第12羽 メッセージ ①警告 -3/4-
良く喋ったイアンと、よく寝て起きたノアは午後四時過ぎ、ようやくサンフランシスコに到着した。
サンフランシスコ・ノブヒル地区の外れにある、エンペラー個人の邸宅。
ここに到着する間際、ちらりと見えたショーウィンドウにハート型のサングラスがあったので、ノアは車を止めて買ってもらった。折角なのでとエリーの分も、イギリスの圭二郎達や速水の分も買った。
建物の庭に車が止まる。
「うわ!…超でかい!」
ノアは車を降り、大きな建物を見てはしゃいだ。
外観は主にクリーム色、とても立派な豪邸だった。
「騒ぐな。行くぞ」
「あ、うん…」
ノアは若干緊張しつつ、イアンについて行く。
イアンが運転していた車は、黒服達が持って行くようだ。
ノアはイアンが運転したのは、彼の家族の事は置いておいて、ネットワーク関連で聞かれて不味い話を、もっと沢山する予定だったのかもしれない…と思った。
イアンは昨晩ホテルで報告、つまり盗聴しているともハッキリ言った。
ノアはイアンの趣味の悪い、サロンのロゴ入りネクタイピンがソレに違いないと思った。
…ノアは自分の今後など、聞きたい事は色々あったが結局それは聞けなかった。
唯一、ザックリと言われた事は。
『君は、これから色々な大会に出場して、実績を積む必要がある』
『そこで知名度を上げて――聞いてるか?』
ノアは薄目だった。舟をこぐ。
『うん、聞いてる…、…知名度ね…』
何だ、速水の計画通りじゃないか。
だったらやってやろう…。
ノアはまどろんだフリをしながら、内心でそう思った。
…だいたい寝たふり。
イアンの先先先代の石油発掘話を聞くのが面倒だったからそうしたのだが、重要そうなその部分だけを聞いた後、…彼は本当に寝てしまった。
…イアンの後に続いてノアが広いエントランスに入る。
「うわ」
ノアは感心しつつ上を見た。
シャンデリア。
…ホテルのも凄かったけど、ここのシャンデリアも凄い。
円形で…スリー、フォー…五段のシャンデリア。
真ん中の輪が一番大きく、そこにダイヤ型のガラスが細かくつながっている。
…どれくらい重いのだろう。掃除とか、大変そう。
夜は明かりが付くのだろうか?
彼はそんな事を考え、しばし見とれた。
イアンが正面の、階段の上で階下、シャンデリアの方を振り返っている。
階段には濃いブラウンの手すりがあり、イアンの背後、…緑の踊り場、緑の壁には大きな絵が飾られている。
階段の上を見上げたノアは今度はその絵に注目した。
ノアは教会にいた頃、色々絵画を見ていたので、それが油絵だともちろん分かる。
…何百年も前の、悲惨な、闘いの光景のようだ。
剣をもった兵士…かなり割と美化されている。
…本当の闘いはこんなに綺麗じゃないのだろう。
ノアにもそれくらいは分かる。
…ゴチャゴチャしているが、どこか心惹かれる。もう少し良く見て――。
「早く来い」「あ、うん」
ノアは慌てて階段を上がり、左に曲がって、緑の絨毯を進んだ。
片側は窓で、おだやかな光が差し込んでいる。
壁側には部屋の扉や階段、後は丸いテーブルがたまにあって、テーブルの上には蝋燭の無い銀の蝋燭台が置かれ、銀の花瓶…淡い色の花が生けてある。
テーブルに椅子は見当たらない。
「変なの」
ノアはつぶやいた。
そうして緑の絨毯の突き当たりに来た。両開きの扉がある。
扉の左右には、黒服のちょっといかつい奴がいる。
「ノアを連れて来た」
イアンが言って黒服が扉を開けた。
黒服。どうやらこれがサロンの手下達のトレードマークらしい。
そう言えば、イアンのスーツは黒でなくて濃いグレーだな、とノアは思った。
大きな扉の向こうは、意外にこぢんまりした部屋だった。
濃いブラウンの柱、緑色で銀色のフサのついた無意味なカーテン…。そこに天使の絵が飾られていた。エンペラーの後ろはハートみたいなサロンのマーク。
残り左右壁に、それぞれ一枚づつ…。やっぱり天使だった。
シャンデリアがまぶしい。ノアは目を細める。
「あれ?」
そしてノアは首を傾げた。
立派な椅子。多分、この人がエンペラーなんだろう。
けど、おじいさんだ。
…グレーのスーツを着ている。口髭のおじいちゃん。
それがノアのエンペラーに対する第一印象だった。
エンペラーは、八十?九十?くらいの老人…どこにでもいそうな、ノアが知っているレイみたいな。教会の牧師のような感じだった。
ノアは、かつていた教会を思い出し、奇妙な気分になった。
「エンペラー、こちらがノアです」
イアンは一礼をした。
「初めまして。ねえ、おじいちゃんがエンペラー?」
一礼して、ノアは聞いた。
「…おまえがノアか」
と、言ったのは、エンペラーではなく、玉座に座るエンペラーの脇に立っていた、背の高い、髪の短い黒人だった。
「…そうだけど、君は誰?」
ノアは聞き返した。
「…キース、聞いてただろ。コイツには無理なんじゃないか」
イアンが眉を潜めて言った。
キースと言う男は、でかい声で大いに笑った。
「くははっ―、まあ、昔のお前程じゃない。ああ。目付役はお前だ。頑張れよ」
「…」
キースに肩を叩かれ、イアンは眉を潜めた。
「何で俺が。お前が適任だろう」
「いや、俺は他で忙しくて。エンペラーの決定だ」
「ダンスは好きか?」
いきなりエンペラーが言った。
「え?」
イアン達の会話を聞いていたノアは、エンペラーに向き直った。
「…好きだけど」
ノアは言った。好きか、嫌いかと言われたら、好きだ。
「そうか。では、君はジョーカーになる気はあるか」
エンペラーは無表情だった。
ノアはうーん、と考えた。
「…ハヤミの事は一応、ありがとう。だから…正直に答える。俺はネットワークのトップなんて絶対に嫌だ。――けど、なれって言うなら、やってもいいかなって思う。…ハヤミとベス達の為に」
概ね正直に言って、ノアは溜息をついた。
…実はノアはジョーカーになる事に関してはもう少し乗り気だったが、他に適任がいるなら別にそれでいい。
つまりノアの他に平和的な適任者がいないなら、ノアが頑張ってやるしかない…。
「…」
エンペラーは無言だった。
「もう少し…やる気を見せた方が良かった?」
ノアは心配になって言った。
「いや。良いだろう…イアン。後で色々教えてやれ」
「…、はい」
イアンが頷いた。
エンペラーの口数は少ない。悩みが多そうに見える。
「―、おじいちゃん、どこか悪いの?」
ノアは言った。
「…単に年なだけだ。父親には似ていないな」
そう言ってエンペラーは少し口元を緩めた。
「シカゴに行きたいそうだな」
いきなり言われた。
「え?ああ、そっか盗聴してたんだっけ…、うん。地下から出る時に、クイーンだった俺の恋人…エリザベスが殺されたんだ。彼女との間に子供もいる。だからシカゴに住んでる彼女の両親に、事情を説明したい…出来る?」
ノアは尋ねた。
「…」「…」
イアンもキースも、微動だにしない。
「…無理って言ったら、この場で暴れるから」
そして言った。
「いいだろう」
エンペラーはそう言った。
何か話があるとかで、イアンとキース、エンペラーはそのまま部屋に残った。
■ ■ ■
黒服に案内されたノアは、用意された、それなりに豪華な部屋に入った。
ブルーを基調とした内装。
ベッドカバーは太い縦縞。壁には暖炉があって、その上には蝋燭や写真の無い写真立てが置いてある。
ノアはそれを手に取った。ここにエリーの写真を入れようかと考える。
だが、簡単に外れない仕組みになっていた。
…イアンに聞こう。
ノアはそれを元の位置に戻し、部屋を見る事にした。
トイレもあるし、バスもある。
一通り見て、ベッドでゴロゴロしていたら、足音と小さなぼやきが聞こえ、コンコン、と扉が叩かれた。
この叩き方は…イアンのようだ。
「どうぞ」
ノアは言った。
入って来たのはやはりイアンだった。何やら大量の冊子を抱えている。
「俺達は君の行動を逐一監視している。レッスン時以外はこの部屋から出るな。常時黒服が隣の部屋にいる。用があったらこの内線を使え」
彼はやけくそという感じで一気に言った。ドサッ、とテーブルに冊子が置かれる。
――教本のようだ。それをどけると、一番下はノートパソコンだった。
白い内線もバコ、と冊子の脇に置かれた。そのままイアンは線を、暖炉の脇の壁に繋いだ。
内線の置き場所を探しているのか、少し部屋を見回す。
「まずはそれらに全て目を通せ。君には再教育が必要だ」
「げっ、コレ全部かよ?」
うぇ。と言う顔をしてノアはそれを見た。
イアンは立ったまま、腕を組んでふんぞり返った。内線はもう机の上でいいらしい。
「そんな訳無い。ジョーカーに必要な最低限の世界情勢、それもごく一部だ。いいか。明日から君には教師陣が付く。シカゴから帰ったら改めて、君の学力レベルはどのくらいか、君がジョーカー候補になれそうか、GANの連中を呼んでテストするそうだ…。それまでの最低限の予習分だ。俺は今後一切、そちらには関与しない。俺の役目は君の行動監視、マネジメ…」
「―シカゴに行けるの!?」
ノアはさえぎり、思わず言った。
「…、ああ、三月一日、ここを出発する。出発時間はまだ決まって」
「やった!!サンキュー!!ねえエリーにはいつ会える!?」
ノアは椅子から身を乗り出した。
「…それは、お前次第だ。だから真面目に勉強をしろ。それに君には危険も多い。俺はこれから、移動に常に随行する。シカゴには俺とボディーガードが最低十人。車は、君と俺が乗る分を含め六台。…君は最低でも、ずっとこの扱いだ」
「え…。じゅうにん?…六台!?ねえ、ここっていつもそんなに暇なの?それとも俺が凄いの?」
ノアは驚いて尋ねた。何気一台増えている。
仰々しい移動は今回だけと思ったら、毎回どこかへ行くたびにそうなるらしい。
勉強の下りは聞き流した。
「…ハァ。ジョーカーの実子となれば、当然の措置だ。気にしなければ良い」
イアンは溜息を付いて言った。
「ふぅん…。じゃあそうする」
ノアは頬杖を突いてペラリと冊子をめくった。
イアンは暇なのか、ノアに背を向け…壁際の小さなテーブルの上の花瓶、その中の一輪。ピンク色の花を弄んでいる。
ノアのめくった冊子には、どこかの国の予算のような?意味不明な事が書いてある…。
「うぇ…なんだコレ」
スクールでは勉強よりダンスだった。ここでは勉強が多いのだろうか?
イアンが振り返って言った。
「…君はとにかく、バトルだな。実績を積めば多少知識が無くとも補える。他の候補と闘って軒並み勝てば、トップの連中もうなずく。時間があるときは俺も練習相手になろう」
「闘うって?何で?」
ノアは目をしばたいた。
「――君は何だ?」
イアンは呆れ返って溜息ついて、袖のボタンを直した。
「―ダンサー、――ってまさか!?」
「もちろん、ダンスだ。君はこれから各国の様々な大会に出て、実績を積む。もちろん他の候補と戦績その他を全て競う」
「げ…」
ネットワークは大いに、どこまでもダンスに本気だった。
「…今までは、何となくの序列、ステータスという程度だったが…ジョーカーは本格的に後継者を選ぶ気になったらしい…。おかげで今はどこのサロンも世界平和の為に、…殺気立ってる」
イアンはやや苦笑した。
「ダンスで?世界平和?それ、まだ言ってるのかよ…」
ノアはさすがに呆れた。
手足を伸ばして天井を見上げる。
「ネットワークらしいって言えばそうだけどさー…、ハァ…ホント馬っ鹿みたい…死ねばいいのに」
死ねばいいのに。――自分の言葉に舌打ちする。
「俺は君の言動を全て報告する。だから馬鹿な発言は慎め。他にも候補はいるんだ」
今のどの辺りが馬鹿な発言だったのか、ノアにはいまいち分からなかった。
イアンはとりあえず常にイライラしているらしい。
「あ、もしかしてイアンも候補だったとか?」
ノアはイアンを指さして言ってみた。
「…俺は違う。ジョーカー候補の選出は、サロンによる、半ば自動的な推薦だが、…俺は推薦されなかった。あと君の指さしに不快感を抱く人間もいる。止めろ」
「イアンって。もしかして…ジョーカーになりたいの?」
指さしをやめてノアは尋ねた。
イアンはサロンに推薦されなかったらしい。
…途中、イアンの言葉が不自然に切れたとこを見ると、彼はジョーカーになろうとしていたのだろうか?
「…いや。今はもうなる理由が無い。それに…各国の大会での優勝、あるいはソロでの活動…俺はサロンに入っているからそれが積極的に出来ないしな…。…君も、ハヤミの為に、良く頑張れ」
ハヤミの名前を出したとき、イアンの口調が柔らかく、どこか誇らしげに聞こえた。
「…?うん、もちろん頑張る」
言って、ノアはまたこっそり微笑んだ。
ノアが色々な大会に出場すれば、自然と知名度も上がるだろう…。
「あ!!じゃあもしかして、しょっちゅう外国に行ける?結構すぐエリーに会える!?」
ノアは身を乗り出した。
「―、エンペラー次第だが…可能性は―」
イアンの声色が少し変わった。もしかしなくても、出来なくも無いのだろう。
「サンキュー!!!!やったエリー!!バンザイ!!今すぐいくから!…あ俺、先にシカゴに行くんだった。シカゴってここからだと、どのくらいかる?一月くらいあれば着く?」
「いや、お前の評価次第だな」
イアンが椅子を引き、ノアの横に座る。
そしてとても嫌そうに、薄いノートパソコンを開いた。
「…君は、パソコンは使えるか」
「少しは。師匠達に教えてもらった。打つのは超遅いけど…」
イアンはほっと溜息をついた。
「なら、今日はタイピングでも練習してろ。…ソフトがあるから、ここをクリックして開く――ダブルクリックは分かるか?一日それだけやれば少しはマシになるだろう。他はもう明日でいい」
「え、それでいいの?」
「今の時代、パソコンは必須だからな。ジョーカーがパソコンも出来ない馬鹿じゃ誰もついて来ない。あとは明日から来る教師に全部聞け」
イアンは勉強は本当に教師に丸投げする気らしかった。
「分かった。けど勉強は期待はするなよ。俺、馬鹿だから」
ノアはややぎこちない手つきでマウスを動かしながら言った。
「うわ。これゲームなんだ!」
「静かにやれ。後で夕食が来る。今日は十一時には寝ろ。ストレッチを忘れるな」
イアンは言った。また溜息をつく。
「…正直、俺たちは君を扱いかねている。教育を施し、ダンスの実績を積ませ、ジョーカー候補に仕立てるが、他のエンペラー達が認めるとは限らない。君は乗り気で無いと言ったが。ジョーカーになる気はあるのか?」
「またそれ?だから嫌だけどやるって言ってる」
ノアは言った。
「…それだと、エンペラー達の説得は難しいんだ。今のジョーカー、君の父、ウィリアム・ジェスター・ヒルトンは数ある候補を全て押さえ、三十年前。若干十三歳で当時まだ現役だった父親を出し抜き、今の地位に就いた。…出し抜かれた彼の父、つまり先代ジョーカーも同じような物らしい。だから余程の傑物でないと歯牙にも掛けられない。ネットワークは権威だけの組織では無い。ジョーカーの息子というだけでは弱い」
「十三歳…!?二十三じゃなくて?……、他に、誰が候補になってるの?」
ノアは聞いてみた。
「正式に公表はされてない。噂だが…プロジェクト勢はほぼ入るな。ルイーズ、アラン、ルーク、この三人。他にもシャドーを持ってる連中はそれだけで有利だ。それに歌手、ダンサー、クイーンの目立った者、キング、ジャック、エース…上げれば切りが無い。だがジョーカーは本当に後任をもう決めるつもりなのか…?確か四十過ぎ…いや、確かにそろそろ選んでおくべきか…」
イアンはつぶやき、何か考え始めてしまった。
イアンが挙げた中でノアが反応したのは、『プロジェクト勢』と言う単語だった。
「ねえ、…よく分からないけど。ルイーズ、アラン、ルーク?……って?そいつらも?『レシピエント』…超能力者なの?」
イアンは頷いた。
「ん?…ああ。いいや。アランは違う。プロジェクトの失敗例だ。ルークもレシピエントだが、失敗に近いらしい。…唯一上手く行った例がルイーズで、残り一人は過去の事例らしい。現在の成功例のルイーズは、本人はどう思っているかは知らないが、有力候補の一人に挙げられている…それで行けば、ハヤミも本当に危ないな…」
言ってイアンは舌打ちした。
「そうだ。…君に、…ひとつ言っておくことがある」
「何?」
ノアはゲームと格闘しながら聞いた。
マスト。…言っておかなければならない事?
キーを押すと拳銃がドウン!と発射され、紙の的に穴が開く。
ノアは頑張って探し、押している。
多分速水の話題だ、聞かないと。だが物珍しくて――。
「君には、双子の妹がいる」
銃声とともに、ノアは固まった。




