第11羽 速水 ②レシピエント -6/6-
『お前は、俺から逃げられない』
「うるさい!!うるさいっ!だまれ!!ジェスター!!」
速水は真っ暗闇で叫んでいた。
『これから大変だと思うが、頑張ってくれ。お前なら乗り越えられるって俺は信じてる。そうだな――、あの独裁国家を買い上げたら迎えに行くから、それまでに立ち直れよ。最高のステージを用意してやるぜ』
「…何でジャックを殺した…?ルーク…って、…まさか、まさかお前がやれって命令したのか――…!!」
声を絞り出すが返事は無い。
かわりにすぐ後ろから違う声が聞こえた。
『速水君…!!すまなかった!すまなかった!!私だ!!私を殺してくれ!!』
『違う、俺だ!っくそ俺の会社が――あの照明がいけなかったんだ!!殴ってくれ…!!』
「!――ああ、やめて下さい。俺は…大丈夫ですから。怪我も大したこと無いですから、ジャックの葬儀にも出ます。その後、現場にも花を添えて…」
ベッドの上で速水は笑った。
『何か一言…!』
「………俺は、ダンス続けます…、ジャックの代わりには、絶対っ、なれないけど…。ごめんなさい……」
速水は泣いた。体を丸め、嗚咽を漏らす。
どこかでガチャガチャと言う音がした。
『貴方がジャックの代わりに死ねばよかったのに…っこんな花なんか!』
「そんなの、偶然だろ…!馬鹿!やめろよ!!」
『ジャック、ジャック戻って来て!!』
「薬…、飲まないと…あした…また、おどらないと…」
速水はぶつぶつと呟いた。ガリガリと薬を砕く。
『速水朔、死ね!!』
『ジャックぅぅ…ジャック…』
「…あたまいたい…いたいよ…」
助けて。
死にたい。
「…ぁああ…」
何で気がつかなかったんだろう。
そうだ、死ねば良かった。そうだ、そうなんだ。
『そうだよ』『お前が死ねば解決だ』『お前もやっと楽になれる』『最高だ』
『おかしいやつが二代目とか無理』『じゃあ俺は死のう』『それがいい』『駄目よ!』
…ジャックもカラスも、俺も、皆もそう言っている。
ガチャガチャと言う音がする。
それは拘束の音だった。
速水は実際には起き上がっておらず、薄いブルーの入院着を着て、頭にネットをかぶり、測定用のコードをいくつも付けられた状態で、ゲストルームのベットに横になっていた。
ベッドには医療用の拘束バンドが取り付けられ、両腕は腰の横で固定されている。
両足も同じくしっかりと固定されている。
頭のコードを引っ張りたくても、頭を抱えたくても、のたうち回りたくてもさっぱり動けない。幻覚は続く。
『ジャックだ!』『ジャックー!!頑張って!!』
「俺は…そんな…つもりじゃない…!違う…!」
リサはどこだ…?ジャックのマネージャーで妹なのに、なんで葬儀に来ない?
ロブは…?何でロブもいないんだ。葬儀に出て、それから…。
皆は…連絡が取れない…。仕方無いか…。ハウスも閉鎖されたし…。
『朔、本当に大丈夫か?』
「…隼人!……」
隼人…は今オーストラリア…修行の邪魔しちゃいけない…。
「うん…大丈夫だって。心配しすぎ」
速水は手を伸ばそうとしてやめた。
『どうだ、フランスに来ないか?』
速水は振り返った。
ウィル。
そうだ、ウィルはずっといてくれた。
「…ありがとう。うん…行こうかな。……なぁ、ウィル、何でジャックが死んだんだ?どうして―」
速水は言って、我に返った。
急にぐにゃりと周囲がカラフルに歪む。
「うっ、げぇええ」
ぐるぐる回って、死ぬ。胃液がこみ上げ速水はまた吐いた。
「ゴホッ、うぇっ」
食事は取ってなかったが、吐く物も無いがもう死ぬ。はぁはぁ言いながら歯を食いしばる。
あいつら、全員で俺を取って食う気なんだ…!!
皆して俺を殺す気なんだ!
舐めるだけでもヤバイのに、今日は無理矢理、しこたま飲まされた。
用は済んだので、もう容赦は要りません。どうぞ、お願いします。ってそんなエリック…。
「ひぁは、ははは!ぎ、」
――ぶっ壊れる…!!
速水はのけぞり外に届かない悲鳴を上げた。
助けて!!と泣き叫ぶ。ひぃひぃと呼吸をする。ベッドがガタガタと揺れた。やっぱりエリックは悪い奴だったんだ。
「ぁああ!!!ぁ!!!」
周囲が凄い速さでぐるぐる回る。ガチガチガチ、がちゃがちゃ、ぎしぎしと音がする。
――あれ…俺、何でがんばってたんだっけ。
――だって別にもう良いんじゃ無いか。
カラカラの喉でひぃひぃ苦痛に喘ぎながら、速水はどうやって死のうか考えた。
涙が流れてるのに何で部屋の様子が良く見えるんだろう。
速水は見慣れた天井を見る…たくさんの鳥の目が速水を監視している。
恐いこわい…。怖い、…怖い!!皆が何かひそひそ喋っている。
急激に手足が冷える。震えが止まらない。
『朔、母さんは死んだ…』
鳥が鳴いているし、カラスが鳴いているし、こっち見てるし、罵倒してるし、何よりも。
皆が俺をあざ笑っている――!!!
『ハヤミサン』『ハヤミサン』『ハヤミサン』『ハヤミサン』
『ハヤミサン』『ハヤミサン』『ハヤミサン』『ハヤミサン!』
…ジャック?
声が聞こえてそちらを見たら、ジャックが死んでいた。
「…あ、あ…あぁああ。…ーーーーーーーっ!!」
そしてまた繰り返す。
「はっ、はぁ…」
ようやく、症状が治まり始め…速水はひどい倦怠感に襲われた。
呼吸が苦しい。
「…エリック……エリック…」
速水は小さな声で泣きながらうわごとのように助けを呼んだ。あいつ、ころしてやる。
しばらくして、いつものように扉が開かれた。
ああ、これでやっと解放される。
速水はそう思った。
入って来たのはエリックでは無く男性と女性…二人とも看護師だ。
女性は大きなトレーを持っている。
速水は頭を持ち上げられた。てきぱきと枕元のベッドカバーが外され、新しいカバーが付けられた。乱暴かつ丁寧に、濡れたタオルで顔を拭かれた。
「はい、今日は注射しますからね」
男性看護師が微笑む。カチャカチャと音がする。
「え…?」
横になったまま、速水は腕を消毒された。エタノールでひんやりする。
そして彼は無色透明の何かを注射された。
■ ■ ■
その様子を、エリックと複数の研究員はリビングで見ていた。
速水が荒らしたリビングは綺麗に片付けられ、代わりに運び込まれた計器が山ほど置かれ、パソコンの画面には数値が表示されている。
速水のパソコンがあったキッチンは研究員の休憩スペースになっている。
うっとうしいレオンに言われたため、このアパートメントは適当な理由を付けて、丸ごとプロジェクトが買い上げた。
もちろんゲストルームにはしっかりと防音工事が施された。だから速水がどんなに泣き叫んで暴れても平気だが、周辺への配慮は必要だ。
速水は二月頭から、決まった時間になったらゲストルームに籠もらされていた。
自発的に黒い薬を飲む為で、その時は特に拘束も無かったが…もう種明かしは終わった。と言う訳で、今日から速水も『養生』し万全の体制だ。
『薬』への耐性も十分付いている。
後は結果を待つのみだった。
注射をしてから十分が経過した。
速水はひたすら目を見開くばかりで、肝心な変化が現れない。
「副主任、これは…数値が低いですね…」
白衣を着た白人の男がファイルをめくる。医者らしい。
側では雑用の看護師がデータを見ている。
「だが彼が受給者なのは間違い無い。それも一級品の…」
もう一人の男性医師――彼は黒人だ。彼が白人医師に答えた。
「やはり…シャドーが現れるか?…どうだ?」
「だめですね。ゼロです」
男性看護師が答える。
「ハァ…やっぱり…もう十九でしょう?しかも男性…」
女性医師が溜息をつく。
「もう少し待ちましょう」
エリックが言った。
それから五分も経たずに速水は気絶した。
これはまるきり、薬を注射された一般人の反応だ。
医者達が溜息を付く。
「やはり…もう手遅れか…」「くそ、ジョーカーめ!…もったい無いっ」
「だから、4で進行を止める手段を早く…」
「いや、まだ分からないぞ。まだ可能性はあるはずだ。追加するか?」
彼等は話し始めた。
「…副主任、これからどうしますか。続けますか?」
黒人医師が振り返って確認した。
この薬は危険性が高い。無駄なら止めた方が良い。
「受給者にはそれぞれ特徴があります。そのパターンを解析するのが我々の使命。貴方がたから見て、彼はどうですか。4が5になる可能性はありますか?」
エリックが言った。答えが分かっている時でも、彼は聞いてくる。
研究者達は黙り込んだ。
「やはり…そうですか」
エリックはうつむいた。
「仕方無い。では念の為、あと一月ほど投薬を続けて、データ収集。サンプルも取れるだけ取りましょう。次世代にどんな結果が出るか、楽しみですね」
エリックは微笑んだ。




