?ジョーカーの狙いは?
――速水の取り込み?
「ハァ…目的っていうか、そこまでジョーカーはハヤミに入れ込んでるのか…」
アビー、つまり自分の娘との婚約。…速水を娘婿にまでするつもりでいる…。
「ええ。私は、初めパパの言う通り、私達のジャック解放の為に、スマイルジャックと結婚するつもりだった。だからジャックに会いに行ったの…私は、今までパパに逆らおうと思った事は無かった…でも」
アビーが、ウルフレッドの方を向いた。
「アビーちゃん…」「ええ…」
ウルフレッドがアビーをみつめ返す。
二人は二人の世界に入ってしまった。
「っ…。それで?」
レオンは、微笑んで先を促した。
…落ち着け。きっとこれは、ジョーカーの企みが失敗し、良い方向へと事態が動く、些細なきっかけなんだ…。
レオンの前で。二人は手を取り合った。見つめ合った。
そしてアビーが言った。
「私達、結婚しましょう」
レオンが聞きたいのは、それじゃない。
「…!!」
ウルフレッドが心底驚いた顔をする。
アビーは。とっ…。とウルフレッドに身を寄せた。
「…私は、一昨年、私達のジャックを残しアンダーを出て、初めて外の世界を見たの…。レシピエントになるための訓練、実験。投薬、歌の訓練、ダンスも、闘いさえも学び…。…パパは私に時折会いに来たけど、私には分かったの。パパは私を全く愛していないって。…本当の私を愛してくれたのは、あなただけなの!」
美しい声だった。
きゅぅぅぅん!と犬の鳴き声が聞こえた。
レオンは低い天井を仰いだ。ああ、速水、お前は正しい――。
犬、こいつはやっぱり馬鹿犬だ。
「おい、犬。どういうことだ?」
アビーの説明は感情的すぎるので、レオンはウルフレッドに細かい経緯を尋ねた。
「――ええ…!今すぐ全部!この奇跡を説明するわ…!!」
犬が驚いたように、アビーと抱き合いながら。幸せそうに話した所によると。
つまり、ウルフレッドは幼少のアビーと会った事がある。
…この二人の初めての出会いは十五年以上前。…当時彼女は三歳程度。
ウルフレッドはジョーカーと共に、プロジェクトのハウスを訪れた…。
その時のアビーは、たまたま偽装しておらず、銀髪だった。
ジョーカーは幼いアビーに怒った。その髪をさらすなと。手を上げた。
だがウルフレッドが間一髪で庇い、珍しく主人をいさめた。
『ダメじゃないの。ほら、とってもきれいな髪よ!まあなんて素敵なお嬢さん!』
アビーを抱き上げて、思わず頰にキスをした。
アビーはそれをずっと覚えていた。孤独に耐える内にいつしか、それは恋心に変わった。
…反対にウルフレッドは忘れていた。
この二人があのダンスパーティで偶然再会した時には、彼女はすっかり成長していたし、一度会った時とは髪の色も目の色も違っていて。ウルフレッドはすぐには気が付かなかった。
逆にアビーは気が付き、思わず叫んだ。
『The DOG!?』――あれが貴方の飼い犬なの!?と。
その後、アビーは変装をしていると彼にばらし、ずっと想い続けていたと涙ながらに告白。ウルフレッドはそこでようやく思い出し…。
「ああもうこんな奇跡ってあるのね!!」
ウルフッレッドは涙ぐみ、まだ熱くこの奇跡を語っている。
…レオンは額を押さえた。色々な意味で…頭が痛い。
――ああ、そうだろうとも。
こんな目立つ男、一度見たら忘れる訳が無い。
速水の作ったあのタイミングは、正しく奇跡だったと言っていい。レオンは怒らず笑うべきだった。
「ああ、これが愛!愛いいいっ!愛なのね!!!ご主人様は正しかったのよ!!真の愛こそが真に世界を平和に導くものだったのよ!!ぁああ愛ぃぃ!!さすが私の愛するご主人様!!私が絶望していた間も、世界平和の為にたまにちょっとむかつくジョーカーの言いなりになっていた時も!愛はそこにあったの!彼女はずっと私を愛してくれていたの!!クイーン!あなたはやっとみつけた私の世界の愛と平和の使者なの!!愛してるわ!!…ああ、でも…」
五月蠅く言って、急にウルフレッドは項垂れた。
「ダーリン…?」
「…アビーちゃん」
アビーを、そっと抱きしめ一筋の涙をこぼす。
「…貴方は、やっぱりご主人様と結婚してちょうだい。『ジャック』と『クイーン』…清い二人は結ばれる運命なの!!こんな薄汚れた私なんかより、ずっとお似合いよ…。ご主人様ならきっと、いいえ絶対!アビーちゃんを幸せにしてくれるわ。私は、あなたたちの家の、しがない番犬で良いわ。歌とダンスで手を取り合い、世界平和を目指す二人を一生、ずっと…、心から守るの」
まさしくそれは、陶酔の趣だった。
「そんな…酷いわ!…だって私、あなたをずっと――本当に、あなただけを心の支えに…ずっと生きて…っ」
「っ…アビーちゃん…これは運命なのよ…!!――それにあの子ならちょっとの浮気ぐらい大目に見て」「…おい、犬」
「何?うるさい馬鹿レオン」
速水っぽい言い回しでウルフレッドは言った。目線はアビーから外れない。
「ずっと不思議に思ってたんだが。お前、何でハヤミの犬になった?」
「あら、詳しく聞きたいの?」
「…いや、いい」
レオンはすぐに拒否をした。
ギリギリ違法の薬で思考が働かずに洗脳されたとか、多分、やっぱりそんな感じだ。
「…結婚云々はハヤミに聞け。『別にいい!おめでとう。どこに住みたい?』とか言うだろあいつ…」
レオンは溜息をついた。
…そう言えば、この犬も味方だったな。
レオンはウルフレッドを信じ切れない。
こちらに寝返ったというのは本当か?まだジョーカーの息が掛かっているのではないか。
――ウルフレッドの経歴を幾ら調べても、それは分からなかった。
分かるのは世界平和に必死。戦闘歴はイかれてる。それくらいだ。
「…」
…速水のように、騙される覚悟で、裏切られてもぶつかる。
俺にはそんな真似できない。
速水の側にそんなヤツは置けない。危険だ。
そこでレオンは、『はっ』とした。
そうか、俺は。臆病なんだ。兄貴と違って。
「アビー…」
そしてアビーを見て呟く。
「どうしたの?キング」
レオンに見られたアビーが、首を傾げた。
あは、とレオンは笑う。
そして、さらに声を出し、はははっ、あははは!と、笑う。
「――、そうか。そうなんだよ!俺は―」
「??アタマ大丈夫?」
犬にそう言われたので、レオンは犬をどついてやった。
〈おわり〉




