第12羽 メッセージ ①警告 -2/4-
そして現在、二月二十五日。午前十一時ごろ。
憮然とした表情のイアンと、寝坊し元気いっぱいのノアは、グレードの高いホテルを出発した。
出発が遅れたのは、ノアのせいもあるが、今、イアンの車の他に、黒服が乗った黒塗りの車が四台。
つまり、この応援を待つために遅れた。計五台の物々しい大所帯だ。
…昨晩ノアは一通り、ホテルの予約の仕方、ルームサービスの頼み方、治安を見分ける方法、その他、タクシーやバス、電車の正しい乗り方までイアンに説明してもらった。
――そこでタイムアップ。深夜一時を過ぎていたのでさっさと寝た。
「あー暇。なあ…イアン」
助手席のノアは、周囲の風景にいちいち歓声を上げていたが、すぐに飽きた。
「…今度はなんだ。一般的な質問はキースにしろ」
「イアンの出身ってどこ?何か、ここら辺じゃ無さそうだよね」
「…プライベートな質問に答える事はできない」
イアンは言った。
「あ、禁止なの?」
「いや。単純に貴様に話すのが面倒なんだ」
「…うわー、むかつく。そりゃ、俺も大概常識知らずで馬鹿だけど、ずっと下にいたんだから仕方無いよ…」
ノアは溜息をついた。
「俺、きっと皆に馬鹿だって思われただろうな…チップとか、渡しすぎてたし…バスに乗ってシカゴまでって言っちゃったし…」
ノアはうわぁ、と頭を抱えた。
その後でノアはクスクス笑い出した。
「ねえイアンには家族はいる?俺には娘がいるんだ、あ、しまった言っちゃった!」
ノアは口を塞いだ。
「…知っている」
「あ、良かった。場所は知らないのか?…まあどっちでもいいや。もう凄く可愛いくて!ハヤミが写真くれて…今も肌身離さず持ってる。元気かな…。あ、プリントアウトあるけど見る?」
ノアは懐からDVDを取りだし眺めた。でれでれと笑い、レオンに一枚だけプリントアウトしてもらった写真を、イアンに押しつけようとする。
「運転中だ。後にしろ」
「あ、そっか…。大変?代わろうか?」
イアンは歯ぎしりをした。
「質問が無いなら黙れ」
イアンがバックミラーを一別すると、ノアと目が合った。
「…質問じゃなくて、お願い。俺、シカゴに行ってベスの両親に会いたい。出来ればなるべく早く。エンペラーに頼むつもりでいる。もし駄目って言われたら、ハヤミを見習ってメチャクチャに暴れてやる…!」
ノアは拳を握った。
それを聞いたイアンは、深い溜息をついた。
「…馬鹿なことはやめろ。…どうするかはエンペラーが決める。俺は関与しない。だが…、俺たちのエンペラー…、ホレス・ニーク氏は話の分かる人物だ」
「…」
ノアは黙り込んだ。
「そんな事より…俺は、ハヤミが君に与えた影響について危惧している。彼に、地下で理不尽な暴力を振るわれなかったか?」
…暴力?
いきなり言われたノアは固まった。とても回りくどい表現だった。
「え?どういうこと?」
ノアは怪訝そうに言った。
「…君達四人は…特に、君は…恋人の事で、大変だったんだろう?…ハヤミに殴られなかったか?」
イアンはとても心配そうだ。
「えっ???……あ、あー」
固まっていたノアは、少し思い当たった。
速水はとても外では評判が悪いらしい。
イアンもその噂を信じているのかも――?
…ある日、顧客とのデートから帰ったレオンが、爆笑しながら、
『ハヤミっ、お前は何でも酷い女たらしで――、泣かせた女は数知れず。噂では孕ませた女が十人はいるらしい。我が儘放題、すぐキれる。観客相手でもお構いなしに暴力を振るう、===常習犯。歩く===○×△ト野郎って言われてた。なんか、もうどこの誰だよって感じだな。外に出たら隠し子詐欺と夜道に気を付けろよ!』
そう言っていた。
「あー…」
…多分、地下で色々しでかしたので、それに尾ひれが付いているのだ。
病気での休養も、セッ=スパーティを開いていたとか何とか言われていたって…。
それを聞いたノアはさすがに速水に同情した。
速水は、『もう慣れた』と苦笑していたが…。
ノア自身は老若男女問わずファンが多い…、総数は同じくらいだろうに、一体何故、速水はあれほど、特に若い男性に恨まれるんだろう…。
「イアン、それって、全然違うと思う。…超誤解だ。えっと、ハヤミは」
「君はダンサーだろう。暴力は平和的じゃ無い」
ノアはきちんと物申そうと思ったが、イアンは話を続けた。
平和的。
「――、っ平和的だと?」
ノアはその忌々しい単語にイアンを睨んだ。
速水の事は忘れた。
イアンは溜息をついた。
「ノア、…君はやはり勘違いしてる。サロンはネットワークと起源こそ同じだが、ネットワークの暴走を押さえる為に作られた仕組みで、全く別物だ。特に俺たちの所は、他と違って政府との繋がりが強い。君を推す事はためらわれたが…」
「…―、―え?」
ノアは適当に相づちを打ちそうになって、顔を上げた。
がばっと前の席に身を乗り出す。
「別の組織…!?っておい!!?―ちょっと待て、イアン!それなら、イアンは、…サロンは完全に、反ネットワークって事!?」
「静かにしろ!――だから、昨日からそう言っている」
「そんなに言ってない!!でもだったら…、おかしいぜ!何でもっと早く、ダンサー達と協力してネットワークを倒さないの?」
ノアは言った。
そして腰を下ろす。
「リ…、知り合いの話だと、サロンは役に立たないって…」
師匠の弟子の名前を出しそうになって、ノアは慌てて言い換えた。
「シートベルトをしろ。――そもそも、サロンというのは…」
昨晩、そもそも到着が遅かったこともあり、サロンについての詳しい事や、今後の事などはノアは聞いていなかった。
一般常識と外に出て疑問に思ったこと以外でノアにイアンが話した事と言えば。
『――速水達がアンダーを出た直後、ジョーカーはサロンのエンペラー、トップのメンバー、その他運営の重役を集め『実は隠し子がいる』と派手に打ち明けた。そのせいで君は命を狙われた』
それくらいだった。
「サロンって何?敵じゃないの?俺、ネットワークとサロンの連中が両方襲ってきたと思ってた」
ノアは言った。
イアンは眉を潜めた。
「君は昨日サロンもネットワークも許さないと言っていたが…それは大きな間違いだ。サロンは、元々グローバルネットワークの肥大化に危機感を抱いた創始者の一部が、ネットワークの抑制の為に作った機構だ。だから、君の認識はやはり間違っている」
「…よく分からないけど、別物って言いたいのはなんとなく分かった。イアン、君、英語下手だな。ハヤミの方が上手」
ノアは憮然として言った。
どうやらイアンは英語があまり得意では無いらしい。それでも十分流暢だが、教科書通りという感じがする。ノアには速水のラギットな言い回しの方が分かりやすかった。
「…。俺のサロンは――」
英語云々には答えず、イアンは勝手に続けた。
…ノブヒルのサロンのエンペラー『ホレス・ニーク氏』は元は政府の高官で、今は引退した老人。
ノブヒルのサロンは特に政府筋との繋がりが強い。
…アメリカ合衆国政府は、ネットワークの活動を黙認しつつも、苦々しく思っている。
金は莫大に落としてくれる。だが、ネットワークの活動は主に米国領土内。
ノア達が居たアンダーも、スクールも、もちろん米国内にある。
――合衆国の国土を食い荒らし、あるいは寄生する必要悪。と言うかカルトな犯罪組織。
やはり迷惑だ、隙あらば倒せ、それが無理なら祖国から追い出せ――。
その為にアメリカ政府は積極的な反ネットワーク活動を行う『ニーク氏のサロン』を積極的に支援している。
…元々は同じ組織だが、サロンとネットワークは分かれて久しいし、サロンは単体ではネットワークには到底及ばない。さらにサロンの日々行う『反、平和活動』に関しては、ジョーカーは歯牙にも掛けないので問題無い…。つまり、ジョーカーに怒られたりしない。
「ここまでで分からない事はあったか。質問を聞いてやる」
イアンがノアに聞いた。
ノアは全部がよく分からなかったが、おおまかに理解した。
…つまり、アメリカにとってネットワークは目の上のたんこぶ。
サロンはアメリカさんを助ける、アメリカさんのお友達ドクター?
――中々治らないからアメリカはドクターに頼んで治療を続けるけど、ドクターが頑張っても、どうせそのたんこぶは直らないので別にジョーカーは気にしない…。
だいたいそんな感じかな。…そこでノアは疑問に思った。
「あ。…ねえ、サロンのエンペラーってどうやってなるの?リッ…ゴホン、知り合いの話だと、色々な場所にあるらしいけど。アメリカ政府か、その土地の人が任命するの?それともずっと世襲?」
…また馬鹿と言われるかもしれない。
そう思いつつ特に気になったので聞いてみた。
イアンが口を開いた。
「…複雑なんだ。ニーク氏や、他のエンペラーは『クイーン』によって選出され、ジョーカーは関与できない仕組みになっている」
イアンの声の調子は若干柔らかい。どうやらノアの質問はまともだったらしい。
…イアンに『複雑』と言われたのもその証拠だ。馬鹿な質問だと、馬鹿か、と言われる。
「クイーン…?」
ノアは瞬きをした。
「って、ベスの事?」
ノアは言った。ノアにとっては、クイーンと言えばベスしかいない。
「いや違う、もっと大きな存在だ…。俺はクイーンについての詳細は知らないが、ネットワークの中で、彼女の力は限りなく大きい。今言ったエンペラーの選出。それとジョーカーの交代は『クイーン』の承認が無ければ認められない。エンペラー全員が候補を認めて、その後クイーンだ。そう言う事になってる」
「へぇ…」
ノアは相づちを打った。昨日で分かったが、イアンは話し出すと意外に長い。
「エンペラーは、クイーンが選出し、任命する。…理由はわからないが、どの時代のジョーカーも、彼女の選んだエンペラーによる決議・勧告にはしぶしぶだが従う。ちなみにエンペラーの選出基準は謎。…このあたりはより複雑なんだ」
イアンはノアに言って、溜息を付いた。
今度の『より複雑』は、俺はよく知らない、と言う意味の複雑だろう。
「って事は、サロンって言うより…クイーン、って女性が凄いのか…」
「…」
ノアはイアンの痛いトコらしい事を言った。
そして今度はノアが続ける。
「俺、サロンとGANはもっと――密接につながっていると思ってた。だって、イアンはジョーカーの命令でハヤミに酷い事したんでしょ?」
「…それだけ、この世界に対するジョーカーの力が強いんだ。…本当に、君にジョーカーが務まるのか?…俺達はまだ半信半疑だ。…やはり、エンペラーのお考えは正しい」
イアンは相当エンペラーに心酔しているようだ。
なぜかと聞こうと思ったが、長くなりそうな気がするのでやめた。
「…イアンはダンスで世界平和、マジで目指してるの?」
運転シートに左手を置いたまま、ノアは言った。
「…そんな訳無いだろう」
ノアの言葉にイアンはハッ、と笑った。
車は郊外。だが彼はきちんと前を見ている。
「歌とダンスで世界平和――って言いながら、GAN連中のやってることは、誘拐、殺人、恐喝、人体実験。およそろくな事じゃ無い。だから俺のエンペラーは今のジョーカーを交代させたいんだ」
それを聞いたノアは、やれやれとシートで体を伸ばした。
昨晩からの――。無駄なケンカゴシだった。
「ハァ…それならそうって、分かりやすくしてろよ。あー。緊張して損した。ねえ、…イアンの妹って美人?」
ノアはこの何気ない話題から、自然にエリーのノロケへ繋げようと思っていたのだが。
「なぜ、そんな当たり前の事を聞くんだ?…そもそも俺の母さんは。…いや、まずは母さんの、ひいひいひいおばあさんは――」
いきなりイアンがペラペラと話し始めた。
「――で俺の父親は、いやまず先先先―――」
「―――そして、ターヘレフは…」
ノアは途中で眠っていた。




