第2話 レオン -3/3-
「どうして競うんだ?ダンスで…勝負するのか?…何で?」
速水は心底不思議そうに聞いた。ダンスバトル自体は確かに存在する。
特に、速水のやっているブレイクダンスはバトル色が強いダンスだ。
大会だってバトル形式が多いし、ストリートでも闘う。それが日常と言って良い。
だが、ここまで手の込んだ形式のバトルがあるとは聞いたことが無い。
非合法だし、速水が知らなかっただけかもしれないが。
──というか、競ってどうするんだ?賞金でも出るのか?
もちろん技を磨いたり、競ったり、勝ったりすることは嫌いではないが…。
踊りに優劣は無意味と言うのが、速水の基本的な思考だった。
彼にとってダンスは、観客や、誰かを喜ばせるためだけにある。
「目的とかあるのか?」
訳が分からない。速水はそう思って、それはレオンに伝わったようだ。
「…。まあ、誘拐されたなら仕方無いな」
レオンが溜息をついた。机から離れ、ベッドに座る。
ノアとベスは説明はレオンに任せ、テーブルに着いてババ抜きを始めた。
「ネットワークってのは、かなり国際社会に幅を利かせてる組織で、メンバーは全員、超金持ち。国際的な組織だから、グローバルネットワーク…そのまんますぎだけど『GAN』って呼ばれたりもする。組織の由来は…俺も親父がここ出身のダンサーだったから聞いただけだなんだが…。クランプダンスって知ってるか?」
「ああ」
速水は頷いた。
KRUMPとは、ロサンゼルス発祥のダンス。
様々な抗争を平和的に解決しようと、ダンスで戦ったのが始まりらしいが…。
レオン曰く、ここのメインはそれと、速水がやっていたブレイクダンス。
基本、ダッグまたはカルテット同士で戦う。たまにもっと大人数の場合も有り。
審判はネットワークから数人。
このあたりは普通のダンスバトルと同じだ。
「…アイツら、馬鹿なんだよ」
レオンは忌々しげに言った。
「その昔、二百年くらい前…『ヘイ!俺たち金が有り余ってるから、世界平和の為に、ダンスで何とかしようぜ!』…って考えた馬鹿がいたらしい。基本チャリティ。実際はただの掛けダンス。各国の大金持ちが、面子を掛けてより抜きのダンサーを集めて、競い合う。もちろん、内密に。…いわばアンダーグラウンドの見世物だな」
「…」
速水は頭痛がぶり返してきた。
「ちょっと待て。世界平和?ダンスで?―無理だろ!」
速水がそう言うと、レオンも頷いた。
「だよな。でも実際、莫大な寄付金でどっかの恵まれない子供とかは助かるし、抗争の調停とか、国連の発言権とか、色々影響あるらしい…となると、あながち馬鹿にもできないんじゃないか、…って俺は思ってるけど」
「レオンってさー、何か、今日も馬鹿だよな」
ノアが口を挟んだ。
「きっと明日も、あさってもそうでしょうね」
ベスが苦笑する。
「黙れ外野」
レオンは舌打ちした。
ノアが負けたらしいカードを置いて速水のベッドに座る。
「でも、ハヤミってすごいラッキーだ。誰が推薦したのか知らないけど、きっとハヤミのファンじゃない?」
ぴし、と指をさす。
「ファン?」
「そう、だって、普通日本人なら、ユーラシアのファミリー入れられるけど、あそこかなり物騒だから。特にジャパニーズに対しては風当たりキツそうだし」
「やっぱり、ジャックじゃないかしら。彼がいなくなってから、私達ずっと最下位だもの」
ベスが口を挟む。
「ジャックが?…」
速水は少し考えた。しかし、ジャックの性格からして―。
「いや、それは無いだろ。彼は説明も無しに、押しつけたりはしないはずだ」
レオンがそう言った。
「俺もそんな気がする。けど、誘拐じゃないなら、ノアとベスはどうしてここに来たんだ?」
先程、レオンは親がここの出身だったと言っていた。ノアとベス、他の皆もそうなのだろうか?
速水がそう言ったとたんに、二人の顔が曇った。
代わりにレオンが口を開いた。
「さっき言った通り、俺が一番オーソドックスな感じだ。大体家族とか、知り合いのダンサーの紹介で、連絡役に会って、契約を交わして入る。方法とか国によってまちまちで、アメリカは自由度高い。どっかじゃ、その為に孤児を買って―、ゴホ!」
ノアがレオンを蹴った。
「やっぱり馬鹿だね」
…つまり、ノアはそういうことなのだろう。
「私は…街で踊ってたら、家族を養ってくれるって…それを引き替えに入ったわ。十歳の時」
ベスが言った。
ベスは今二十歳。レオンは二十四歳。ノアは十六。
「ノア、十六には見えないな。老けてる訳じゃ無いのに」
速水は言った。
「、…よく言われるよ。主にジャックにはね」
ノアが苦笑した。
「ハヤミは十七には見えないな。意外に背はありそうだが…コレがトウヨウノシンピか?」
レオンが言った。
「…さぁ。よく言われる」
外人と良く付き合っていた速水は、ここは笑うとこだと分かったが、適当に答えておいた。
「それで、俺はここから、どうしたら出られる?時間が掛かるのか?ジャックは外に居たけど、…珍しい事なのか?」
速水はそれを危惧していた。
聞いた通りならベスは、十歳から十年もここにいる──。
「それだ。明日から、多分、ハヤミも『ワーク』に参加させられる」
レオンが真剣な表情で言った。
「ワーク?」
速水は首を傾げた。直訳だと『働く』…しかし動詞ではない。強調が掛かった名詞だ。
ノアが心配そうに速水を見ている。
「ダンスのレッスン、その他色々トレーニング。俺たちは今日の分を終わらせて、それで暇だった。他の連中は…、まだやってる」
ノアの言葉に、速水は驚いた。ベッド脇のデジタル時計を見ると、今は午後八時半。
時間で言えばそれほど遅くないが…。
いつからやっているのかにもよる。
「…、具体的には?」
「明日のメニューは、木曜日だから。これだな」
レオンが紙をめくって速水に渡す。
速水はそれを受け取った。
「―なっ」
AM4:00起床。
すぐに、十キロランニング。終わり次第朝食。
その後、ひたすら射撃。後、訓練B-15。
昼、休憩三十分。
午後~ダンスレッスン。
最後にまた走る。
「馬鹿だろ!」
速水は叫んでいた。なんで射撃!?
「ほんと、馬鹿だよな。奴ら、特殊兵でも育てるつもりなんだぜ」
レオンはニヤニヤしている。
「まあ、こんな変なのは木曜と、月曜だけだから。あ、日曜は安息日だから休みで暇。ダンスは得点式で、基準に達しないと終わらない」
ノアが髪を弄びながら言う。
「月曜は勉強日なの。私苦手」
ベスがぽつりと言った。
「ついて来れらそうか?」
レオンが言った。
「…分からない」
速水は、そのほかの曜日のメニューも受け取って確認し、正直に答えた。
若干青ざめる。
「…って言うか、無理かも。レオン、もし仮に、ダンスや、このメニューが終わらないとどうなる?ずれ込むだけか」
ランニングは慣れで皆、何とかなっているはずだ。なら、今日はダンスというのが長引いているのだろう。
「いや、最後の項目が…九時までに終わらなかったら、ペナルティがある」
「…どんな?」
「聞くか?」
レオンが言った。
「…」
速水は頷いた。どんな物にせよ、覚悟はしておきたい。
「トレーナーによって違う。今日は軽い方。ヤバイ奴の時は、皆死にもの狂いになる。基本は軽いリンチ。けど、相手が悪いと…まあ、そのなあ」
レオンは言葉を濁した。
「ハッキリ言えばいいのに。ファックだって」
ノアが言った。
「…」
速水は黙った。頭を抱える。
…最悪だ…!
「絶対終わらせる」
彼はそう宣言した。
「まあ、がんばれよ。つか、お前がヤバイと俺もヤバイから」
「基本ペナルティは二人セットなんだ」
ノアが笑った。
笑い事じゃない…と速水は思った。もはやうなり声しか出ない。
「で、どうしたら出られる?」
「ワーク中、死んだら出られるよ。結構あるんだ」
あっけらかんと言われた。
ノアの言葉に速水はぎょっとした。
「…そんなにやばいのか?」
「まあ、色々な…、ワークは慣れとセンスで何とか。ノア、…あんまりハヤミをからかうな」
レオンが言う。脅すな、で無い辺り、実際にそうなのだろう。
「だって、ついて来られないと、ペナルティばっかだし、ペナルティで精神やられて、踊れなくなって、それで自殺とか良くあるし。あー暇だなぁ」
暇というのはノアの口癖らしい。
「…まともに出る方法は?」
速水は聞いた。
外で何がしたいというわけでも無いが…さすがにまだ死にたく無い。
「そこでバトルだ。ただしこれが難しい。ってのは、俺たちが今、最下位ファミリーだからだ」
レオンが溜息をついて言った。
彼はここに、気が付けば六年いるな…と言っていた。
「つまり、一番のチームなら外に出られる?」
「ああ。五年に一度、スート対抗の大会があってな。そこで一位になれば。だが出られるのは、そのスートの上位、四人。ジャック、キング、クイーン、エースだけだ」
名のある四人の内、クイーンは必ず女性でなければならない。
その四人が勝って抜けた穴は、ファミリーの中の、ふさわしい人物が後を継ぐ。
と言っても決めるのは上らしい。レオン達はその際に選ばれた。
どうしても適当な人物がいなければ、そのまま空席になる。
スート『ダイヤ』では先代ジャックが抜けた後、永らくジャックがいなかった。
そして先代ジャックがここを出たのが今から二年九ヶ月前、十二月の事らしい。と言う事は…ここを出てすぐ後、速水に出会った計算になる。
「ジャック…、あのタコ野郎…!」
聞いた速水は思いっきり舌打ちした。今は悪態も英語だ。
「間違いなく、ハヤミはジャックに見込まれてたから、誰かに推薦されたんだろうな…。ジャックが説明する前に死んだ、とかじゃないことを神に祈ろう」
レオンが心底気の毒そうに、速水の頭を撫でた。
速水はそれをうっとうしげに振り払い、はぁ、と溜息を付いた。
レオンの言った通り、速水の命運はジャックに出会った時に尽きていた。
これはもう、しょうが無いと言われたらそうかも知れない…。
どうあっても、やるしかないようだ。
速水は立ち上がった。…まだ少しふらつく。
空のグラスを持って部屋を歩き、入り口付近の冷蔵庫を開け、水のボトルを取り出した。簡易キッチンにグラスを置いて水を注ぐ。
「じゃあ今日はもう寝る。薬抜きたいし。食い物は…水しかないのか?」
「板チョコならあるぜ。早く終わると貰えるんだ」
レオンが渡す。
「あら、潔い。はい、これ」「じゃあ、俺たちは行くね。これ俺の分だけど」
ベスとノアもポケットから板チョコを取り出し、簡易キッチンに置き、ノアはクスクス、ベスは微笑しながら立ち去った。
〈おわり〉